上田紀行のレビュー一覧

  • 見るだけでわかる!身につく! 今さら聞けない 教養の超基本

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    教養という言葉をよく見聞きするが、イメージが持つその力に長年もたれかかっていた。

    ちなみに、私がイメージする教養とは、熱き思いを内に秘めつつ、何かを学ぼうとする気持ちが溢れている人から滲み出てくる雰囲気や佇まい等だ。



    本書は、いわゆる一般教養といわれる分野である哲学や宗教、歴史、美術、文学、社会科学、自然科学等を幅広くカバーしている。

    数学や物理、化学、医学をはじめとする理科系分野だけでなく、哲学や美術等の文化系分野もあわせて、理科系・文化系問わずに縦横無尽に知のフィールドを駆け巡りたい。

    個人的には、巻末に記載されている寿司屋や中華料理店、フランス料理店での振る舞い等を紹介している【お店でのふるまいの教養】が印象的だ。

    また、同様に巻末には、知っておきたい人物や社会を把握するためのキーワードも掲載されている。
    今一度あわせて、確認されたい。



    本書を通じて、改めて点を線に、線を面にするものの見方の重要性を感じる。


    冒頭に述べられている

    『世界を知ること、世界とつながること、世界の魅力と深さとつながること、それはそこに心が動いたあなた自身の魅力と深さの発見でもあります。』

    というフレーズが心地よく心に沁みわたる。


    本書は、いつまでも手元に残しておきたい。

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    2026年09月25日
  • 新・大学でなにを学ぶか

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    30歳を超えた大人だがタイトルに惹かれて購入した。
    私は大学時代あまり真面目に勉強をしてこなかった学生だった。受験に失敗し浪人する覚悟もなくセンター後期で引っかかった大学に入学。本当だったらもっと偏差値の高い大学で自然豊かなキャンパスで学友と切磋琢磨する予定だったのに、入ったのは某マンモス大学。ビル街の中にあり設備が古く学生もスマホをいじりながら授業を聞く、付属校上がりの同級生は都道府県県庁所在地も言えないような奴らの集まりで非常に絶望したのをよく覚えている。
    そんな中で1人孤独に勉学に励むことなど出来はせず、朱に交われば赤くなるをよろしく、勉強そっちのけで体を鍛える日々を過ごしていた。
    本来なら大学でもっと学べたことがたくさんあったのではないか、溢れ出る知的好奇心を満たすことができたのではないか、この歳になって後悔することが沢山ある。ただ、受験勉強に失敗したというより、高校時代に何を目的に大学を受験するのか?という問いを無視して勉強してしまっていたことがそもそもの失敗だったような気がする。就職に有利な学部を選べ!と家族に言われ、本当なら心理学や言語学に興味があったのにもかかわからず安易に経済学部を受験してしまった。自分のモチベーションが高まらない上にストレスにめっぽう弱い人間だったことを受験期間中に初めて知った。自分を消耗して受けた試験は悉くだめ。センター試験の点数も親にいまだに弄られるくらいには酷い点数だった。(これって親からのモラハラではないか?と旦那に言われて初めて気づいたのはまた別の話)本当なら自分の好きなことを好きに勉強すればよかったのだ。家族から無責任な口出しに左右されて興味のない学部を受験した時点で私の大学受験は失敗だったのだ。この事実に気づいたのが最近で、今は高校時代の勉学に意欲的だった気持ちを思い出しつつ様々な本を読み漁っている。
    本書は2020年に発行されているが私が中高生の時に出会いたかったと思える素敵な本だった。特にリベラルアーツの必要性、なぜ教養は身につけるべきなのかという問いに対する考えに納得できる。教養なんてあればあるだけいいだろと思っていたが、今一度改って考えると確かに教養がない人間でも成績優秀な人間はいる。世界のことを知らなくてもテストの点数がいい人間がこの日本を動かしている事実はある。しかし、教養とは私のようなストレスに弱い人間にこそ必要なものなのかもしれないと本書を読んで感じることができた。特に中島岳志教授の文章は必見である。

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    2026年08月06日
  • 生きる意味

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    「生きる意味」とはなんなのだろうか。人生のステージ変わるたびにそのようなことを考えた経験がある。高校入試、大学入試、就活、、、この先もそのような場面に遭遇し、その度に考えるのだろう。

    本書では、多くのことが学べる。ぜひ大学生や就職したての若者には一読してもらいたい。

    他人が欲しがるものを欲しがるようになってないか?そういう社会の広告に惑わされていないか?自分が自分でなければならない理由はあるのか?自分は他人に置き換えられる存在だと思っていないか?

