大江健三郎のレビュー一覧
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1.著者;大江氏(故人)は、小説家。「死者の奢り」で、学生作家としてデビュー。豊かな想像力と独自の文章で、現代に深く根ざした小説を執筆。核兵器・天皇制等の社会問題、故郷の四国の森の伝承、知的障害を持つ長男との生活・・を重ね合わせた作品を構築。「飼育」で当時最年少の23歳で芥川賞受賞。さらに「洪水はわが魂に及び」で野間文芸賞・・などの多数の文学賞と、日本で二人目となるノーベル文学賞受賞。民主主義の支持者で国内外における社会問題に積極的に発言を続けた。
2.本書;大江氏の初期作品集。6短編を収録➡①死者の奢り(解剖用の死体を運ぶアルバイト)②他人の足(脊椎カリエスの病院)③飼育(黒人兵を村で預かる -
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初・大江健三郎。国語の教科書に出てきそうなくらい文章が上手。一言で簡潔に言えるものを、叙情的かつ具体的に例えて言い換えているのがすごい。「かわいい」をもっと詳しくどんなふうにかわいいのか説明してる的な。その言葉が何を指しているのか考えなければならず、頭を空っぽにしてボーッと読めるわけではないけど、文章のリズムが非常によくメッセージ性もある。さすがノーベル賞を受賞するだけのことはあると感じた。
死者の奢り:大学生の僕が死体運搬のアルバイトをしたときの話で、水槽に浮かぶ死体や妊娠中の女子大生、12歳の少女の死体に漂う性的魅力など「生」と「死」の対比が見事。何より文章が上手。人生の真理や滑稽さも考 -
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「火をめぐらす鳥」を読んだ時点で。
大江健三郎という小説家を表すいくつもの側面があるけど、そのうちの一つは「小説の言葉で『詩』を書く作家」というものがあるだろう。この短編はその側面の最良の一つではないか。
読み終わって
大江の最後の短編集であり、まさに円熟の筆致ということもあるが、語り直し、捉え直しや新たな作品への習作となっている作品ばかりで、継続して大江を読んできた読者にはとても楽しめた。
余談ながら「読者に向けて」の「人生の親戚」誕生に関する挿話に思わず笑ってしまった。深刻な出来事を語っていてもいつもどこかにユーモアの感覚が必ず潜んでいる、とても大江健三郎らしいエピソードだった。 -
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「著者初の本格的近未来SF」と銘打たれているが、発表当時の評価はあまり芳しくなかったような記憶がある。スペースシャトル「チャレンジャー」事故など、1980年代後半の出来事から作り上げられた世界観なので、古いと言えば古いのだが、東京電力福島第一原発事故を経た現在から見ると、作中に描かれた核戦争後の「残留者」たちの生活が奇妙なリアリティを持って迫って来るから不思議である。
ストーリーとしては決して起伏がある作品ではない。エクリチュールの緊張感という意味でも、直前に読んだ『万延元年のフットボール』に比べるべくもない。しかし、核に汚染された土地にうっそうと生える木々や雑草の力強い様子が、なぜだか印 -
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鳥は邪魔者だと思っていた赤んぼうを最終的には受容し自らに父親としての責任を感じるが話はそんなに簡単なのか?
私は常に子供から逃避していた人間が最後にケロッと父親とならねばならないと、この赤んぼうと生きねばならないと思えるようになるとは素直に納得できない。本当にその責任を感じられる人間とは、赤んぼうを目の前にその将来への暗さや不安をなんとかして受け止めようと試みた人間ではなかろうか。赤んぼうから離れ、情人と逢瀬を重ねている人間より、一度その子供の首に手をかけてしまうほど絶望した人間の方がまだ救済の希望は大きい。自分の子供を殺そうと思った人間は、鳥言うように、引き受けるか殺すかの境地に至ってい -
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短編集。めちゃくちゃ心震え感動に胸打たれた!というものはなかったが、どれもそれなりに面白かった。『不満足』は暗すぎて好きではないが。
全体的に暗いのはいつも通りだが、それプラス諧謔、皮肉が効いている印象を受けた。
『スパルタ教育』、『敬老週間』、『アトミックエイジの守護神』は特にそう。『スパルタ教育』は特に好き。「恐怖は負け犬でいるよりマシ」というメッセージがとてもストレートに描かれている。
『空の怪物アグイー』は、『個人的な体験』と同じテーマを扱いながらだいぶ軽やかだなと思った。
解説の「副題をつけるとしたら『現代の恐怖』」というのは的確だなと思った。様々な恐怖が描かれていて暗い。 -
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文学作品を読むための方法について、著者がみずからの創作体験を踏まえながら考察をおこなっている本です。
著者は、文学について「客観的な尺度」が存在するという考えが、たちまち裏切られるものであることを知りながらも、「小説を書きながら、あるいは小説を読みながら……ある客観的な尺度による批評、しかも自分としてそれを喜び、心から同意できる批評ということを夢想しないものがいるだろうか」と語ります。そこには、「客観的な尺度」を求める個の態度が、文学をつくり出す、あるいは文学を読み解くという試みにつながり、それを共同の場へもたらしたあと、ふたたび個の作業へと帰っていくというプロセスを後押ししているという著者 -
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静かな生活といふ表題作
以前ツイッターで、気分が滅入った時には短篇「静かな生活」を読むと恢復する。といふ趣旨のツイートを見かけた。表題作だけは三度目くらゐの再読になるが読んでみて、本当にその通りだと思った。
今回映画で感動したのをきっかけに初めて通して読んだが、表題作は連作中で群を抜いておもしろいと思ふ。アクション的な描き方と伏線のために。
むしろ「この惑星の棄て子」と「案内人」はキリスト教色が鼻につく感じ(前者は情景描写も長いと思った)で、「自動人形の悪夢」と「小説の悲しみ」はイーヨーに対する思ひを吐露してゐるが、表題作に比べて幾分あっさりしてゐる。「家としての日記」は表題作同様にス