上橋菜穂子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ上橋さんの物語は、設定がとてつもなくファンタジーだけれど、リアリティがすごい。食べ物はいつだって美味しそうで、その世界には連綿と続いてきた歴史の息遣いまで感じてしまう。
本作品を新作だと思っていたので、あとがきを読んでびっくりした。
自然はあまりにも壮大で、人間基準での神聖視では噛み合わない事象が生じてくる。人間の善悪とは無関係に、植物や生物はあるがままの生を全うしているだけなのだから。
利権も絡んで、神聖さを維持するための辻褄合わせや隠蔽、さらには犠牲も厭わないと考える人たちと、全てを受け入れてこれまでのあり方を変えていこうとする人たち。ファンタジーだけれど現実世界にあるあるなこと。
緊張と深いため息の物語だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最終巻。とうとう邂逅したホッサルとヴァンは、互いの出自を明かし、対話していく。人はなぜ病み、なぜ治るものと治らないものがいるのかというヴァンの問いに、ホッサルは免疫のことをわかりやすく説明する。
トナカイと飛鹿は黒狼熱に免疫を持っていて、その乳を飲んで育つトガやオキの民は黒狼熱に罹らずに済んだ。助かったツオルの子どもは乳からつくられる乳製品を好んでいたし、助からなかったアカファの子はその乳製品を好まなかった。
黒狼熱についての真相も、それを誰と誰が企んで復讐に使おうとしていたのかも明らかになる。最後はヴァンが半仔を引き連れて遠くへ行き、それをトマ、サエ、ユナが追って終わる。
最後にヴァンをユナ達が見つける場面を入れてほしかったな~というのが率直な感想。書かない美しさもあるとは思うが、再会するところが見たかった。
国と国、そして少数部族のそれぞれの思惑を知るのはホッサル側の役割。難儀な立場だな……と思った。しっかり国と国の政治の話だし、歴史の話でもあるなと思った。
医療ファンタジーとして、黒狼熱に関してはしっかりとした理論が立てられていて面白かった。なぜかかる人とかからない人がいるのか?どうすれば罹らなくなるのか?という謎が解けていく過程が面白かった。
ヴァンサイドは主に裏返りに関してがファンタジー要素だったなと思う。孤独な男が再び身内のあたたかさを得ていく光景がよかった。
鹿の王というタイトルの意味も最終巻でわかる。トーファンの襲撃でトマ達をヴァンが守った姿も、シカンの襲撃を察知して自分が裏返り自我をなくしてまでも多くの人々を救おうとしたヴァンの姿も鹿の王のそれと一致した。彼こそが……ということなのだろうな、と思った。
属国になってしまったが、割とそれなりの自治を許されていて、さらにツオルの力によってムコニアとの国境線が維持できている、という国際政治情勢の設定が絶妙だった。ただ属国になり復讐を企てているわけではない、全体としてみれば属国になったことで得た益の方が大きい、しかし少数民族達は苦しい思いをしていて……というところが現実的で面白かった。
政治がらみのところは登場する組織がやや多く、力関係や利害関係を把握するのに少し手間取った。ファンタジー作品を読むときの難しいところ。
黒狼熱という恐ろしい病を人類が克服していく物語というホッサル側の話と、孤独な男が再びあたたかい家族に巡り合うヴァン側の話があるのが面白かった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ黒狼熱がどうしてこのように発生したのかの真相が明らかになる巻。ヴァンもホッサルもそれぞれの道筋で火馬の民が犬を使って黒狼熱を罹らせているということを知る。
ヴァンは火馬の民に犬の王として祀り上げられそうになるが、結局彼らに手を貸すことを拒み、サエとユナを探しに行く。
ホッサルは軟禁のような状態でミランとともに黒狼熱の研究を進めるが、ミランが捕らえられ、そこで黒狼熱と思しき病気に罹ってしまう。そこでとうとうヴァンとホッサルが邂逅する―-というのが三巻のあらすじ。
ヴァンが犬と一体化しているような「裏返し」はファンタジー要素ゴリゴリ。しかし黒狼熱関連はかなり現実の医療、細菌学がそのまま使われている。ファンタジーの美味いところと現代知識の融和のさせ方が面白い。