    小中学校で点数が高いことが求められていた。親や社会も点数が高い方が良いと言う、なぜなら良い大学に入り、良い企業に入社できるから。そこには私たちの「生きる意味」は無視されていたのではないか?大人を責めてはいけない、大人も正解を知らないのだから。
    何が良いことなのか変化していく社会で、求められている人材は高い点数を取る人材ではなく、高い点数をとりつつコミュニケーション力が高い人材である。そこにも私たちの「生きる意味」は無視されているのではないだろうか。

    「生きる意味」はオーダーメイドの時代であると本書は言う。一人一人違う生きる意味を持っていい。考えた末に人と同じ生きる意味を見つけても、それはオーダーメイドであるから自信を持っていい。

    違っていいけど、義務教育では同じ教育で点数の高い生徒がきちんと評価される。教育がいかに大切であるかを再認識した。親はどんな世界があるのか、どんなことにワクワクするのかを子に発見させなければならない。

    教えるのではない、見つけさせるのだ。

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    2025年10月21日
  • リーダーの教養書

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    冒頭の出口治明氏と楠木建氏の対談が面白かった。
    すぐ役立つ知識ほどすぐに役立たなくなる、ってのはその通りだと思う。教養が深まるからこそ判断力も鍛えられていくんですね。
    教養書120のうち興味深かった分野は、
    ・経済学
    ・進化生物学
    ・医学
    ・哲学
    ・宗教
    あたりかな。
    また読みたい本が増えてしまいました。

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    2024年10月09日
  • 生きる意味

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    自分が果たして何のために生きているのか。ごく普通の一般家庭に生まれ、親は共働きで土日も働いているような時代。幼い頃は厳しい躾けと、毎日叱りつける親に少しでも怒られまい、褒められたいと思いながら、それが生きる意味であった様に感じる。学校に通い、社会に出ると人よりも稼ぎたい、高い地位につきたいと、常に人と比べた時に自分が如何に優位に立てるか、そんな所に生き甲斐や自分の存在価値を求めていた様に記憶する。振り込まれる給料の額、誰よりも早く昇進したいと毎日背伸びして出来もしない自分を演じていた。結果は会社での評価(点数)や貯金の額など、誰が見てもわかる客観的指標で高い数字に現れるから、自分でも疑いようもなく、私の価値は常に数字だった。
    本書はそんな多くの現代人が、価値を数字にしか見出せなくなった時代に、本来の生きる意味、生きる価値とは何かを考える一冊である。確かに前述した様な自分は、自分がありたい姿とはかけ離れた数字と外観に惑わされた人間であったことがよく分かる。もしあの時、もし今でも「あなたがなりたかったもの、あなたが生きてやりたかった事はこれか」と問われれば、問題なく悩む事なく「違う」とえるであろう。でも、「何になりたいのか、やりたい事は」と聞かれても、即答できない自分もいる。自分の存在は周りの評価によって決められ、他人が欲しがるものは自分も欲しくなり、それを人よりも多く手に入れるという、他人との相対的な位置付けでしか自分が見えていない自分。仕事の成果も費やした時間と稼いだ額で決められる。そんな資本主義社会の申し子の様にしか過ごしてこれなかった。一番効率よく稼げる人間をマニュアル化し真似るだけの働き方。社員は均一化され個性を失う。そんな時代の、誰とも見分けがつかない人生。そして終焉。確かにこれは本書タイトル「生きる意味」そのまま、私の価値を私が理解できていない状態だ。
    せめて残りの人生をどの様に過ごすか。平均寿命がいくら伸びた所で、早く気づけた方が、本当の自分に辿り着ける可能性・チャンスはあるに決まっている。もし今私がこの本に出会わなければ、そうした考えに足を止める、立ち止まって考える機会は無かっただろう。そうした意味で、自分の価値を今一度考え、将来どうありたいか、今何を成すべきか、考えるチャンスをくれているようだ。そう、私の生きる意味は数字の大きさではなく、内容、質が重要なのだ。
    本書後半ではそうした生きる意味のヒントを沢山くれる。この世界の主人公は私であり、私から見えてるそれぞれの人も自分の物語の主人公だ。決して他人が主人公の世界の脇役では無い。自分の物語をハッピーエンドで迎えるか、悲しい悲劇で終わらせるか、それすらも自分が決めているに等しい。悲劇の中に何か光明を見つけて、前に進む歩みを止めない人生。深い落とし穴に落ちても、這い上がって太陽が再び額を照らす人生。同じ方角を目指す友がいるなら手を取り合えば良い。何処かで考え方や価値観に違いが見つかったなら、笑って別れて、それぞれの道を歩けば良い。またいつか気づけば、同じ道を歩く仲間がいるかもしれない。本書はそうした社会活動やコミュニティに身を投じるのも一つの価値の探究になると言ってくれる。
    そして何より自分の物語に欠かすことの出来ない、かけがいの無い、自分という存在。先ずはそれに気付くこと。そして他人の決める価値観に生きるのではなく、自分の価値観で動く事。その為にはいろいろな場に身を置き、真に自分の価値や存在を認める事。中々、考えさせてくれる一冊であった。

