大江健三郎のレビュー一覧
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大江健三郎作品は短編以外では初でした。大江健三郎さんの文章を読んで自信を無くし小説を書くのを諦めた人も多いと言う話を聞きました。
少し回りくどく慣れるのに時間がかかったのですが、慣れてしまうと、こんな事まで文章で表現出来てしまうんだと驚きます。
自然の描写、人間の心の動き、複数の人間の間に流れる空気の変化など。
動物の死骸の描写や、戦時中の貧しい人達の見窄らしさ、惨めさが内面も含めて、とても細やかに描写されており、何だか堪らなくなりました。
始終陰鬱な雰囲気に包まれた話ですがそれだけでは終わらないよい意味での裏切りもかい見えて読後感は予想よりは悪くなかったです。
第二次世界大戦終結直前の山村が舞台との事ですが、どことなく架空の世界のような雰囲気が漂っていることに関してはあとがきを読んで腑に落ちました。 -
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大江健三郎 「 燃えあがる緑の木 」 3部 大いなる日に
土地の伝承から始まった宗教集団が、個の信仰に分裂し、魂として土地に帰還する物語
神に帰依する信仰でなく、死者と共に生き、人間と集団をつなぐ信仰を対象としている。伝承、詩、文学など読み継がれてきた言葉が人間と人間、人間と集団をつなげている。
集団化によって起きる問題に対して、弱い人間、障害のある人間が 暗闇の中のヒカリになっている。両性具有や燃えあがる緑の木(露が滴りながら燃える木)などの両義的なモチーフは、弱い人間と強い人間の共生や集団維持の象徴として用いている
救い主の自己犠牲による死は必要だろうか。キリストの復活を想起させることが、神に帰依する信仰との類似性を強調しているようにも感じた -
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大江健三郎 「 燃えあがる緑の木 」 1部 救い主が殴られるまで
100分de名著により 人物イメージと主要テーマを学習済みなのでスイスイ読める。
1部の内容は 土着宗教の誕生プロセス と 魂の動きに関する思考実験と捉えた。これから宗教と魂、人間と命、記録としての文学を考察するための伏線だと思う
土着宗教の誕生プロセス
*土地の伝承を蘇らせる 救い主が現れる
*救い主の言葉と神秘的な力により、信仰者と糾弾者が現れる
*救い主と信仰者が一体となり 教会を建てる
魂の動き
魂が 身体の中で生き、身体を残して浮かび上がり、自分に割り当てられた樹木の根におさまる
救い主の言葉(死の恐怖の克服)
*一瞬よりはいくらか長く続く間〜自分が深く経験した生きたしるし
*永遠に近いほど永い時に対して 限られた生命の私たちが対抗するには〜一瞬よりはいくらか長く続く間を経験するほかない
名言「人生に失敗はない。愚痴があるだけだ」
ランボオの詩が盛り込まれているとは知らなかった
「永遠」もとより希望があるものか〜黙って黙って勘忍して〜苦痛なんざ覚悟の前
大江健三郎 の文学テーマ
*障がいを持つ息子との共生〜ケアする側も される側と同じくらい多くのものを受けている〜大江健三郎は 息子の誕生によって生まれ直した
*人間は続いている〜私たちは死んだ人間の代わりに生きている〜私たちは 未来の人間につながっている
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大江健三郎という作家は、自らの作品を改稿する癖で知られているが、2014年に出版された本書は、1957年のデビュー当時から60年代までの初期作品、80年代の中期作品、90年代前半の後期作品という3つの時代の短編を、自らの改稿に基づき編集し直された自作短編アンソロジーである。
長きに渡って活躍している作家であるが故に、決して執筆ペースが早い作家ではないものの、トータルでの作品数もそれなりに多くなる。それなりに彼の作品を読んでいる自身であっても未読(特に短編は)のものが多いため、改めて大江健三郎という作家の面白さを実感することができた。比較的初期作品は昔に読んでいたが、生々しいグロテスクさを詩的な言語というオブラートで微妙に包み込んだかのような世界観はやはり読んでいて感嘆させられる。端的にいって、とても面白い。
