大江健三郎のレビュー一覧

  • 万延元年のフットボール

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    下手な翻訳文のような、注意深く選びとられて長々と装飾された言葉の羅列に息が詰まる。
    会話になると急に世界が矮小になったと感じる。五感でさえ人間を中心に存在しているわけではない、この退廃的で重苦しい空気が表現されています。

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    2014年10月04日
  • 美しいアナベル・リイ

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    【本の内容】
    かつてチャイルド・ポルノ疑惑を招いて消えた映画企画があった。

    それから30年、小説家の私は、その仲間と美しき国際派女優に再会。

    そして、ポオの詩篇に息づく永遠の少女アナベル・リイへの憧れを、再度の映画制作に託そうと決意するのだが。

    破天荒な目論見へ突き進む「おかしな老人」たちを描く、不敵なる大江版「ロリータ」。

    [ 目次 ]


    [ POP ]
    長く小説を書いてきた作家である「私」、少女の頃「アナベル・リイ」という8ミリ映画に撮られ、今は国際派女優のサクラさん、新しい映画のプロデュースをする大学時代の同級生……幾重にも時間が重なり、四国の森で起きた一揆の記憶が読み返される

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    2014年09月11日
  • 性的人間

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    【性的人間 改】

    字面だけ見るととんでもない官能小説のようだが、中身は人間の欲求の奥深さや潔さ、外に出せば醜い塊だが己のなかでは宝石のようなものを描いている。

    読みやすくはないがのめり込む。再読必須の一冊。僕の自意識は今日も正常か?平常か?

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    2014年08月13日
  • 取り替え子

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    大江健三郎の義兄、伊丹十三が飛び降り自殺。生前、彼から託されていた田亀というカセットを通じて、大江は伊丹と会話を続ける。我慢して読んでみたが最後まで頭に入ってこなかった。残念。

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    2014年08月11日
  • 同時代ゲーム

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    壮大な御伽噺、生々しい神話、それらに捉えられた剥き出しの魂。本当に壊す人と創建者たちが切り拓いた〈村=国家=小宇宙〉が存在したかのように「僕」の魂の物語が迫ってくる。
    人々が生き、生き続け、生き残り、繋いでいくそれぞれの土地には、それぞれに紡がれて行く物語があるはず。
    読んでいる時には〈村=国家=小宇宙〉が特別な世界に思えたのに、読み終えると、僕の生きた土地にもこんな神話があるんじゃないかと自然に思えてくるから不思議だ。

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    2014年02月19日
  • あいまいな日本の私

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    大江健三郎の本は好きだけど、、難しかった。断片的にしかついていけなかった。

    そもそも大江健三郎の代表作を読んでいるだけじゃなくて、歴史や文学の基本的な教養がないといかんなと思った。

    ただ、彼が考えていることの喫緊さ、例えば日本を発信していくこと、などはすごく伝わってくるので、もう一度知識を蓄えてからまた読もうと思う。

    安部公房 「壁」
    川端康成
    宮沢賢治
    ハックルベリー・フィン
    渡辺一夫 ラブレー
    クンデラ「小説の精神」
    スピノザ
    井伏鱒二
    三島由紀夫

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    2013年11月10日
  • 美しいアナベル・リイ

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    クライストの小説「ミヒャエル・コールハースの運命」を映画化するという
    国際的なプロジェクトの一端に
    シナリオライターとして参加することになった語り手は
    「万延元年のフットボール」に書ききれなかった民衆蜂起のエネルギーを
    その映画で再現しようともくろむ
    しかし、企画は思わぬところで頓挫した
    集められた子役のフィルムと、それを撮影したカメラマンに
    児童ポルノ制作の疑いがかけられたのである

    主演女優のサクラ・オギ・マガーシャックなる人物は
    幼い頃、戦争で焼け出されてひとりぼっちだったところを
    アメリカ人将校に引き取られ
    後にはその将校との結婚に至ったという過去を持っている
    彼女自身は、そんな人生を