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    2024年07月03日
  • 新・大学でなにを学ぶか

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    ネタバレ

    大学で何を学ぶか、学べるのか、学ぶべきなのか、という点に焦点を当てた本。
    各章で異なる教授が、自身の経験に即して考えを述べてくれる。

    中には参考になるものも多く、私が言語化できなかった一般の大学生に対するモヤモヤをストレートに言語化してくれている方もいて流石だと感じた。
    特に学びと海の羅針盤と教養はどのような時に役立つのか、試行錯誤から学ぶの三つが印象に残った。

    小説などの本を読むことを通じて、社会について学び、学んだことから得た疑問を解決することで・・・と言ったループの中で自分の興味があるものを見つけること、社会の中で辛い時、1%のひつじになってしまうときにこそよくわからないけど感動した文学作品が活きること、「役に立つから」「正しいから」学ぶのか、尺度が変わる世界と自分の中で選択することの難しさがあり、自分が納得できる選択をする必要があること。
    この三つだけでも本書から学び取り、胸に留めておきたいと思う。

    私自身は大学卒業間近に読んでしまい、読めば読むほど自分が「してこなかった」ことについて解説がなされ悔しく思った。私のような学生を少しでも減らすため、大学1,2年生の後輩に嫌われない程度にそれとなくおすすめしようと思う。

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    2024年03月04日
  • 自由に生きるための知性とはなにか

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    自由に生きるための知性
     これはいってしまえば=教養なのかなと思った

    第一部が特に心に残った
    教養を学ぶ意義
    教養と社会の関係について整理できた

     いま、教養が大事だと改めていわれている理由
     →教養から専門知に傾いて
      専門家と一般人のコミュニケーション
      が上手くいかず、さらには
      非対称な垂直な関係になり
      専門家と一般人の間の信頼が崩れた
     →終身雇用制度が崩壊しており
      学び続ける力が必要になってきている
       =エンプロイアビリティ

     一方で、教養・リベラルアーツとは、
     それがある人とない人を隔てる垣根であり
     いま社会から求められている教養との間に
     ジレンマがある

     いま求められている教養とは
     他者に対して「開かれ」ていること
     新しい自己に出会うこと

    その後の章では、差別、好きって何、読書のすすめ、など専門家からの細かな話になるが
    「いまの自分の枠からはみたでたものを学ぶ、触れることで、新たな自分を発見する」こと
    の重要性が通底しているなと思った

