北方謙三のレビュー一覧
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感想
いよいよクビライの時代。ここからが本番という感じがする。
あらすじ
モンケが亡くなり、クビライは帝に即位することを決める。南宋から出てきた軍を直ちに討ち、開平府へ戻り、一族を集めて帝に即位するためにクリルタイを開く。
時頼は隠居していたが、水軍の訓練や交易を始めるようになった。正室こう付の藤乃に交易を任せる。また、後継者として時宗を厳しく育てる。タケルが独立して船団を指揮するようになる。日蓮が鎌倉へ来て慌ただしくなる。
クビライの即位に合わせてアリクブケも即位する。アリクブケの軍をクビライは寡兵で敗る。副官だったバアトルが亡くなる。クビライはアリクブケを使って反クビライを炙り出そうとしていた。また、南宋攻略のために漢軍閥を潰していこうと決める。開平府はアフマドに任せて都市が出来つつあった。
佐志将監は、高麗の戦いに加わり、朝廷に関係する者を捕える。朝廷はモンゴル帝国と繋がろうとする疑惑が強まった。鎌倉は執権の長時が病がちで時宗を執権にするにはまだ早い。時頼は政村に2年後に執権になるように依頼する。
時宗は病気になっていることにして、安東家から佐志に渡り、異国を見ようとする。クビライは海を制したいとしてアフマドに造船所の建設を命じる。 -
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北方三国志第四巻。曹操対袁紹の「官渡の戦い」前後。
曹操が、敵方袁紹に通じた者の名前が書かれている筈の手紙類を、皆が見ている前で焚き火で燃やし、自身の度量の大きさを示しつつ、配下の心理的安全を確保する場面は、有名だが、やはりカッコいい。
そういえば、「三国志演義」や「人形劇三国志」で人気の「関羽の千里行」が北方三国志では端折ってあった。誰が描いても絵になるシーンには興味が無いのだろうか? あるいは、小説の「演義」ではなく「正史」をタネ本としているからか。
父孫堅に続き、長男孫策も志半ばで、曹操の仕組んだハニー・トラップで非業の死を遂げる。孫権・周瑜の新タッグは首尾よくスタート。これで、舞台は徐々に整い、孔明登場まであと少し。
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ネタバレ読み終わりました。楊家将の続編の前編。。
いや、手に取るのにめっちゃ勇気がいったんですよ。なにしろタイトルが「血涙」。血と涙ですよ。もう悲劇の予感しかないじゃないですか!
でも登場人物たちのその後も気になるし、北方先生の話も読みたいし…で今に至るという訳です。
そしてお話は相変わらずのドラマチックさ、面白さなのですが、悲劇の叙情的な流れでヒヤヒヤドキドキしながらページを捲りました。心臓に悪い。。
それにしても四郎はなんでこんなことになってしまったんだ!と思うのですが、突き詰めれば身分を隠して北平寨に駐屯してたせい?ですね。天下の名将、楊業もまさかこんなことになるとは思ってなかったんだとは思いますが、あまりの展開に楊家軍の皆さまも宋と遼の戦いもどっかいってしまうくらいの衝撃です。
記憶を取り戻したところで前編終了ですが、四郎は宋(というよりは楊家)と遼どちらを選択するのか。なんとなく家族もいるから遼な気もしますが、それはそれで微妙なのか。蕭太后がもっと苛烈に接するのかと思ったら孫のためなのか思ったより人間味ある対応でホッとしました。 -
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感想
元寇の時は本当に鎌倉幕府はそんなに用意周到だったのかな?もしそうだとすると相当先見の明がある。
2巻の終わり方がびっくりだった。
あらすじ
安藤繁安を鎌倉に招集して、十三湊を経た世界観について時頼と語る。
モンケは三正面作戦を展開し、高麗を攻める。クビライは南宋討伐を命ぜられる。まずは吐蕃の攻略が鍵だと考える。
鎌倉の方は繁安が将監やタケルと会い、鎌倉と情報交換する神田灯が造船し、着々と準備を進めていた。
クビライは、大理を攻めようとしていた。高麗に攻め込んだモンゴル帝国に対して波瀬水軍は珍島を死守する構えを見せる。クビライ軍は難なく大理を落とし、カラコルムに帰還する。
繁安は水軍を遊ばせずに南宋と昆布の交易をやるように重時に進言する。クビライは淮水を渡り、アレンの次男のリュウカイの案内で襄陽と樊城を偵察するが、とても落とせないと思う。
タケルは、鎌倉に来ていた。時頼を乗せて安房に向かい、大型船での戦い方を教えろと言われる。タケルは、モンゴル帝国の仕事をしながら佐志に命令され、鎌倉にも仕える自分が分からなくなる。
クビライは襄陽と樊城は攻められないと判断して足踏みしていたところ、皇帝から軍権を剥奪される。その頃、バトゥが死ぬ。
時頼は隠居して、息子の太郎時宗と箱根山に来ていた。時頼はそこで太郎を鍛える。
モンケは、南宋攻めをタガチャルに任せるも、落とせないとして撤退してくる。
佐志は満子が今福家の当主になりたいという申し出を受けて、検討する。タケルも繁安も満子にフラれて夜通しで飲み明かす。
モンケは二十万の大軍で襄樊を落とそうとする。クビライは側面から南宋を攻めようとする。その時、モンケが亡くなったと知らせを受ける。 -
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ネタバレテムジンがついにチンギスカンの名をもらう。名実と共に草原の王となった。あの13歳の少年が数十年を経てモンゴルをまとめあげたのだ。ただ強いだけじゃない。戦略が優れていたからカンになれたわけではない。鉄の生産や交易路の整備、法の整備、人民の心を掌握する寛大な政策、反抗する民への徹底的な弾圧、飴と鞭というやつ。そのような今から見れば国家を作る基盤として当たり前なことをやったに過ぎない。というような気がする。
ジャムカと最終決戦。かつては盟友だったものが少しの違いで殺し合う的となった。カンとなった後もジャムカとの戦いは終わらなかったが遂にジャムカは討ち取られた。それも尊厳のある方法によって。