大江健三郎のレビュー一覧
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ネタバレ読後の衝撃たるや。それは深部に残り続けるだろうと思います。
友人の不可解な死に導かれ、夜明けの穴にうずくまる僕・根所蜜三郎。
地獄の憂悶を抱え、安保闘争で傷ついた弟の鷹四。
僕の妻・菜採子は、重度の精神障害児を出産してから、アルコールに溺れるようになった。
アメリカでの放浪を終えた鷹四が帰国したのを機に、苦悩に満ちた彼らは故郷・四国の谷間の村を目指して軽快に出発した。
鬱積したエネルギーを発散する鷹四は彼を支持する若者らの信奉を得て、谷間でフットボール・チームを結成する。やがて鷹四に率いられた青年グループを中心に、万延元年(1860年)の一揆をなぞるような暴動が神話の森に起こり…。
大江健三郎の最高傑作とも評されるのも頷ける長編。生硬かつ濃密な文体で綴られる、生きる苦しみ。
ひたすらに内省的な僕「蜜」は、27歳にしてすでに諦観の境地に達したか。
対照的に、その弟「鷹」は、自我を引き裂かれた怪物のような青年で、幕末の一揆を彷彿とさせる暴動を先導する。
「新生活」を始めるため、彼らは故郷・四国の谷間の村に行ったが、地元の青年たちの支持を集めてカリスマ性を発揮する鷹に対し、蜜は倉屋敷に閉じこもり思索に沈む。
内向的すぎてもはや何の行動も起こさない蜜にとって、鷹は血を分けた弟とはいえ、到底理解できる相手ではなく、憎悪の対象でしかない。
たしかに、幕末の一揆を引き起こした曾祖父の弟に自分を重ね、自己陶酔に浸る鷹は恐ろしい存在ですし、絶縁して当然ですが、蜜は弟の暴走を止める対話をできたのでは?しかし、そこは妻がずばり指摘してましたね。
それらすべてを抱え、蜜は再生に踏み出せるか。深遠な問いに読者も道連れにされる、果てしなく重い作品でした。 -
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五良の自殺(≒伊丹十三の自殺)の根底にあったであろう“アレ”の正体を各々模索していく物語。
奇しくも、『万延元年のフットボール』と、自殺の原因の探究という点では同じなぞらえ方をすることとなった。
「取り替え子(Changiling)」という逸話を物語へ絡めこむ上手さ。
終章にて、モーリスセンダックの絵本からヒントを得て主題となるこの言葉は、それまで一切出てこない。
そしてまさにこの「取り替え子」の考えによって、五良の死を、次の世代の誕生に繋いでいく…。
『懐かしい年への手紙』でも感じた、終章に通底する独特の清らかさ。
——もう死んでしまった者らのことは忘れよう、生きている者らのことすらも。あなた方の心を、まだ生まれて来ない者たちにだけ向けておくれ。 -
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ー 土間の焚火は殆ど消えかかろうとし、谷を囲む森の獣の吠え声、鳥の不意の羽ばたき、そして樹皮の寒さにひびわれる音が響いた。僕は眠るために苦しい努力をしながら、腹立たしく絶望的に重苦しい死のイメージに圧倒されていたので、安らかに天使的な弟の寝息が聞えはじめると嫉妬のあまりに弟への優しい感情をすっかり無くしてしまうほどだった。村の内側では見棄てられた者らと埋葬されない死者があるいは眠り、あるいは不眠に苦しみ、村の外側では、悪意にみちた数しれない者らが、これは一様にぐっすり眠っていた。 ー
何となく大江健三郎が読みたい今日この頃。
初期の作品は面白いよね。味わい深い。
反抗的精神というか、客観的にはちっぽけな自由意志の問題とか、服従すべきか自分の価値観を守るべきか、そんな意固地な少年の葛藤が今となっては新鮮。 -
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燃えあがる緑の木
三部作ということで長かったですが、本当に読んで良かった。
今年は大江健三郎を読み続けてきました。後期の作品はまだ1作も読んでいませんが、一旦ここで大江さんからは離れようと思います。
この作品を自分に落とし込むのに十分な時間が欲しいため、そして後述しますが、”勉強”による“集中”も行なっていきたいため…。
以下、感想ですが、冗長で妄想まじりです。
ギー兄さんは、膨張しすぎた自らの教会の構成員に対し、“魂のこと”にあらためて個人個人がそれぞれ専念するため、こう説教します。
「本当に“魂のこと”をしようとねがう者は、水の流れに加わるよりも、一滴の水が地面にしみとおるように、それぞれ自分ひとりの場所で『救い主』と繋がるよう祈るべきなのだ。」
さらに、こちらは引用されている、哲学者シモーヌ・ヴェイユの言葉。
「神は不幸の苦しみを慰さめない」
これらの言葉に触れて考えたこと。
第一部、第二部と「“魂のこと”=魂の救済」と解釈して読んできましたが、私は部分的に間違っていたことに気づきました。
孤立無援で真っ暗闇の“道”(=“魂の暗夜”)を進んでいく、光がどこかに見えてくるかはわからない、光の方から近づいて来てくれることも期待できない、だがしかし、私にできることはただ一つ、光が現れることを、孤独に強く祈り続けること…!
