大江健三郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ひとつひとつの短編がとても衝撃的で、強く印象に残る。白人や黒人の肌の質感や、死体の生々しい描写がリアルで、実際に見ているかのような感覚になった。
戦争という特殊な時代背景の中で、日本人が外国人に対して抱いていた反抗的な態度が描かれており、当時の人々の感情を感じることができた。
今の時代は、外国人と交流したり、仲良く過ごしたりすることが当たり前のように感じられる。
しかし、【飼育】に出てくる黒人のように、良好な関係に見えていても、戦争みたいな何か大きなきっかけがあれば、昨日まで仲良くしていた相手が敵になってしまうこともあるのではないかと考え、少し怖さも感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「死者の屠り」
「物」になる過程と、「人」が産まれる前の描写が印象深い。死と生のあわいに位置することとなった語り手が、生者の幾つもを死側から向ける冷ややかな目線が妙に生々しくて、良かった。
「飼育」
捕虜となった黒人と、語り手含む少年少女との関係は、飼われる者と飼う者であった。それは事実としてあって、子供は彼をいかにも「人間的」な生き物として扱い、子供と同じ遊びに混ぜて快楽を得た。硬い表皮の外からやってきた自身らとは異なる生物は、子供の関心を総なめするには充分で、加えて飼育する立場にあるのだから、尚更だろう。人々は、捕虜という立場を忘れ、愛玩対象として黒人を扱うことに慣れてしまった。本来の彼は敵であって、今の飼育関係においてもそれは不変であるはずにも関わらず、語り手含む村民はそれが分からない。戦禍の真っ只中、人的な感情を表に置いてみせた黒人に、愛着が湧いたのか。戦争によってこの村にやってきた黒人は、戦争によって語り手との立場が逆転する。黒人が上に這い上がるというよりは、語り手が堕ちてくるというのが正しいかも知れないが、その事を語り手が分かっていなかったというのが大切だと思う。語り手は戦争によって、大人になり得る。自らを踏み躙った存在は、戦争によって生まれた大人であって、黒人であったからこそだろう。それでも、弟に対する愛や、友人に対する情は捨てて欲しく無いと思えるからこそ、好きな一篇だった。
自らの世界の外からやって来たものは、どんな形であれ自らに多大な影響を及ぼし、それは望んでいたものかはたまた逆か、何れにせよその過程を描いた本書は面白い。戸惑いや昂りが、とんでもない筆力で描かれるのだから、閉塞的な世界が好きな自分は熱中せざるを得ない。上記以外の作品なら、「人間の足」が印象深い。語り手に自らを預けることとなった故、私に似た視点が楽しめた。
本書のように、文学界の中でも屈指の名作を読んだ時、私でも楽しめるのだなとどこか安心する。読解力や、文学性の有無の判断力は全くといって無いような私でも、素晴らしい作品だと分かるからこそ、時代を超えて多くの人々に愛されるのだなと思う。 -
Posted by ブクログ
2ヶ月くらい前からおすすめと言われて貸してもらってずっと放置していた
繰り返し読みたくはならない
気に入ったのは「他人の足」。それ以外はふつうかなー
身体中の孔が粘ついた腐敗臭で満たされていくような閉塞感が不快だった、じめじめしすぎていた。
でもその湿っぽさこそが、死者や胎児のような物体、飼育されて観察対象となった黒人兵士と一般的な人間とを隔てている気持ち悪さなのだろうけど(湿気は人間側の特徴として
何かに身を費やさないと存続できないのかというほど無意識に観念に追い立てられ、根拠で生を掌握しようとする様子も嫌気がさす
そしてその差を感じることで優位(人間側としての優位性ではなく、存在としての違いを理解しているかのような立場にたって中途半端にどちらをも見下すような)に立っているような幻想を抱くのはもっと嫌だ
生理的不快感のある描写を全部拒絶したいわけじゃないんだけどもっと淡々としていた方が読みやすいな
「人間の羊」にあったような、正義や自分の納得のいくストーリーに他を当てはめ、燃え上がる感情で先を照らして突き進もうとする盲目的な態度(「他人の足」の学生も)は、同じ側に組み込まれていたら違和感なく受け入れられるのかもしれないが、羞恥心すらも彼らの都合のいいストーリーに利用される動物側だと、話の通じない異生物にしか感じられない
教師のような直接的接触はなかったとしても、この構図は普段の生活でよく見られるものだと思う
「戦いの今日」は親愛で結ばれているように見える人間関係も結局は、日本人-外国人、庇護者-保護対象など先に存在する関係性があって無条件にそれに騙される形で自分の感情や正義が形成される
気づかずに役を全うし、結局は、心のうちではこういうふうにあるべき、あるはずのものと相手の姿をコントロールしているという意味で、互いに互いを見下げ合い、あらゆる人間関係は人間-動物のような関係と大差ないように感じられてくる