    感想
    上田先生が言ってたいわゆる量産型の奴隷のような学生だったな自分…
    そして色々みているつもりだったけど、自分の好きの中でしか出会えてないかも…
    めちゃくちゃ井の中の蛙だな自分…
    てか文中の引用がハードすぎて付いていけない…
    と落ち込みそうになりました

    しかし相手は大学教授たちなので仕方ない
    というか、
    教養の持つ分断の意味合いにジレンマ感じつつ
    インテリたちの共通言語を使いすぎてやしないかい?とツッコミを入れながら読みました

    単細胞の私には少々難しい本でしたが
    1ヶ月くらいかけてゆっくり理解しました

    おすすめの本がたくさん出てきて
    読書リストがどんどん伸びる

    時間を空けてもう一度読みたい作品

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    2023年03月26日
  • 立て直す力

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    将来への投資と今への投資


    大学の講義の中で、
    「評価のポイントはどこになりますか」と質問する生徒の話があったと思う。

    振り返ってみると、自分にもその傾向はあった。

    学ぶことに楽しみを感じる今の自分から見るともったいないな。

    「目的への疎外」、老後のお金の心配をしすぎて、いま楽しめていないと思ったことを思い出しました。

    将来への投資と今への投資とを両立できるよう、生きたいと思います。

    勉強になった箇所
    ・古代ギリシアには 自由市民と奴隷がいました。自由市民とは ソクラテスやプラトン アリストテレスのような人たち。人間にとって世界にとって良きことは 何かを根本から議論し探求する人たちであり 国家をどのような方向に導くかを決める人達です。一方で 奴隷とは 自由市民の指示で動く人たちでした。そして「リベラルアーツ」永遠 自由市民が持つべき 素養であり 奴隷と自由市民 を分かつものだったのです。リベラルアーツとは リベラル+アーツ。「人間を自由にする技」です。
    ・先ほどのお守りもそうですが日本人の多くは無宗教だと言います 周りは宗教ではないと。でも もし日本に来た外国人が目の前でお守りをハサミで切り刻ん パフォーマンスをしたらどうでしょうか?多くの日本人はとても嫌な気分になるのではないでしょうか。そして「日本人の大切なものが踏みにじられた」「日本の精神性が傷つけられた」「日本への冒涜 である」と言って憤慨し その会 告知を育つせようとか 報復しようとか言い出す人も少なくないような気がします。「お守り」一つにしても 実はそれだけ 日本人の存在の深い事件に関わっているのです。
    ・浄土とは呼びかけの世界。私より先に来た人は 浄土という精神世界から今を生きる者たちに呼びかける存在となる。「迷うな 生きろ」と。だから後に着る人は先祖をとぶらうのだ。多くの人々が 限りない 命と光を仰いで生きてきたように・・。
    ・重兼芳子さんから次のように言われた事が大きかったと思います。「現代社会のやんだ 真相があり だからこそ そこに目を向け 動かなければいけない 仏教は一体何をしているのか。仏教が命やその延長線上にある死を真正面から捉えず、過去の遺産の上にあぐらをかき、その遺産を食いつぶす か の ごとき 好意をどう考えるのか。命の終末を迎える人々の苦悩や家族の日かを支えることもしないで生理に走る 仏教は宗教と言えるのか」
    ・悪魔祓い。・・・人生どんなに苦しんでも こうやって村人が集まってきて 悪魔払いの儀式が行われて必ず助けられる。人間どんなに苦しんでも回復するものなんだということが 肌身に染みついていくのです。
    ・このように 常に今ここにいるということの意義が未来の目的を達成するためなのだと、 常に「目的への疎外」経験することで 私たちは今を楽しめなくなっています。今アリとして生きていく その目的を達成する生き方をすると心から楽しめる時間は非常に少なくなってしまうのです。
    ・祭り ボランティア PTA ファミリービジネス・・・に共通しているのは、「人生の複線化」です。つまり 会社など職場の価値観で評価されるのではなく自分が生きる意味や価値を構成できる場所や人間関係を持てるようにしようという話です。
    ・ダライラマの言葉。・・・さて 縁起の法というのは、どういうことでしょうか。それは悪い種をまくと悪いことが起こってしまう。だけど 反転して考えてみれば良き 種をまけば良いことが起こるということです

