大江健三郎のレビュー一覧
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作者の50年以上の仕事を跳梁する短編集であり、まとまった感想を言葉にするのは難しいが、作者はひとつひとつの作品においてちいさな秩序やコスモとでもいうべき何かを作り表現しているように感じた。(外界に挑戦するというのではなく、自分の内面に折り合いをつけるためのものとして)
冬の乾いた朝のような清潔感や温かみのある雰囲気、思慮深さを感じさせる文体が心地よかった。
作者はそのことへの非難すらテキストに織り込んでみせるが、後期の作品には周囲の人間のプライベートに深く踏み込んだような内容が多く(もちろん、それは当事者間の問題以上のなにかにはなりえないし、どこまでが作為なのか読者には知ることはできないが -
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テロリズムに興味はあるか?
淡々として読みやすい文章の過渡期。『取り替え子』よりも読みやすい。
この小説で私が興味を覚えるのは、長江古義人とその家族のこと。長江家の経済的事情もつまびらかにされる。長江のなかの若いところのあるやつ。といふ描写も惹かれる。
一方で、建築家・椿繁の画策する、破壊する建築テロリズムには惹かれない。ジュネーヴとのテロリズム計画は、いささか北軽井沢で完結しすぎてあっさりしてゐる。
もちろん、その合間にたびたび登場する三島由紀夫との因縁は「セヴンティーン」しかり、北杜夫に宛てた大江の自殺未遂を訊ねる手紙しかり、興味深いものだ。
やはりメインは死への観念を書い -
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一種通俗的な物語
ショッキングと希望がなひまぜになって、冒頭からおよそ言葉の洪水の暴力がなだれこんでくる。自殺した友人のイメージがショッキングで、同時に惹きつけられる。
四国の山奥を卑下して大丈夫なのかと思ったほどだが、ある種普遍的な話だ。神話とからめて語る人が多いが、むしろ昔の一揆との連続性を蘇らせる現代の騒動を描いたもの。鷹四のやうな人間も、いくぶん誇張されてゐるとはいへ、ゐないわけではない。蓮實重彦や小川榮太郎が書いてゐたが、部分的には通俗的でもある。
やはり一種難儀なのはながながしい主人公の独白で、興味の持続を断念するひとも多いはず。動物や自然を用ゐた比喩や、川流れのエピソード -
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おじいちゃんの書斎からくすねてきた。私がずっと聴いてきた國光の音楽と、おじいちゃんが色んな本を読んで考えてきたことが繋がるような気持ちになった。
私が初めて天皇陛下を見た時に思ったのは、空虚だ、ということだった。日本というのは曖昧な抽象物であり、実は天皇にも象徴されるように中心が空っぽなのだろう。そしてそこから生じる曖昧さとうちに閉じてしまう感じ。
また、周縁たる田舎。そこで心的感覚麻痺に落ち込み、乗り越え、再生する。これはそのまま再生の風景ではないか。
あいまいと言うことが何かはっきりと語られない(かろうじて両義性?)ものの大きな示唆のある一冊だった。 -
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ネタバレ芥川賞受賞の表題作「飼育」を含む初期の短編をまとめたもの。
ほかにもノーベル賞も受賞。受賞理由はからっきし意味不明ですが、ネットに落ちているNHKの方の解説を読むと、どうやら現代日本社会を描いたから、ということ!? よくわからん。
ただ、本作を読んでありありと感じたのは、偽善へのシニカルな目線・退廃的ムード・諦めと閉鎖性、このようなワードが思い浮かぶ作品群であったと思います。
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以下は作品と寸評です。
「死者の奢り」・・・表題作。解剖用死体を大型水槽からもう一つへ移し替えるというバイトをした「僕」。場面設定が特殊であるものの、得も言われぬ退廃的なムードが印象的な小品。
「他人の -
