萩尾望都のレビュー一覧
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ネタバレ初読。
冒頭、母がバレエなんてお遊びでしょという姿は、間違いなく萩尾望都のお母さんの姿だろう。
が、後半では複雑な親子関係が描かれ、これは読み手を意識した展開なんだろうな、と。
視点人物が結構普通の人だが、人と人の網の目の中で与えられたり与えたりして成長する、とても健康な話になっていく。
闇萩尾を期待する側の人間としてもみどりしっかり! と応援していた。
親世代の悶着、周囲の人間たちのいざこざ、に巻き込まれていくが、そんな中でみどりと対等にいい描かれ方をしたのが、サンダー。いい子なんだ。
このふたりの話だけ取り出しても、いい。
なんでも本作(1988-1989)が萩尾バレエ時代の幕開けになるんだとか。 -
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ネタバレ2006年以来15年ぶりの再読。
本作は「11人いる!」「百億の昼と千億の夜」に続くSF長編で、今後「マージナル」へと。
確かに世界の壮大さと生殖能力が関連しているという意味で、萩尾ワールド。
また生殖能力云々に留まらず性転換という少女漫画的モチーフが出ることで、さらに萩尾ワールドっぽさが増す。
極めつけは「宇宙レベルの孤独」、これが萩尾テーマだろう。
と当時のSFの潮流も何も知らずに書いてみちゃう。
500ページを超える分厚い一巻本を一気読みしたせいか、個人的には、超能力や舞台やがびゅんびゅんと飛ぶなー、と理解できなくはないが実際に体験するほどには迫ってこなかった印象。
70年代後半当時の暴走族カルチャー(?)を取り入れようとする貪欲さ(?)は面白い(萩尾望都って結構流行りを意識してるんだな、と)けれど、それは決して核心に食い込んでこない、とか、セイの認識能力に関するくだりがもっと面白くなりそうなのにな、とか。
セイとエルグが話の中心なのは間違いないのに、活躍する狂言回しがいまひとつモブっぽいのも、やや入り込めなかった理由か。
いや充分面白かったんだけど敢えて言うなら。 -
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ネタバレ・先日「私の少女マンガ講義」新潮文庫で読んだ「柳の木」以外は初読。
・タイトル……谷口ジローっぽかったり、藤子・F・不二雄っぽかったり。
・誰が誰とどういう関係性で、という人物関係がセリフで執拗に説明されるのがちょっとまだるっこしいな、と近年の萩尾望都作品を読んで思っていたが、考えてみれば各編がたった数十ページ、ということは雑誌では読み切りだろう。一篇で独立させるには必要な配慮なのでは、と思い直した。
・わちゃわちゃしているだけでなく、孤独というテーマが貫かれていることが端々に見える。
・70年代当時に萩尾望都の熱狂的ファンになって人生ずっと追ってきた読者と、新たに出会うかもしれない若い読者と、どちらを対象にすべきかと言われたら前者だろう。
・「月刊flowers」という雑誌は不勉強にして知らないが、読者層は比較的高めなんだろうな、と公式HPをちらっと見て感じた。
・どういう作家性か、だけでなく、どういう掲載誌でどういう読者層なのか、まで視野に入れて把握できるようになりたいものだ。
・発表は2006年から2011年3月……また意義深い年月だ。
■山へ行く 16p
中年男性の孤独……判るっ。
■宇宙船運転免許証 16p
いかにも藤子・F・不二雄のヨドバ氏を思い出すが、実は失くした弟の代わりに免許を更新という、結構哀切な。
■駅まで∞(ムゲン) 16p
このへんで生方(うぶかた)先生のゆるやかな連作であることが判る。
■あなたは誰ですか 16p
と、思いきや生方先生ではなく、五十嵐さんが共通する登場人物だ、と修正。
萩尾望都もこういう人物を描くのが安心するんだろうな。
■くろいひつじ 16p
「山へ行く」が静かな孤独とすれば、本作は表面的には静かかもしれないが内に秘める孤独はここまで至る……強烈。
作者が周囲の誰かに向けて描いた強烈な毒素なのかもと想像したりもする。
■ビブラート 40p
ドッペル→2か月のズレ。ジュブナイル。
■柳の木 20p
涙腺刺激作。
■青いドア 16p
