吉村昭のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
江戸時代にロシアへと漂着した日本人が、初めて帰国できたという魅力的な史実を題材にした、井上靖さんの『おろしや国酔夢譚』との違いを知りたくて、こちらはフォローしている方に教えていただきました。改めまして、ありがとうございます。
まず読み始めて気付いたのが、井上さんの作品では「大黒屋光太夫」ら総勢17名を乗せた神昌丸が出帆したという表記のみで、出帆前の彼らについては全く触れていなかったところを、吉村昭さんの本書ではじっくりと描写している点で、白子浦の繁栄は家康のお陰といった歴史的繋がりも興味深い中、沖先頭の光太夫の半生について、幼い頃から知識欲が旺盛であり、神昌丸に自身の手荷物として浄瑠璃本が多く入っていたのは、物語本を好んで読んでいた、その頃からの趣味であったことや、二度も養子になりながら、やがて船親父の「三五郎」から様々な事を学び、彼を親のような存在として敬意を抱いていたという関係性も初めて知り、そんな二人の信頼関係は、後の航海中に於ける生死を賭けた嵐の場面からも感じ取ることができた。
また物語の構成として、井上さんは全体的に一歩引いた客観的視点で、日本人とロシア人、現地の人々との交流も含めてバランスよく描いている中、吉村さんはページを割きたい場面とそうでない場面とを使い分けることで、起伏のある展開を見せながら、あくまで主役は光太夫たちということで、彼らの思想や行動に焦点を絞って描いているように思われた。
その中で一つ印象的だったのが、ニビジモフらロシア人と島民たちの諍いに光太夫たちが巻き込まれたエピソードであり、そこで改めて痛感させられたのは、当時に於ける支配される側のどうすることもできないやり切れない悲しみであり、それは光太夫も重々承知してはいたのだが、これまで彼らが生きてこられたのはニビジモフのおかげでもあるため目を瞑る形になってしまった、そんな断じて許せない部分と恩人の部分を共に兼ね備えたニビジモフ像というのも、良いか悪いかはともかく忘れられないものがあった。
そして、井上さんの作品との最大の違いと思われたのが、光太夫のキャラクターであり、井上さんの描く彼はリーダーシップに優れ、他の船乗りたちの前では決して弱音を吐かない皆の憧れといった存在なのに対して、吉村さんの描く彼は皆の前でも悲しいときは思い切り嗚咽したり、何度も不安な気持ちに駆られたりと、超然としたものは無いもののその分感じられる人間臭さが魅力で、それは三五郎が彼に、『豊かな生活になじんだ光太夫が想像を絶した苦難に遠からず身も心もくじけてしまうだろう』と言う場面など、井上さんの作品ではまず有り得ないのではと感じられた程の違いであった。
ただ、本書の光太夫が決してリーダーとしての魅力が無いというわけではなく、例えば嵐の場面で荷を捨てるのは、沖先頭の責務を放棄する行為でありながら、それは水主たちの命を守ることを第一義と考えたことによるものであることや、カムチャツカへ向かう時アミシャツカ島で無念の死を遂げた仲間たちへ、『私たちにしがみつけ、共に島を離れよう』と涙ながらに叫んだのも、出来ることなら誰も訪れないような場所に置いて行きたくない、そんな気持ちが溢れ出しており、その責任感のある仲間思いの姿にはとても好感を持てるものがあった。
それから、もう一つ挙げておきたいのが、井上さんは序章で光太夫以前の漂流者を紹介していたのを、吉村さんは物語の大きな流れの中で記載することによって、これまで誰一人日本に帰れた者がいないことを光太夫が知ることで、もしかしたら自分たちも帰れないのではと、とてつもない不安感を抱いたことが、「なぜロシアは漂着した日本人を帰国させないのか」という疑問点に繋がって、やがてはロシアの南進政策の一環なのではないかと推測する点には、井上さんの作品でも全く信じ切っていた訳ではないけれども、より現実的でシリアスなものを吉村さんは物語に取り込んでいる印象を受け、そうした危機感を持った状況で光太夫はどう行動するのか、下巻も注目したい。
他にも、ラクスマン(ラックスマン)の個性や、イルクーツクに向かう際に光太夫たちが乗っていたキビツカ(輿)の中が、防寒衣をつけたまま布団の中にいても体が震える程の寒さでありながら、更に天井からは氷片が落ちてくる恐怖があったこと等、それぞれの作品の違いを探しながら読むのも楽しい。
ただ、これは好き嫌いの問題ではあるのだけれど、今のところ、あまりに光太夫たちのことしか描いていないことが、ロシアの情景や感傷的なことも色々と知ることのできた、井上さんの作品を先に読んだ私からしたら、やや物足りなさを感じてしまったのも確かであった。 -
Posted by ブクログ
重厚な歴史小説や記録文学の印象が強い著者だが、こちらは昭和30年代から40年代の初期の作品集で、短編6編を収める。表題作は第2回太宰治賞を受賞している。