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大江の本の中で、エロも酷薄な殺人(描写)も出てこない、珍しい作品。だからこの文庫の裏に紹介されているように「海外で最も読まれている大江作品」なんだな。乱歩が少年探偵ものに自作を書き換えたようなところがあって、もとの『同時代ゲーム』とくらべると、熱がなく、こじんまりとまとまってしまっている感がある。ただ、語り直しだけあって、こちらの方がメッセージはよりダイレクトに伝わってくる気がする。それが文学作品としていいのか悪いのかは何とも言えないが。いずれにせよ、一番読みやすいし、何か一冊読んでみたい人にはこの作品がまずは入り口としてはいいと思う。
岩波文庫版も持っていて、漢字の読みなどの確認のため(岩 -
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大江健三郎が自身の小説家への精神的成長過程を虚構を織り混ぜて書き上げた長編小説である。四国の山間の村、メンターとしてギー兄さんを措定し、彼のイエーツの詩やダンテ『神曲』愛読の影響を受け、語学や文学を学び入試対策の教えも受ける。地元の名士ギー兄さんの相続した山村で展開する「美しい村」や「根拠地」のコミューン作りを横目に、主人公の読書や受験勉強と自慰や性行動覚醒の顛末など、成長期の日常生活が赤裸々に連綿と綴られる。一方で郷里の森の霊性帯びる清澄な大自然や透明感溢れる異世界の描写がこの物語を深く厚みのあるものにする。浪人の後大学に進学し郷里を離れて上京し小説を書き始める。
ギー兄さんは強姦殺人事件を -
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「人生の親戚」を読みました。
知的障害のある長男ムーさんと、事故で半身不随となった次男道夫君を、自殺で亡くしてしまった女性まり恵さんの話。
到底了解することの出来ないような悲惨な現実と真っ向から組み合い、最期にVサインをした彼女の姿が印象に残った。
彼女の生涯を「了解可能な」物語として書いてしまった著者の葛藤も綴られており、他人の人生を題材に小説を書く人としての誠実さを感じた。
仕事柄だろうか、人に寄り添うってどういうことだろうかと最近考える。
人が抱える痛みや苦しみは極めて個別のものであり、それを理解し寄り添うなど到底できないと思うこともある。しかし、それぞれがそれぞれの人生の問題に直面し -
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大江健三郎の2冊目。昭和39年8月に出版されたこの小説の20代後半の主人公と大江とは合い重なる設定。大江の子供「光」も脳瘤によって知的障害者として生きている。新潮文庫の巻末には大江が昭和56年1月に書いた一文が置かれている。その中で小説の終幕への三島由紀夫などの批判に対して、「経験による鳥(バード)の変化・成長を表現するという、最初の構想をまもりたかった」と記している。20代の大江が突っ伏して動けなくなるほど困惑していた子供を抱えた父親としての姿は、大江自身の言葉のように「青春」そのものを切り取っていると感じた。これから読み進めていこうと思っている大江の作品が楽しみになってきた。
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テーマがすごい。描写がすごい。
冒頭の一節から、足し引きのない形容によって衝撃的な光景が生々しく描かれ、作者独特のその描写は最終話まで途切れることなく続きます。閉鎖された空間、そこに置かれた人たちの心理、行動、息遣い、発する言葉、見えないけれども確かに存在する外界との境界、その全てに生臭い人のさがが見え隠れします。ページをめくる度にその隙間から体臭の混じる湿り気を帯びた空気が漏れ出てくるようです。
好みはさておき、すごい作品群です。気になる一節を読み返してみると、作者の意図する世界感を体温や感触をともなって自分なりに体現できて、よくこんな文章が書けるものだと感心してしまいます。芥川賞、ノーベ -
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☆4.5 奇妙なスルメ小説
最後の千樫の推測のくだりで身震ひする気持になったが、なんとも奇妙な小説だと加藤典洋の書いてたままに評しよう。
どうも前半までは平坦だとおもってゐたが「覗き見する人」以降おもしろかった。ギシギシの挿話に熱中させられるものがあった。
かういふ小説は、事実背景を知ったうへで再読するとより面白く感じられるとおもふ。実際、いま再読して前半もおもしろい。
まあ評判を聞かずに読むのがいい。たぶん勝手に期待するとぴんとこない。斎藤美奈子や松岡正剛がぴんとこなかったのもわからなくはない。大江健三郎に関心がないと読めないのである。
なにしろその続篇として『憂い顔の童子』がある