大江健三郎のレビュー一覧
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ネタバレ著者の作品は初めて読んだが、特に“飼育“では遠藤周作みを感じた。黒人を“獣“として見物する描写が特に。飼育の前半は少し読みずらかった。
死者の奢りは芥川賞特有の雰囲気があり、まさか死体整理のバイトの話とは、題材が衝撃であったが、妊娠中の女学生が登場するのは取ってつけたように感じた。段取りが異なるとして作業がやり直しになるなど、面白いことは面白いが。
他人の足では、同士としてどんな話をしようが例え仲良くなろうが、あくまで同士だからという前提がとても強く、同士ではなくなる(足を得る)と根底が崩れ、もう元の関係には戻れないという当たり前ながらも複雑な現実について。
一番好みの話だった。 -
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晩年の大江健三郎が、自身の短編を初期、中期、後期に自薦したもの。初期作品は新潮版の死者の奢りで大体読んだため再読。万延元年のフットボールで感じた苦手意識はなくなった。とはいえ全然理解は追いついていない。全く内容が入ってこなかった作品もちらほら。
アグイー以降、障害児を育てることになってからの作品は明らかに初期作品と違いを感じるし、段々日記なのか作品なのか分からなくもなる。日常ではあまり触れることのない剥き出しの人間の本音、本性に触れるようで嫌な気持ちにもなるが、真逆の感覚も同時に味わうような複雑な気持ちになる。
もっと精神的に成熟してから読むと突き刺さるのかも。 -
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戦時中、慶良間(けらま)諸島において、赤松嘉次元大尉は沖縄住民に集団自決を強制した。大江健三郎『沖縄ノート』1970
赤松元大尉による自決命令があったという住民の供述は得られなかった。曽野綾子(その・あやこ)『ある神話の背景』1973
※赤松嘉次元大尉の遺族は、2005年、大江健三郎・岩波書店を名誉毀損で訴えた。二審判決は「命令があったかどうかは”わからない”が、大江が命令を真実と”信じる”相当の理由があった」として原告の請求を棄却した。
遺族が遺族年金や弔慰金を国から支給してもらうには、自決した人々が準軍属扱いでなければならず、「軍の自決命令」が必要だった。そこで島民らは当時の駐屯隊の隊長であった赤松大尉に頼み「軍命」であったことを了解してもらった。曽野綾子『「集団自決」の真実』2006 -
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著者の心で響いていた「きみは沖縄のイメージを単純化しようとしているのではないか」という声。
これは明らかに我々に向けられた言葉だ。
いま改めて、沖縄を他の都道府県と質的に同じ程度の日本の構成地域として捉えられるのか私たちは考える必要がある。沖縄県は他の都道府県と比べれば圧倒的に巨大な米軍基地が立地しておりそれはまず何より"米軍のため"のものであり、次点として沖縄、または日本の防衛を担うものである。この時点で、沖縄県は明らかに異常な状態にあると考えるべきだ。沖縄県は他の地域と比べても均質な日本の構成地域ではない。歴史的にみると沖縄はもともと琉球であったし、また沖縄戦という壮絶な地上戦の舞台にもなり戦後は独立するのに時間がかかった。
これらの事実を知った上で、沖縄は本土全く同じ色をした"日本"だと思っているとしたら、あなたは沖縄の単純化して捉えようとしているだろうし、おそらくそれは沖縄は"全き日本だ"という固定観念と在日米軍基地の存在を肯定したいがための単純化かもしれない。私は沖縄県を理解しようとし続ける試みを止めては行けないと思った。本土民の結論ありきでなく、全くゼロから沖縄の歴史と市民を理解したい。 -
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小説における舞台としては現実から遠い感じはするが、世間から一方的な印象で除外されてしまう少年たちの姿はいつの時代にも通じる。
置かれた状況から否応なしに犯してしまう行動は残酷なのだが、登場する少年たちには仲間意識、心底にある強さや優しさがある。
そしてところどころにみられる詩的な表現に動揺しながら、樹木や土、腐蝕した(何者かの)匂いまでもが漂う錯覚があり、疫病を恐れて無人になった山里の陰鬱な情景の中に引き込まれていく。
リアルな表現なだけに不快な気分になりながらも、差別問題や疫病に対する意識などの重大なテーマがあり、必要な読書ではあった。
大江健三郎さんが「監禁状態」をテーマにして描いた小説であると割り切って考えれば客観的に読み進めることはできた。