この「向こう側へ行きそうな人」、たとえば「メッシュ」なら強烈に行き過ぎて刃傷沙汰になりかねないところ、この程度に落ち着いてタハハ……という、すれすれの怖さ。
■世界の終わりにたった1人で 73p
再度生方先生が視点人物になって。
狂老女、タンゴ、と来れば条件反射的に藤沢周「ブエノスアイレス午前零時」を連想してしまう。
■ゆれる世界 16p
萩尾センセー「バタフライ・エフェクト」でも見たんかな。
■春の小川 50p
「喪の仕事」特に母の死を扱ったものは辛い……。母と一緒の布団の温もりが忘れられないとは……辛いし、生きる糧になるし、両義的すぎて。
さらに千田雄二(生方先生の義理の弟)が出ることで、ゆるやかな連作としてのまとまり。
◇エッセイ―ここではないどこかではなくて、ヨカッタ:石飛幸治(俳優) -
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初期の短編作品16編を収録しています。
「精霊狩り」「ドアの中のわたしの息子」「みんなでお茶を」の三編は、超能力をあやつる精霊の少女ダーナ・ドンブンブンが主人公の連作短編です。異能の持ち主であるがゆえに人びとから迫害されるという世界設定や、生殖にかかわるテーマをあつかっているところなど、『スター・レッド』や『Marginal―マージナル』に通じるSF作品で、著者がこれらのテーマにとりくみつづけてきた経緯を知ることができます。
「赤っ毛のいとこ」も連作短編形式の作品です。茨木(いばらぎ)まりという黒髪の美少女が、いずれもクセのある三人の少年たちに言い寄られながらも、彼女の恋の理想像とのズレが悲喜劇を呼び起こす内容で、古典的なラブコメという印象です。
「十年目の毬絵」は、画家として大成することを夢見ていた島田と津川という二人の男と、毬絵という一人の女性の物語です。こちらも、若きバレエ・ダンサーの葛藤をえがいた『感謝知らずの男』と通じるものがあり、後年の著者の作品を知る読者にとってはいろいろな興味をかき立てられ内容だと感じます。 -
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初期の短編作品12編を収録しています。
表題作「ルルとミミ」の主人公である双子の少女ルルとミミのように、エネルギーに満ちあふれた女の子たちが元気に動く作品が印象にのこっています。とりわけ「ごめんあそばせ!」のエマ・ディズニーは、「キーロックス」のドラマー募集におうじて類まれな能力を見せつけながらも、気ままに多くのクラブをわたり歩いては、少年たちを翻弄しつづけます。「花嫁をひろった男」は、タイトルのとおりオスカーという青年が結婚式から失踪したキャンディという女性が倒れているのを発見する話ですが、天然のヒロインに男たちが振りまわされるラブ・コメディです。
「かたっぽのふるぐつ」は、公害問題をからめた社会派的な内容の作品です。1970年に発表されたもので、当時の時代背景を感じさせられます。 -
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「一角獣種」と呼ばれる、特徴的な髪色をした登場人物たちが主役を務める短編作品6編を収録しています。
表題作「A-A'」は、惑星開発プロジェクトのメンバーだったアデラド・リーが事故で亡くなってしまい、彼女のクローンがあらたなメンバーとしてやってくる話です。アデラドの恋人だったレグ・ボーンは、クローンとなって帰ってきた彼女と打ち解けることができず苦しみますが、しだいに二人の心に変化が生じることになります。
「一角獣種」の登場人物たちはいずれも感情の動きを表面に出すことがすくなく、そうした彼らに戸惑いながら、自分自身の感情に駆られていく周囲の人びととの対照が印象的でした。 -
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両親を事故で亡くした平羅坂真比古(ひらさか・まひこ)と兄の安曇(あずみ)は、二人で暮らしています。ところが、彼らの暮らす家に奇妙な出来事が起こるようになり、神社の神主である坂上という老人から、その家の下に宇宙からやってきた隕石が埋まっていることが語られます。やがて、マヒコの目の前に女の幽霊がすがたを現わすようになり、さらにアズミの意外な正体までもが明らかになっていきます。
