大江健三郎のレビュー一覧
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[ 内容 ]
米軍の核兵器をふくむ前進基地として、朝鮮戦争からベトナム戦争にいたる持続した戦争の現場に、日本および日本人から放置されつづけてきた沖縄。
そこで人びとが進めてきた苦渋にみちたたたかい。
沖縄をくり返し訪れることによって、著者は、本土とは何か、日本人とは何かを見つめ、われわれにとっての戦後民主主義を根本的に問いなおす。
[ 目次 ]
プロローグ 死者の怒りを共有することによって悼む
1 日本が沖縄に属する
2 『八重山民謡誌』’69
3 多様性にむかって
4 内なる琉球処分
5 苦が世
6 異議申立てを受けつつ
7 戦後世代の持続
8 日本の民衆意識
9 「本土」は実在しない
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
広島の悲劇は過去のものではない。
一九六三年夏、現地を訪れた著者の見たものは、十数年後のある日突如として死の宣告をうける被爆者たちの“悲惨と威厳”に満ちた姿であり医師たちの献身であった。
著者と広島とのかかわりは深まり、その報告は人々の胸を打つ。
平和の思想の人間的基盤を明らかにし、現代という時代に対決する告発の書。
[ 目次 ]
プロローグ 広島へ
1 広島への最初の旅
2 広島再訪
3 モラリストの広島
4 人間の威厳について
5 屈伏しない人々
6 ひとりの正統的な人間
7 広島へのさまざまな旅
エピローグ 広島から
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
4日くらい、1章ずつ読み進んでいたのだが、5章目に入ったところで我慢できずに一気に読み終えてしまった。
義兄・吾良の自殺と遺されたカセットテープをきっかけに、主人公・古義人の少年時代の体験が呼び起こされる。
古義人らが少年時代に体験した森の中の練成道場での出来事。
そこでは、政治的な問題や思想を大きく含みながらその集団と進駐軍の軍人、少年時代の古義人と吾良のホモソーシャル、ホモセクシュアルな関係が描かれる。
最終章は主人公の妻の視点に切り替わる。それまで、男たちが主眼に置かれていたこの物語の中で、この章だけは女性が主役にすえられる。取り替えられた、あるいは失われた子どもを「生みなおす」存在として彼女らは表舞台に登場する。しかし、私はこの章について納得がいかない点ある。
一つは、無垢で美しい子どもが無条件に欲望されること。主人公の妻は、子どもの頃から美しく才能あふれる存在だった兄が、森の中の出来事を経て「向こう側」にさらされたことを悔やみ続ける。無垢さや完璧な美しさを失ったとき、子どもは「取り替え子」になるのだろうか。それはそんなにも悲しむべきことだろうか。そして、たとえば「取り替え子」として生まれた子どもは、欠けている部分を他の何かで補うことによって、いつか美しい自分を取り戻さなければいけないのだろうか。
もう一つは、そういう子どもを産むことを女たち自身が望むこと。この作品の中で、女は常に「母」である。「母」は美しい息子を産もうとし、息子は死んでまた「母」の胎内に戻っていくかのようだ。そして、「父」はほとんど不在である。
この作品から読み取ったものを確かな言葉にする術を私はまだ持たないけれど、もっと突き詰めて考えなければいけない作品だと感じた。 -
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戦後の若者の閉塞感を描いた作品。
共通の価値、命をなげうってでも賭けるべきもの、そのようなものが与えられない現在の閉塞感。それを何とか打開しようともがき、危険な行動に走ろうとする若者。しかし、その危険が己の身にリアリティをもって差し迫ってくると恐れおののき何もできなくなってしまう。そしてそのような自分自身に対してへの自己嫌悪。
直接的な性的な表現がいたるところで見られる(あとがきで著者も意識して制的な表現を行ったと述べている)。
著者はこの小説についてあとがきで以下のように述べている。
”ぼくは読者を荒々しく刺激し、憤らせ、眼ざめさせ、揺さぶりたてたいのである。そしてこの平穏な日常生活のなかで生きる人間の奥底の異常へのみちびきたいと思う。”
異常な世界へみちびかれたい好奇心旺盛な人は読んでみたらどうだろうか。 -
Posted by ブクログ