細菌を見つけたけど細菌より小さいなにかを見つけた、というのはおそらくウイルスのことだろう、と、読んでいてこちらに気づかせてくる気持ちよさがあった。トナカイや飛鹿の乳に何か黒狼熱に対する効力があるような流れになってきているが、果たしてこの予想が合っているのか気になるところ。乳酸菌を思わせる描写もあったが、三巻終わりでは火馬が火葬され埋められた地に生えている生物(地衣類)に鍵があるような感じだったので、このあたりの顛末がどうなるのか気になる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ鷹狩りという国の偉い人達が集まる催しで例の山犬が登場。縦横無尽に人に噛みつき、黒狼熱が大量発生した。黒狼熱の治療にホッサルは尽力する。アカファの民は比較的この病に罹らず、ツオルの民には重篤という特徴があるこの病。一体どこに差があるのかが謎として残る。ツオルの民でも生き延びた人もいれば、アカファの民でも死ぬ人がいる。
ヴァンは、世話になっている村が山犬に襲われる。この獣たちと謎の一体感のようなものを感じ、不思議な感覚になる。人間としての理性が消え、身体能力が向上する。
数日後、魂に関する不思議な能力の使者がやってきて、ヴァンとユナを連れて行く。ヴァンは自分の身に何が起きてるのかを知るためについていくが、ついて行った先の彼らの集落で山犬の集団に襲われ、ユナが攫われる。
またホッサル側の視点となり、黒狼熱は人為的に発生させられているもので、それにはツオルのことを深く恨んでいて猟犬の扱いに長けている火馬の民が関わっているのではないかということにたどり着き、そこからさらに真相に迫っていく。
ヴァン側の話はヴァンが不吉な「裏返し」という状態になっていること、ユナが攫われたことくらいが特徴的だった。サエが生きててよかった。
ホッサル側が面白い。病にかかるひと、かからない人。ワクチンの生成や抗生剤の役割を担う薬の生成など、今の時代で言えばこういうことだろうな、という医術をたくさん行っている。ファンタジーに現代医療が組み込まれているのが面白い。
アカファの民は乳製品を食べ、ツオルの民は全く食べないというのが今のところ明らかになっている「差」の情報だけど、これが黒狼熱と関係があるのかないのかが気になる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ戦に負けて奴隷として囚われていたヴァン。その奴隷達の集団が、ある夜不気味な犬の群れに襲われ、数日後謎の病が発生し、ヴァンと幼子のユナ以外全員が死ぬ。ヴァンは鎖を外し、逃亡奴隷となる。
一方、その集団死亡を発見した国側の動きもある。めちゃくちゃ賢い王国の末裔のホッサルという医者を中心に描かれる。この岩塩鉱の集団死は黒狼熱という二百年以上前に故国を衰退させた病で、ものすごく恐ろしい病だ、ということが明らかになる。ホッサルはこの病を克服するすべを探すため、生き延びたと思われるヴァンを探す……というのが一巻の大まかなあらすじ。
ヴァンとホッサル、二人の主人公が今後どう接点を持ち、どう関わっていくのかはまだ読めない。この物語がどう着地するのかもわからない。人類は黒狼熱を克服できるのか?今にも内戦が起きそうな国の内情だが、そういった話の展開が行われるのか?が気になる。
ヴァンが助けたトマの村での暮らしがしっかりと描かれていて、それがよかった。飛鹿という架空の生き物についてよく想像できる描写が多く、わかりやすかった。トマたちの氏族にヴァンとユナが溶け込んでいく様子がしっかり、じっくりと書かれていてよかった。 -
Posted by ブクログ
表紙が綺麗。
当たり前かもしれないけれど、人間は人間都合で物事を見てしまう。「魔物と呼んで射殺し、〈闇の大井戸〉に投げ捨てている相手のことを、なにも知りはしないんだと」(p.38)というセリフにはっとさせられた。細かい理屈は後回しにしないといけない、ということも確かにあるのだけれど、いつまでも考えることをしないでいるといつかヅケを払わなきゃいけなくなるんだよなぁ。それも最悪の状況で。
誰かの尊い犠牲で世界が救われる、というのは物語的には美しいんだけれども、それを肯定してしまうのは思考停止にもつながってしまう。物事をうやむやにしない、「知る」ことによって生きる道を拓いていく、それを描いてくれる物語はとても清々しい。 -
Posted by ブクログ
上橋さんは書き始めた当初から、ファンタジーのアイデアを豊富にお持ちだったのだ。ここが上橋さんの原点は言い過ぎか。でもこの作品の後、守り人から始まる上橋ワールドが展開されてく。
闇の大井戸とは一体何なのか。
そこから出現する蝶々は。
理由も解らぬまま一心不乱で信じる危うさよ。
20年前の作品だが作中後半、この世界を俯瞰して見た姿はドローンの世界。ここ私的最高到達ポイント。なるほどそうだったのか。
私が彼女の作品を好きな理由のひとつが作中でてくる食事のシーン。なんとも美味しそう!!この作品から既に片鱗が見えてる。
降魔士の勇気と友情、温かな恩師とのふれあいも間違いない。
-
Posted by ブクログ
『鹿の王』は 2014 年に刊行された作品だが、コロナ禍を経験した現在の読者には、当時よりもさらに強いリアリティをもって読める作品になっているように感じた。未知の感染症への恐怖、情報や知識をめぐる混乱、そして医療と政治の関係などは、まさに私たちが近年経験したことと重なる部分が多い。