これが私の“魂のこと”の再解釈です。
魂は救済される、と私たちが能動的に祈り続ける、この効果のアヤフヤな祈り自体が魂の救済であり、超越者の差し伸べる手を待ち続けること自体は救済に繋がらない、これが内実だと思います。
この再解釈に伴って思い出したのは、高校生の頃に聞いていたBon joviの誰もが知る曲の歌詞。
“We’re half way there/ Livin’ on a prayer”
これは前述した、魂の暗夜で祈る私(たち)そのものではないか?
さらに話を広げて、一時期YouTubeでよく流れてきた、電車の中でBon joviを熱唱するボンジョビおじさん。
彼はBon joviの詞を祈りの言葉として、自分ひとりの場所で(実際には電車内で周りに沢山人がいたわけだが)祈り続けていたのではないか?
そしてある時、周りの人々まで彼につられて熱唱しだす。それは、彼のアヤフヤな祈りが、彼の祈りの中心にある“何か”に届いた、その顕現なのではないか??
その大合唱の光景は、おそらく彼自身から見ても、部外者の私が映像として見ても、まさに「一瞬よりはいくらか長く続く間」の光景だった…
もうひとつ、私の凝り固まった考えを、解きほぐし良い方向へ矯正してくれた話がありました。
またシモーヌ・ヴェイユですが、
「祈りが注意力によってなりたつ」
そしてヴェイユは著書で、祈りに必要な注意力・集中力は、学校の勉強に取り組む時の注意力・集中力に鍛えられるといいます。(今読んでいる『神を待ちのぞむ』より)
私はとくにここ最近、中期の大江健三郎やイェイツを読んでいて神秘主義(オカルティズム)に傾倒しすぎることを恐れて、オカルトと、いわゆる学校での合理的な勉強(自分は理系なので)とを、意識的にキッパリと隔てて考えるようにしていました。
だからこそ、勉強での集中力、祈りの注意力がお互いを増強し合っている、すなわち隔たりがあるどころか、良い結びつきをもつ両者をひとつながりに考えることに、かなり衝撃を受けたのです。
そしてこの2つの対極が、しかししっかりと繋がりをもつイメージ。これは作中で何度も登場したイェイツの”Vacillation”の、以下の冒頭そのものではありませんか?
“Between extremities / Man runs his course;”
最後に、僕のこれからの“魂のこと”の話だけ。
前述した「祈りが注意力によって成り立つ」ことについてですが、人が人に眼を向けるとき、または気を配るとき、このようなときも“集中”“注意”を向けているのであって、祈りの一つの形態であると大江さんは言います。
このような場面を読んでいて、ふと思い出したのは、そこそこ親しくなったバイト先の社員さんが辞職する際に私にくれた手紙。
「優しくて色んな人のことを見てて、考えてくれるんだろうな〜と思います。」(晒してごめんなさい)
第一部、第二部と読んできて、私は“魂のこと”なんて今まで取り組んでこなかった、これからも“魂のこと”に向かう分岐点に立ったとき、ちゃんとそちらへ向かうことができるだろうか、と煩悶してきました。
しかし、この手紙を思い出した後、私はしっかり祈ってきたのだ、無意識に“魂のこと”に取り組んできたのだと、慰められるようでした。
これからも、自分の内外どちらにも注意を向けていきたいと思います。
この祈りを忘れないように、作中でも祈りの言葉とされてきたこの英単語を、私も絶えず心の中で響かせていきます。
———Rejoice! -
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【読もうと思った理由】
古井由吉氏を知ったきっかけが、平野啓一郎氏の「小説の読み方」と伊坂幸太郎氏の「小説の惑星 ノーザンブルーベリー編」だ。現在人気の作家二人が揃って、古井由吉氏を絶賛している。平野啓一郎氏は、小説家が尊敬する小説家と評価しているし、伊坂幸太郎氏は、完璧な小説を挙げるとすると、「先導獣の話」を挙げるかもしれないと、最大級の賛辞を送っている。
また古井氏と言えば、芥川賞受賞のエピソードが有名だ。第64回芥川賞を受賞したときのノミネート作品が、実は古井氏の作品が2作品あった。「杳子(ようこ)」と「妻隠(つまごみ)」だ。一人の作家が同じ回に2作品ノミネートされるのは、かなり稀だ。当時の選考委員も他の作者の候補作があるにも関わらず、ほぼ全員が古井氏の作品を推す。ただ杳子と妻隠で真っ二つに意見が分かれる。
