大江健三郎のレビュー一覧
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ネタバレ火見子の多元宇宙論を聞いて余計に頭を悩ませる鳥のシーンが、読み終えた後も頭に残る。それは慰めにはならずむしろ鳥を悲観的にさせてしまったから。
鳥と正反対の人間として、医者と闘う肝臓のない子の父親や女プロデューサーを登場させるのが良かった。鳥の目からは彼が理想であり、同時になぜそんな子のために行動できるのかと奇怪に思える人物だったのではないか。エゴイズムのかけらもない彼は昔の日本人らしいと私には映った。彼女は鳥の自己欺瞞を指摘するが、父親とは違い責任の無い立場から自由に見解を述べているだけなので反駁する気持ちが強く鳥に宿ったのだと思う。鳥の意志を揺らがせるという点では2人は共通しているが。
しかし奇怪な赤ん坊と職業の喪失という大事件が立て続けに起こったことで得たものもある。それは陥穽の恐怖からの自由や日常生活の余裕。皮肉でしかないが今の私にとって羨ましくもある。
火見子という自己欺瞞を後押しする存在はこの物語の中で群を抜いて重要な人物だろう。性衝動のはけ口となり、アフリカに行きたいとまで言ってくれる彼女は理想的な存在であるに違いない。でもその誘惑というよりかは、一つの魅力的な選択肢を断ち切り、最終的に鳥が赤ん坊と共に生きる選択をしたのは普通なし得ないことだと思う。それに赤ん坊が想定よりもましな症状で、義父や妻からの信頼も回復するという結末はそれこそマルチバースの一つ、正解の選択肢を選び続けた末の偶然の結果のように思える。そこまで限定された結末を用意する必要があるのかと思ったが、それについての見解を作者があとがきで述べてくれていて嬉しかった。
火見子の視点から見ると鳥はエゴの塊で、振り回され続けた哀れな存在に見えるが、最初からそのエゴを理解した上で受け入れていたのがはっきりと描かれている。そこがとても秀逸だと思った。
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今年初めて読み終わった本。
(in ウィーン)
あなたのもとに突然、重度の身体的な障害、そしておそらくは知的障害をも持つ赤ちゃんが生まれたとしたら、そのすぐ直後に心の準備ができていますか?
もちろんその子を愛し、支える覚悟がすぐに持てるのかもしれないけど、心のどこかでは逃げたいという気持ちも生まれるのではないかという、とてもセンシティブな題材を文学的に表現しているのが、こちらの作品だと思います。
まず、子どもを持つということについて、その子が障害があるかないかは別として、初めての子が生まれて親になった途端急に、今までの自分の自由が奪われるという、ある意味「ショック」が、洗礼の様な形で初めにあると思っています。(全ての人には当てはまらないかもしれないけど。)
頭では最初から分かっているけれど、実際に体験したときの衝撃は別物だと思うんです。
健常児でもそう思う場合があるのだから、もし障害を持った子どもを育てるということになった場合、あなたの自由はもっと奪われるのではないかという恐怖があっても、それは自然なことであって、その親の気持ちをタブー化しなくても良いのではないでしょうか。
そんな状況下の、とある父親の心の揺らぎを、美しく表現しているこの文学作品に、私は感銘を受けました。
読みながら、ここの読書垢のみなさんのことが思い浮かび、みなさんにもぜひ読んでみてほしいなぁと強く思いました。
みんなはどう感じるんだろう?とすごく気になりました。
文学作品とはいえ、構える必要が全くなく、とても分かりやすいと思います。なので沢山の人に読んでみてほしい。
2026年、すごい作品から始められて嬉しい限りです。もうこれが今年のベスト入りする気がしています。
大江健三郎さん、脱帽です。
さすがです。
ノーベル文学賞、なめたらあかん〜!!
『個人的な体験』という、キッチュさがないとても実用的なタイトルも、私の好みにドンピシャでした。
堪らない。
美しいウィーンにいるけど、日本語ができて良かった、日本語で読めて良かった、と思わせてくれた本でした。
旅行中で大変だから疲れたというのもあるけど、
日本がそろそろ恋しい〜!
