大江健三郎のレビュー一覧
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ネタバレ大江健三郎ならではダンテの神曲を頼りに自作の捉え直しを含んだ「自伝」的小説。
個人的には発表順に氏の著作を読んで来たので、面白く読んだ。ただ、この前に読んだのが「M/T〜」と「同時代ゲーム」の再読だったので、物語としてのダイナミズムは少し欠けるかと思った。
「懐かしい年」というのは、文字通りのイメージの昔を懐かしむという事ではなく、まさにここ数年の流行りの並行世界(しかもタイムリープ)と捉えられるのが面白い。(この後には純粋なSFにもトライすることになる。)
ただ、必ずしもここでの(懐かしい年そのものである)ギー兄さんの死がその(理想的な)世界が失われたことを表すわけではないのだけど、再生に向けた立ち上がりで物語が締めくくられることの多い氏の著作では、喪失感と悲哀を感じるラストになっていると思う。
p.s. (他の方の感想を見て)
ギー兄さんが手紙で「個人的な体験」の添削をするところは哄笑を禁じ得なかった。その上で、添削はすまいと、決断するところまで書いているのにはグッと来た。 -
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雑誌『図書』に連載された著者のエッセイをまとめた本です。
あつかわれている主題はさまざまですが、障がいをもつ息子の光との関係や、彼の音楽活動をめぐる文章が、やや多いように感じられます。心理療法家である河合隼雄について述べた文章でも、河合のことばから著者と息子との関係へと連想が動き出し、河合の「コンステレーション」ということばが、著者とその家族のありかたについて著者自身が考えをおよぼす契機となって、著者のなかで河合の方法論があたらしく息づきはじめたことが述べられています。
著者自身の作品について語った文章では、「雨の木」(レイン・ツリー)をめぐる著者の考えの変遷がうかがえるものが含まれており、興味深く読みました。そのほか、著者の師である渡辺一夫や、ハーバート・ノーマン、ナジタ・テツオ、原広司といった人びととの交流についても語られています。 -
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ネタバレ妹への手紙という形で語られる、四国の山奥にある故郷の村の歴史と伝承、兄弟の逸話。序盤は、現在の生活と村の神話・歴史がリンクするかたちで語られるので頭のなかで整理する必要があるが、次第に神話と歴史にフォーカスされていく。
面白いが、クセのある文章ですこし読みづらい。
以下、村の神話と歴史における主な出来事、および語り手の家族について
・藩を追放された武士集団が「壊す人」を主導として川をさかのぼり、行き詰まりの大岩塊を爆破して、森に囲まれた盆地に隠れ住む。(そのときに流れ出した大洪水によって追跡隊は押し流される) のちに「吾和地(あわじ)」と呼ばれるようになる。
・村の開拓がひと段落したところで、地響きのような音が響き渡り、その影響の強弱によって住む場所の入れ替えが行われる。
・「壊す人」が死んだ直後にふたたび大怪音が鳴り響き「住みかえ」が行われるさなか、「壊す人」の妻であるオシコメが十七、八の青年団を指導して、創建者の老人たちを一掃する「復古運動」を進める。(明らかに文化大革命の江青と紅衛兵がモデル)
・村の独立性を保とうと、藩権力と一揆集団の仲裁をしたり、天皇家との接近を模索した亀井銘助(メイスケサン)と、大正時代の大逆事件の際、天皇に抗議文を送った原重治(牛鬼)。
・大日本帝国に組み込まれることへの対抗として、ふたりの人間をひとつの戸籍に登録するカラクリを思いつく。それを解消しようと村にやってきた大日本帝国軍との五十日にわたる戦争。
・長兄(露一)は徴兵中、精神に異常をきたし精神病院に二十五年間収容される。解放されたあと、天皇に村の独立を要求するために皇居に向かう。次兄(露二郎)は女形として生計を立てている。
・野球一筋の末弟(露留、ツユトメサン)は、マネージャーと一緒にアメリカやハワイに渡り、メジャーリーグ球団や日本の野球チームに売り込みにいく。
・「壊す人」の巫女として育てられた双子の妹(露巳)は、銀座でキャバレーを開いていた時代にアメリカ大統領候補と知り合い、彼の大統領就任後に会見し、村の独立を援助するように要請する。その際に検査を受け癌を宣告され、帰国後に船から身を投げ死んだと伝えられていた。しかし、妹の生存と、キノコのようになっていた「壊す人」を見つけ、いまでは犬ほどの大きさにまで回復していることが手紙で伝えられる。