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    2023年01月18日
  • とがったリーダーを育てる 東工大「リベラルアーツ教育」10年の軌跡

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    3人の著者がそれぞれのバックボーンを元に、リベラルアーツを大学に根づかせるために、いかに格闘されたのかがとてもよく分かりました。上田教授の学内でのやり取りに重いものを感じました。

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    2022年07月24日
  • パッとしない私が、「これじゃ終われない」と思ったときのこと 「生きる意味」のつくりかた

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    タイトルに惹かれて買ったのですが、思っていたようなガツガツした内容ではなく、読むと心が安らかになったり、勇気をもらえる本でした。
    お守りがわりに何度も読みたいです。

    当たり前のように語られている言葉の本質を問い直す本です。

    本書で例として挙げられているエピソードや宗教、哲学などの話もとてもためになりました。

    特に良かったのは、「国民総幸福量」が多いことで知られるブータン王国では、小さな時から利他的な行為によって得を積むことで来世に良い輪廻転生ができると言う教育を徹底しているという話。
    【たとえ教えであっても毎日積み重ねていればそれは日常の当たり前の行為になる】
    こういう教育ができる社会は素敵だし、そんな風に日本もなってほしいです。まずは自分で日常意識して習慣化したいと思いました。

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    2022年03月14日
  • 立て直す力

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    上田紀行のエッセンスを、本人が詰め合わせて提供する、講演録風の作品。この本の中で紹介されている『がんばれ仏教』は読んだことがあるが、紹介されている他の作品も読んでみたいと思わせられる。著者のメッセージには説得力がある。多くの人に読まれるとよい。

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    2021年03月02日
  • 生きる意味

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     生きる意味を創造する自由が奪われている現在の日本の根源的な問題を扱っている。標語や数字を追い求めるのではなく、ひとりひとりの独自の生きる意味を創造することが大切

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    2021年01月07日
  • 平成論 「生きづらさ」の30年を考える

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    【問いかけて30年】「怒涛の時代」とも称される平成の世を、「生きづらさ」をテーマとして、主に宗教面から読み取ることを試みた作品です。著者は、東京工業大学でリベラル・アーツを教える上田紀行ら4名。

    「そんなこともあったなぁ」と読み進めるうちに、平成の一側面をわかりやすく解説してくれる一冊でした。難解なところはまったくなく、コンパクトでありながら同一テーマに関する複数名の指摘を合わせて読み進められるため、頭の中で比較をしながら考えることができる点も高評価です。

    〜私たちを取り巻く社会はさまざまな問題を抱えています。それらの問題の根底には,日本でも世界でも,若者を中心にして広がる「生きづらい」という感覚が大きく関係しているのは見過ごせない事実でしょう。〜

    やっぱり1995年は分水嶺の年だと再実感☆5つ

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    2019年03月27日
  • 平成論 「生きづらさ」の30年を考える

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    「平成」という時代を、「宗教」という視点から分析した本です。社会の変化とそれをうけた宗教界の変遷が、相互に影響しあって平成の「空気」を作り上げた様子がわかりやすくまとめられています。

    「激動の昭和」につづく平成の30年は、「失われた20年」などともいわれるように、閉塞感のある時代だったような印象があります。
    もっとも、平成生まれの私にとってはこれが「フツウ」でしたから、そこまでネガティブなイメージではないのですが…。
    ただ、阪神淡路大震災やオウム真理教のサリン事件、9.11同時多発テロや3.11東日本大震災など、多くの「事件」が印象に残っている時代ではあると思います。
    それぞれの事件によって、社会全体が「暗く」なったり、その流れを変えたり(特に昨今ではポピュリズムやナショナリズムがその勢いを増していると思います)したことも、平成の時代の特徴なのかもしれません。