最初人間を人間たらしめるものとして湿気があるのかなと思っていたけど、関係性において動物も物体も人間も差がなく全てがじめっとした一塊となってお互い通じ合えないグロテスクさが最後に残った
読んでいる最中弱いもの側というか主人公がいる側に同調していたが、どっちもどっちだし、そのグロテスクな一塊に、話が通じない種々の異生物が混じり合っているのがやっぱり気持ち悪すぎるなー
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Posted by ブクログ
大江健三郎が三島由紀夫による自決を受けて執筆した小説と知り、興味を持って手に取った。三島は簡単にいえば右翼的な思想、大江はおなじく左翼的な思想で知られているが、それがどのように結節して小説に反映されているのか、注目しながらまずは表題作を読んでみた。しかし、たしかに天皇に対する言及は存在するが、なかなか理解が難しい小説で、まず、主人公が通常の状態ではない。みずからをガンに罹患して瀕死の状態にあると思い込んでいるという特殊な設定で、そうなると当然そのなかの物語もストレートに受け止めることはできなくなる。あるいはこの描きかたじたいが、天皇を語りづらいものであると暗に示しているのかもしれないが、どうにもうまく吞み込みがたい。ただ、大江にとっても天皇というものの存在が大きなものであったことはよくわかった。三島が自決に向けたようなエネルギーを大江は持たなかったが、けっして軽んじていたわけでもないだろうというのが読んで思った感想で、そうなると冒頭で触れたようにほんとうに左翼的だったのかどうかということをまず問い直さなければいけない。大江は大江でこれもまたひとつの右翼的愛国的な態度なのだという解釈はありうるだろう。そういうあらたな大江像が「発見」できたという点で、本作を手に取ってみて正解だったといえる。
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Posted by ブクログ
おほきな疲労感とともに
狂気を書く。その点では『ねじまき鳥クロニクル』とおなじだが、前者は社会の狂気。こちらは個人の狂気だ。
しかも、こちらの狂気は説明的な人工の(=絵空事の)狂気なのだ。人間に直に根ざした狂気とは感じられない。
一文がながながしい変革期の文体。それは、大江がのちに『さようなら、私の本よ!』で書いたとほりだ。《あなたの出発時の文章はスッキリして、書いてることがよくわかった、いまはゴテゴテしている。それは批評家が賞めてるような、あなたに豊かな資質があるということじゃなくて、いま何を書いたらいいかわからないから、形容詞の煙幕を張ってということじゃないのか?》
「核時代の森の隠遁者」は『万延元年のフットボール』の後日談。表題作は、父と天皇へ結びつく中篇だが、長すぎる内容は食傷気味になった。
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Posted by ブクログ
大江健三郎作品6作目
著者の代表作であり人気の作品なのですが、正直、難解だった。難しすぎて思考停止状態に陥り、何度も眠くなることがあった。でも後半になると主題としてあるものが見えてきて、それについて深く考えることができた。
自己欺瞞に自己憐憫、決定的な要因がない場合でも、人は誰しも何かしらの荷を背負って生きているものだと思う。その重みはそれぞれであり、軽くなるものもあれば、どんどん重くなるものもある。その重みに耐えかねて、懺悔し審判を受けて、その重みから解放されたいと願うこともあるだろう。しかし、それができず、そのことで苦しむことになると狂気をはらんだ自己破壊的な衝動が芽生えてくるのかもしれない。そこには死からの再生という願望があり、すなわち、まっさらな状態で新生活を始めたいという切実な心の叫びなのだと思った。
人は重荷を背負わずに生きていくことは可能なのか?きっと、それは不可能だと思う。では、どうすればいいのか?"本当の事"を言い、審判を受ければいいのか?そうではないと思う。"本当の事"自体が重荷であり、それを背負い続け乗り越え点を越えていくものだと思う。
そのためには、「人生はしらふでやってゆかなければだめだ」という言葉は一つの答えでもあると思うが、それだけではない。人生に答えはなく、もちろん目的もないが、それを考え模索しながら生きていくものではないだろうか。
一つ言えるのは、重荷を下ろすことはできないが、重さを感じなくなることはあるはずだ。
そこで自分のこれまでの人生を振り返ると、恥ずかしいことだらけであった。死ぬまで黙秘し、背負い続けていかなければならない重荷があまりにも多い。どおりで筋トレをやり続けているわけだ!
"そういうものだ"
作者あとがきから引用
「湘南の海岸に出かけて、砂浜でウイスキーを飲み、それから泳ごうとしたことがあります。腿くらいまで水に入ったところで健康な本能の反省がおとずれ、ひきかえして砂浜で服を着たのでしたが、水泳には幼時から自信があっただけに、あの時そのまま沖に向けて泳ぎ出ていたならば、無事ではすまなかっただろう。」