だが『変身』や『砂の女』のように閉じ込められた状況から生じる中での人間的な面白さは感じられなく、絶望的な読後感が残るのは、主人公が子どもであるということや、追い込まれた状況から仕方なくであれ、動物を殺してしまうシーンに耐えられない自分がいるからだろう。
大江健三郎さんの小説では『死者の奢り』『飼育』を読んだことはあるが、この機会に何か読もうと思って出会った本小説が私に与えた影響は、詩的な文章表現であり、その感動を大切にしたいと思う。 -
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本作品「ピンチランナー調書」は雑誌「新潮」に、3カ月に渡って連載されたものを1976年10月に書籍化したものである。私は、高校生の頃から、大江健三郎の初期の作品を中心に読んでいた。この「ピンチランナー調書」が発行されたのも、私が高校生の頃であるが、実際にこの本を読んだのは、大学生の頃だったと思う。当時の私には、この「ピンチランナー調書」は難解すぎるものであったし、ストーリーとしても、当時の私には、決してわくわくするようなものではなく、むしろ、退屈な話に感じられ、途中で読むのを断念した記憶がある。そういう意味では、今回、私にとっては、この「ピンチランナー調書」を読むことは、それから40年以上を経ての再チャレンジであった。今回は最後まで読み通したが、しかし、決して読むことを楽しんだとは言えない。相変わらず難解であったし、ストーリーに魅力を感じることはなかった。
この作品は、「大江健三郎全小説」では、第5巻に収められている。そして、尾崎真理子が書いている「大江健三郎全小説全解説」では、「個人的な体験」と本作品がセットで触れられている。
1963年に生まれた大江健三郎の長男、光は、脳に障がいを持っていた。大江光は後に作曲家となるが、しかし、知的障がいを抱えたままで成長する。「個人的な体験」は、光の誕生の翌年、1964年の作品であるが、それは、主人公である「鳥(バード)」が、脳に障がいを持って生まれた赤ん坊を、父親として受け入れて生きていくことを決意する物語である。
そして、1976年、光の誕生から13年後に書かれた、この「ピンチランナー調書」は、「個人的な体験」のその後の物語として書かれたものとして理解できるのである。
障がいを持った、とある小学校の小学生の父親である小説家「光・父」は、光の同級生である森の父親である、「森・父」および、その子供の森の冒険談を「調書」の形で記録していく。その語りが、本作品「ピンチランナー調書」である。森と、森・父には、「転換」が起こり、森は8歳から28歳に、森・父は38歳から18歳になる。
私の本作品の理解は下記の通りだ。全く的外れなのかもしれないが。
■小説家「光・父」はもちろん大江健三郎がモデルだろう。光・父は、森と、森・父の冒険談を記録する役割をこの小説の中で与えられているが、その冒険談は、森・父のものであってもおかしくない。森・父と森が行動者で、光・父が記録者であるというのは、厳密に考える必要はない。
■森は、核爆弾を道具とした「親方(パトロン)」の企みを阻止することを、天命(宇宙的意思)として与えられている。森は、それを、全ての人類に「代わって」行う者として位置づけられる。すなわち、森は人類にとって、希望という得点を得るための「ピンチランナー」なのである。
■そして、森をサポートする森・父は、森の奮闘に「リー、リー、リー・・・」といった、かけ声をかけて応援する(子供の頃に野球をしたことのない人には分かりにくいが、子供の野球で、ランナーが出た場合、同じチームの子どもたちは、ランナーに対して、そのようなかけ声で応援する。「リー」は「リード」。次の塁を陥れるために、出来るだけ大きなリードをとろうぜ、というくらいの意味)。
■「親方(パトロン)」の企てを阻止できたかどうかは、あまり重要ではない。小説の最後の場面での、森・父の語る、下記の場面が、この小説のクライマックス。
【引用】おれはいま見たものへの感動におののいたよ。あのようにも颯爽たる森の行動を、一瞬なりと見てとるためにこそ、おれはかれを生き続けさせ、育てあげてきたんだと・・・(略)・・・そして胸も喉も破けんばかりにさ、リー、リー、リー、リー、・・・と喚きたてたんだ。【引用終わり】
■すなわち、森は、従って、光は、森・父が、従って、光・父が、要するに大江健三郎が本当には理解し得ない、人類の希望となるかもしれない何事かを成し遂げる天命を帯びている可能性がある。そして、それを、父親である大江健三郎は、「リー、リー、リー」と応援する。そして、もしかしたら、光の「颯爽たる」姿を、いつの日にか見ることが出来るかもしれない。
「個人的な体験」で、脳に障がいを持って生まれてきた赤ん坊の父親になることを受け入れた大江健三郎は、父親として、更に、彼を応援し続けることを引き受けた。そして、それが正しいことであったと深く感じている。
このように理解したが、どうなのだろうか?