大江健三郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
僕はこれまでずっと大江健三郎を誤解してきてしまったようだな、と。今年は大江健三郎を読み進めて行きたいなぁ、という気になった。面白かったなぁ。何だ、この話の入れ子構造というか、私小説とフィクションとさらにさらにっていうこの感じ。すごい新鮮。小島信夫をよりスマートにしたような感じといえばそんな感じか。いや、でもこれだけでそんなことまで言ってしまうのはきっと早計だろうな。でも、大江さんの文章を読んでいると小島さんの文章っていうのがとてもとても人間くさくて、逆に小島さん、読みたくもなった。これは何の相乗効果か。。。あー、自分はまだ世界の何も知らない。ということをこうやって知らされる度にゾクゾクする。そして、もっとゾクゾクさせてくれ、と思う。(10/3/14)
-
Posted by ブクログ
64年
あの夏の日からの、永い永い時間
ヒロシマを生き延び続けている
「日本人」の名に於いて、
否定的シンボルであるあの日の原爆を、私たちは
世界へ発信することが出来ているだろうか
あの夏の日から
すぐさま活動を開始した医師たちの努力が
原爆そのものの悪の重みに匹敵する為
広島を忘れることも、無知でいることも
私たちには許されないはすだ
最悪の状況に立ち向かい
草の根の活動を続ける人々の存在を
決して見過してはならない
この本が書かれてからもう何十年も経つが
内容は全く色褪せることなく、
戦争を知らない世代にあの日の惨劇を伝えている
これからも読み繋げられるべき本だと思う
-
Posted by ブクログ
びっくりしました。
大江健三郎は過去の作家ではなく、今でもかつて「同時代ゲーム」を書いた時と同じ意味で同時代性を持った作家であることが、この本から確認出来ます。
興味のある人は、村上春樹の「海辺のカフカ」と本書を丹念に比較して見るといいでしょう。
2つの小説の構造を丹念に解き明かしていくならば(本書の言い方にならってRe-readingするならば)、この2つは実は中心点がほぼ同じところにあることが分かるはずです。
ただ、惜しむらくは現在の大江健三郎がライターズライター(小説家のための小説家)になっていることでしょう。
コアな読み手、あるいは小説を書くために読んでいるような読者でなければ伝わらない書き方を選択しているので。
それ故に「海辺のカフカ」のような幅広い読者は得られないかもしれませんが、小説というものをとことん知的に楽しみたい読者が今の日本に仮に存在するとするならば、そういう読者にとっては堪えられない小説になっています。
(知的に楽しむという意味で、文庫版の解説でリービ英雄が実に的確なガイドを行っていますね。おそらくそのような的確さがリービ英雄に可能であったのは、彼が小説を書く人間であるからだとも言えますし、同時に知的に小説を楽しむ方法を知っているからだとも言えそうです。)
もしこれからこの小説にチャレンジしようとする人がいるならば、「主人公に感情移入しない読み方をしたほうが良い」と言っておきます。
感情移入しない、というよりは、主人公に感情移入出来ない小説です。
そういう意味で楽に読める小説ではありませんし、そこでこの作品を醜悪な失敗作と位置づけてしまうことも可能です。
しかし、作者の大江健三郎はそういう書き方を明らかに意図的に選んでいますし、そこで
「なぜそのような書き方をしているのか?」
という問いを発しつつ読むならば、そこからこの小説の面白さは立ち上がってくるのです。
でも、まぁ、どう読んでも良いんですけどね。
賞賛も批判も批評的な読みも含めて
「私の小説をどう読んてもいいよ」
ということが、大江健三郎がこの小説にこっそり仕込んだメッセージでもあるのでしょうから。