当時選考委員であり、すでに文壇の重鎮となっていた川端康成氏が、「文藝春秋の社内予選で、一作家の候補作を一作品に絞れないなんてありえない」と、選考時に杳子しか読まないという。そんなのありなの?と。それで結局杳子に受賞作が決まるという。(選考後に妻隠も読んだそう、川端氏の名誉の為に書いておきます。)まぁそれほどデビュー当時から他の新人作家と比べて、古井氏のレベルが段違いだったのだろう。
大江健三郎氏に関しては、また伊坂幸太郎氏のエピソードになってしまうが、大学生のときの伊坂氏が、たまたま大江氏の「叫び声」を読むと「なんだこれ、めちゃくちゃ面白い!」となって、ほぼ毎日のように大学の生協に大江氏の本を買いに行っては、貪るように読んだんだという。意外に思われるかもしれないが、伊坂氏は自分が読む本は、ミステリーか純文学しかほとんど読まないらしい。単純なエンタメ作品では出せない魅力があるのも、その辺の読書遍歴からきているのかも知れない。
なので古井氏も大江氏も、上記のエピソードの関連から短編を数本は読んだが、難解な部分が多く、理解が浅いような気がしてならない。そんなときは、小林秀雄氏に教えてもらった攻略法が役に立つ。その作品を深く理解したければ、その人物を深く知れば良いと。そんな折、本屋をぶらぶらしていると、二人の対談本があった。一石二鳥とはまさにこのことと思い、読むに至る。
【大江健三郎って、どんな人?】
(1935年〜2023年3月3日)(88歳没)
愛媛県大瀬村(現内子町大瀬)に生まれる。東京大学仏文科在学中の57年、東大新聞の五月祭賞を受賞した「奇妙な仕事」が評価され、文芸誌に「死者の奢り」を発表。新世代の作家として注目を集め、翌58年、戦時下の村で黒人兵を幽閉する「飼育」で芥川賞を受賞した。集団疎開した少年たちが疾病の広がる山村に閉ざされる第一長編「芽むしり仔撃ち」を同年刊行、初期の代表作となった。都市の無力な若者のアイデンティティを問う長編「われらの時代」(59年)などを経て、61年、17歳の少年がテロリストになってゆく問題作「セヴンティーン」を発表。64年、脳に障害のある長男の誕生を描いた「個人的な体験」(新潮社文学賞)で作家として転機を迎える。苦悩を抱えて生き、無垢(むく)なものに再生される主題の作品を以降、繰り返し描いた。
「反核・平和」の訴えは創作にとどまらなかった。60年には石原慎太郎や江藤淳らと「若い日本の会」を結成。日米安全保障条約に反対する活動に加わった。広島での取材体験を元にしたノンフィクション「ヒロシマ・ノート」を65年に、「沖縄ノート」を70年に刊行した。95年にはフランスの核実験に抗議して、同国で開催予定のシンポジウムを辞退。この件を批判した仏作家クロード・シモンとはルモンド紙上での論争に発展した。
94年に川端康成に続いて日本人で2人目のノーベル文学賞を受賞した。故郷の四国の村から国家、宇宙へと神話的な文学世界が広がる「万延元年のフットボール」(67年)が翻訳され、評価されていた。受賞記念講演の題は「あいまいな日本の私」。文化勲章にも内定したが、「国家と結び付いた章だから」と辞退し、話題になった。2000年の「取り替え子(チェンジリング)」以降、自身を想起させる老作家を主人公とした長編の刊行を続けた。13年に発表した「晩年様式集(イン・レイト・スタイル)」が最後の小説となった。
主な受賞歴に、67年「万延元年のフットボール」で谷崎潤一郎賞、73年「洪水はわが魂に及び」で野間文芸賞、83年「新しい人よ眼ざめよ」で大佛次郎賞。77~84年と90~97年に芥川賞選考委員。選考をひとりで行う大江健三郎賞を05年に創設、14年の終了まで国内の気鋭の作家に光をあてた。
【古井由吉って、どんな人?】
(1937-2020)(82歳没)
1937年東京生まれ。東京大学独文科修士課程修了。ロベルト・ムージル、ヘルマン・ブロッホらドイツ文学の翻訳を手がけたのち、1971年「杳子」で芥川賞を受賞。1980年『栖』で日本文学大賞、1983年『槿』で谷崎潤一郎賞、1987年「中山坂」で川端康成文学賞、1990年『仮往生伝試文』で読売文学賞、1997年『白髪の唄』で毎日芸術賞を受賞。『山躁賦』『眉雨』『楽天記』『野川』『辻』『白暗淵』『ゆらぐ玉の緒』『この道』ほか数多の著作を遺して、2020年2月永眠。
【本書概要】
聖なるものと優れた小説がともにもつ、明快にして難解な言葉の有り様を語り、鴎外から中上健次まで百年間の名作小説を、実作者の眼で再検証する。また、外国詩を読み、翻訳する喜びを確認し合う傍らで、自らの表現を更新するたび「+1」を切望する、創作時の想いを明かす。日本文学の最前線半世紀を超えて走り続けた小説家が、それぞれの晩年性から文学の過去と未来を遠望する対話集。