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    2013年09月14日
  • 性的人間

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    薄々気づいてはいたけれども、文学における性的探求の凄まじさ。僕らの時代もそうだったけれども、この圧倒的なパワーに翻弄されてしまう。保守的で性的で強固な日本文壇的で、となったらもうなにを読めばいいの。死者の奢りや飼育にたしかに感じた文学としての震えみたいなものを、こういう内容だと感じることができない自分が嫌だけれども、しょうがないともおもう。あの圧倒的な震えを、確かめたいだけなのに。人間存在の実存を問うという感覚がわたしにはわからなかった。いつかこの本ごと理解できる日が来るのか。

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    2013年09月14日
  • 私という小説家の作り方

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    大江さんをなんと生真面目な作家なのだろうと感じた。

    少年期にものの見え方が一度に変わる瞬間を迎えたのは、作家になりなさいとの天からの啓示だったのかもしれませんね。

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    2013年06月21日
  • 取り替え子

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    ネタバレ

    読んでいて楽しい、それでいて読み終わってしばらく経つと、すっかり何が書いてあったのか忘れてしまう。『憂い顔の童子』を読んでみて思い出したのだけど、やっぱりここで記載されている「アレ」私も核心が良くつかめなかった。とはいえ、このように書こうとしているのに直接に書けないものが現れているのを目の当たりにするのは面白い体験である。しかしこのことは『憂い顔の童子』に引き継がれていなかったら、やっぱり「アレ」の存在意義は読者にとってなかなか不明瞭なままだったろうとも思う。

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    2013年05月21日
  • 静かな生活

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    「マアちゃん」主語だとやっぱり地の文が地味でモデストになってしまって私としては物足りない。『燃え上がる緑の木』も同じなのだけど。伊丹十三の映画も見たけれど、大江健三郎の作品を読んでいると伊丹十三は相当な切れ者のように想像させられていたのに、何か物足りない。あとがきみたいなので伊丹十三も喋り言葉で参加しているけれど、そこでもなんだかパンチが足りなかった。

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    2013年05月03日
  • 遅れてきた青年

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    人間が自分の運命的な出自に対して、どこまで抗えるかの挑戦を描いた作品。

    戦後期という混乱の時代だからこそ成しえた生き様は、只々鮮烈。

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    2013年04月25日
  • われらの時代

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    死者の奢りや飼育を読んだ時のような震えるほどの感動とか、これこそが魂の救済かもしれないと思う実感とか、そういうものは全くなかった。長編として均整の取れていて主軸もしっかりしていて日本文壇的な作品。でもデビュー時の何が何でも、というようなみずみずしさとか絶望感とかが感じられない。優れた文学と、性への執着はわたしに古風な日本文壇を思い起こさせて、三島由紀夫のような、そんな。死者の奢りがあまりに心を震わせる素晴らしいものだったので意気込んで読んだところを挫かれた感じ。春樹が周囲は大江健三郎を読んでいたが自分は好んで読むことはなかったみたいなことを言っていたのが、分かる気がする。いき過ぎた執着は気持ち

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    2013年04月17日
  • 燃えあがる緑の木―第二部 揺れ動く―

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    何か頼み事をするときにメイスケさんが持ち出されるのは構わない。だけど各々が体験する「一瞬よりはいくらか長いあいだ」を名付けることはできまいと私は思う。だけどイェイツの言葉の頻繁な引用、パンフレットに聖書と、ついには祈りの言葉が生まれそうになる、という「教会」が確固としたものになっていく、すべてに名前が付けられて儀式化して行く過程が私には非常に胸苦しい。教会を通じた集団的陶酔が劣るとは言えないとしても…この瞬間の体験は名付けられてはいけない、宗教化してはいけない…。3部まだ読んでないからハラハラしてる。

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    2013年04月06日
  • 燃えあがる緑の木―第一部 「救い主」が殴られるまで―