    なかでも本書では「生きづらさ」という言葉がキーワードとして取り上げられていました。昭和のように地縁血縁が薄くなり、コミュニティが弱体化する中で、個人個人が「生きている」という実感を持ちにくくなったり、「生きている」ことの目的を見出せなくなったりしている。そのことが「生きづらさ」の原因になるし、またそれまでの宗教観のままでは様々な人々の「つらさ」を救うことができない。
    これらの分析は説得力がありましたし、平成という時代の「核心」をついているように感じます。

    宗教学についてや宗教論についての記述の部分では少し読みにくい部分もあるかもしれませんが、全体としては中学・高校生にとっても読みやすい本だと思います。
    平成の時代を振り返る際に、とてもいい本だと感じます。

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    2019年03月10日
  • 生きる意味

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    蜉ケ邇??荳贋クサ鄒ゥ縲∵ァ矩??謾ケ髱ゥ閾ウ荳贋クサ鄒ゥ縺九i縺ョ髢区叛縲
    縲悟?逧??髟キ縲
    縲後Ρ繧ッ繝ッ繧ッ縺吶k縺薙→縲阪?悟ョ牙ソ??阪r豎ゅa繧九?
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    2018年12月31日
  • かけがえのない人間

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    蜈ア諢溘r隕壹∴繧狗ョ?園螟壹??≠繧翫∪縺励◆縲
    莉悶?闡玲嶌繧りェュ繧薙〒縺ソ繧医≧縺ィ諤昴>縺セ縺吶?

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    2018年12月31日
  • がんばれ仏教! お寺ルネサンスの時代

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    「縁起」という世界に対する見方を、現代の日本において、どのように起動させていくのか。そこで僧侶・住職・寺院が果たすべき役割とは何か。多くの実例を紹介・分析しつつ、あくまで具体的に、仏法を現代日本社会の再生に生かす道を探っている。多くの僧侶や宗教関係者、あるいは教育者にとって耳の痛い指摘が続くが、著者の主張は具体的で筋が通っている。ただの理想論ではない。仏教(「縁起」)を学ぶ(説く)のではなく、仏教を実践することこそが大事。そのことをシンプルに、しかし様々な現実に目を配りながら、熱く語っている。

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    2018年02月04日
  • ダライ・ラマとの対話

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    ダライラマと「生きる意味」の著者の上田さんの対談集。

    上田さんは「生きる意味」で日本は豊かにも関わらず生きる意味を見失った人々が多い「生きる意味不況」だと論じたが、その答えのヒントに仏教があるのではと。
    ダライラマに上田さんの考える現代社会における仏教の可能性を対談したもの。
    お金を稼ぐ事=幸せというパラダイムがバブル崩壊で、お金が稼げない=不幸せにな人が続出。しかしそうではないだろうと。この世の格差、不幸のギャップを解消することをもっとやろう、そして経済的豊かさをあわせて享受しようという対談。

    いかに印象にのこったフレーズを:


    平和の定義
    消極的平和:戦争のない状態、積極的平和:弱者のいない状態、差別や貧困のない状態
    外なる平和と内なる平和をいかに調和し両立するのか?
    いかにしたらほんとうに利他的な社会、一人ひとりがほかを思いやり助け合える社会を建設することが可能なのか
    いまの社会はますます個人の利己心をあおることで社会を活性化しようとしている。
    利他的な社会はありえるか?21世紀の人類社会の大きな目標は利他的社会の建設になる
    おおくの人は利己的な世界観に大きな違和感を持っている。親たちは自分の子供に対してやはり思いやりのある子に育ってほしいなと思っている。私が利他的な存在であっても私を取り囲んでいる友人たちや仕事の相手や社会全体が利己的なもんだったら私一人が利他的であってもまわりに食いものにされる。