ほかに、マヒコが源頼朝と義経のきょうだいをめぐる歴史的事件の場面にタイム・スリップする話や、未来からやってきたジーンという少年を拾う話などが収録されています。
著者の作品は、緊密なストーリー構成をもつものが多いのですが、本作は前編を通して一貫したテーマがあるわけではなく、コミカルな作風になっています。 -
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仲間たちとともにヨットで海へと出た音羽(おとわ)アベルは、嵐のなかで光る球体を目にして、波にのまれて行方不明となります。
やがて家に帰ってきたアベルは、それまでの記憶をうしない、以前の彼からは理解できないような言動をくり返して、弟のコリンをはじめ周囲の人びとを戸惑わせます。そんな彼らの通う聖シモン学院に、有亜土(ありあど)ディデキャンドという音楽教師が赴任してきます。彼は、自分がエイリアンだと名乗り、アベルの身体のなかに入り込んだ「ベリンモン」という楽器の演奏者であるといいます。自分はアベル以外の何者でもないと反発するアベルは、アリアドに背を向けつづけますが、アベルの不思議な能力によってさまざまな事件が引き起こされていきます。
著者のSF作品のひとつですが、いくつものテーマが混在していて、やや間延びしてしまっているような印象もあります。とはいえ、メインとなるストーリーがまぎれてしまうということはなく、整った構成にしあがっています。また、一人の少年が楽器となって奏者と共振し、音楽をかなでるというボーカロイドのような設定は興味深く感じました。 -
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表題作をはじめ短編6作品を収録しています。
「イグアナの娘」は、青島リカと妹のマミの物語です。二人の母親のゆみこには、リカがトカゲのように見えてしまい、彼女に愛情を注ぐことができません。そんな家庭で愛を受けることなくそだったリカは、いつしか人間のなかで一匹のイグアナとして一生をおくることを受け入れるようになっていきます。
ほかに「帰ってくる子」や「カタルシス」など、親子愛のもつれやゆがみをえがいた作品、「午後の日射し」のように夫への愛をうしなってしまった女性を主題とした作品などが収録されています。
「イグアナの娘」や「学校へ行くクスリ」は、登場人物のすがたが変化して見えてしまうという設定になっており、マンガならではの寓意的な表現を駆使して人間関係の機微をえがきとっています。 -
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バレエ・ダンサーとして成功することを夢見る青年マリオ・キリコの物語です。
ドミ・ド・リールのオーディションに合格したマリオは、おなじく合格したラエラことラファエラ・ロッティと交際をはじめます。しかし、彼のほんとうの両親をめぐる問題のせいで彼の心の安定はうしなわれ、はじめはめだたなかったもののしだいにその才能を開花させていく同期のディディに対して後れをとっていると感じて、しだいに追いつめられていきます。その結果、彼は何度もラエラに手を挙げてしまい、二人の関係も冷え込んでいきます。
『感謝知らずの男』にも登場したレヴィが本作でも重要な役どころを担っており、そちらを読んだことのある読者にとってはより興味深く読めるのではないかと思います。若いマリオとラエラの不安定な心の揺れ動きが巧みに表現されているとは思いますが、両者の関係が若干紋切り型のようにも感じてしまいました。個人的には『感謝知らずの男』のレヴィがメインの話のほうが気に入っています。 -
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バレエ・ダンサーの青年レヴィを中心に、何人かの登場人物たちによって構成される連作短編集です。
「感謝知らずの男」は、人と容易に打ち解けることのできないレヴィが、隣人になったモリスとミリーのカップルのおせっかいに困惑させられる話です。ほかに、レヴィのバレエを踊るすがたに魅せられて彼をモデルにしたいと申し出た写真家のアーチーと、その恋人だったガブリエラとの関係の変化をえがいた作品や、オリバーとローズマリィの恋をえがいた作品などが収録されています。