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学生時代から何度か読み返してきた本だが、手元に見当たらず買い直した。
『ヒロシマ・ノート』は、1963年、参加団体の政治的立場の違いによって分裂した原水爆禁止世界大会を、現地で苦々しい失望とともに取材した大江健三郎が、その後に重ねた数度の広島訪問を通して、人の生き方について考え続けた記録である。そこで出会った被爆者や医療現場で働く人々は、希望に陶酔することも絶望に沈むこともなく、きわめて現実的で忍耐強い態度で日々暮らしている。
今読んでも、原爆投下から約20年後の社会状況が生々しく伝わってくると同時に、それからさらに60年を経た現在においても、核兵器を廃絶できていない現実や、近年の大規模な自然災害の後に見られる政治の混乱や無策の中で、困難な生活を強いられている被災者の姿が、本書で描かれる人々の姿と重なって見える。本質的には社会が大きく変わっていないように感じさせられ、失望を覚える。
「ヒロシマ」を単なる象徴として消費するのではなく、そこで生きた人々の経験に学び、自らをそこに「参加させる」ことの重要性を問い続ける姿勢は、今もなお有効であり、この本が何度でも読み返されるべき理由だと改めて感じた。 -
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読み終わった後しばらく放心して、自然と一人一人の決断や行動の意味をずっと頭の中で考え直していました。読む人によって受け取り方が大きく変わる、そして考えさせる非常に奥深い作品でした。
一言で到底言い表せないけど、「破壊」と「再生」という言葉が私にはキーワードとして浮かびました。
登場人物の多くは、地獄とも呼べるような現実と葛藤しながら闘い、自らの意志で決断し、行動を取っています。そこには凄まじいほどの「覚悟」があり、読んでいて、鬼気迫るものが感じられました。
大江さんの文体の特徴として、さまざまな比喩表現やバリエーション豊富な形容詞を用いて文章を修飾しまくっています。そのため、一つ一つの文章が長くなりがちです。類を見ないほど素晴らしい表現力で感嘆するのですが、慣れるまでは読みづらさが先行してしまい、少ししんどいかもしれません。
私も中盤あたりで中弛みの展開も手伝って挫折しかけたのですが、後半にかけては引き込まれて、読む手が止まりませんでした。中盤ぐらいまでで脱落する人が多そうなので、そこが勿体なく残念だなと勝手に想像しています。
生前、政治的な主張が強かった作者なので、その点から毛嫌いされる人もいるのかなと。
ただ、日本人でただ2人のノーベル文学賞を受賞した筆力はダテではありません。
万人向けではありませんが、少しでも興味を持った人は先入観を排除してぜひ読んで欲しい作品です。
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ネタバレ最初に描かれるのは、犬の殺処分や大学病院での死体管理といった題材。そこで主人公は「死」と真正面から対峙するのではなく、ただそこにあるものとして淡々と受け止めているように感じた。生と死の境界が明確でありながら、強く拒絶もせず、平静さをもって描かれている点に独特な世界観を感じた。
続く作品では、日本人の共同体に現れる外国人兵士がいくつか取り上げられる。閉じられた共同体に異物が入り込み、風景が歪む。その異物に人々が慣れ、同化したかに見える瞬間があっても、再び異質さが露呈する構成となっており、その不気味さが際立っていた。
「空の怪物アグイー」がとても印象に残った。作曲家には、これまでの人生で失ったものの霊のような存在が、空に白いモヤとなって見える。その作曲家につきそう大学生の視点から物語は語られるが、作曲家の語りに妙なリアリティがあり、自然と引き込まれてしまった。何が心に響いたのかうまく言葉にできないが、それでももう一度読み返したいと思わせる不思議な作品だった。
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今の我々、若者にはこのフットボールの精神などはない。ましてや、一揆などという気概は殆どといっていいくらいない。それが良いか悪いかではなく、自分の内として経験ないことがこの評価たらしめる要因ではあった。(蜜にもないと思う人もいるが、蜜自体は一連の流れに身を任せていないだけで経験はしている。)