    DL
    慈悲ある社会を創る、そして慈悲ある人間性を築いていくというのは私自身の人生における使命
    人間は一人ではいきていけない。本質的に社会的動物。人は他の人と共存するほうが容易にいきていけるから私たちは村をつくり町をつくったり都市を形成する。コミュニティを創る。
    私たちの人生において一番大切な物。お金と思い違いをしている。お金を産み出す物はなにか?その人の持っている技術や可能性であり利他心がお金を産み出す物ではない。人に対する思いやりや愛をよりたくさん持っている人がたくさん給料をもらい人に対して残酷で思いやりに欠けている人が少ないお給料をもらっているというようなシステムになっていない。
    私たちは社会的動物であり、実際に社会をなりたたせ統合しているのは法律ではなく愛と思いやりだ。
    愛と思いやりはいかに育まれるのか?法律的ではなく生物学的要因。母親の愛情が重要。
    人は一見すると独立採算で営んでいるように見えるかもしれない。それは違う。

    誰が愛や慈悲をとけばいいのか?指導的立場にある人は学歴が高い。恵まれた家庭を持っている。そういう恵まれた状況の人は、一人一人が自分の人生だけを生きてそこで不快人間的な価値の重要性には注意が払われずに、自然に愛情の必要性があまり芽生えてこないのではないか?
    近代的教育システムは人間的な優しさ、思いやりといった人間に欠かせない一番大切な事を育む事に完全に失敗している。

    上田
    現代社会がお金次第の社会になりさがっている。お金次第の社会は攻撃的な社会でいじめなどの問題もでる。その逆に愛とか慈悲とか思いやりというものはお金につながらない。
    ある社会において、政治家なり指導者的立場にある人がお金次第の社会
    から登場してきているということは、その人たちがお金次第の社会をよしとする方向にいく。間違った認識に基づいて社会を引っ張っていってしまうのでお金次第の社会になってしまう。

    DL
    私自身も搾取者です。私は誰かを搾取している可能性を否定できない。自分を強く戒めなければ行けない。

    上田
    日本が急激な近代化が可能になったのは、その成果が(豊かさ)目に見えるカタチで利得として得られていたから。追いつきおいこせで無理をしても、利得として目に見えるカタチで無理が報いられていた。儲かってるからいいじゃないか、成長してるからいいじゃないか、でみすごされてきた。

    DL
    慈悲をもって怒れ。怒りの心をどう扱うか?怒りの心には二つのタイプがある。
    第一のタイプは怒りが慈悲の心からうまれてくるもの。不動明王の憤怒の相。怒りを方便として使う。第二のタイプは嫌悪感からくる怒り。嫌悪感からくる怒りでアクションをするとそれは破壊的な行為につながる。相手そのものへの嫌悪感からくる怒りと、相手の行為への怒りで違う。愛している相手が嫌悪感のある行動をしての怒りは、怒っりの対象の行為がおわれば消える。しかし相手への嫌悪感からくる怒りだとおわらない。

    上田
    持つべき執着と捨てるべき執着。怒りというのはその背景に慈悲があろうがなかろうがもってはいけないというのが日本の一般的な仏教の教え。

    DL
    執着をなくのがあやまってつかわれている。菩薩行のための執着、悟りを得たいという執着は持ち続けないと行けない。怒りも同様で、捨ててもいい怒りと持つべき怒りはわける。執着をすてるとは無関心になることではない。悪しき執着はすてるべきでよき執着はもつべきだ。
    宗教者が社会的不正に無関心でいるのは間違っている。

    上田
    いかに利他的な社会を建設するのか?
    競争には二種類の競争がある。第一はお互いの力を高め合う競争。ライバルとか。現在の日本社会が目指している競争はライバルを蹴落とすタイプの競争。勝者と敗者を決めるための競争。勝者はすべてを得て敗者は負けたんだからしょうがないよね、という競争。おなじ競争という言葉をつかってもいろいろな競争がある。

    DL
    私は競争心をわけて考えている。ああいう人になりたい、という競争心はよい。でも相手と自分の間に、勝者、敗者という区別をつける競争はよくない。

    上田
    日本人がいま直面してるのは「生きる意味」の不況ではないか?
    DLは常々、幼児期の母子関係が重要だという。母子関係こそが思いやりや慈悲を育むと。
    いい子にしてたら愛しているけどテストで点が悪いと愛さない。これは条件つきの愛。無条件の愛ではなく条件つきの愛が蔓延している。

