大江健三郎のレビュー一覧
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ノーベル文学賞作家、大江健三郎さんの初長編。
難解。
太平洋戦争末期、感化院の少年たちが疎開した先の閉ざされた山村で疫病が流行る。村民が避難をして、少年たちは束の間の自由を得て…という物語。
感化院とは、少年犯罪者を感化(考え方や行動に影響を与えて、自然にそれを変えさせること)する施設。
今の少年院みたいなものか?
少年院の少年たちが疎開する、という状況がそもそも想像することが難しい上に、疎開先の村の村民が疫病から逃れるため少年たちを宿舎に閉じ込めたまま避難してしまう、という設定もなぁ…
戦時ということもあるのだが、昔の人っていい加減だなぁと。
人権なんてない。
この本も伊坂幸太郎さ -
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大江健三郎 「 燃えあがる緑の木 」
2部 揺れ動く(ヴァシレーション)
2部は 宗教集団が イェーツの詩の世界観の象徴である「燃えあがる緑の木」のもとに集い、祈りの意味を見出す までの歩みを描いている
登場人物が増えていくが、それぞれの人物の役割設定は明確。著者自身もK伯父として 息子ヒカル氏とともに登場し、自身の文学テーマとの関係性を明示している
著者が伝えたかったのは「その場所で 時が循環し、死者と共に生きることにより、人間が続き、物語が作られる」だと思う
祈りの意味
神がいない教会が 中心が空洞な繭のような存在であっても、繭に向けて集中するだけで、充実した生き方をしていることに -
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集団疎開である村落にきた感化院の少年達の話。
戦後の貧しい暮らし、自然を擬態化した文章が生々しく、リアルに景色を捉えた作品となっている。
感化院の少年達が疫病の流行る村の中に閉じ込められた時の怒り、自活していく壮絶な生死の境目を語った、力強い筆力が魅力的だ。美的感覚的に言えば美しいとは言えない内容だと思うが、生きる為に奔走する主人公の前向きな主張が現れている作品となっている。
ある意味世の中の風情を描いているような感じもした。昨今の小説では主人公ありきで進んで歩く物語が多い。しかしこの物語では世の中とは残酷な人間達が多く存在し、理不尽な犠牲が多く存在する事を生々しく書いたことに意味がある。 -
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当初、「治療塔」の存在は秘密とされていたのだが
帰還者と残留者の和解事業が進む中で漏洩した情報などから
様々な噂やデマが飛び交うこととなった
その結果、不法に「新しい地球」へと旅立つ者たちや
独自の「治療塔」を建設したという者が現れ
世界に再び混乱がもたらされた
一方で、実際に「治療塔」を体験した帰還者たちの身体からは
すでにその効能が失われつつあった
しかし「治療塔」の分析・再現という基本路線に変更はなく
スターシップ公社も新たな調査船の派遣を決定した
そしてそれが「新しい地球」における
公社側と、不法移民たちとの戦いへと発展していくことになるのだ
「治療塔」を占拠する不法移民たちは
その -
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治療塔とは、「もうひとつの地球」に発見された遺跡である
先史文明など存在しえなかったはずの星になぜ
そのような人工物が建っていたのか
誰にもわからなかった
しかも不思議なことに
治療塔の内部空間には人間を若返らせる力があった
そのためキリスト教徒たちは、それを「生命の樹」とも呼んだ
宇宙移民の失敗で「古い地球」に帰還したエリート達は
非エリートを労働力に用い
あらたな貴族社会の建設を目論んでいる
「大出発」の後、古い地球の混乱を生き抜いてきた残留者には
そのように信じて
帰還者に反感を持つ者も少なくなかったが
一方では、帰還者と残留者との間に
禁断の愛が芽生えてしまうこともあった
そこで帰還 -
購入済み
心に残して置きたい言葉
NHK の100分de名著で紹介されて読んでみた。
文学素人の自分には難解で、ダラダラ読みをしつつ何とか読み終えた。
