大江健三郎のレビュー一覧
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本書の『ヒロシマノート』のヒロシマがカタカナなのは、原爆被災地広島を示すだけでなく、広島・長崎に投下された原爆による人類史上初めてであり、最悪の「人間的悲惨」を象徴する。また核兵器廃絶の意思である「ノーモア・ヒロシマ」を意味する。そして、大江健三郎は悲惨な体験をした広島の人々の生き方から励ましを受け、「まさに広島の人間らしい人々の生き方と思想に深い印象」を受けた。広島の人は、漢字となっている。そして、そこから「人間の尊厳」と言う言葉を紡ぎ出す。
1960年に広島を最初に訪問し、1963年から取材している。1963年は、大江健三郎が28歳の時だ。
1964年に『ヒロシマノート』を出版し、『個人的体験』を出版している。60年前のことだ。ヒロシマに真正面に向き合う姿勢が真摯でもある。
『ヒロシマノート』の冒頭で、大江健三郎は「このような本を個人的な話から書き始めるのは妥当ではないかもしれない。僕については自分の最初の子が瀕死の状態でガラス箱に横たわったまま、回復のみこみは全くない始末だった」と言う。そして、若い妻が、原爆の被害を受けても、子供を授かり、異常児を産むのではないかという不安があっても産む決意の人を眩しく見るのだった。
原爆の投下された日に広島で生まれた子が、東京オリンピックの聖火ランナーとなり、健康に走り抜けたことを喜んでいる。被爆したからといって、諦めない姿勢、そのことについて全く語らない「黙る権利」を行使して、黙々と生活を送る姿に、共感している。ヒロシマの中で、広島で生きているのことが、重要なのだ。
「尊厳、威厳、屈辱、恥」という言葉が大江健三郎にとって重要な言葉となっている。
核実験再開に対して、あるひとりの抵抗的な怒れる老人は、抗議する割腹をしようとしたが、体力がなく失敗し、抗議書も無視されて、「とうとう生き恥をさらしてしまった」と語る。敗北感に苛まされていたにもかかわらず、確実に人間的尊厳があると大江健三郎は思う。原爆被害を受けながら、原爆被害者の治療をする医師の姿に尊厳を見る。
原爆症が発症して働くこともできず10円がなくて電話がかけられなかったという極貧の孫の若者のお爺さんが、そのあまりにも貧しいことに、浅ましい理由、全く金がないという状況を嘆く姿の中にも尊厳を見るのだ。恥があるから、尊厳も輝くのだ。ヒロシマが生み出した、広島の人々の健気さ、尊厳に注目するのだった。「人間的な力への信頼」が、一筋の希望を見出していく。
広島の原爆は、20世紀の最悪の悲惨だった。そして広島の人々は、ただちに彼らの人間世界を復活させるべく働き始めた。広島の人々は自分たち自身を救済すべくこころみ、彼らに原爆をもたらした人々の魂をも救助した。さまざまな国家による核兵器の所有というガンに侵されている20世紀の地球の時代においては、広島の人々が救助した魂とは、すなわちわれわれ今日の人間の魂のすべてであると大江健三郎はいう。
彼女の動かぬひとみは 無表情だったが、
しかし、そこには何か悲しみ、
苦しみが、名づけようない、ひどく恐ろしいものがあった。
人間として、個人的に、その書斎の中で、自分自身と人類の運命について、考えようとすれば、彼はつねに、20年前、現実に原爆を体験した人々について、思いださざるをえないはずです。そして彼の個人的な志が、そのまま被爆者たちの志につながるような方法はないものかと考えることだ。
そういえば、50年以上前の学生の時に、広島の原水禁の集会に参加して、そして原爆記念館を見た時の衝撃を今更ながら、思い出したのだった。私の中にも、ヒロシマは、あった。思いをつなぐことの大切さを知った。
フクシマの地震、津波による電源喪失による原発のメルトダウンによってもたらされた被害は、人為的な問題が多く、それに向き合い方を、この本から学べた。この災難によって、故郷を奪われ避難するという事態が、家族の崩壊と共同体の人間の魂に大きな打撃を与えた。また森林は壊されたままだ。100年近い被害のありようにも向き合っていく必要があると思った。 -
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本書は、大江健三郎の最後の作品である。2011年3月11日の東日本大震災及び原発事故の後に、76歳の大江健三郎が綴った日記に近い私小説である。
本作品は、大江健三郎の妹、妻、娘の3人からの手紙を起点とし、物語が構成されている。これらの手紙は、大江健三郎に対する非難の内容であった。大江健三郎の表現について、私小説であるがゆえに、家族からの反論と批判がなされている。大江の物語の編集方法が家族によって問い直されている。また、大江の妻が伊丹十三の妹であることを知るのは初めてのことであった。大江が愛媛の田舎から松山東高校に進学した際、同級生として伊丹十三が在籍していたというエピソードも印象的である。