・語り手である「僕(露己)」は、幼少時代より神主である父に村の神話と歴史を口承によりたたき込まれる。それに興味を持った東京出身の双子の天文学者(アポ爺、ペリ爺)とも親しくするが、父と国民学校校長との諍いが原因になり双子の学者は村を追放されてしまう。そのことを思い悩んだあげく、「僕」は素っ裸になって森をさまよい歩き、村で起こった過去・現在・未来の出来事を垣間見るのだった。 -
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聖書の物語は、神に選ばれた者たちを中心に進行するが
大江健三郎の場合
「選ばれなかった者たちの語り」としての神話を
構想していたようである
例えば「治療塔」のストーリーにそれは明快であるし
また、そう考えれば
解体と再構築の作業を読者に強いるがごとき難渋な文体も
集合的無意識の行なう要領を得ない語りであると
説明することはできる
そしてその根底に
「母」の存在が担保する性善説の世界観があるわけだ
ただし、そういった方向性は
ノーベル賞に「選ばれた」ことで骨抜きになったし
なにより作品として読者を選ぶものだった
「火をめぐらす鳥」
若い頃、伊東静雄という詩人に影響を受けた筆者は
その詩の一節からひとつの世界観をつくっていた
個人の魂は、死後に集まって一体化し
すべての記憶が集合無意識として共有され
その上で魂たちは、それぞれに生まれ直していくという…
結局その世界観は、新しく出た評論に否定されてしまうんだけど
それでも障害を持った長男に接するとき
我々の魂は孤独ではないと信じるに足る瞬間が
確かにあるのだった
「涙を流す人の楡」
ベルギーの日本大使と会食中
とある形の木が見えたもので憂鬱になり
その理由を釈明するという話
それはおそらく
怒れる少年を立ったまま水死させるという
雨の木のイメージではないか
「宇宙大の雨の木」
筆者は「不死の人」について書こうとしている
それは筆者の前にもしばしばあらわれ
なんらかの啓示を与えてくれた人たちのことである
だがフォークナーの「野性の棕櫚」を通じ
「不死の人」とは人ではなく、啓示そのものではないかと
筆者は考えるようになった
イデア論の一種と捉えることも可能だろう
では、そのイデアないし啓示は
いったいどこから来るのであろうか
おそらくは「雨の木」が養分としたもののなかから…
「夢の師匠」
音楽家のTさん(武満徹?)からの依頼で
オペラの脚本を書くことになる
幼い頃出会った二人組の占い師をタネに
話はやがて宇宙移民へと膨らんでいく
「治療塔」の前段階的な作品
「治療塔」
長編「治療塔」の短縮バージョンというか
三幕構成の梗概という体裁
「新しい地球」の人々は
治療塔と呼ばれる遺跡のなかで若返りを果たすのだけど
それはひょっとすると
人として大切な何かを吸い取られたということではあるまいか
「ベラックヮの十年」
十年前、ダンテの「神曲」を読むために
イタリア語の家庭教師を雇ったことがあった
それはうら若き女学生だったが
彼女の性的挑発を見てみぬふりしたことにより
授業は中途半端で終わった
十年後、「神曲」をベースにして
「懐かしい年への手紙」を書き上げたさい
彼女と再会するのだけど
やはりセックスの誘いには乗れず惨めな思いをする
「マルゴ公妃のかくしつきスカート」
とある映像作家が、フィリピーナを囲っている
しかしセックスレスで
フィリピーナは同国人の「救い主」と、時折寝ている
フィリピーナは「赤革のトランク」をいつも持ち歩き
その中に、何かを…
おそらくは子供の死体を隠している
映像作家には、秘密を悪と捉えているふしがあるのだが
その秘密への興味だけが
実はふたりをつなぐ唯一の接点かもしれなかった
「僕が本当に若かった頃」
小説を書き始めた頃、「僕」はアルバイトで家庭教師をやっていた
生徒の繁君は「僕」の小説を読み
それが「成功する小説」ではないことを見抜いた上で
自分の構想を小説にするよう、焚きつけてきた
車で実際に北海道まで旅し
それをロードムービー的に書けという
「僕」もそのプランに乗って、自動車免許をとろうとしたのだが
片眼に問題のあることが発覚し
断念せざるをえなかった
あきらめきれない繁君は、かわりに叔父の靖一さんを誘って
北海道へ旅立ったのだけど
トラックと正面衝突する大事故を起こしてしまった
結局「僕」はこの体験を小説にすることなく
やがて、アンチクライマックス指向を深めていく