また、自身の息子、大江光との家族との関係性をテーマにした中期の連作短編『新しい人よ眼ざめよ』は未読の作品であり、静かな感動があった。
大江健三郎の作品は、集中して読み進める必要があるので、また時間ができたタイミングでゆっくり読み進めたい。 -
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少し前の新聞に中村文則の「掏摸」が紹介されていた。中村さんは今や海外でも名を知られた作家だが、そのきっかけになったのが大江健三郎賞を受賞した本作が、賞の特典として翻訳されたからだ、という内容だった。
大江健三郎賞は聞いたことがあったが、選考委員は大江健三郎さんひとりで、賞金の代わりに海外に翻訳されて紹介される、賞は八年続いて既に終了しているということも知らなかった。
で、その賞の始めから終わりまでの受賞作の紹介とそれぞれの著者との対談を収録されているのが本作。
なかなか手ごわい本だったがおもしろかった。
受賞作のどれも読んだことが無いが、長島有の本は読んでみたいと思った。対談も一番楽しかった。
大江さんも最後の方で言及されている。
大江健三郎もよく知らなかったが、ご自身のことに触れられている部分も多く、知ることができた。
大江さんの文学に対する誠実さで成り立っていた賞だった。それを支えていた優秀な編集者も。 -
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読んだのは、昭和40年発行、昭和47年11月30日の11版です。
読書会の課題本で知りました。大江健三郎さんの本は難解とイメージがあり避けてました。
これは23歳のときに書かれたと知り驚きでした。
感化院の少年が村へ疎開するのですが、村では謎の疫病で動物たちが次々に死んでいるところでした。村人は少年たちを村に置き去りにして逃げ出します。朝鮮の人と疎開してきた小さな女のこも置き去りにされてました。マイノリティの連帯、正義が常に反転していて、少年たちの目線で物語を読み進められ。脱走兵もみなから侮辱をうけながら、ちゃんと学問を修めつつある人物だとわかります。
戦時中の全体主義の狂気がいまのコロナ時代に、なんか合ってる気がしました。
無垢な弟が犬を殺され居なくなってしまうシーンに胸がしめつけられ。
村長がお前らを許すと言った嘘の寛大さに怒りを感じ。
すごい作品だなぁ。
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Posted by ブクログ
「赤革のトランク」に入っていた古い手紙類などは
ほとんど資料的価値のないもので
長江古義人は結局
父の不可解な死にまつわる謎を解くことができなかった
そんなわけで、長江には父についての核心的な思い出がない
ただし、父に代わって彼の人格形成に深い影響を与えた人物は2人いた
ひとりは松山の高校に入ったとき出会った親友で
のちには義兄ともなった映画監督の塙吾良
もう一人は、戦後「森」に帰ってきた本家筋のギー兄さんである
ところが前作「水死」では
老齢を迎えた長江じしんが、おそらくは人生初といっていいだろう
父親としての試練を前に立ちすくむこととなった
それは、長男アカリの善意による「イタズラ書き」に端を発した
父への反抗と、家庭内不和である
劇団関係の仕事に乗じ、四国の森にアカリとの共同生活を営むうち
問題はなんとなくウヤムヤになってしまったが
きちんとした結論があって落ち着いたわけではなかった
女たちのあいだにくすぶったそのわだかまりが
近親者のみに配布するプライベートな雑誌づくりというアイデアを
思い立たせたのだろう
それはまず、小説の題材として扱われてきた家族たちからの
異議申し立てを形にするという意図ではじまる
アメリカに拠点を置くギー・ジュニアや
塙吾良の若い「女友達」だったシマ浦さんも加えて
雑誌は号数を重ねていくが
それにつれ読者の前で明らかになっていくのは
それぞれに不可解な死に方をした塙吾良とギー兄さんのことが
実はまったくわかっていないまま
根拠の乏しい思い込みで納得しようとする長江の姿だった
