2014年刊行。
上橋奈穂子の長篇ファンタジー。
2015年の本屋大賞、日本医療小説大賞を受賞。
舞台は東乎瑠(ツォル)帝国に支配された地・アカファ。
アカファ内トガ山地の氏族出身で、故郷を守るための精鋭部隊「独角」のリーダーであったヴァンは、東乎瑠軍との戦争に敗北した後、アカファ岩塩鉱で奴隷として働かされていた。
ある晩、謎の獣の群れが岩塩鉱を襲撃し、人々を次々と噛んでいった。その後、岩塩鉱で謎の病気が流行し、ヴァン一人だけが生き残る。
ヴァンは、岩塩鉱から逃亡を図り、その途中で同じく生き残った幼子のユナと出会う。彼はユナを連れて逃亡を続けることを決める。
一方、オタワル人の天才医術師ホッサルは、岩塩鉱で発生した謎の病の噂を聞きつけて、調査を開始する。
ホッサルは調査の結果、この病が250年前にオタワル王国を滅ぼした「黒狼病(ミッツアル)」である可能性に気づき、これに有効なワクチンの開発に着手する。
本作は、ヴァンとホッサルを主人公として、主に彼らの視点を切り替えながらストーリーが進行する。
文庫版で四巻にまたがる長編であり、作り込まれた世界と設定が特徴的。
ストーリーの主軸は「黒狼病」の謎と、アカファ内の陰謀を明らかにすることであるが、そこにこの色々な要素が複雑に絡み合い、重厚な物語となっている。
例えば、オタワルは250年前に滅んだ王国でありながら、医術や工学などの先進的な技術をもっているため、東乎瑠の支配下にありながら特権的な立場を与えられていた。
医術に関しても東乎瑠より圧倒的に進んでいるが、東乎瑠では「清心教医術」が権力を持っており、ワクチンや血清などの「不浄な」治療を行うオタワル医術を目の敵にしていた。
このような、かつてから存在していたこの世界における、ある種の「歪み」がストーリーに絡み合うことで、本作を奥深しいものにしている。
全体的に固有名詞が多いので、世界観に入り込むまでに少し時間は掛かるが、クセは少ないので、集中して読めば問題なく理解できる。
非常によく纏まっているし、面白かったのだが、個人的にはあまり嵌ることができなかった。
何故かを考えてみた。
本作は上品に、うまく纏まっているのだが、そこに作者の思想やこだわりをあまり感じなかった。
個人的には、作者の偏った思想や思考、病的なこだわりや偏執的エネルギアを感じる作品の方が好きなのだと。それらを本作に見いだせなかったから、物足りなさを感じたのではないかと思った。
その意味では、外伝の方が好みだった。
本作は面白い。しかしそれは、暇つぶし、エンタテインメント的な面白さであり、それは私が求めている読書体験とは方向性が異なる。
私は、フィクションを経由して得ることができる、日常生活では手に入らない「何か」を求めているのだ。
皮肉にも、それを気づかせてくれた小説だった。