あなたは、『死者が差し出すもの』を口にしたことがあるでしょうか?
((( ;゚Д゚))エッ!?
自分で作る場合は別にして、私たちは日々誰かが作ってくれた食べ物を口にしています。それは、親かもしれませんし、子供かもしれません。そして、『妻』という場合もあるでしょう。人によって料理の上手い下手はあるとは言え、誰かに作ってもらった料理を食べるというのは幸せな瞬間だと思います。
『食卓へつき、いただきますと手を合わせ、慣れ親しんだ料理を食べ始める』。
すっかり日常になった当たり前の光景の中にはその喜びを忘れてしまうこともあるかもしれませんが、そんな感覚を持てること自体安寧な生活が続いている何よりもの証拠です。しかし、私たちの日常はいつ何時大きく変化するかは分かりません。安寧な生活は永遠でなないのです。
さてここに、『焼き場から帰った日にも』『変わらず台所に立って夕飯を作って』くれる『妻』を見る夫の姿が描かれる物語があります。『焼かれたんじゃないのか』と訊く夫に『焼かれたよ』とサラッと答える『妻』を見るこの作品。そんな『妻』の作る『強烈な生臭さ』の残る肉料理を食べる夫を見るこの作品。そしてそれは、亡くなった『妻』=『死者が差し出すもの』を食べ続ける夫の不可思議な日常を見る物語です。
∑ヾ(;゚□゚)ノギャアアーー!!
『他県に嫁いでいった さゆりに会うのは一年ぶりだ』という中に『日菜子のところはどうなの?前に欲しいって言ってたけど、その後は順調?』と訊かれ『うーん』、『まだちょっと仕事でばたばたしてるから、ふんぎりがつかなくて』と答えるのは主人公の大村日菜子(おおむら ひなこ)。それに『ああ、なんだっけ。教室長になっちゃったんだっけ』、『どうよ、一国一城の主』と さゆりに言われた日菜子は『バイトの大学生が言うこと聞かなくてさー。経理とか契約とか、授業以外の仕事がどっちゃりあって、大変』と返します。二年ほど前から『小中学生向けの個別指導の学習塾の教室を一つ運営している』という 日菜子は、『飽きてむずかり始めた翔太くんを抱き上げてあやす』さゆりを見て『ただ仕事が忙しくて、子供を作るのを後回しにしているだけのような気分になって』きます。『黒目がちな目を和らげてにっこりと笑う』翔太を見て『たまらなくかわいい』と思う日菜子。そんな日菜子は『ここへ来る途中に、鳩を見』ました。『雨に濡れ、丸まりながら道の端にうずくまってい』た鳩を見て『あんたどうしたの、とつい独り言のように呟くと、鳩は曲げていた首を伸ばして眩しげにこちらを見』ます。それは『黒い、奥行きのない平たい目』であり、『ああもう弱っているのか、と思った途端、お腹の奥がひゅっと冷えた』日菜子は『ここのところ道を歩いていると弱った鳥だけだなく、動物や虫の死骸など、いやなものばかり目に入』ると思います。『なにか暗いものでも引き寄せているのだろうか』と思う日菜子。
場面は変わり、『駅のホームで さゆりと別れた』日菜子は『下腹部を撫で』ます。『本当は今日、君をさゆりに紹介したかった。きっと大喜びで、翔太くんと一緒に遊ぶ場所を考えてくれただろう。でも今日は さゆりと翔太くんに、お疲れさま、無事に産まれておめでとうと伝える会だったから、ごめんよ』と、『聞こえているのかいないのかわからない、小さなかたまりへ呼びかけ』ます。そして、『最寄り駅に降り、小雨を傘で避けながら家路を辿る』日菜子は『横断歩道を渡る途中で、前方に不思議な丸いものが落ちているのを見つけ』ます。『色は灰色で、濃淡がある。正月の丸餅のようなかたちをしている』と、気になって近づいた日菜子は『見なければよかったと後悔し』ます。『鳩が死んでいた。きっと、さっきの鳩だろう』と思う日菜子は、その場を歩き去り、『アパートの二階に位置する自室へ飛び込み』ました。『機械メーカーの資材調達部門に属している夫は、今月いっぱいは出張で東南アジアの関連工場を巡ることになってい』ます。『二日前の検査の結果を伝えたメールには、「安静にしてて。とにかく帰ってからよく話そう」と短い文面が返ってき』ました。『二日前の検査で、この時期には出ているべき特徴がない』、『残念ですが、こういうの多いんですよ。あなたみたいに診察に来たうちの三人に一人ぐらいはね、うまくいかなくて』と医者に言われた日菜子。『エ、もう、ここから育つことは絶対にないんですか』そんな風に問いかけた日菜子に『それじゃあ、再来週もう一度診てみましょう。まあ、もしかしたら心拍が出てくるかもしれないし』と言う医者。そして、『誰もいない家に帰宅して玄関の扉を閉めた瞬間、眼球の奥の重要な器官がぱちんと鋏で断ち切られたみたいに大粒の涙がぼろぼろと落ちた』という日菜子。『ストッキングに締めつけられた下腹部がちくりと痛む』という日菜子は『今まではここに違うものが生きているのだと思い、奇妙で、少し恐ろしくて、楽しかった』、しかし『今は、生きているのか死んでいるのか、わからないものがここにいる』と思います。『子供が無事に産まれるなんて、ちょっとした奇跡みたいなものだ』と思う日菜子のそれからの日々が描かれていきます…という最初の短編〈君の心臓をいだくまで〉。冒頭からあまりに重苦しい雰囲気感に包まれるこの作品のあり様を象徴するような短編でした。