レヴィが主人公の4編にくらべると、あとの2編はややコミカルな雰囲気が強いようにかんじます。どちらもたのしんで読むことができました。 -
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バレリーナをめざす五所みどりは、義兄の薫の友人であるガブリエルに招かれて、イギリスのパディントンにあるロシア・バレエの学校が開催するサマー・キャンプに参加します。
おなじく日本からやってきた東蘇芳や、バレエを生み出した西洋文化のなかでそだった同世代の女の子たちに取り巻かれて不安を感じていたみどりでしたが、公演でスピリットの役を引き受けることになります。しかし、みどりの相手役となるサンダーパートナーであったレイチェルが急遽キャンプにやってきたことで、スピリットの役をめぐってみどりと争いになってしまいます。さらにみどりの母である園子のかつての夫であるジョージと出会うことになり、みどりの周辺はますます混乱に陥っていきます。
男女を問わず幅広い支持を集めている著者ですが、バレエと家族関係をからめてストーリーが進行する本作は、著者の作品のなかでは比較的オーソドックスな往年の少女マンガという印象です。 -
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表題作「ゴールデンライラック」のほか、「ばらの花びん」「マリーン」を収録しています。
「ゴールデンライラック」は、ヴィーことヴィクトーリアという少女と彼女の家に引き取られてきたビリー・バンの物語です。ヴィクトーリアの父親のスタンレィ氏が死んだことで、彼女たちは働いて生活をすることを余儀なくされます。最初はホテルで働いていたヴィーは、やがてクラブで働きはじめ、スティーブンス男爵と知りあいます。しだいに変わっていくヴィーを身ながら、ビリーは複雑な思いを胸にかかえます。
「ばらの花びん」は、ミシェルという青年と、彼の年上の友人であるマルスラン、そして美しい未亡人のファデットと、ミシェルの姉のセザンヌの物語です。ファデットの夫が生きているとカン違いをしたミシェルは死ぬことを決意しますが、それがきっかけとなって登場人物たちがおたがいに心のなかでいだいている想いのねじれが解けることになります。
「マリーン」は今里孝子の原作をもとにした作品で、少年時代にペイトン家に引き取られたエイブ・リーマンと、彼が子どものころに浜辺で出会ったマリーンという謎めいた美少女、そしてペイトン家の娘であるディデットの物語です。
「ゴールデンライラック」のヴィーは、みずからの力で運命を切り開いていこうとする活力にあふれた少女です。他方「マリーン」のディデットほうは、すなおになれないツンデレ少女ですが、ゆがんだかたちではあるもののエネルギーが身体にみなぎっていることを感じさせられる絵が気に入っています。 -
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姉の持っていた『ポーの一族』を学生時代に読んで、ストーリテリングの巧さに感嘆し、エドガーの行く末に想いを馳せたものだった。
『ポーの一族』の新作が40年ぶりに発表されると聞いて、当時の記憶が思い出されたが、期待半分、不安半分だったので、読むことはしなかった。
そんな時本書が刊行されたので、手に取った。
I章は、もともとイタリアでの日本少女マンガ講義を元にしたもので、著者の視点でのマイルストーン的な作品が紹介されるとともに、自作を素材にテーマやテクニックが語られる。
タイトルは知っているが実際には読んだことのない作品が多くて興味深かった。
II章は、I章を踏まえた上でのインタビューを元にしたものであるが、自作についての解説、構図やコマ割りなどマンガならではの手法についての見解は、素通り、読み過ごしてしまいそうなポイントについて、実作者ならではの見解が随所に示されていて、読み応えがあった。
少女マンガを切り拓いてきた第一人者の率直な思いを聞くことのできる、ありがたい一冊だ。 -
無料版購入済み
有名作品
萩尾望都さんは漫画界で超有名な方で、その中でも『ポーの一族』は一度は読んでみた方が良いと思って読んでみました。
正直な感想としては連載当時に読んでいたら、また違うのかなという印象です。