それはひょっとすると
読者へのわかりやすさを言い訳に
…それで必ずしも読者の理解を得られたとは言い切れないにせよ…
事実を簡略化、あるいは
ねじ曲げてきた姿勢と通じる安易さそのものかもしれないし
もっと言えば自分自身の核心から目を背けている証拠かもしれなかった -
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天皇主義の戯画を演じて死んだ三島由紀夫に対し
戦後民主主義の戯画を引き受けて生きる大江健三郎は
三島の死をトリックスターのそれと決めつけ
影響力を無効化するために
天皇との和解を目論んだのだと思う
「あいまいな日本の私」とは、まさに天皇のことでもあるわけだ
それはもちろん逆説的に不敬だった
とはいえ、天皇との和解
小説を使ってのことにせよ
さすがの大江も、そんなご都合主義をやらかすほど
恥知らずにはなれなかった
それはあるいは、障害持ちの息子という心残りを置いた
老年の弱気なんだろう
そこでかわりに、三島のホモソーシャル志向を叩くべく持ち出したのが
メイトリアークという概念だった
天皇の家系をつないでいるのも、結局は産む存在としての女である
それを視野に入れない三島の思想は、尻切れトンボで未来がない
そういう考え方はしかし
女性の権利がうたわれる時代において
即「おもねり」と化す危険性をはらんだものであろう
そして実際のところ三島由紀夫は
子らに対する圧制者としての母たちと、常に向き合う存在でもあった
ただし、以上のことはすべて僕の妄想であって
「水死」という小説には三島のみの字も出てこないのであるが
序盤で問題にされる
「みずから我が涙をぬぐいたまう日」に関しては
三島の切腹を受けて執筆されたものという見方が一般的のようだ
ノーベル賞作家の長江古義人は
長年の懸案だった「水死小説」への着手にあたり
地元・愛媛県の劇団員に頼まれて
ワークショップを並行することになる
「水死小説」…実家近くの川で溺れ死んだ父親の名誉回復を
長江は、それによって果たそうとしたものであった
しかしその試みは早々に頓挫してしまう
アテにしていた当時の資料が、ぜんぶ空振りだったから
そしてさらに気落ちする暇もなく
老齢の長江にとって、あまりに厳しい家庭の危機が訪れるのだが
この窮地を救ったのは、劇団員ウナイコとのつながりだった
孤立した「リア王」のように
放り出される寸前の長江が救い出されたのは
ウナイコと、長江の妹アサがコミットメントしてくれたおかげだ
ただし
それは要するに、ノーベル賞作家の威光を争奪する劇団内の対立で
ウナイコが主導権を握ったということでもある
彼女はその威をかりて
高級官僚だった伯父への、ある復讐を実行しようと目論んでいた -
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1963年から65年にかけて、広島を訪れた著者が、いまもなおのこる原爆の後遺症にさいなまれながらも静かに今を生きている人びとの姿をえがいたノンフィクション作品です。
すこし気になったのは、「偶然にひとつの都市をおとずれた旅行者が、そこで困難な事件にまきこまれ、それをひきうけて解決すべくつとめる、というのは、ポピュラーな小説家が、たびたび採用してきた公式だった」という、蓮實重彦の問題提起を思わせるような文が記されていることです。本書には、政治的に対立する陣営の喧騒から距離を置くことで、文学を生業とする著者自身の観点から広島の真実にアプローチをおこなっているのですが、上の問題はそうした著者の態度そのものに反照してくることを避けられません。
おそらくこうした問題を踏まえてのことと思われますが、本書の冒頭に置かれた「プロローグ 広島へ……」という文章のなかで、「広島について沈黙する唯一の権利をもつ人々について書いた」著者の文章に共感を送る被爆者のことばを引きつつ、「僕はそれにはげまされながらも、同時に広島の外部の人間である自分の文章全体に、もっとも鋭い批判のムチが加えられたことにも気づかざるを得ない」と述べています。同時に、こうした批判を浴びるような立場にみずからが立っていることを引き受けながら、なおも広島について語ろうとする著者の強い意志をも感じ取ることができます。