“弱ったとき、逃げたいとき、見たくないものが見えてくる。高校の廊下にうずくまる、かつての少女だったものの影。疲れた女の部屋でせっせと料理を作る黒い鳥。母が亡くなってから毎夜現れる白い手…。何気ない暮らしの中に不意に現れる、この世の外から来たものたち。傷ついた人間を甘く優しくゆさぶり、心の闇を広げていく ー 新鋭が描く、幻想から再生へと続く連作短編集”と内容紹介にうたわれるこの作品。内容紹介には”連作短編集”とありますが、短編間に直接的な繋がりはありません。しかし、なんとも言い難い不気味な雰囲気感が作品を一つに繋ぎ合わせています。そんな雰囲気感は私が苦手とする”ホラー”に繋がるものでもあります。ではまずは、この作品を象徴する不気味な表現を見てみましょう。
『女の手は血管を浮き立たせてぶるぶると震え、五枚の爪で容赦なく肉を食い締めた。白くなめらかな皮膚から、ふいに毛穴を押し広げて濡れた真っ黒な羽が噴き出す。カギ型に曲がった指は醜く太り、木の根のごとく関節を隆起させる。爪が鋭さを増し、皮膚を破って肉を刺した。鬼の爪に、自分の血がしみていく』。
『肉を食い締め』という言い方があるのか!と初めて知りましたが何が起こるのだろうという不気味さが伝わってくる表現です。”ホラー”な雰囲気感が全くダメな私にはもうこれだけで逃げたくなります。
『天井まで届きそうな大きな肉のかたまりに、大小無数の目と鼻と口が浮かび上がっている。私の体はとっくに火葬されたのに、この肉にうごめくものたちはひとつひとつがまだ生きていて、さざめき、ふるえ、懸命にそれぞれの役割を果たそうとしていた。無数の目がまばたきを繰り返し、物欲しげに周囲の動きを追う』。
『大小無数の目と鼻と口が浮かび上がっている』って、これ、”ホラー”以外の何ものでもないでしょう。キャーっ!怖いよー!ヤバイよー!でも読むのはやめたくないよー!という感じで読みました(笑)
また、そんな作品には表現としての怖さだけではなく、想像するともっと怖い!という設定が頻出します。こちらも見てみましょう。〈ゆびのいと〉の冒頭に描かれる場面です。
『「体がなくなったって、私は光樹の奥さんだから。ごはんも作るし、お世話もするよ」凜とした力強い宣言に、光樹はああ、と相づちを打った』
これは、妻の葬儀を終え、『焼き場から帰った』夫の光樹が目にする光景です。『焼き場』で『焼かれた』はずの『妻』がごはんを作っているというまさかの光景。ひぇーっという言葉しかありません。これを”ホラー”と言わずして何が”ホラー”なのでしょうか。キャーっ!怖いよー!ヤバイよー!
『あなたで三人目よ。この学校、多いのね』
えっ?何?というこの一文。〈かいぶつの名前〉の冒頭に登場する表現ですが、分かりますよね?『多いのね』って生徒の数が多いわけじゃないですよ。分かりますよね。これが何を指しているか。そして、『あなたで』という表現からこの作品の主人公は、その『多い』と言われる存在だと言うことも分かります。キャーっ!怖いよー!ヤバイよー!しつこいって?(汗) 失礼しました。いずれにしてもこの作品の設定がヤバいことはお分かりいただけたかと思います。
では、そんな作品から3つの短編を具体的に見ていきましょう。
・〈ゆびのいと〉: 『柔らかなウールの毛糸』を小指と小指に結んで一緒に寝るという日々を送っていた光樹と千尋。『大学を卒業して数年がたち』、今度は『銀の指輪でお互いを結び合うようになった』二人。『焼き場から帰った日にも、千尋は変わらず台所に立って夕飯を作ってい』ました。『焼かれたんじゃないのか』と訊く光樹に『焼かれたよ。肉は腐っちゃうから…』と答える千尋は、『体がなくなったって、私は光樹の奥さんだから…』と続けます。そんな千尋が作る料理の『強烈な生臭さに』『えずく』光樹。『次の日もその次の日も』光樹を迎える千尋。そんなある日『寺の跡継ぎ』である旧友の正路と会った光樹は『ついてる』、『祓ってやろうか?』と言われます。『死者が差し出すものは口にするなよ』と言われた光樹は…。