だからこそ、この一点につき、私はこの本を推薦したいと思うのだ。我々の内に秘めたる鷹のような心。社会的な後ろめたさ、挫折感、そう言ったマイナスな感情を幼い時分から持っている、同世代がこの本を読む。言葉に刺される。そして、動く。そしたら、令和幾年のフットボールとして、社会に発現する時が来るかもしれない。私はその時に、サッとフットボールチームのメンバーとして仲間入りしようとも思うのだ。これは蜜でも鷹でも星でも妻でもない、蜜よりもネズミぽい陰湿な自分をそこに認めるのだ。 -
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ネタバレ戦後80年企画で、ついにこの本を。毎年夏になると、戦争関連読書を行いたいと思って手に取るのだが、見ているNHKの番組と情報量が多く引きずられがちで、断念しがち、、なので、今回は読み通せて良かった。林京子作品も読みたいんだよなー
ヒロシマ・ノート、これは人類必読の書では?という感じで、今まで読んでこなかったのが恥ずかしいレベルだった。新書だし、多くの人に読んで欲しいと思う。
「広島的なるもの」と形容されるものは何か?それは色々な角度から定義されている。
…彼女たちにもまた、沈黙する権利がある。もしそれが可能なら、彼女たちには、広島についてすべてを忘れ去ってしまう権利がある。…ところが、たとえば宮本定男氏は、自分の死を賭して、原水爆禁止運動に参加する患者だった。かれは意識的に広島をひきうけた。広島でおこなわれた人間の最悪の悲惨を、あえて思い出そうとし、文章に書くことで追体験し、たずねてくる外国人たちに、それをくりかえし語ったのだった、しかも微笑して。広島から逃れるかわりに、かれは広島をひきうけたのである。誰のために?自分の悲惨な死のあとにのこるべき、かれより他のすべての人間のために、われわれのために。…自分の悲惨な死への恐怖にうちかつためには、生きのこる者たちが、かれらの悲惨な死を克服するための手がかりに、自分の死そのものを役だてることへの信頼がなければならない。そのようにして死者は、あとにのこる生者の生命の一部分として生きのびることができる。…
広島で生きつづける人びとが、あの人間の悲惨の極みについて沈黙し、それを忘れ去るかわりに、それについて語り、研究し、記録しようとしていること、これは実に異常な努力による重い行為である。そのために、かれらが克服しなければならぬ、嫌悪感をはじめとするすべての感情の総量すら、広島の外部の人間はそれを十分におしはかることができない。広島を忘れ、広島について沈黙する唯一の権利をもつ人たちが、逆にあえてそれを語ろうとし、研究しようとし記録しようとしているのである。(p.108)
…広島の現実を正面からうけとめ、絶望しすぎず、希望をもちすぎることもない、そのような実際的な人間のイメージがうかびあがってくるように思われる。僕はこのようなイメージの人間こそを、正統的な人間という名で呼びたいのである。(p.147)
どのエピソードも実際に迫るものがあって、胸を突いたのだけれど、特に最後の方の白血病の青年が、体調が良くなったタイミングで病歴を隠し就職し(病歴を隠した医師に対して、「医師たちは小っぽけな欺瞞にびくびくする、無能な清潔派でなかっただけのことである」にすげえってなった)、婚約者を得たものの、その後亡くなり、婚約者の二十歳の女性が病院にお礼を言いにきた翌日自殺したというエピソード。ちょっとトリイゾを思い出してしまった。
…自己犠牲などという意味合いはいささかもない、決定的な愛の激しさにおいて。そしてこの激越な愛とは、そのまま逆に、われわれ生きのこっている者たちとわれわれの政治に対する凄じい憎悪に置き換えられることもあり得た感情である。…
そして青年にはついに死の時がおとずれ、娘は穏やかに覚悟の死を選んだのであろう。娘は、婚約者の死に出会って、悲嘆のあまりに死を決意したのでもなければ、絶望し、死よりほかに選びようのない場所に追いつめられて自殺したのでもないだろう。彼女はおそらく、白血病の青年を愛しはじめたときから、間近の確実な死を眼のまえに見すえていたはずである。娘は青年の運命に参加し、自分自身をそこにまきこんだのであったが、それはこのようにもっとも徹底的なひとつの運命の選択であったのであろう。(p.154-6) -
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やっぱり大江健三郎はすごかった。
かつて大江氏は、自分にわからない世界について、そのギャップを埋めてまで小説を書こうとは思わないし、自分があえて書く必要性も感じないというようなことを言っていた。
