大江健三郎のレビュー一覧
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ネタバレ火見子の多元宇宙論を聞いて余計に頭を悩ませる鳥のシーンが、読み終えた後も頭に残る。それは慰めにはならずむしろ鳥を悲観的にさせてしまったから。
鳥と正反対の人間として、医者と闘う肝臓のない子の父親や女プロデューサーを登場させるのが良かった。鳥の目からは彼が理想であり、同時になぜそんな子のために行動できるのかと奇怪に思える人物だったのではないか。エゴイズムのかけらもない彼は昔の日本人らしいと私には映った。彼女は鳥の自己欺瞞を指摘するが、父親とは違い責任の無い立場から自由に見解を述べているだけなので反駁する気持ちが強く鳥に宿ったのだと思う。鳥の意志を揺らがせるという点では2人は共通しているが。
し -
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今年初めて読み終わった本。
(in ウィーン)
あなたのもとに突然、重度の身体的な障害、そしておそらくは知的障害をも持つ赤ちゃんが生まれたとしたら、そのすぐ直後に心の準備ができていますか?
もちろんその子を愛し、支える覚悟がすぐに持てるのかもしれないけど、心のどこかでは逃げたいという気持ちも生まれるのではないかという、とてもセンシティブな題材を文学的に表現しているのが、こちらの作品だと思います。
まず、子どもを持つということについて、その子が障害があるかないかは別として、初めての子が生まれて親になった途端急に、今までの自分の自由が奪われるという、ある意味「ショック」が、洗礼の様な形で初め -
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学生時代から何度か読み返してきた本だが、手元に見当たらず買い直した。
『ヒロシマ・ノート』は、1963年、参加団体の政治的立場の違いによって分裂した原水爆禁止世界大会を、現地で苦々しい失望とともに取材した大江健三郎が、その後に重ねた数度の広島訪問を通して、人の生き方について考え続けた記録である。そこで出会った被爆者や医療現場で働く人々は、希望に陶酔することも絶望に沈むこともなく、きわめて現実的で忍耐強い態度で日々暮らしている。
今読んでも、原爆投下から約20年後の社会状況が生々しく伝わってくると同時に、それからさらに60年を経た現在においても、核兵器を廃絶できていない現実や、近年の大規模な自然 -
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読み終わった後しばらく放心して、自然と一人一人の決断や行動の意味をずっと頭の中で考え直していました。読む人によって受け取り方が大きく変わる、そして考えさせる非常に奥深い作品でした。
一言で到底言い表せないけど、「破壊」と「再生」という言葉が私にはキーワードとして浮かびました。
登場人物の多くは、地獄とも呼べるような現実と葛藤しながら闘い、自らの意志で決断し、行動を取っています。そこには凄まじいほどの「覚悟」があり、読んでいて、鬼気迫るものが感じられました。
大江さんの文体の特徴として、さまざまな比喩表現やバリエーション豊富な形容詞を用いて文章を修飾しまくっています。そのため、一つ一つの文章 -
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ネタバレ最初に描かれるのは、犬の殺処分や大学病院での死体管理といった題材。そこで主人公は「死」と真正面から対峙するのではなく、ただそこにあるものとして淡々と受け止めているように感じた。生と死の境界が明確でありながら、強く拒絶もせず、平静さをもって描かれている点に独特な世界観を感じた。
続く作品では、日本人の共同体に現れる外国人兵士がいくつか取り上げられる。閉じられた共同体に異物が入り込み、風景が歪む。その異物に人々が慣れ、同化したかに見える瞬間があっても、再び異質さが露呈する構成となっており、その不気味さが際立っていた。
「空の怪物アグイー」がとても印象に残った。作曲家には、これまでの人生で失った -
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今の我々、若者にはこのフットボールの精神などはない。ましてや、一揆などという気概は殆どといっていいくらいない。それが良いか悪いかではなく、自分の内として経験ないことがこの評価たらしめる要因ではあった。(蜜にもないと思う人もいるが、蜜自体は一連の流れに身を任せていないだけで経験はしている。)
だからこそ、この一点につき、私はこの本を推薦したいと思うのだ。我々の内に秘めたる鷹のような心。社会的な後ろめたさ、挫折感、そう言ったマイナスな感情を幼い時分から持っている、同世代がこの本を読む。言葉に刺される。そして、動く。そしたら、令和幾年のフットボールとして、社会に発現する時が来るかもしれない。私はその -
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ネタバレ戦後80年企画で、ついにこの本を。毎年夏になると、戦争関連読書を行いたいと思って手に取るのだが、見ているNHKの番組と情報量が多く引きずられがちで、断念しがち、、なので、今回は読み通せて良かった。林京子作品も読みたいんだよなー
ヒロシマ・ノート、これは人類必読の書では?という感じで、今まで読んでこなかったのが恥ずかしいレベルだった。新書だし、多くの人に読んで欲しいと思う。
「広島的なるもの」と形容されるものは何か?それは色々な角度から定義されている。
…彼女たちにもまた、沈黙する権利がある。もしそれが可能なら、彼女たちには、広島についてすべてを忘れ去ってしまう権利がある。…ところが、たと -
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やっぱり大江健三郎はすごかった。
かつて大江氏は、自分にわからない世界について、そのギャップを埋めてまで小説を書こうとは思わないし、自分があえて書く必要性も感じないというようなことを言っていた。
本作に出てくる短編は、児童期が戦時中であった彼だからこそ書けた話であり、学生らしさを失っていない時代だからこその初々しさに溢れている。
それにしても天才にしか考えつかないようなシチュエーションが設定されている話ばかりである。
こんな設定、どうやって思いついたんだと舌を巻くような作品ばかりである。
一方でアメリカ兵を否定的に描写している場面も多く、アメリカ人は大江氏の作品をどのように読むのだろうと -
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本書の『ヒロシマノート』のヒロシマがカタカナなのは、原爆被災地広島を示すだけでなく、広島・長崎に投下された原爆による人類史上初めてであり、最悪の「人間的悲惨」を象徴する。また核兵器廃絶の意思である「ノーモア・ヒロシマ」を意味する。そして、大江健三郎は悲惨な体験をした広島の人々の生き方から励ましを受け、「まさに広島の人間らしい人々の生き方と思想に深い印象」を受けた。広島の人は、漢字となっている。そして、そこから「人間の尊厳」と言う言葉を紡ぎ出す。
1960年に広島を最初に訪問し、1963年から取材している。1963年は、大江健三郎が28歳の時だ。
1964年に『ヒロシマノート』を出版し、『