また、沖縄で米兵による少女暴行事件が起きましたね。なんべん同じことが繰り返されたら気が済むのでしょうか。いきどおりで胸がいっぱいになりました。このニュース、朝の報道番組でやっていました。アナウンサーが「沖縄は今、怒っています!」と訴えていました。わたしも「そうだ!」と思ったんですけど、その番組に出ていた出ていた評論家みたいな人が「今、○○さんは原稿を読んだだけだろうけど、沖縄はいま怒っています、って言うのは沖縄は日本とは別だろうということになりますよ。日本が怒っていると言うべきじゃないかな」というふうな意見を言ったんです。これってけっこうショックだった。わたしもそのアナウンサーの方と同じに「沖縄は怒っている」って思いこんでいたんですから。ていうより、与えられた原稿を読むように沖縄に同情的な言葉だけをいじくっている自分に気がついたんです。そうなんですね、沖縄のことをわたしたちはなんか他人事みたいにいつも思っているんじゃないかなあ。この事件は確かに日本の問題だし、そういうことは自分自身の問題でもあるはずなんですね。だけど、私たちの頭の中には沖縄=米軍基地って結びつけるだけじゃなく、自分たちとは関係ないって処理しているところがあるんだと思う。
いや、それだけじゃないね。相前後して岩国の市長選挙もあって、米軍の再編の問題が問われたんだけれど、岩国と沖縄はやっぱりなんか違う感じがするのね。どうしてだろう。沖縄って、昔は琉球王国で、ひとつの国だったんですよね。それが琉球処分という形で日本に属することになり、そして戦争を理不尽に体験したところであるし、戦後二十七年間アメリカの支配下にあったってのは岩国とはまったくちがうとこかな。
そしたらこの本を思い出したんですね。『沖縄ノート』。これが本棚の隅にあったわけですよ。岩波新書で薄いから目立たなくってね。手に取ってみたらずいぶん昔の本みたいなので奥付を見ると一九七〇年九月だって。母に聞いたら学生時代に読んだ本なんだって懐かしがってました。
一九七〇年といえば、沖縄は復帰前。まだアメリカの支配下にあった時代ですよね。それでベトナム戦争なんかがあって、沖縄は重要な軍事拠点だったってんですよね。そして、沖縄の本土復帰って一九七二年だったのだから、ちょうどこの本は復帰のちょっと前に書かれたことになる。この頃大江健三郎は沖縄に通ってこの本を書いたんだ。
この本で大江は日本人とは何かということを問い続けている。これが本書の主題だ。日本人とは何か、っていうのはナショナリズムを鼓舞するために問うているのではないのね。沖縄という存在と向き合いことで日本人に生まれてしまった自分を問い直す作業のようにわたしには思えた。たとえば「沖縄の、琉球処分以後の近代、現代史にかぎっても、沖縄とそこに住む人間とにたいする本土の日本人の観察と批評の積み重ねには、まことに大量の、意識的、無意識的とを問わぬ恥知らずな歪曲と錯誤とがある。それは沖縄への差別であることにちがいはないが、それにもまして、日本人のもっとも厭らしい属性について自己宣伝するたぐいの歪曲と、錯誤である」なんてね、すごい問題意識だと思う。
そして大江健三郎は「日本が沖縄に属する」という命題を提起するんです。えっ?だよね。沖縄の本土復帰運動のさなかに「沖縄が日本に属する」と言う人は数多いただろうけど、「日本が沖縄に属する」なんて倒錯した命題を立てるに至った大江はすごいなあ。でも、それってどういうことかって?それは自分で読んでよ。
ともかくね、プロローグも入れて十編の大江健三郎の思索が詰まっている。それらをひとつずつ読みながら大江と一緒に思索していくと、一九七〇年という時代の中で沖縄と日本を問い詰めていった大江の問題意識はちっとも古くはないと感じました。ていうより、あの戦争を免罪しようという、まして住民を巻き込んでいった沖縄戦を正当化しようという人たちが平然と出てきている昨今では逆に新鮮な問題意識が伝わってくるのね。
そういえば、渡嘉敷島での住民に対する日本軍による自決命令をなかったことにしようという動きの中で、この『沖縄ノート』は非難されている。そうかなあ、と思って読んでいくとさすがに大江は先をよんでいました。当時の守備隊長が沖縄に来たという報道に触れて、「おりがきたら、この壮年の日本人は、いまこそおりがきたと判断したのだ、そしてかれは那覇空港に降りたったのであった」と、その守備隊長の判断を分析しています。「おりがきた」すごい的確な判断基準ですね。大江は言います、「日本本土の政治家が、民衆が、沖縄とそこに住む人々をねじふせて、その異議申し立ての声を押しつぶそうとしている。そのようなおりがきたのだ」というくだりはまさに今、今の日本をあらわしてはいませんか。集団自決命令はなかった、なんてここに来て言い出すのは二度目のおりがきたことを意味するのだろうなって。そういえば平成の御代になって南京虐殺はなかったとか、従軍慰安婦なんていなかったとか、言う人たちが増えてきましたね。なんかそうやって過去を否定するおりがきたと見ているんでしょうね、あの人たちは。