しかしひょんなことから繁君と再会することになり
当時の真相を知ることともなった
「茱萸の木の教え・序」
従姉弟のタカチャンは不遇な晩年を送って死んだ
タカチャンは行動の人であったが
大学紛争に加わった際の怪我がもとで、脳障害を負っていた
彼女の死後、関係の深かった人々で文集を作ることになり
「僕」がその序文を担当することになった
晩年、寝たきりになったタカチャンは
本人の印象からかけ離れたような空想的な文章を書いていた
実家の茱萸の木の、迷宮のような枝ぶりのなかに小人が住んでいて
自分の未来を演じているというものだった -
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2021年 41冊目
「性的人間」
性的少数派の嗜好の追及を描いた作品。最初の妻を自殺に追い込んだ嗜虐的趣味のある青年が痴漢行為に傾倒する。孤独感を抱える退廃的な作風を更に冷めた目線で読んでしまうのは令和世代だからかしらん。。独り善がりで作品丸ごと自慰行為を見せられてるようで好みでなかった。
「セブンティーン」
現代において確固たる主義や思想を持ち声高に発言する人はそう多くないだろう。主人公の少年は最初左翼だが、彼の政治意識は観念的なものにすぎない。不安定な10代。ある日右翼の党首の演説を聞いて右翼活動にのめり込む。不吉な変身の瞬間。死を以て人を脅迫し自ら死に飛び込む右翼青年を形付けるのは右だけでなく左だけでもなく日本全体である。万人の実存を見つめた作品。実存と言う深みでは、政治的で道徳的な価値判断は存在しない。 -
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「文学とは、小説とは、哲学とは、そこから見えてくる世界とはこういうものである/こういうものであった」という点においては色褪せず参考になる本だと思う。しかし、「こうなるであろう」という点においてはコロナ前に書かれた本であるため、「本当に?」となる。そのくらいコロナで世界は不可逆に変わってしまった。文学も小説も2人の言う通りエネルギーを無くして、2人の願い叶わず衰退はするだろうけど、そこまでの道筋はこのとき見えていたものと大きく変わってしまったと思う。たとえば誰かの抱えた花束が手放されるのは、花が枯れたときではなく、その人が死んだ時かもしれない。
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ノーベル文学賞作家、大江健三郎さんの初長編。
難解。
太平洋戦争末期、感化院の少年たちが疎開した先の閉ざされた山村で疫病が流行る。村民が避難をして、少年たちは束の間の自由を得て…という物語。
感化院とは、少年犯罪者を感化(考え方や行動に影響を与えて、自然にそれを変えさせること)する施設。
今の少年院みたいなものか?
少年院の少年たちが疎開する、という状況がそもそも想像することが難しい上に、疎開先の村の村民が疫病から逃れるため少年たちを宿舎に閉じ込めたまま避難してしまう、という設定もなぁ…
戦時ということもあるのだが、昔の人っていい加減だなぁと。
人権なんてない。
この本も伊坂幸太郎さんが選書した一冊。
伊坂さんは、大江さんの小説に出会い「小説を読むとこんなにヤバい気持ちになるものなのか、と教えてもらった」と言う。
ヤバい気持ちに浸りたい人におすすめ。 -
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大江健三郎 「 燃えあがる緑の木 」
2部 揺れ動く(ヴァシレーション)
2部は 宗教集団が イェーツの詩の世界観の象徴である「燃えあがる緑の木」のもとに集い、祈りの意味を見出す までの歩みを描いている
登場人物が増えていくが、それぞれの人物の役割設定は明確。著者自身もK伯父として 息子ヒカル氏とともに登場し、自身の文学テーマとの関係性を明示している
著者が伝えたかったのは「その場所で 時が循環し、死者と共に生きることにより、人間が続き、物語が作られる」だと思う
祈りの意味
神がいない教会が 中心が空洞な繭のような存在であっても、繭に向けて集中するだけで、充実した生き方をしていることになる。中心を囲い込んでいくことが、われわれの祈りの唯一可能な実体
祈りの言葉「ただひとつの今の中に魂の日は生じる」
イェーツの世界観
*心は いつも動いている
*一人の心には多数の心が流入してくる〜個の記憶は大きい記憶の一部
*大いなる心と大いなる記憶は 象徴によって喚起される