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外部からおそいかかる時代の狂気、あるいは、自分の内部から暗い過去との血のつながりにおいて、自分ひとりの存在に根ざしてあらわれてくる狂気にとらわれながら、核時代を生き延びる人間の絶望感とそこからの解放の道を、豊かな詩的感覚と想像力で構築する。『万延元年のフットボール』から『洪水はわが魂に及び』への橋わたしをなす、ひとつながりの充実した作品群である。
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Posted by ブクログ
おほきな疲労感とともに
狂気を書く。その点では『ねじまき鳥クロニクル』とおなじだが、前者は社会の狂気。こちらは個人の狂気だ。
しかも、こちらの狂気は説明的な人工の(=絵空事の)狂気なのだ。人間に直に根ざした狂気とは感じられない。
一文がながながしい変革期の文体。それは、大江がのちに『さようなら、私の本よ!』で書いたとほりだ。《あなたの出発時の文章はスッキリして、書いてることがよくわかった、いまはゴテゴテしている。それは批評家が賞めてるような、あなたに豊かな資質があるということじゃなくて、いま何を書いたらいいかわからないから、形容詞の煙幕を張ってということじゃないのか?》
「核時代の森の隠遁者」は『万延元年のフットボール』の後日談。表題作は、父と天皇へ結びつく中篇だが、長すぎる内容は食傷気味になった。
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