大江健三郎のレビュー一覧
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一度読んだ本は、よっぽど気に入るか、読んだことを忘れていない限りは再読しないのに、
なぜかこの本は3回読んでいる。理解している自信はまったくないにもかかわらず(ノーベル賞で一瞬ブームになったとき、「燃え上がる緑の木」などを買い求めた人々はちゃんと読破できたのであろうか)。
いつも同じシーンでどきっとする。息子ふたりを、あまりにもむごい出来事で同時に失ってしまったまり恵さんが、
「こんなに疲れ果てているのに、死んでしまったら、あの子たちのことを覚えている人間が残らなくなってしまう、だから死ねない」というようなことを話すところ。
愛していたから死にたいのに、愛しているから死ねない。強く過酷な人生の -
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難物です。本人が全部書いてまた第一章を書き直したというくらいなので、最初から生真面目に読むとそこでもう挫折しそうです(笑)。けれどこれは、全部読み終えたときのその独創性、重量感たるや類をみないものです。初期大江作品が必ずといっていいほど書評にあがるのに対して、この頃以後はあまり語られませんが、万延元年と折り返して向い側にあるような作品ではないかと。大江作品の中では傑作の1つだと信じております。この不可思議で民俗的な世界は、作品の通り、まるで遡行していく旅でもあります。脳髄に。全部読むと第一章に戻りたくなるんですが、ほんっとに最初でかなりの人が挫折するかと思う手強さなもんで(笑)
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この時点の大江のまさに集大成的作品。イェーツを媒介にして、過去作、「懐かしい年〜」は言うに及ばず、「M/T〜」、「人生の親戚」、「静かな生活」、「僕が本当に若かった頃」に収録の短編や、驚いたのは「治療塔/惑星」の続編構想の話まで、捉え直しをしながら、「信仰のないものの祈り」というテーマに実に大江健三郎らしい取り組み方をしている。
聖書原典の読み解きよりも、読み解きを行なった「作家」たちの作品をさらに深く参照しているところが大江の魂のこととは文学に他ならないのだと思わされる。
それが過激なカルトの台頭という時代性とシンクロしてしまうところが、また作家の「炭坑のカナリア」たる所以なのだろう。 -
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四国の大窪村物語の読破2作目。万延元年のフットボールが実は第1作だったことを同時代ゲームを読んだときに知り、発表された時間軸を逆行することになった。しかし万延元年の曾祖父の弟、戦後のS兄など逆行したからこそ把握しやすい設定だった。それにしても文芸誌に発表しながら書き進めていく作業は、当初の設定からこの全容がプロットできていたわけではなく、話を展開させていくうちに姿が見えてきたのだろうと思う。同時代ゲームより叙事詩的要素は薄いものの、蜜と鷹の濃厚な関係は二重身のように思え、当初は妻と呼ばれていた菜採子(ナツコ)と二人の関係が-挑戦的で自己破壊的な鷹を殺してもその鷹の子を生き残り続ける蜜と菜採が育
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人間の醜い感情のうねりや嫌厭を緻密に繊細に(かつ、くどすぎるぐらいにしつこく)描いていて、読んでいて重く締め上げられる気分。特に人間の汗や脂だとか汚物だとか、外も泥や泥濘の汚れだとか獣臭だとかドブ川だとか、とにかく穢らわしさ、粘っこい気持ち悪さなどの描写が多くて、ずぶずぶと嫌厭の情がすごい。
文体はややクセありたまに迷子になるが、中身に惹かれて意外にあっさりと読み切ることができた。
個人的には、表題作よりも「人間の羊」が一番刺さった。傍観者、偽善者、自己中心的な押し付けがましい”正義”に陶酔する者の醜悪さと、やるせ無い怒りや諦め、疲労感をまざまざと見せられた。
氏が戦後の混沌の中で描きた -
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ブレイクの詩が私には難解でどう解釈したら良いのかさっぱりわからなかった。ブレイクの詩を理解できたら、この本への理解もまた変わりそうだけれど、
不思議な光さんの言動に、人間の本質が表れているような気がして、光さんの言動を、よく理解しようと思いながら読みました。寄宿舎から帰ってきた時、イーヨーと呼ばれることに抵抗した。イーヨーと呼ばれること、光と呼ばれることの違いをどう感じたのかな?
それから、誘拐された時に辛かった想いは、なぜ吐き出さずに内に留めようとするのかな?
光さんは頭が良くて、内にたくさんの情報を溜め込んでいるのに、「父は死んだ」と思い込み、「善い足」の定義が思い浮かんだことで、よみがえ -
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大江健三郎が亡くなったニュースをみて、この作家の本を全く読んでいないことに気づいた。あれから数年が経ち、読む機会を得ることが出来た。
それぞれの作品ごとの感想を書くと長すぎるので、全体の感想のみまとめる。
初期短編は有名な死者の驕りをはじめ、大江作品としては読みやすい。ただ暗鬱な世界観ではある。そして覇気がない主人公(セブンティーンは覇気だらけだが、あれは異質だろう)でありながら、作品そのものには強い推進力があるのが特色だろう。どの作品も面白い。傑作といってよいのではないか。
問題は中期以降だ。ここから主人公が大江自身をモデルにした小説家となることが多く、思考がいろんなところに飛んでいく。読者 -
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ネタバレ学生時代、友人が、卒論代わりに大江健三郎の書誌を作った。
身近に大江健三郎を読む友人などいなかったので「好きなの?」と聞いたら、「難しいけど、好きなんだよね。特に『芽むしり 仔撃ち』が」との返事に、「めむしりこうち」という音が意味するところが分からず、当惑した。
後に漢字表記を見て、間引きの話か、と思った。
感化院(昔の少年院)の少年たちが、集団疎開のために山奥の村に連れてこられる。
彼らはもちろん良い子ではないが、イメージするほど悪い子たちだとも思えない。
戦時中という時代を考えれば、子どもたちの心がすさんでいるのもしょうがないと思う。
谷を渡るトロッコに乗らなければ村に入ることはできな -
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大江健三郎の長編小説。叙事詩的な展開で、歴史と時間を切り抜いて、村=国家=小宇宙として大江の創造空間を存在させる試みである。とても大きなスケールで読み進めていくのにずいぶん時間がかかったが、不思議に読み通していきたいとエネルギーをもらえる小説だった。不順国神(まつろわぬくにかみ)不逞日人(ふていにちじん)とのろしを上げて大日本帝国と屹立する戦いを始める展開はスリリングであったし、何をものみこんでいく巫女の妹の存在も魅力的であった。登場する一人一人の姿が浮かび上がるように緻密に作られた世界が最後まで展開されていく。大江ワールド感服しました。四国の奥深く分け入った山間地を想像しながら、大江が生まれ