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    「一瞬よりいくらか長いあいだ」としての「永遠」!このくだりを見たとき私は大変驚愕して、というのも大江健三郎がここまではっきりこの言葉を口にするとは思ってもいなかったので…『嘔吐』では似た言葉が、存在の罪が一瞬だけぬぐわれるとき、などという表現されていたアレ…『嘔吐』以後サルトルが触れなくなってしまったアレ…。私にとってはこの「瞬間としての永遠」はサルトルとバタイユをつなぎ、または作中に引用されているランボーとも、プルーストとも強固に繋がるキーワードである。しかしこれを掲げて宗教を始めることが可能なのか…。自分の存在というものの途方もない無意味さ、偶然性を乗り越えることが出来るのは、自分の身を以

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    2013年04月06日
  • 水死

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    ネタバレ

    読みにくくてなかなか読み進められなかったが、二日目には慣れることができた。とは言っても、なかなかさらりとは読めない文章で、苦戦させられた。
    意外性があって面白い。それに、ウナイコとリッチャンのキャラクター性が良い。でも、最後に何を伝えたかったのかが分からない。長江先生の意思が受け継がれている、ということ?急に監禁されてしまうという展開にちょっと着いていけなかった。
    ウナイコのように自分を表現するようなことをしてみたいと思った。何があっても自分が伝えたいことを人々に伝えようと思う意思の強さと熱意に憧れた。

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    2013年01月24日
  • 見るまえに跳べ

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    "跳ぶ"ことによって、その成否にかかわらず変化が訪れる。そしてそれは、過去の自分から変化していくために必要なこと。跳ぶ機会を逃すな。

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    2012年12月15日
  • 同時代ゲーム

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    世界が「何コ」かあるのか?それとも世界の記述方法が「何コ」かあるのか?そのどちらかであると思わざるを得ないなあ。あるいはその両方。

    挑戦的だなあという気もする。実験なのかもしれない。
    いわゆる「文学」を冠する著者・著書はどれも…その客体は読者だったり、社会だったり、テキストそのものだったり、そして著者自身だったりします。

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    2013年05月07日
  • われらの狂気を生き延びる道を教えよ

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    ネタバレ

    概要
    狂気と自由,作家と障がい者の息子,閉塞的な集落・田舎町などを共通の要素とする3つの短編と2つの中編を収録。1969年発行。

    ・走れ,走りつづけよ
    ・核時代の森の隠遁者
    ・生け贄男は必要か
    ・狩猟で暮らしたわれらの先祖
    ・父よ,あなたはどこへ行くのか?

    感想
    大江健三郎の作品を読むのはほぼ初めて。10年以上も前に初期の作品を読んだ気がするけれど,まったく覚えていない。

    正直なところ,難解でよくわからなかった。しかし,よくわからないながらも,つい読み進めてしまう魅力のある中短編集だった。通常,難解な小説というのは読み進めるのが苦痛なのに,この作品はそんなことはなかった。ただし,「父よ

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    2012年08月19日
  • 燃えあがる緑の木―第三部 大いなる日に―

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    もうこれ、たいへんだー。
    大江健三郎さんは本当に妥協しない人ですね。
    信仰を背負う人を真面目に書くって、もうとんでもなく疲れるはずなのに…

    新・ギーおにいが現代のキリストでありブッダであって、でも宗教=インチキの図式も人々の中にある。
    宗教や奇跡や祈りなんて曖昧なもの、今時力を持たないんですよね。
    原発の方が余程信頼されてしまう。
    そういう部分を物語に都合よく誤魔化したりしないで、新・ギーおにいの葛藤をちゃんと言語化して、投石で殺してしまう。

    あまりに真っ当過ぎてハラハラ感がなかったのは残念ですが、もうこういう話が書ける作家なんてほとんどいないんだろうなぁ。

    12.06.25

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    2012年06月26日