・〈よるのふち〉: 『真夜中に目を覚ま』し『隣の布団で』弟の良昭が眠っているのを見る主人公の宏之。喉が渇いた宏之はリビングへと向かいます。『どうした、眠れない?』と声をかけてくれる『母親の背中にしなだれかか』る宏之。『それから間もない秋の終わり、母親が交通事故で亡くな』りました。そして、『十日ぶりに』学校へと赴いた宏之の前には『なにも変わらない』日常があります。一方で弟を保育園に迎える役目を担うようになった宏之に『えらいねえ』と声をかけてくれる『母の友人たち』。しかし、弟の良昭は宏之が迎えに来たのを見て『やああっ、と投げやりな拒絶』を示します。一方で『見よう見まねで家事を始めた』父親ですがなかなか上手くはいきません。そんなある日、『部屋のどこかから、ちぷ』と音が聞こえだします…。
・〈かいぶつの名前〉: 『もうずいぶん長くここにいて』、『溶けて、溶けていこう、消えてしまおうと念じ続けたりしているのに』『いっこうに消えることが出来ないでいた』という『私』。そんな『私』は『夜になると、ついてくるものがいる』のに気づきます。『姿は見たことはない』ものの『なにか重たいものを引きずる音』を聞く『私』。ある日、『女子トイレの前を通りかかったとき』、『血があふれ出すのを見た』ことでなにかを理解します。『私がこの学校に入学する十年ほど前、トイレの個室にこもり安全剃刀で手首を切った中三の女子がいたという』『トイレの話』。『デマ』ではなく『本当にこの女子生徒はいたのだ』と思う『私』。そんな『私』は、『自分が屋上から落ち』『あっけない死に方』をした日のことを思い出します…。
3つの短編をご紹介しましたが、いかがでしょう。キャーっ!怖いよー!ヤバイよー!と言いたくなる私の気持ちを理解いただけたかと思います。そうです。3つの短編ともそこには亡くなったはずの存在が何かしらのアクションを起こすことから物語は展開していきます。〈ゆびのいと〉では、亡くなって火葬されたはずの妻・千尋が今までの日常と変わらずに料理を作り続けている様子が描かれます。
『囓りつき、口の中に転がり込んできた強烈な生臭さに光樹はえずく。「なんだこれ、生なのか?」「違うよ、ちゃんと火は通ってる。レバーとかと同じで、少し癖があるんだ。すぐに慣れるから飲み込んで」まるで血の塊のような肉を息を止めてごくりと飲み込み、光樹は急いでお茶をあおった』。
そんな風に表現される千尋の料理を食べる光樹が描写される場面は強烈です。『寺の跡継ぎ』である旧友の正路に、『ついてる』、『祓ってやろうか?』と言われ、さらに『死者が差し出すものは口にするなよ』とも言われた光樹…と描かれていく物語は恐怖でしかありません。また、〈よるのふち〉の主人公・宏之の物語は幼くして母親を交通事故で突然に亡くし、残された父親と兄弟の悲壮感漂う日常が描かれていきます。そんな中に、『ちぷ』と奇妙な音が聞こえ出します。これも怖いです。しかし、この短編はそれ以上に間違いなく涙を誘う物語です。私はこの短編ですっかりウルウルしてしまいました。そして最後の短編〈かいぶつの名前〉は他の作品とは視点の主が異なります。『溶けて、溶けていこう、消えてしまおうと念じ続けたりしているのに、私はいっこうに消えることが出来ないでいた』という視点の主の『私』は、『屋上から落ち』『あっけない死に方』をした存在であることが語られていきます。そうです。この短編はまさかの死者視点で展開していく物語なのです。キャーっ!怖いよー!ヤバイよー!というこわ〜い物語がここには描かれていきます。これは強烈です。まさしく、まさしく”ホラー”そのものとも言えます。
しかし、しかしです。この作品は単なる”ホラー”ではないのです。レビュー冒頭でご紹介した〈君の心臓をいだくまで〉は、生まれる前の命のことを思う日菜子の思いが描かれます。〈ゆびのいと〉は夫と妻それぞれの愛情が根底にあります。〈よるのふち〉では、幼い子供を残して突然にこの世を去ることになった母親の思いがそこにあります。〈解説〉の名久井直子さんはその感覚をこんな風に説明されています。
“つらいことがあっても、死んだら何もないという考えも持っていたとしても、心のどこかで、完全に関係が絶たれたわけではないと思えることは、救いになる気がします”。
死者の存在が色濃く匂わされていく6つの短編を集めた短編集に、「朝が来るまでそばにいる」という絶妙な書名を冠したこの作品。そこには、彩瀬まるさんが描くそれぞれの存在の愛情の表し方をつぶさに見るやさしさ溢れる物語が描かれていました。
『体がなくなったって、私は光樹の奥さんだから。ごはんも作るし、お世話もするよ』
亡くなったはずの『妻』からそんなことを言われる夫の日常を見る物語など6つの短編が収録されたこの作品。そこには、本来存在しないはずのものが色濃く存在を主張する不思議な物語が描かれていました。”ホラー”と言えば”ホラー”なこの作品。そんな物語に書名が不思議なあたたかさを感じさせもするこの作品。
彩瀬まるさんらしい摩訶不思議な物語世界にどっぷり浸らせてくれる素晴らしい作品でした。