しかし、本書の76歳の大江健三郎は精神的にも老い、弱っている印象を受けた。「晩年」というテーマについての書こうとする意思がなんとも言えない。死の直前の年が「晩年」とされることに関しては、ガンなどによる余命宣告があれば納得もできるが、本来自ら「晩年」を自覚することは死ぬ時がわからないので、難しいものである。結局、大江健三郎は2023年3月3日に88歳で亡くなることとなり、本書の執筆時期から12年後のことだった。
また、大江健三郎と同年生まれの文学評論家エドワード・サイード(2003年没、67歳)は、『On Late Style:晩年のスタイル』という書を執筆した。それをもじって『In Late Style:晩年様式集』と名付けられた。サイードはオリエンタリズムを論じ、西洋の視点で東洋を見つめることを批判し、大江健三郎を高く評価していた。
本書の長江古義人(大江健三郎)は、東日本大震災と原発事故によって深い精神的ダメージを受ける。本棚が倒れ、片付ける気力も失い、原発の事故によってさらなる衝撃を受ける。自宅の階段の踊り場で「ウーウー」と声を出し泣く姿を息子のアカリ(光)が目にしていた。アカリは「大丈夫ですよ、大丈夫ですよ、夢だから、夢を見ているんですから、なんにも、ぜんぜん、恐くありません、夢ですから」と呼びかけた。しかし、書き進めていた長編小説の執筆意欲を失い、放棄することとなる。
長江が「ウーウー」と声を出して泣いたのは、原発事故による放射能汚染の深刻さを痛感し、未来への絶望と悲しみに圧倒されたためであった。福島原発から放出された放射性物質による汚染の現状を追うテレビ特集を深夜まで見て、その事態の深刻さに打ちのめされたのである。
そして彼は、「この放射性物質に汚染された地面を、少なくとも私が生きている間は、元に戻すことはできない。それをわれわれ同時代の人間はやってしまった。われわれの生きている間に恢復させることはできない。この思いに圧倒されて、私は衰えた泣き声をあげていた」と語った。
大江健三郎は、これまでも核問題や原発の危険性について発言しており、東日本大震災後の原発事故は彼にとって大きな衝撃だった。「私らの『未来の扉』は閉ざされたのだ。そして自分らの知識は、悉く死んでしまったのだ」と述べている。また、ダンテを引用し、「未来の扉が閉ざされるや否や、われわれの知識は、悉く死物と成り果ててしまうことが理解できるだろう」と語った。
カタストロフィー委員会のギー・ジュニアは、「3・11後の破局的な危機に直接な関心を示しながら、この国に生きている。その危機に関して自分なりの活動をし、表現することもできる。そのあなた(長江)が絶望的なほどの危機感を表明している。次の原発事故が起きれば、もうあなたは未来を語ることができない」と警告した。また、大江健三郎は同様の原発事故を恐れており、再稼働による新たな事故の危惧を抱いていた。
本作品の中では、「カタストロフィーの時代」という言葉が登場する。この言葉は、大きな破局や災害、さらには悲劇的な転換を指すものであり、人間の存在や社会の変化に対する深い問いかけや、個人の内面的な葛藤を描く文脈で使用される。大江健三郎が直面する状況や内面的な危機は明らかにされている。ヒロシマ、ナガサキにおいて、原爆の被害を受け、その上原発事故の放射能汚染が襲った。核時代の想像力で、対処できない事態が生まれたのだ。
大江健三郎の生まれ故郷である「森の中の谷間の村」で起こった事件のギー兄さんの死の謎も描かれ、自殺なのか殺されたのかが問い直される。また、『同時代ゲーム』、『M /Tと森のフシギの物語』、『懐かしい年への手紙』、『燃えあがる緑の木』などに反映されている。さらに、塙良吾(伊丹十三)の自殺は本当に自殺だったのか、『取り替え子(チェンジリング)』に反映する。
三人の女性たちからの大江健三郎への反論を受け止める彼は、そのことを通じて女性たちの抑圧された静かな生活から、自由に向かう動的な生活へと発展していく。閉ざされた扉は、開かれることとなる。
「私は生き直すことができない。しかし、私らは生き直すことができる」という言葉で、『晩年様式集』は締めくくられる。
読みながら、私もまた、晩年ライフスタイルに移行しているのだ。 -
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ある日突然貸してくれた本。初めて一緒に働いた日に、私が伊丹十三の話をすると彼は大江健三郎を私に教えてくれた。マニュアルの端に急いでメモをとり、マニュアルに書くのはあんまよくないかってそのあと自分のメモ帳に書き写した。今もそれを使ってる。少し朽ちている。