本作に出てくる短編は、児童期が戦時中であった彼だからこそ書けた話であり、学生らしさを失っていない時代だからこその初々しさに溢れている。
それにしても天才にしか考えつかないようなシチュエーションが設定されている話ばかりである。
こんな設定、どうやって思いついたんだと舌を巻くような作品ばかりである。
一方でアメリカ兵を否定的に描写している場面も多く、アメリカ人は大江氏の作品をどのように読むのだろうとかなり気になったりもした。
大江氏の才能を感じることができる贅沢な一冊であった。 -
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本書の『ヒロシマノート』のヒロシマがカタカナなのは、原爆被災地広島を示すだけでなく、広島・長崎に投下された原爆による人類史上初めてであり、最悪の「人間的悲惨」を象徴する。また核兵器廃絶の意思である「ノーモア・ヒロシマ」を意味する。そして、大江健三郎は悲惨な体験をした広島の人々の生き方から励ましを受け、「まさに広島の人間らしい人々の生き方と思想に深い印象」を受けた。広島の人は、漢字となっている。そして、そこから「人間の尊厳」と言う言葉を紡ぎ出す。
1960年に広島を最初に訪問し、1963年から取材している。1963年は、大江健三郎が28歳の時だ。
1964年に『ヒロシマノート』を出版し、『個人的体験』を出版している。60年前のことだ。ヒロシマに真正面に向き合う姿勢が真摯でもある。
『ヒロシマノート』の冒頭で、大江健三郎は「このような本を個人的な話から書き始めるのは妥当ではないかもしれない。僕については自分の最初の子が瀕死の状態でガラス箱に横たわったまま、回復のみこみは全くない始末だった」と言う。そして、若い妻が、原爆の被害を受けても、子供を授かり、異常児を産むのではないかという不安があっても産む決意の人を眩しく見るのだった。
原爆の投下された日に広島で生まれた子が、東京オリンピックの聖火ランナーとなり、健康に走り抜けたことを喜んでいる。被爆したからといって、諦めない姿勢、そのことについて全く語らない「黙る権利」を行使して、黙々と生活を送る姿に、共感している。ヒロシマの中で、広島で生きているのことが、重要なのだ。
「尊厳、威厳、屈辱、恥」という言葉が大江健三郎にとって重要な言葉となっている。
核実験再開に対して、あるひとりの抵抗的な怒れる老人は、抗議する割腹をしようとしたが、体力がなく失敗し、抗議書も無視されて、「とうとう生き恥をさらしてしまった」と語る。敗北感に苛まされていたにもかかわらず、確実に人間的尊厳があると大江健三郎は思う。原爆被害を受けながら、原爆被害者の治療をする医師の姿に尊厳を見る。
原爆症が発症して働くこともできず10円がなくて電話がかけられなかったという極貧の孫の若者のお爺さんが、そのあまりにも貧しいことに、浅ましい理由、全く金がないという状況を嘆く姿の中にも尊厳を見るのだ。恥があるから、尊厳も輝くのだ。ヒロシマが生み出した、広島の人々の健気さ、尊厳に注目するのだった。「人間的な力への信頼」が、一筋の希望を見出していく。
広島の原爆は、20世紀の最悪の悲惨だった。そして広島の人々は、ただちに彼らの人間世界を復活させるべく働き始めた。広島の人々は自分たち自身を救済すべくこころみ、彼らに原爆をもたらした人々の魂をも救助した。さまざまな国家による核兵器の所有というガンに侵されている20世紀の地球の時代においては、広島の人々が救助した魂とは、すなわちわれわれ今日の人間の魂のすべてであると大江健三郎はいう。
彼女の動かぬひとみは 無表情だったが、
しかし、そこには何か悲しみ、
苦しみが、名づけようない、ひどく恐ろしいものがあった。
人間として、個人的に、その書斎の中で、自分自身と人類の運命について、考えようとすれば、彼はつねに、20年前、現実に原爆を体験した人々について、思いださざるをえないはずです。そして彼の個人的な志が、そのまま被爆者たちの志につながるような方法はないものかと考えることだ。
そういえば、50年以上前の学生の時に、広島の原水禁の集会に参加して、そして原爆記念館を見た時の衝撃を今更ながら、思い出したのだった。私の中にも、ヒロシマは、あった。思いをつなぐことの大切さを知った。
フクシマの地震、津波による電源喪失による原発のメルトダウンによってもたらされた被害は、人為的な問題が多く、それに向き合い方を、この本から学べた。この災難によって、故郷を奪われ避難するという事態が、家族の崩壊と共同体の人間の魂に大きな打撃を与えた。また森林は壊されたままだ。100年近い被害のありようにも向き合っていく必要があると思った。