司馬遼太郎のレビュー一覧
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媒体は週刊朝日,本書収録分は1973年から75年頃に取材され,記述され,掲載されたものである.三重,滋賀,大阪,奈良,兵庫(淡路),島根,岡山などへの旅の記録であるが,筆はもちろん周囲の地域や,海や島,半島や大陸へと及んでいく.
彼らの旅行は,著者のほかにも,挿画家,編集者などのほかに,ところどころの郷土史家(*02)が伴われ,取材や描写は,経営者をはじめ,道で出会った人,そこで働く人たちまでに及ぶ.
昭和50年代にかけては,鉄道やバス,旅客船など,ひととおりの公共交通手段も整っていたであろうが,彼らは主に自動車での移動を試みている.
こうした条件のもとに描かれる風景は,それでもなお -
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昭和30年。まだ記者だった司馬遼太郎さんが書いたサラリーマン向けエッセイが新書になったとのことで、読んでみました。
時代感タップリ。まだ戦後で貧しかった日本。社会保障も十分ではなく、家制度も残っていた。そんな時代のサラリーマンは、日々、黙々と働くだけの存在ではありながら、毎月の給料にありつけ、苦労と引き換えに安定した生活が得られるという立場。司馬さんは、あわてず、くさらず、淡々とそんな立場を享受せよと説く。現代のビジネス環境とは大きく異なるため、そのまま参考にはならない内容もあるが、ナルホドね、というサラリーマン道の示唆は多く、気軽に楽しめる1冊。 -
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ネタバレ歴史小説家としての司馬遼太郎が、歴史に登場する人物がどのような考え方を持って行動したのかを手掘り感覚で発掘し、対面しているかのように語っている。そこには「日本人とはいったい何者か」とうテーマが通底しているようだ。印象に残った話は、次のとおり。
(1)大坂は町人の町。お上を恐れない。
元禄時代の大坂は、70万の人口のうち武士の数は東西の町奉行所の与力・同心をあわせて200人ぐらい(「ブラタモリ」では人口の2%と紹介されていた。江戸は100万の人口のうち、半数が武士)。僅かな数だから、大坂の町人は武士が持つ封建的な節度や美意識に影響されずにきたのだ。上方が持つ反権力の精神は、このような封建体制 -
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小藩の家老職から乱世を生き抜き、ついには大名となった黒田官兵衛の生涯の物語。
播州を舞台に官兵衛が生まれるまでの経緯。
時代の波に流されるように、徐々に騒がしくなっていく世情。
織田家と関わるきっかけ。
荒木村重や高山右近との出会いを描いている。
物語では聡明な少年らしいエピソードが語られる。
同時に、繊細で傷つきやすい面を抱えているエピソードもある。
若者らしい傲慢さもあり、藩主を軽んじているような所業も見られる。
周囲の人間が自分より劣っている馬鹿にしか見えなかったのだろう。
だが、それを隠し通すほどの思慮はまだこの頃の官兵衛にはない。
今のように遠く離れた場所でも情報が手に入る時代では