【感想】
この本を読んで良かった。二人の人間性がこの対談集を読んでいるとよく分かる。大江氏は古井氏のことが、めちゃくちゃ好きなんだと、分かりやす過ぎるほどに、こちらに伝わってくる。また、二人の日本だけではなく世界の文学の知識が半端なく広くて深いのだ。僕のように浅くて狭い人間からすると、読んだことない作家のオンパレードだ。
この対談集6章からなる章立てだが、第1章がもっとも難解だ。久しぶりに読んでいて、書いてあることが難解過ぎるため、脳をフル活動しないと、とてもじゃないが付いていけない。それもそのはず。二人とも東大卒なのは当たり前として、古井氏はドイツ語の翻訳者として二十代の頃活躍していたし、大江氏は英語とフランス語が堪能だ。なので、古井氏はドイツ文学に造詣が深く、大江氏はフランス文学やアメリカ文学の知識が豊富すぎる。
ただこの難解な第1章を読んで、ありがたい気づきを得られた。それは、自分が過去読んだ本の中で、もっとも感銘を受けた小説はカラマーゾフの兄弟だ。それも僅差で一位ではなく断トツでトップなのだ。本書の第1章を読むことにより、その理由が明確にわかった。カラマーゾフの兄弟を実際読まれた方はご存知だと思うが、作者であるドストエフスキーの想いや思想を、読み手であるこちらに休むことなく畳みかけてくる。思想がまるでミルフィーユのように、何層にもわたって積み上げられていく。言ってしまえば、形は間違いなく小説なのだが、中身は思想書に感じられる。
なので元々思想書好きの僕には、ピッタリとハマったのだろう。逆に思想書とか好きじゃない人には、消化不良で食傷気味になってしまうのだろうと思った。この1章を読んでいて、二人の上げる作家がほぼ漏れなく、自分の揺るぎない考え、思想を持っているように思えた。なるほど。だから難解でも興味を持つことができ、なんならリストアップされた作者も読んでみたいと思えたんだろう。
第2章は、創刊以来「新潮」に掲載された選りすぐりの短編35編をそれぞれ二人が論評するという企画だ。まず企画からして面白い。実はこの2章から最終章に至るまで、1章に比べるとだいぶ肩の力を抜いて楽しんで読める。その中で二人揃って絶賛している本があれば読んでみようと思った。おっ、一人いた。牧野信一氏の「西瓜喰ふ人」だ。自慢じゃないが、作者も作品名も生まれてこの方、ただの一度としてして聞いたことすらない。大江氏いわく、「この短編選の中で最上の作品だと思う」といい、古井氏も「僕もこれが一番です」と返す。すごいじゃん。二人とも意見が違わず「一番」と「最上」と言い切っている。この本は短編だし、調べると青空文庫でも読めるので読んでみようと思った。
あと読んでいて、古井氏の言葉ですごく納得した言葉がある。「仕事を続けるにもエネルギーがいるけど、仕事をしないでいるのもエネルギーが要るんだ」と。実は人間って、退屈で暇すぎると、ロクなことを考えない。大体においては、ネガティブなことを考えてしまう。なので将来仕事を退職してからも、コツコツ自分一人で完結できる仕事を、マイペースで元気な限り続けることが、いちばん健康的に過ごす秘訣なんじゃないかなぁと思ってきた。定年退職してからボケ始める人が多くなるのも、退屈すぎるのが原因じゃないかなぁと。
古井氏が小説に関する考え方を明確に答えていた。「僕の分担は、劇が始まる前までだと思っています。小説家はシナリオを書くわけでもないし、ましてや役者として舞台に立つわけではない。芝居の始まる前の雰囲気なり緊張感なりを小説の仕舞いに遺せるかどうか。」また、「とにもかくにも雰囲気や緊張や期待を含めて芝居の始まる前までの現在をあらわせるなら、以って瞑すべしと思っています。」と語っていた。それに対して大江氏は、世界にはいろんな小説家がいるが、一瞬実現する舞台を作り出すために書くのは古井氏だけだという。またはじめはその舞台への積みたての場面をつかみにくいために読者が難渋することもあると。だが最後まで行き着いて、その舞台に乗ると明快なカタルシスがあるように整理されている。それが古井氏の小説なんだと説く。
この言葉を読んで、ようやく納得感が得れた。要はこれって、小説のエンディングをどう締めくくるのかという考え方だ。大体において難解だと言われる純文学は、エンディングがなぜそこで終わる?と疑問しか残らない作品もけっこうある。それを古井氏は、最後に役者が出てくるところで終わりになるという。古井氏は小説の本来とは何か?を考えたんだそうだ。そして氏は、小説の本来のその直前までを書いて終わるんだと、そういう意識があるんだと。