『沖縄ノート』にはこんな話が書いてある。「たとえば、米軍の包囲中で、軍隊も、またかれらに見捨てられた沖縄の民衆も、救助されがたく孤立している。そのような状況下で、武装した兵隊が見知らぬ沖縄婦人を、無言で犯したあと、二十数年たってこの兵隊は自分の強姦を、感傷的で通俗的な形容詞を濫用しつつ、限界状況でのつかのまの愛などとみずから表現しているのである」と。そのようなおりがきたところでの記憶の歪曲をもって大江は自分自身に問いかけているのでしょう。
そういえばこの『沖縄ノート』を以て大江を告発している人たちが重要視している曽野綾子の『沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実』(WAC 九三三円+税)では、そうした命令は出した記録はないということまでを言い、「勿論、当時は軍人が何よりも偉く、恐ろしかった時代だから、軍から頼まれたことは、即ち命令としか聞こえなかったであろう」(二八九頁)と書いていました。そのことをおりがきたら「命令なんかしてない、勝手に死んだんだ」なんて開き直っているんだと思いました。
そうそうこの『沖縄ノート』は出版され続けているのできっと読んでね。
★★★★ 四〇年近く前の本だけど、本質は何も変わっていない。沖縄もすっかり変わったようだけど、今回の事件や教科書問題での動きを見れば、本土の人間にとって都合のいいおりがくることなんてあってはいけない。そのためにもぜったいに読んでね。曽野綾子の本も読んでおくといい。おりがきたときの言い訳の参考になるから。
しかし、世の中いろいろだ。僕のいいたいことも読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
高橋源一郎氏の文学がこんなにわかっていいかしら (福武文庫)に出てきて、とっても気になっていた本です。
何がいいって、書き出しのサービス精神です。
上述の書籍で、高橋氏が引用しているのですが、書き出しはこんな感じです。
「まずキルプという名前が、気にいったのでした。Quilpとアルファベットで印刷した様子は、ネズミに似ていると思います。これが自分の名前だったらことだぜ、そう考えたと、最初の個人授業の後で忠叔父さんにいいました。―そうかい?ディケンズは、悪役には悪役らしい名前をつけるものやから、という返事だったのですが、現役の暴力犯係長の叔父さんが妙に寂しそうだったので、僕は説明しました。」
惚れ惚れするという高橋氏の意見に全く同感で、私もこの部分だけは何度読み返したかわかりません。
こんな風に書きたいと思って真似もしてみました。うまくいったためしはないですけれども。
つかみでこの情報量。無駄のない文章。期待を高める効果に満ちています。
かっこいいなあ。(*゚ー゚*)
また、ディケンズは、原文はもちろん、邦訳でさえ読んだことはなかったので、ところどころ原文が引用されているのをみて初めこそたいそう驚きましたが、そこはお話の推進力たる装置であるだけに、作中人物の邦訳という形で必ず訳がついていたので、問題なく読み進められました。
主人公は高校生の男の子なんですが、とてもそうは思えません。
知的レベルが相当高いです。
自分を振り返ると話になりませんが、どんな優秀な設定だとしても、高校生でそこまで考え付くか?と思う場面が多々あります。
でも、だからこそお話が進んでいくんですけれどもね。
そして、お兄さん役で光さんも、名前もそのまま特別出演しています。
著者の光さんへの愛情を強く感じました。
学生運動とか、一輪車とか、徒手体操とか、なんとなく耳慣れないざらりとした手触りの言葉も出てきますが、全体を通すと難解さは皆無です。
とても楽しめました。
混沌として先の見えないなんとも不安な今の時代だからこそ、魂の浄化、癒しをテーマとされたこの作品を読んで、あなたもなんとなく心を軽くしてみませんか。
たとえほんのひとときの夢にすぎないとしても。 -
Posted by ブクログ
個人的な体験でちょっぴり出てくる、バードが精神病者を探し回るエピソード「不満足」が入った、わたしにちょっぴり嬉しい短編集。
どれも短めなのでスイスイ読めました。
「敬老週間」と「アトミックエイジの~」は、シニカルでプッと笑えるオチが大江健三郎っぽくなくて軽く驚きました。
敬老週間はタイトルも素晴らしいですね!
私は表題作のアグイーが一番好きです。「アグイー」っていう響の由来も、胸が痛くて悲しくて、でもどこか眉を顰めたくなるセンチメンタリズム。
美しいだけ、楽しいだけ、こじゃれただけの物語が物足りなくなってきた昨今、やっぱり大江健三郎が大好きです。
10.02.10