    DL
    西洋社会でおきてるのは、若い人だけを価値ある物として大事にするが、都市をとってしまうと役に立たないということで見捨てるという問題。社会全体が生産的な若い人のみを大切にするという方向にいっている。役に立つ人間だけを残して役立たずの人間を切り捨てる。
    youth oriented 社会。youth はuseにも通じる。
    条件つきの愛と無条件の愛は明快でよいポイント。ほんとうの愛は、障害を持つ人にもすごい子にも等しく注がれる。何らかの障害を背負った人にはよりおおくのケアをしたげないといけない。
    日本は物質主義的社会であり工業化社会。そのような物質主義的に発展した社会では、お金の重要性のみが強調される。日本には伝統や仏教があるがそれはいまの反映を産み出してない。それを否定して科学、テクノロジーの力で豊かになった。いまの日本人のプライドの根底にあるのは「西洋」からもたらされたもので伝統的価値観ではない。伝統的価値観を否定的にみてきたからアイデンティティを見いだしにくくなっている。ほんとうの西洋人でもなくアジア人でもない。

    上田
    バブル崩壊。長期低迷に。経済成長教が崩壊。経済成長と自己のアイデンティティを重ね合わせて物質的豊かさに自己のプライドを重ねてきた日本人は、再び「わたしとはなにか?」という問いに直面せざるをえなくなっている。

    DL
    西洋という左手と日本の伝統という右手をあわせることが重要だ。
    ほんとうの思いやり(センスオブケア)はまず自分自身にむけることだ。自分自身におもいやりをもち、それを周りの人に広げていく。自分を嫌悪している人は周りをおもいやれない。
    他社依存と悟り。誰かに依存するのはまったくまちがっている。釈尊はあなた自身がブッダになることをといている。釈尊も最初は我々と同じ人間だった。ブッダに帰依するとはブッダにお任せするのではなくブッダにポジティブな競争心を抱いて、私もあのように素晴らしいブッダを目指して生きていくぞという決意表明なのですね。

    上田
    中道について。最初から単に真ん中にいるのが中道ではないとおもう。

    上田
    搾取とはキツい言葉だ。しかしその言葉で自らを諌めているからこそ、そこには自由が生まれ伸びやかな空間が生まれるのではないか?
    観音菩薩は阿弥陀仏に対してすべての人々の苦しみを救う事を誓った菩薩。そして長きにわたって人々を救い続け、悟りに達し、阿弥陀仏からもう仏になれといわれた菩薩。しかし観音菩薩はその申し出を断る。私は人々の苦しみの救済に執着したい。仏にならずこのまま何度も菩薩として生まれかわり人々の苦しみを救いきりたい。解脱して仏になるよりも南海も生まれ変わって苦しむ人々を救う。ダライラマは観音菩薩の生まれ変わりの意味がわかった。

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    2017年09月30日
  • かけがえのない人間

    Posted by ブクログ

    他人の評価のために生きるのではなく、
    自分を見つめ、自分への信頼を取り戻す。(自己信頼)

    交換可能ではない、かけがえのない自分になるためには、意識するだけでなく行動も伴わなくては足りない。

    智慧と慈悲を以て、社会とかかわり、
    社会への信頼を築くこと。

    未来への希望が大切だが
    それは誰かに叶えてもらう受動的なものではなく、
    まずは自分から行動することが大事。
    行動を重ねることで自信がついてゆく。

    愛されるより愛する人になる。
    (受動→能動)

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    2017年07月07日
  • 生きる意味

    Posted by ブクログ

    出版されて15年後に読んだわけですが、ここに込められているメッセージは色褪せないどころか、むしろその輝きを増している。恥知らずな不幸志向の弱肉強食の現代哲学が、さらに磨きをかけた、といえば良いか。


    世界の中で愛する対象とつながること。
    世界で愛とつながること。
    それが大事であると。


    何という力強いメッセージだろうか。
    数字を追い求め続ける世界に背を向け、幸福と向き合おうと思いました。それが正しいことだと確信しました。

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    2017年02月22日