そういえば村上春樹氏も言っていた。自分の書いている小説は、純文学だと意識しては書いていない。だが心のどこかで、娯楽小説ではないと幾らかは思っていると。娯楽小説ではないとは、作者が読者に対してある程度の咀嚼力を要求することだと。全部が全部エンディングを書いてしまうのではなく、読者の想像力を求めるんだと言っていた。
多分その究極系が、古井氏なんだろうと。キーになる登場人物を登場させたら、小説が終わってしまう。読者がそこから後のストーリーをすべて構築していくということか。おそらくその終わり方に慣れるまでは、戸惑うことも多いだろうが、慣れてしまえば、自分の想像力向上には効果は絶大だろうと思った。
最後に夏目漱石没後100年ということで、それぞれが代表作三作を挙げてくれていた。大江氏は「虞美人草」「こころ」「明暗」の三作。古井氏は、「こころ」「草枕」「道草」の三作および、「夢十夜」と「硝子戸の中」を次点として挙げてくれた。漱石はそろそろ本格的に読んでいこう思っていたので、道標として作品を提示してくれるのは、この上なくありがたい。漱石は今後国内近代小説家で、もっとも力を入れて読んでいきたい作家だ。一番ベタではあるが、誰もがオススメする作家は、やはりそれだけ魅力あふれる作家なのであろう。海外作家で誰もがドストエフスキーを推すように。
【雑感】
今回大江氏のことはあまり触れていないが、大江氏の長編小説を読む前に、「大江健三郎、作家自身を語る」(新潮文庫)を読んでから、大江氏の長編を読もうと思っています。その本の感想欄で大江氏のことは、がっつり書こうと思ってます。次は、古井由吉氏の「辻」を読みます。古井氏は初期を除いてほとんどが短編作品ばかりだ。なのでこの作品も短編集だ。元々の購入動機は、平野啓一郎氏の「小説の読み方」で取り上げていた、「半日の花」を読むために購入してすぐに読んだ。読めるのは問題なく読める。ただ感想を纏めるのが難しい。だが本書を読んだので、ある程度は古井氏の小説に対する向き合い方など分かってきたので、再読し感想を書きます。 -
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2006年に行われ、テレビ放映もされた連続インタビューを再構成し編集・追補された「推敲された」インタビュー。尾崎氏が大江のことばを引き出す役に徹したことで、細密に描き込まれた作家・大江健三郎の自画像ができあがっている。文庫版には「後期の仕事」三部作を書きおえたあと、2013年の対話も収録されている。
全体を読み終えて、あらためて大江の勤勉な読書家であり勉強家であることが印象に残った。谷崎潤一郎にも似たようなことが言えるが、研究対象が自分よりもどう考えても知識教養に優れている場合、研究者はいったい何をすればよいのだろうか。
強靭な記憶力、とくに自身に対する批判をよく覚えていることにも驚かされた。質問に対する回答の形で提示される穏やかな文体を一皮めくると、じつは底堅く根を張っている男性中心主義的な主体性への願望が滲み出る場面や、苛立ちと怒りと冷笑と絶望が不意に姿を見せるような瞬間があって、実にスリリングな読書体験だった。 -
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第一部に生き続き、イェーツの”Vacillation”という詩を原動力として物語の登場人物たちが活き活きと動き回るわけです。
しかし、第二部を経て、イェーツの独特なオカルティズム(神秘主義)から紡ぎ出されたこの詩が、徐々に僕の中で確かな質量を持ち始め、実際的になってきているのを感じます。
最終章でアサの言葉で同じようなことを語られていますが、同じ“魂のこと”に取り組んだ「懐かしい年への手紙」では、取り組み方が知的で、ある程度机上の空論だったのに対し、本作はよりプラクティカルに“魂”に肉薄しているように思います。
さて、主に第二章「中心の空洞」、第三章「正直いって神はあるんですか?」では、大江が唱えてきた「信仰を持たない者の祈り」がどういう祈りであるか、いったい何に祈っているのか、解き明かそうとする試みが行われています。
第三章には、大江と同じく信仰を持たない僕が、これからの人生で“祈る”際に必ず想起するであろう一つの印象深い比喩が、ギー兄さんによって紐解かれます。その場面を以下に引用します。
——神という言葉を自分たちで定義することを恐がっていながら、しかもその周りを、尻尾に糸を結えられたトンボのように、グルグル廻りしているんじゃないですか?