当時芥川賞を受賞したときの年齢が23歳。それぐらいの年齢の子たちと今暮らしてる。朝椅子に座って、夜ソファに転がって、同じ空気を吸いながら読んでた。海で読んだら気持ちいいだろうなって港へも連れて行った。読みたがっている女の子がいたけれど、彼女は借りずに帰った。
彼に読んだことを伝えると急に人が死ぬでしょって笑ってた。本を貸してくれたことをどれだけの人に自慢しちゃったかな。初めて読んだ彼の本。 -
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ネタバレ醜い脂肪を持った売春婦の情人のヒモをやっている兄とアンラッキーヤングメンという男根愛で戦争経験済みの朝鮮人と、血と争いに飢えた青年ふたりで形成されたバンドとで交互に進んでいく。
情人が精液を流すのに戸惑っている所から始まる、主人公はフランス文学部所属しており、フランス文学で受賞して温くて余生じみてる日本から脱出することを夢見ていた。が、情人は妊娠してしまい弟が殺人の嫌疑をかけられかけて気が狂ってしまったのと、大学の反フランスの同級生のアラブ人の友人に惚れ込んだ。情人と弟に関しては跳ね除けたのに
、アラブ人の友情(連携)を取ってしまった。
弟はアンラッキーヤングメンのみんなと天皇を見送ったら(誰が言い出しっぺか忘れたけど)天皇の車を朝鮮人の持つ手榴弾で爆発させてやろうと考えた。
いざ実行、朝鮮人は合図を、青年2人は手榴弾をトイレから投げる役、投げる前に便入れ?みたいな所に入れて置いたら直前で入ってきた女に生理用品を入れられてしまい投げることが出来なかった。
皆でうなだれている時に、弟じゃない方の青年がすすり泣きをし始めて2人は「男」らしくいられなかったその人に罪を着せることにした。
そして朝鮮人が西洋人の戦友と出会い性行をし、青年2人を軽蔑することになったが弟のためにトラックを強請ったことが西洋人の逆鱗に触れ、卑怯者、売春婦と罵られてしまった。それに朝鮮人が逆上し西洋人を絞め殺して金を奪い取った。その金を使って少し惚れ込んでいた弟と国外逃亡を測ったがもう1人の青年に聞かれてしまい「仲間はずれにするな、告発するぞ卑怯者」と言われ、落とし所を付けるために手榴弾を使った度胸試しをしたが2人とも死んだ。そのため全ての罪が警察から見た場合弟にかかりかねず、兄とアラブ人が保護してくれたのにも関わらず弟は疑心暗鬼になり「警察に捕まるくらいなら」と自害した。
男は男らしく血なまぐさい革命じみた戦いと進捗のある人生に身を置きたいという前提で物語が進んでいた。そして、日本は停滞していて人生は余命だとも。
最後の「俺にとって唯一の行動が自殺だ!おれたちは自殺が唯一の行為だと知っている、そしておれたちを自殺からとどめるものは何一つない。しかし俺たちは自殺のために勇気を奮い起こすことが出来ない。そこで俺たちは生きてゆく、愛したり憎んだり〜そしてふと覚醒しては、自殺の機会が目の前にあり決断さえすれば十分なのだと気づく。しかし大抵は自殺する勇気を振るい起こせない、そこで偏在する自殺の機会に見張られながら俺たちは生きてゆくのだ、これが俺たちの時代だ」という言葉もだ。
その代わりが「絶望ごっこ」だというのは結構現代にも刺さる事だと思った。
犬だらけの地下鉄だとか、レイプされた女がレイプされた猫に自己投影し同情してる所だとか、虹色の熱気でむせかえる惰性的なライブハウス、場面場面が昭和らしい叙情的さで平成生まれの私は新鮮で良かった。AKIRAとドストエフスキーの混合。 -
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ネタバレJリーグ観るのが好きなのでタイトルが気になって読んだ。この作品においてフットボールとは念仏踊りであり、念仏踊りは歴史の再現なのね。Jリーグは差別に対して毅然と対応してくれるから、こうした懸念を払ってくれる。ありがたい。それはさておき、読むのに体力が要るけど次々と怪人が出てくるから何とか読めた。めちゃめちゃ面白かったのでみんな読んでここに感想を流してほしい。
アンニュイな語り手である蜜が、弟が恥辱に塗れて死ぬまで正論で殴り続けるところが好きだった。英雄になりたい欲を潰すことにかけては自分で「悪意の迫撃砲」とか言うレベルで容赦がない。で、終盤に100年前の一揆について重要な思い違いが判明して、一揆の首謀者だった曾祖父の弟諸共弟のこともまるごと再評価して敗北感を感じたりしちゃうんだけど、そこはもう大江健三郎あるあるの森で生まれ変わるターンに入っているからそうなっちゃっただけで読んだ限り弟が「幼稚なげす」であることは揺るがないよな…となるあたりも良い。冒険が必要→アフリカ行く、って雑さも良かった。
