大江健三郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
自由思想について書かれていると感じた。
いかに自由意思にもとづいて生きることが難しいか。。。
無人になった村で初めて自由に生きる子どもたち。
でもせっかく自由を手に入れたのに、大人の指示が恋しくなるのがアイロニカルである。
人の残酷さ、冷酷さ、自己中心性は環境によってどこまで強化されるのか。
本作はノンフィクションであるが、現実感がある。解説者は設定が非現実的であると執拗に固執するが、戦時下で起こり得る、起こっていたかもしれない事態ではある。間違いなく、大人の保護下になかった子ども達が大人達から非人道的な扱いを受けることは日常であっただろうと思う。
芽むしり、仔撃ち。
日本でもほんの少し前 -
Posted by ブクログ
前半の「異化」や「想像力」のくだりがめちゃくちゃ共感できますし、このように解説されることで、自分の小説を読む態度が改められ、再読も初読もより楽しめるようになると感じました。
自己の想像力を使って小説を能動的に受けとめる、このような態度はショーペンハウアーの『読書について』でも語られていたなと思いました。
また、ここで引用されている夏目漱石や井伏鱒二、チェーホフなどの作家が悉く私の好きな人たちだったのも即買いポイントです。(^^)
ただ今のところ、ラストの『ヒロシマノート』にまつわる話をなぜ挿入したのかイマイチわからなかったです(序文でそれについて述べていますが)。再読のときにわかればいいな -
Posted by ブクログ
まったくもって好みである。これは性癖の告白だといっても間違ってはいない。そこに羞恥心はなく、むしろ堂々と胸を張った自分がいる。
どういったジャンルなのかと聞かれても答えようがない。どうしてこんなにも変態的な性的描写をするのだろう。書かなくてもいいのにと思うのだけど、読後なぜか耳鳴りのような余韻が残り、その響きに共鳴してしまっている自分がいて、喜びを感じ感動し、さらには感謝さえしている。
芸術としての文学に改めて感動させてもらった。
一度読んだが自分にはあわず、十数年間読まずにいた本。ちょっとした敬遠もあった。なのにずっと手元に置いてあった。すべてはタイミングなんだと改めて思った。 -
Posted by ブクログ
数年前、引越しの際に持っていく本を選別した。千冊ほどの中から百冊ほどに絞った。その選考基準は、再読するかどうか、あるいは再読したいと思うかを基準とした“再読指数”によるものだった。その基準を突破した本の中に、大江健三郎の作品があった。中古で買ったものばかりだった。
「飼育」を読んだことがあったが、よく分からず、冷たくて薄暗い空間で過ごした時間のような感覚だけが残った。ただなんとなく、いつか読むような気がして、数冊の積読本を持ってきた。そして最初に読んだのが「性的人間」だった。
表題作のほかに「セブンティーン」「共同生活」が収められている。読み始めはなかなか文章を捉えられず、集中が途切れたが、数 -
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ありのままの姿、自己を表現したときに、それが受け入れられるものでありたいと願い、孤独を拒否し容認せず、繋がりを求めて、安心をえたい。
けどそれは不安をともない、だから自己欺瞞する。そこには葛藤とフラストレーションが生まれる。その度数が高ければ、それを満たすための仮の表現方法も過激になり、また閉じ込めれば神経症になったりもするのでしょう。だからといって、それは社会では容認されることではなく、阻害されることにもなり、孤立をうむことにもなる。
やはり思うのが、そこにはもって生まれた特質、性質を理解したうえで社会に自己を投企する為の技術が必要であるということである。未知であるが故に不安が付き纏うのは -
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深い孤独感や戦争の影響、死の意味が何であるかを読者に強く投げかけてくる作品。
言葉遣いは美しいものの、内容が重たく読みにくく、詠み終わったあとも憂鬱な気持ちになる。
簡単には、人にオススメできない作品となっている。
【主人公の孤独と隔たり】
本作の主人公たちは他者との間に大きな隔たりを抱えており、その孤独感が物語の根底に流れています。主人公の内面的な葛藤や感情の複雑さが際立っています。
【主人公の内的葛藤】
主人公は、死体を「物」として扱う一方で、死を意識の面で捉えようとします。仕事を終えた後の快楽的な感覚と、他者からの軽蔑を感じることで生じる苦悩が対照的に描かれています。こ -
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ネタバレ脳瘤がある息子と向き合えず、アルコールとセックスに溺れて現実逃避する男という、まあ近現代文学あるあるな内容にそっか〜なんて思いながら読んでたんだけど終盤に全部持ってかれて今割りと呆然としている。
こういうストーリーで近現代といったらめっちゃ辛いラストになっちゃうんだろうなとか疑った私が大馬鹿だった。
ウルトラハッピーエンディングを掴み取って譲らない大江健三郎が凄すぎてちょっと泣いてしまった。
これ、本当に1960年代に書かれた小説なのか??????????
正直読んでてうげえってなるところもあるのは確かだが(現実逃避をする男のために尻の穴まで捧げちゃう女友達が本当にわからない。どういうこと??