——そうだね、糸の先のトンボのように、というたとえは実感があるなあ。
(中略)自分がそこから逃れようとグルグル廻っている中心に、ほかならぬ神がいるように思えることもあるし、廻れば廻るほど神の不在を確かめているように感じることもあるものね。
(中略)糸に結えられたトンボから逆転して、こちら側から、そのグルグル廻りの中心を囲い込んでいく。それがわれわれの祈りの、いまのところ唯一可能な実体かも知れない。 -
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『懐かしい年への手紙』の続編です。
まだ三部作の第一部ですが、この一冊ですでに十二分の満足感がありました。
『懐かしい年への手紙』で試みられた「魂の救済」について、この物語の長さを利用して、更に深く追求しようとしています。
印象に残った2つのシーン。
ギー兄さんが信用を失い、町民からのリンチに遭う場面。黙って暴力を受け入れる姿は、磔にされたイエスのようで、まさに“救い主”という言葉が適当でした。
そして、ギー兄さんが小児癌を患う少年カジに、“救い主”として言葉をかける場面。
「ほとんど永遠にちかいほど永い時に対してさ、限られた生命の私らが対抗しようとすれば、自分が深く経験した、“一瞬よりはいくらか長い間”の光景を頼りにするほかないのじゃないか?」 -
Posted by ブクログ
大江健三郎の最高傑作と評されていたので、温めて置いていましたが、現時点では個人的にもやはり最高傑作でした。読み終わってすぐ2周目を始めてしまったほどです。
重厚な構成、有機的で現実的なメタファー、極限状況からの脱出、魂の浄化。巧みな文章力に、自室で1人でため息を漏らしていました。
「魂の浄化」という点だけでいえば、「懐かしい年への手紙」の方が深く掘り下げていますが、全体としての完成度はこの作品が飛び抜けている気がします。
第1章の、蜜三郎が穴にこもり、自身を徐々に「穏やか」にし、精神の下降の斜面へと滑り落としていくシーンが1番好きです。このシーンの情景を大切に心の芯に持って生きていきたいです。
僕は、蜜と鷹、どちらの生き方を目指すのか… -
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読み終えるのに3週間ほどかかってしまいました。大江健三郎の文体が、漫然と流し読みするのを許してくれません。
その分、文章と取っ組み合いをするように読むのですが、能動的鑑賞を強いる芸術と向き合うときと同様、理解したとたん、もともと自分を構成する一部であったかのように、自分自身の芯に溶け込む感覚があります。
主に万延元年フットボールを、さらにそれ以前の大江作品を取り込んだ、壮大なメタフィクションでした。この3週間、ダンテの「神曲」が響き渡る四国の谷間、そしてギー兄さんが構想する魂の浄化のためのコミューンに身を置いていた気がします。
ギー兄さんにとっては四国の谷間の森が、Kちゃんにとっては東京の家族で住む家が、それぞれ“根拠地”として彼ら自身に深く根ざしていますが、
「さて、僕自身の“根拠地”は?」
こう考えた時、神谷美恵子の「生きがいについて」を読み、
「さて、僕自身の生きがいは?」
と考えた時と同じ焦りを覚えました。
ギー兄さんが引用して暗唱する、ダンテの「神曲」。それぞれの引用は感銘を与えてくれるのですが、やはりまだ腑に落ち切らないところも多いのです。
この「懐かしい年への手紙」も、ゆくゆくは「神曲」も、人生の中で何度も読み直していかなければならないのだと思います。
それこそ、ギー兄さんやKちゃんがそうしたように! -
購入済み
『ツバサ・クロニクル』とともに
大江さんが2023年3月3日に亡くなられ、
13日の今日その発表がありました。
もっとお言葉をお聞きしたかったのですが。
『洪水はわが魂に及び』の子のように
繰り返しが特徴。太字の「壊す人」など。
日本の中の双子の国家、双子の妹への手紙、
天体学者の、アポ爺、ぺリ爺も双子。
妹はモンローのパロディか米大統領と関係。
日露戦争相手国ロシアの血。
この国、貿易(?)までしてる。
歯痛とか悪臭とかペインティングとか、
感覚的にわかりやすく刺さってきますね。
社畜の方が息をついたろうキャバレーとか
そんな俗悪なものと神話の巨人が併記され、
聴覚で村人を誘導、家族シャッフル、
惨殺もあっさりと書かれ、おおらかで残酷、
アハハアハハで人生ってそんなもの?
