大江健三郎のレビュー一覧
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おほきな疲労感とともに
狂気を書く。その点では『ねじまき鳥クロニクル』とおなじだが、前者は社会の狂気。こちらは個人の狂気だ。
しかも、こちらの狂気は説明的な人工の(=絵空事の)狂気なのだ。人間に直に根ざした狂気とは感じられない。
一文がながながしい変革期の文体。それは、大江がのちに『さようなら、私の本よ!』で書いたとほりだ。《あなたの出発時の文章はスッキリして、書いてることがよくわかった、いまはゴテゴテしている。それは批評家が賞めてるような、あなたに豊かな資質があるということじゃなくて、いま何を書いたらいいかわからないから、形容詞の煙幕を張ってということじゃないのか?》
「核時代の森の隠遁者」は『万延元年のフットボール』の後日談。表題作は、父と天皇へ結びつく中篇だが、長すぎる内容は食傷気味になった。
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大江健三郎作品6作目
著者の代表作であり人気の作品なのですが、正直、難解だった。難しすぎて思考停止状態に陥り、何度も眠くなることがあった。でも後半になると主題としてあるものが見えてきて、それについて深く考えることができた。
自己欺瞞に自己憐憫、決定的な要因がない場合でも、人は誰しも何かしらの荷を背負って生きているものだと思う。その重みはそれぞれであり、軽くなるものもあれば、どんどん重くなるものもある。その重みに耐えかねて、懺悔し審判を受けて、その重みから解放されたいと願うこともあるだろう。しかし、それができず、そのことで苦しむことになると狂気をはらんだ自己破壊的な衝動が芽生えてくるのかもしれない。そこには死からの再生という願望があり、すなわち、まっさらな状態で新生活を始めたいという切実な心の叫びなのだと思った。
人は重荷を背負わずに生きていくことは可能なのか?きっと、それは不可能だと思う。では、どうすればいいのか?"本当の事"を言い、審判を受ければいいのか?そうではないと思う。"本当の事"自体が重荷であり、それを背負い続け乗り越え点を越えていくものだと思う。
そのためには、「人生はしらふでやってゆかなければだめだ」という言葉は一つの答えでもあると思うが、それだけではない。人生に答えはなく、もちろん目的もないが、それを考え模索しながら生きていくものではないだろうか。
一つ言えるのは、重荷を下ろすことはできないが、重さを感じなくなることはあるはずだ。
そこで自分のこれまでの人生を振り返ると、恥ずかしいことだらけであった。死ぬまで黙秘し、背負い続けていかなければならない重荷があまりにも多い。どおりで筋トレをやり続けているわけだ!
"そういうものだ"
作者あとがきから引用
「湘南の海岸に出かけて、砂浜でウイスキーを飲み、それから泳ごうとしたことがあります。腿くらいまで水に入ったところで健康な本能の反省がおとずれ、ひきかえして砂浜で服を着たのでしたが、水泳には幼時から自信があっただけに、あの時そのまま沖に向けて泳ぎ出ていたならば、無事ではすまなかっただろう。」 -
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晩年の大江健三郎が、自身の短編を初期、中期、後期に自薦したもの。初期作品は新潮版の死者の奢りで大体読んだため再読。万延元年のフットボールで感じた苦手意識はなくなった。とはいえ全然理解は追いついていない。全く内容が入ってこなかった作品もちらほら。
アグイー以降、障害児を育てることになってからの作品は明らかに初期作品と違いを感じるし、段々日記なのか作品なのか分からなくもなる。日常ではあまり触れることのない剥き出しの人間の本音、本性に触れるようで嫌な気持ちにもなるが、真逆の感覚も同時に味わうような複雑な気持ちになる。
もっと精神的に成熟してから読むと突き刺さるのかも。 -
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戦時中、慶良間(けらま)諸島において、赤松嘉次元大尉は沖縄住民に集団自決を強制した。大江健三郎『沖縄ノート』1970
赤松元大尉による自決命令があったという住民の供述は得られなかった。曽野綾子(その・あやこ)『ある神話の背景』1973
※赤松嘉次元大尉の遺族は、2005年、大江健三郎・岩波書店を名誉毀損で訴えた。二審判決は「命令があったかどうかは”わからない”が、大江が命令を真実と”信じる”相当の理由があった」として原告の請求を棄却した。
遺族が遺族年金や弔慰金を国から支給してもらうには、自決した人々が準軍属扱いでなければならず、「軍の自決命令」が必要だった。そこで島民らは当時の駐屯隊の隊長であった赤松大尉に頼み「軍命」であったことを了解してもらった。曽野綾子『「集団自決」の真実』2006 -
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著者の心で響いていた「きみは沖縄のイメージを単純化しようとしているのではないか」という声。
これは明らかに我々に向けられた言葉だ。
いま改めて、沖縄を他の都道府県と質的に同じ程度の日本の構成地域として捉えられるのか私たちは考える必要がある。沖縄県は他の都道府県と比べれば圧倒的に巨大な米軍基地が立地しておりそれはまず何より"米軍のため"のものであり、次点として沖縄、または日本の防衛を担うものである。この時点で、沖縄県は明らかに異常な状態にあると考えるべきだ。沖縄県は他の地域と比べても均質な日本の構成地域ではない。歴史的にみると沖縄はもともと琉球であったし、また沖縄戦という壮絶な地上戦の舞台にもなり戦後は独立するのに時間がかかった。
これらの事実を知った上で、沖縄は本土全く同じ色をした"日本"だと思っているとしたら、あなたは沖縄の単純化して捉えようとしているだろうし、おそらくそれは沖縄は"全き日本だ"という固定観念と在日米軍基地の存在を肯定したいがための単純化かもしれない。私は沖縄県を理解しようとし続ける試みを止めては行けないと思った。本土民の結論ありきでなく、全くゼロから沖縄の歴史と市民を理解したい。