半世紀前の作品だけれど、ヒロイックに語り直された歴史に煽動される閉塞感を抱えた人々、というのはなかなか現代社会でも心当たりがあるようにも思える。とはいえそういう難しいことを気にせずみんな読んでほしい。
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ノーベル賞作家・大江健三郎の骨太な長編。安保闘争に敗北し「政治の時代」が終わりを迎えた鬱屈した時代感の中で、性や障害、記憶、歴史といった実存主義的なモチーフが次々に繰り出され、グロテスクで仄暗い小説世界が形成される。
全編を通じて飽きさせないが、中でも第1章が出色。一文が極端に長く、比喩も多用されており到底スラスラと読める代物ではない。「僕は、自分の内部の夜の森を見張る斥候をひとり傭ったのであり、そのようにして僕は、僕自身の内側を観察する訓練を、みずからに課したのである。」(P.9)といった具合に(これは主人公の失明した片目について触れた箇所である)、難解でありつつセンチメンタルな格調高さを湛えた文章に、話の筋の面白さとは全く異なる次元の、小説を読むという体験の素晴らしさを教えられた。
物語の結末は率直に言って、ぼくの想像力を超えた難解なものだった。主人公の選択が輝かしい人間性の恢復へと続くのか、それとも惨たらしい悔恨と逃避を意味するのかはまだ若く未熟なぼくには判断がつかない。
大江自身は後書きで、この作品が彼自身にとっても、彼と同時代の読者にとっても一つの「乗越え点」、すなわち作風の転換点であり、同時に今までの読者をある種ふるいにかけた作品であったと語っている。
ぼく自身がこの作品を自分なりに咀嚼してその意味の一つでも掬い上げることができたのか、あるいはその難解さにただ翻弄されつつ、ファッションとして消費してしまったに過ぎないのかは定かでないが、少なくとも大江文学という一つの「乗越え点」を見つけることはできた。今はそれだけで十分だろう。 -
購入済み
前から読んでみたかった大江健三郎さんの作品。初めてページ数を見た時には存外短いなと思いましたが、実際に読んでみたらページ数から想像する10倍は重たく、濃い内容の作品でした。面白い、などと形容していい作品ではないですが、出産や障害、仕事といったリアルな側と、憧れの外国の地や光の差さない愛人の部屋での逢瀬といった非現実な側の対比が美しく、長く心に残りそうな作品だと思いました。読んでよかったです。
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Posted by ブクログ
大江健三郎は、芽むしり仔撃ち の頃のような若い時は、10代の自分には友達のささやきのようであった。それから、自分が20代のなって以降は大江健三郎は、遠くにいて会うことのないお父さんのようであった。わかる時もあればわからない時もあった。亡くなられたときは大きな光が静かに失われたようだったし、脱原発のことを考えている友人はとても落胆していた。
この新書のなかでは、毎日毎日うつむいて という文章が何気なく良かった。私はほとんど希望を失い毎日毎日うつむいているが、政府の対応がこれだけ反・市民的なのでは、次の大集会にもでかけるほかはない。と。この感じが私の好きな大江健三郎。
ミランクンデラが文学表現の最終到達点としたla morale de l’essentiel 次の世代がこの世界にいきうることを妨害しない、という本質的なもののモラルこそがいま大切だということ、そのことに共感し原発全廃の運動に身を投じること。
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本質的なもののモラルは軽々しくサステナビリティとかSDGsとかの言葉になって発するもので力あるものは舌をベーっと出して企みが増すばかりに思える今。
三・一一後、と鍵カッコつきで、大きな反原発集会では10数万の参加者がいたということが、今もなお希望であるのか絶望になっていくのか
と思いあぐねていたら、魯迅が引用されていて
希望は、もともとあるものとも、ないものとも言えない。それはまさに地上の路のようなものだ。本来、地上に路はなく、歩く人が増えれば、そこが路になるのである。
やはり会うことはないがそこにいて示唆するお父さんのような存在と久しぶりに感じた。
ヒカリさんの話もたくさんあり、伊丹十三やそのほか、小澤征爾。エドワードサイード大岡昇平。渡辺一夫、海老坂武、武満徹、佐多稲子、中野重治、巨星のような、同じ星の人とは思えないような賢人との交流、出会い、すれ違い、交わした会話や手紙のことが淡々と記されて、この本の紹介に、初めて大江作品に出会う人への誘いにもなっている、とあるが、ここから出会うのは相当に手強いのではとも思うが、一言でも出会うことで光がさすかもしれないからこの小文集からの出会いも羨ましいとも思う。