上橋菜穂子さんは人類学を研究していたこともあり、本作はファンタジーでありながら、単なる空想世界ではなく、どこか昔話や神話を読んでいるような感覚があった。民族や文化、信仰や伝承が自然に織り込まれており、人間社会の成り立ちそのものを見つめているようにも感じる。
読んでいてまず印象に残ったのは、多様な動物が登場する世界観だった。狼、犬、キンマの犬、火馬、飛鹿などが登場し、人間だけが世界の中心ではないことが強く意識される。動物たちは単なる背景ではなく、人間といろいろなかたちで共生し、人間もまた自然の一部でしかないことを示しているようだった。自然を支配する存在としてではなく、自然と共に生きる存在として人間を描いている点に、人類学者としての上橋さんの視点を感じた。
登場人物の中で最も興味を惹かれたのはヴァンである。彼の魅力は、相手の身分や立場にかかわらず、一人の人間として接するところにあると思う。奴隷として生き、戦士として戦い、さまざまな立場を経験してきたからこそ、人を上下で判断しないのだろう。また、ヴァンは単に英雄として描かれているのではなく、境界を越える存在として描かれているように感じた。民族や国家、身分といった枠組みの間を行き来しながら生きる彼の姿は、分断が進む現代社会において示唆的でもある。
さらに印象的だったのは、ヴァンとユナの関係である。血のつながりはないにもかかわらず、ヴァンは命をかけてユナを守ろうとする。親子とは何かという問いに対して、本作は血縁よりも「誰を守ろうとするのか」という関係性の方が本質的なのではないかと語りかけているように思えた。
医療者たちの葛藤も本作の大きな見どころだった。特にホッサルとミラル、あるいはホッサルと祖父との考え方の違いは、現代の私たちにも問いを投げかけているように思う。病を根本から解明し未来に希望を託そうとする姿勢と、限界を認めながら目の前の患者を救おうとする姿勢。その対立を見ていると、現実社会における「未来のために現在を犠牲にするのか、それとも今ここにある課題に向き合うのか」という問題を連想した。私には加速主義をめぐる議論とも重なって見えた。どちらが正しいという話ではなく、長期的な視点も目の前の実践もどちらも必要なのだろうが、自分自身はどちらかと言えば後者、目の前のことに向き合う考え方に共感する。
また、本作では病そのものも単なる敵として描かれていない点が興味深かった。病は生物学的な現象であると同時に、民族の歴史や生活環境、政治状況とも深く関わっている。ホッサルは病を理解しようとし、政治は病を利用しようとし、人々は病を恐れる。その複雑な構図は、コロナ禍で私たちが経験した現実とも重なるように感じられた。
最近はリベラルと保守について考える機会が多いが、『鹿の王』にもその対立を考えるヒントがあるように思う。リベラルとは人間の平等を重視する立場であり、保守とは受け継がれてきた伝統や文化を重んじる立場だと私は理解している。本作の登場人物たちは、そのどちらか一方に単純には分類できない。例えばホッサルは身分や民族にとらわれず知識を求める点ではリベラル的だが、一方で先人たちが積み重ねてきた医術や文化も尊重している。作品全体を通して語られているのは、変化だけでも伝統だけでも社会は成り立たず、その両方が必要だということなのではないだろうか。
そう考えると、『鹿の王』は感染症や医療を描いた物語であると同時に、人間と自然、民族と民族、伝統と変化といった対立するもの同士の関係を描いた物語だったように思う。そしてヴァンやホッサルは、それらの境界を越えて他者を理解しようとする存在として描かれていた。だからこそこの作品は、分断が目立つ現代において、「異なるものとどう共生するか」という普遍的な問いを私たちに投げかけているように感じた。 -
Posted by ブクログ
西の大国ムコニア王国の緩衝地帯にアカファ人とオタワル人が暮らしていた。その地域一体を東の大国、東乎瑠帝国が蹂躙し支配下においている。以前はアカファ人がこの土地を治めるてはいたが、元々オタワル人が住む土地で、彼らが疫病の蔓延に苦しめられたタイミングでアカファ人はこの緩衝地帯に国を建てたのだった...時を経て、疫病の再来でこの地に不穏な空気が流れ始める。病気は自然に発生したものなのか、人為的に起こされたものなのか。3巻へつづく。
大国の支配の仕方を説明すると、皇帝が他国を征服し、国境が広がるたびに、民はあらたの辺境となった地域へと移住させられ、その土地を東乎瑠風に変えていくように命じられる...いつしか土地は東乎瑠人のものへと...それは武器をもたぬ尖兵なのだった。これって中国、ロシア、北海道の和人のやり口だよね。