アニメ『ツバサ・クロニクル』も
「同時代ゲーム」的。異世界、異時代。
シャオラン君には双子の陰のもう一人?
印象的な一節:冒頭から74%、第五の
手紙の2。原生林の夜明け前、筆者に
ツユトメサンが幾千万年と幾千万年の
暗闇の間でパッと燃える、つまり、
生きていることの方が不思議だと言い、
筆者が反論するところ。 -
Posted by ブクログ
「大江健三郎全小説」は、講談社から2018年から2019年にかけて刊行された15巻構成の、大江健三郎の小説全集であり、本書はその第4巻にあたる。全集に収載されている小説は、基本的に年代順となっている。本書に収められている作品で発表が最も古いのは、「走れ、走りつづけよ」であり、「新潮」誌に1967年に掲載されているものだ。その他の作品も、1968年から1972年くらいに発表されたものであるが、本書の最後に掲載されている「水死」という長編小説は、その他の小説の発表時期から40年程度の間が空いており、2009年の12月に書下ろしとして発表されたものである。
「水死」が本巻に収載された理由に何故かについて、解説で尾崎真理子が書いている。
【引用】
この第四巻には「父」を主題とした一連の作品が集められている。短編「父よ、あなたはどこへ行くのか?」と「われらの狂気を生き延びる道を教えよ」、七〇年十一月の三島由紀夫の自決後に発表された中編「みずから我が涙をぬぐいたまう日」、そして二〇〇九年に書き下ろされた大長編「水死」という最終決着。
【引用終わり】
その解説によれば、父親のことは、大江健三郎にとっての「生涯の難問」であり、大江健三郎の三十代前半から、繰り返し父親というテーマで作品が描かれてきた。大江健三郎は1935年の生まれであり、「水死」の発表年である2009年には74歳であり、大江健三郎自身、「しかし、『水死』を書き終えたとき、私は今度こそ自分の長編小説作家としての仕事は確信していたように思います」あるいは「こういう父親と最後に小説の中でめぐり会うために、僕は五十年以上も小説を書いてきた」と語っている。この小説が書けたことにより、「生涯の難問」に対して、一つの解決を得たと大江健三郎自身が感じていたのだ。
私が大江健三郎を読んでいたのは高校生から大学生の頃であるが、実際に読んだのは、本当に初期の頃の作品のみであった。この全集で言えば、第1巻・第2巻に収められている小説はだいたい読んでいたが、第3巻に収載されていた小説は半分程度しか読んでおらず、この第4巻に収載されている小説は、全ての作品が初見であった。
もちろん、「水死」も初めて読む小説であった。初期の1960年代半ばくらいまでに書かれた大江健三郎の小説しか読んでおらず、2009年発表の「水死」までの40年以上に渡る大江健三郎の小説をほとんど知らない私にとっては、「水死」はそれまで読んだ大江健三郎のものと全く違うもののように感じられた。
文体が違うのだ。
1968年発表の「父よ、あなたはどこへ行くのか?」には、例えば、「助手席に坐った僕は、ロックしたドアと背もたせとに斜めに躰をあずけて、雨の降りはじめた前方の街路と、重おもしいほど豊かではあるが、手入れが悪いために粗っぽい藁束めいた金髪を方の上でひとまとめにむすんだ彼女(かれ)が、大きい脣を両すみがぐっと垂れるほど強くひきしめ、赤っぽい肉のついている三角形の顎を極端につきだし、ひどい近眼であるにもかかわらず決して眼鏡をかけない眼でその鼻の直線にそって前方を見ながらあおむいて運転している様子を眺めていた。」というのは、私が初期の大江健三郎の作品で慣れ親しんでいた(初期のものは、もう少し重い感じを抱いていた)文章だ。
「水死」では、例えば「ある朝、"森の家"の裏側で気配がした。小一時間、目ざめたまま横になっていたのを起き上がって降りて行くと、詩を刻んだ丸石を立って見おろしている穴井マサオが目に入った。私はアカリと"森の家"に戻ってから、かれと会っていなかった。」というような文章がある。この文章だけでは分かりにくいが、軽快な印象を受けないだろうか。