「一瞬よりいくらか長く続く時間」と言う言葉を産み出したことで、この作品は完成していたのだろう。
登場人物たちの「祈り」への考え方の違いも、ストーリーがどんなものであろうと、この一言があれば小説として成り立ったんじゃないかと思わせる強く心に残る言葉だ。 -
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90年代はじめの大江健三郎は
文体に霊的パワーを込めようとして空回りしていた
井伏鱒二から継承したフォルマリズムが
そのための方法論、というよりドグマだった
当時の作品にも現れているように
やがては新しい神話を創造することが目標だったのかもしれない
しかしオウム事件以降
おそらく、ここに収められた古井由吉との対談も転機のひとつだろうが
世界の文学史そのものを多神教的にとらえる方向へと向かったらしい
いずれにせよその鍵は
異なる概念を柔らかく繋げる日本語表現にこそあるようだ
日本語への翻訳による異化作用を用いれば
あらゆる価値観の相違と
ロシア・フォルマリズム本来の用法を超えて
歴史の背後にある -
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伊丹十三が倒錯的な性愛にこだわりつつも
常に社会正義を踏まえて作品づくりをしていたことは
「女」シリーズを見ればよくわかる
そういう、きわめて人間的な矛盾が
彼を一種の自家中毒に追いやったということは
言えるのかもしれない
伊丹の死後
日本の芸術映画をリードしたのは北野武だった
小説家の長江古議人と映画監督の塙吾良は高校時代からの親友である
共に、教師たちから目をつけられる存在だった
しかし同じはみ出し者といっても
自己の内面にこもりがちな古義人に比べ、外交的な吾良は
その分、他者のエゴイズムとまともに向き合いすぎるところがあった
良く言えば自信家、悪く言えば鼻持ちならないやつで
人によって -
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四国の山奥に生まれた大江健三郎
彼は少年時代、海外の児童文学にふれて広い世界に憧れ
やがて小説家になるのだが
初期の作風は、実存主義的なものであった
それは一口に言えば、外に目を向けようとする自分に対して
抑圧をかけてくる社会への反発であり
そういう社会を象徴する存在として、天皇を仮想敵とするものだった
しかし1964年の「個人的な体験」以降、作風は大きく変化する
きっかけは、脳に障害を持って生まれてきた息子だった
息子の存在は、世界に跳ぼうとする大江にとって
言ってしまえば足枷だったが
そんな息子との向き合いを書いた「個人的な体験」は
国際的な評価を得て
結果的に、大江を飛躍させた
そういっ -
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「人生の親戚」…障害をもった兄弟が自殺するというなんて悲惨でどうしようもなくいやな設定を思いつくのだろう。特に知的障害を持つ子どもがというのが。その瞬間の描写や経緯が何度もでてきてやり切れない。これを抱えて生きていく女性に焦点が当たっているのはわかるが。設定の後味の悪さが全てを覆ってしまう感じ。
「治療塔」…エリート層のみが新しい地球へ行く、という設定が面白い。が、そうした科学の進んだ未来設定なのに電話を待ってたり、特急列車で移動したり古い生活スタイルのままなのが踏み込み不足という感じ。とは言え、世の中が行き詰まるとみんな一緒にという美話が通用せず、分断が起こるというのはありそうな話だと思った -
Posted by ブクログ
この作品集中に頻出するイメージ、徒労感、屈服感、行動に対する焦燥のようなものは、やはり時代精神を書き取ったものなのだと、あらためて思う。
今読むと(現在にそんなものがあるか怪しいが)時代精神は大きく異なるため、奇異な感触を受ける。であるが青年期特有の焦燥や徒労感に対する敏感さが特異的に強調された、イカレた物語として、十二分に命脈を保っている。いわゆる「一周回って」あたらしい、というべき世界。
世代が大きく違えども、現役作家である大江健三郎と、同じ時代を生きる読者としては、上記のイメージが、再生につながっていき、Rejoyce!に至る道筋に興味を持たざるを得ない。