北方謙三のレビュー一覧
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楊令の正面に岳飛が出てくるのが見えた。一度だけ剣が交差した。岳飛の剣が、宙を飛ぶのが見えた。
それだけだった。楊令は岳飛軍を突き抜け、長平もそれに続いた。『幻』の旗は、揺らいでいない。『蒼』の旗もだ。
右手。童貫だった。楊令を、押し包もうとしてくる。息を呑むような、鮮やかな動きだった。しかし楊令は、それより速く反転した。(79p)
遂に楊令と童貫との決着がつく。どのように剣を交わしたのか、描写されない。我々の想像に任せる、ということなのだろう。
戦の終息。それはつまり、宋江が魯智深が思い描いていた、そして楊令が梁山泊の頭領になるに当って死ぬほど苦しんだ「国造り」の構想が明かされるということだ。
「俺は北で幻王と呼ばれ闘ってきた。その闘いには、正しいものも間違いもあった。いま思い返すと、そうだ。一つの城郭で反抗してくる者を皆殺しにしたこともある。それでも俺が見つけようとしていたものは、光だ。なんとかして、光を見つけようとした」
「わかりません、光などといわれても」
「俺も、わからなかった。闘いながら、考え、捜した。宋江様が、最後に俺に言われたのが、光、という言葉だった。『替天行道』の旗が、俺の心に光を当てるとな」
楊令が言葉を切った。
杜興は、まだ眼を閉じていた。
「民のための国。『替天行道』の旗を見つめながら、俺が見つけたのは、民のための国、という光だった。多くの男たちが、なんのために闘ってきたのかを考えても、やはり出てくるのは、民のための国だった。帝など、国には要らないのだ。苦しみや悲しみがあっても、民のための国があれば、民は救われる。それこそが光だ。俺が、宋江様に対して言える、唯一の答だ」(211p)
帝政は採らない。税金は10%、あとは交易から収益を取るのだという。徴兵制を採る。常時軍隊6万、いざというときに20万、30万人を集める力を蓄えるのだという。12世紀の中国で、いや世界で、それはやはり「革命的」な考え方だっただろう。この小説はキューバ革命の中国小説版なのだから、それは当然なのである。しかし、もしこれが総べてなどだとしたら、やはり国造りは失敗に終らざるを得ない。「of the peaple ,by the peaple ,for the peaple」に即していえば、ここで述べられているのはfor the peapleのみだ。特にby the peapleが完成しないと、国造りは失敗になると思う。それは呉用に掛かっている。 -
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「呉用殿が見舞いに来るとは、私ももう目醒めなくなるのだな」
こんなことを、言いそうな気はしていた。呉用は笑いかえしたが、それは覆面で見えなかっただろう。
「偽の書類は必要としていないのか。遠慮することはない。私はまだ、一通や二通の書類なら、書けるかもしれん。ほかに、書ける者はいないのだからな」
「もういいのだ、蕭譲」
呉用は、皺で隠れてしまいそうな、蕭譲の眼を見つめた。
「偽の書類でこそこそやる時期は過ぎた。宋とは、正面切った戦になる」
「そうか、安心して死んでいい、と言いに来てくれたか」
(略)
「面白いところに誘われたものだ。塾の教師がな」
「私もわか若いころは塾の教師だった」
「別れはしたぞ。またの見舞いはいらぬ」
「わかった」
この巻は全面、童貫と梁山泊との戦いであった。堰を切ったように多くの英傑たちが死んで行く。海棠の花と云われ、不幸ばかりが襲ったあの女性には、この大河物語の最後まで生きて欲しかったのであるが、ほとんど必然性を持って泥土に沈んだ。唯一礫という飛び道具を持ったあの英傑も、岳飛という新しい時代の若者の前にあっけなく斃れた。「水滸伝」時代の英傑ばかりでなく、若者も次々と斃れた。そうして冒頭にある様に、呉用をして「一軍を率いている指揮官がいないより、大きなことだった」と言わしめた蕭譲も静かに亡くなった。私もおそらく病院で死ぬのだろうが、この様に友に別れを告げたいものだ。
それだけではない。戦いの中で若者たちの目の覚める様な「成長」も描かれる。
思うに、この楊令伝、中盤の白眉であろう。 -
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「俺の部下だった。俺の片腕だった。死ねと言えば、あっさりと死にに行くようなやつだった。そんな男に、殿軍をやらせたのだ」
張清の手が、握りしめられている。
「あの時の戦闘はな」
「言うなよ、李俊。あそこでは、関勝を含めて、いろんなやつが死んだ。俺は、自分が死を避けたのではないか、という気がしてならないのだ。単廷珪は、俺の部下だ。死ねと言えば、黙って死ぬ部下だ。そんな男に、死ねというのは、指揮官ではない」
「自分を、責めすぎるな、張清」
「いや、李俊。張清は自分を責め続ければいい。指揮官とは、自分を責め続ける業を背負うものだ、と俺は思う」
楊令の声に、一瞬だけ暗い響きが入り混じった。
「単廷珪殿が戦死された時のことを、俺は魯達殿から、話として聞いているだけだ。あの時、別のやり方があったのかどうか、俺にはわからん。関勝殿も、戦死されたのだしな」
楊令の静かな声からは、もう暗さは消えていた。
「ただ、指揮官は部下の死については、悩み、考えるべきだ。実戦の指揮はほとんどされなかったが、宋江殿が抱かれた苦しみは、想像を絶するものだった、と思う。その苦しみについては、ほんとうはなにも語られなかった」
「そうだな。宋江殿は、なにも語られなかった。俺も、心に秘めておくべきことだった、と思うよ。余計なことを、言ってしまった」
「一度だけはいいさ、張清」
楊令が言った。 -
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またまた面白かったす。
ドーカン戦も佳境に入ってきて、こうなったときのスピーディーさは、まんまだけど、水滸伝のラストの戦いが思い浮かんだ。
で、その最中で死んでいく漢たちのあっけなさもやっぱり圧倒的。大きな戦以外で死ぬ場合、その漢の近辺状況が一通りクローズアップされて、その後、それなりの見せ場をもって死にゆくからインパクトもでかい。
でもメインの戦いでは、やっぱり人も沢山死ぬし、かといって話の流れが折れるのも気持ち悪いしってことか、ホントにあっけない。
コサンジョーはやっぱり…
チョーセー(ボツウセン)、北方水滸伝で初めて知って、こんな強いのがまだいたんだ!って思ってたのに…