大江健三郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
高橋源一郎氏の文学がこんなにわかっていいかしら (福武文庫)に出てきて、とっても気になっていた本です。
何がいいって、書き出しのサービス精神です。
上述の書籍で、高橋氏が引用しているのですが、書き出しはこんな感じです。
「まずキルプという名前が、気にいったのでした。Quilpとアルファベットで印刷した様子は、ネズミに似ていると思います。これが自分の名前だったらことだぜ、そう考えたと、最初の個人授業の後で忠叔父さんにいいました。―そうかい?ディケンズは、悪役には悪役らしい名前をつけるものやから、という返事だったのですが、現役の暴力犯係長の叔父さんが妙に寂しそうだったので、僕は説明しました。」
惚れ惚れするという高橋氏の意見に全く同感で、私もこの部分だけは何度読み返したかわかりません。
こんな風に書きたいと思って真似もしてみました。うまくいったためしはないですけれども。
つかみでこの情報量。無駄のない文章。期待を高める効果に満ちています。
かっこいいなあ。(*゚ー゚*)
また、ディケンズは、原文はもちろん、邦訳でさえ読んだことはなかったので、ところどころ原文が引用されているのをみて初めこそたいそう驚きましたが、そこはお話の推進力たる装置であるだけに、作中人物の邦訳という形で必ず訳がついていたので、問題なく読み進められました。
主人公は高校生の男の子なんですが、とてもそうは思えません。
知的レベルが相当高いです。
自分を振り返ると話になりませんが、どんな優秀な設定だとしても、高校生でそこまで考え付くか?と思う場面が多々あります。
でも、だからこそお話が進んでいくんですけれどもね。
そして、お兄さん役で光さんも、名前もそのまま特別出演しています。
著者の光さんへの愛情を強く感じました。
学生運動とか、一輪車とか、徒手体操とか、なんとなく耳慣れないざらりとした手触りの言葉も出てきますが、全体を通すと難解さは皆無です。
とても楽しめました。
混沌として先の見えないなんとも不安な今の時代だからこそ、魂の浄化、癒しをテーマとされたこの作品を読んで、あなたもなんとなく心を軽くしてみませんか。
たとえほんのひとときの夢にすぎないとしても。 -
Posted by ブクログ
個人的な体験でちょっぴり出てくる、バードが精神病者を探し回るエピソード「不満足」が入った、わたしにちょっぴり嬉しい短編集。
どれも短めなのでスイスイ読めました。
「敬老週間」と「アトミックエイジの~」は、シニカルでプッと笑えるオチが大江健三郎っぽくなくて軽く驚きました。
敬老週間はタイトルも素晴らしいですね!
私は表題作のアグイーが一番好きです。「アグイー」っていう響の由来も、胸が痛くて悲しくて、でもどこか眉を顰めたくなるセンチメンタリズム。
美しいだけ、楽しいだけ、こじゃれただけの物語が物足りなくなってきた昨今、やっぱり大江健三郎が大好きです。
10.02.10 -
Posted by ブクログ
こんなにも自由なイメージを喚起させるように描けるものなんだなぁと感心しました。
おとぎ話風の語りですが、森の中は村人達だけでの裁判(昔から限界状況での自治ってモチーフはよく出ますね)や、なんだか超絶に大きな人がいたり、少年としての著者が出て来たり。
少し異色ですが、個人的には好きです。
あの、「どこか木のうろからブーーンという音がして」とか
そういうイメージの植え付けは素晴らしいと思います。
絶対にない、しかも新しい物や気分を教えてくれる点では翁は素晴らしいと思います。
海外不条理映画とはちょっと違う。
D.クローネンバーグ的といえばそうなるかも知れません。 -
Posted by ブクログ
大江健三郎。
私小説というおうか、自分の人生が語られている。
どこまでが事実で、どこまでが小説としてのことなのか、気になるところではある。
登場人物はおそらくほとんど実在の人物。
古くからの友人であり、義兄である吾朗(伊丹十三)の投身自殺からはじまる。
本の中にたくさんのメタファーがあり、何となく読んでいた私は気付いたり気付かなかったり。
四国の森の少年時代の怖い体験や、
吾朗との「田亀」を通じた通信、ベルリンでの100日間を通して吾朗の自殺を追いかけていく。
最終章では千樫(大江ゆかり、大江健三郎の妻、伊丹十三の妹)が引き継ぎ、
センダックの絵本から妹としての立場で小説を閉じる。
あまりにもたくさんの要素が盛り込まれているため、
読んでいて難しいと感じるし、読み終わっても著者の意図が読めたのかどうかはわからない。
とにかく、読みやすいけれども重く、ずっしりとくる話。
背景についていろいろと説明があるわけではないので、自分である程度知ろうとしなくてはいけない。