文体は、表現上、作家が表したいことを書くのにどういう書き方をすれば効果的かを考えて選択するはずである。初期の頃の大江健三郎の文体は、作品間で共通していたように思うし、それは、そのような文体を使うことによって大江健三郎が表したかったことを、最もうまく表現できたからそうしたのだと思う。上記した通り、大江健三郎の初期の作品以来、私は大江健三郎作品から遠ざかっており、「水死」は初期の作品から40年以上間の空いた作品。その間に大江健三郎の文体が変わったのか、あるいは、「水死」を書くために、この文体を大江健三郎が選択したのかという判断はつかない。
上述した通り、第4巻の「水死」以外の作品は、初期の頃の大江健三郎と文体的には大きく変わっていないように思えたが、作品を読み込むのは段々と難しくなってきている。例えば「みずから我が涙をぬぐいたまう日」、何故、このようなキャラクター設定をし、何故、このようなストーリー・プロットとしているのかを理解するのは難しい。それでも、何故か分からない迫力を感じて読み続けている。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ柳田国男が現在の成城に居を構えたことがあると知って、ぎくりとした。Kちゃんがやろうとしたことがまさに民俗学であったからだ。共同体で語られる物語/歴史としての神話をまとめる者。
ギー兄さんは作者自身をも含むさまざまな人物像の集合だと著者が言っててなるほどなと思った。長兄の投影でもあるし、自分の理想像の投影でもある、またその他多くの人の断片の結集としてのギー兄さん。
カトー=ギー兄さんとも読めるような気がする。先導者かつ巡礼者であるギー兄さんを案内する異端者かつ自殺者のカトー=ギー兄さん。「ギー兄さん」のモデルの多面性を考えるとあり得ると思うのだけれど。ただこの辺りは『神曲』を読み通してないとうまく掴めない箇所なのかもしれない。
『神曲』を全く読んでないから分かんないのだけれど、「巡礼」のような行動を登場人物たちはよくとる。ギー兄さんにしたって出所後に日本各地を回っていたし、僕=Kちゃんも、小さな範囲で言えば「在」の屋敷と谷間の村、やや広がって松山、そして東京、中国、メキシコシティ──。
物語の構造も面白い。最初に色んな登場人物やら用語やらがわんさかでてきて、それから回想をいくつも挟みながら次第に物語が進んでいって流れが掴めてくる。主人公の記憶を辿りながら読者は読み進めていくのだけれど、この小説はそこそこ長いのもあって読者も完全に時系列なんかを整理しながら読めるわけじゃない。そうするとだんだん主人公の記憶と同期して読者は物語に入り込めるというか、個人の記憶を時間をかけて追体験するという構造になる。
そうした「記憶」はぜんぶ言ってしまえばフィクションなのだれど、太平洋戦争とか安保闘争みたいな歴史的な事象と結びついていく。フィクションのキャラクターが現実の歴史に影響を受けていく。
『奇妙な仕事』、『個人的な体験』、『万延元年のフットボール』、『M/Tと森のフシギ物語』みたいな大江健三郎のかつての作品も語られていく。それらは作品内ではKちゃんが書いた小説なのだけれど、どうしても読者は大江健三郎と重ね合わせてしまうから、フィクションがフィクションを呑み込む形になる。『万延元年』の冒頭の紅い顔やキウリの話が実は架空の存在であるギー兄さんに由来すると語られると、フィクションと現実の境がますます分からなくなっていく。
ひとつの物語がどんどんと大きくなって、過去の作品とか、史実とか、村の神話とか、筆者個人の話なんかに結びついていく。でもぜんぶが同じ物語を共有しているわけではなくて、少しずつ異なった輪郭を持つ。それらすべてを接合させるかのような何通もの「手紙」としての本作。「懐かしい年」っていうのは、いくつもの色んな年を指しうる。