緻密さよりはロマンティシズムが勝る。少年期から青年期のどこか透明な空気感。しかし、そこに「死」の影が色濃く映し出されている。
戦後しばらく経っているとはいえ、これは戦争の影響なのではないだろうか。あるいは、戦時中に少年期を過ごし、戦中・戦後に若くして両親を亡くし、自身も大病を患ったことがある、著者の心象風景から来るものか。
1作目、「鉄橋」は、若きボクサーの謎の死。前途洋々に見えた彼は、列車に轢かれ死亡する。果たしてそれは自殺なのか事故なのか。謎解きめいてもいるのだが、単純な結論は導かれない。著者の筆は最後にはボクサーの内面へと読者を引きずり込む。さて、ことの「真相」とは。
2作目「少女架刑」と3作目「透明標本」は、いずれも人体解剖・標本作製の話である。いささか驚くのだが、この時代、実際、こうした形で骨標本まで作られていたのだろうか。現代でも献体が医学生の学習に役立てられることはあるわけだが、もっと生々しく、遺体の取り扱いが乱暴である印象を受ける。高校の理科室などの骨格標本が実は本物の人骨であることが判明し、騒ぎになった事件がいくつかあったが、こうした時代(あるいはもう少し前の時代)の遺物なのだろうか。
「少女架刑」は少しSFあるいはファンタジーめく。命を落とした少女が、自身の身体が解体されていくのを観察している。切られ、臓器を除かれ、採取されたものはホルマリンに漬けられ。少女はどこから見ているのだろう。不思議なロマンティシズムが漂う。
「透明標本」の方は、逆に、解剖する側の視点からの物語。完全な透明骨格標本を作製することを夢見ている男。男が望むものは手に入るだろうか。
4作目「石の微笑」。小学校の時の知り合い・曽根に学院(大学のようなものか?)で再会する英一。曽根は下宿屋をしている英一の家に住むことになり、英一を割のいい「バイト」に誘う。ところがこの男、どこか薄気味悪い。そのうちに同居している姉の様子が何だかおかしくなっていく・・・。
表題作「星への旅」は、若者の集団が自殺するために旅をする話、最後の「白い道」は、空襲に焼け出された父とその愛人の元に食料を持っていく少年の話。
いずれも、生と死の境界はさほど確とはしていない。何だかふっと越えられてしまいそうだ。
それが少年(青年)吉村の実感だったのではなかろうか。 -
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1973年第21回菊池寛賞
「戦艦武蔵」「関東大震災」など一連のドキュメント作品に対して
大日本帝国海軍 最後の戦艦(でいいのかな?)
武蔵のその建造から最期までを
記録文学の新境地
解説者曰く 日本人の集団自殺を思わせる
巨大な戦艦を ものすごい技術だと思うのだけど
材料の調達から造船まで愛国心と根性で作りあげてしまうような 狂気に近い当時の状況
進水してからは 建造から戦闘へと記録が変わる
作者のあとがきから
戦艦武蔵の建造日誌を友人から借用したとのこと
建艦に携わった技師が焼却するべきものを秘蔵していたものだとのこと
建造に関わるあらゆる種類の多くの数字が 現場に近い記録から起こされた小説
記録された数字と当時の日本軍の行動から見えてくる 資源、時間、人材の強引な召集
最期は、「退艦用意、自由行動をとれ」
レイテ沖で -
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戊辰戦争において、北海道で新政府軍と戦いを続けた榎本武揚の旧幕府軍。彼らの主力というか強みは海軍にあり、その中の一隻が表題にある「回天」。始末とあるのは、榎本海軍の始末ですね回天一隻の話ではなく。その回天の一世一代の見せ場が「宮古湾海戦」。
海軍主力だったはずの「開陽」が箱館攻略中に座礁沈没してしまったのが、ケチのつきはじめという気がします。そして、戦争している以上仕方がないとはいえ、無謀な出航が多かったようにも感じました。榎本海軍の作戦行動において、十全とは言わないまでも、全うしたのは回天だけなような気もしてしまう。天地人のうち、天を味方につけられなかった。これでしょうか。
「甲鉄」が新政府軍にある、ということもあり、北海道に引きこもっているだけでは勝利することはできない、という戦略的理由もあっての奇襲作戦「宮古湾海戦」。
これが成功していたら戊辰戦争はどうなっていたのか、を考えてみるも、ただずるずると内戦が長引いていただけで、何もなさなかったのではないかと思うのだけど、どうでしょうね。外国からの応援もなかっただろうしなぁ。フランス武官が帯同していとはいうものの、勝手に乗り込んでいるだけで、命令違反のようなものだったらしいですし。
エンタメの点で見ると、魅力的ではありますが。覆面奇襲、接舷のち抜刀突撃、というのはね。
エンタメとして、戦争に参加した武士、軍人の記録を描くのでなく、地元の人々との関わりを記録しているのが、読んでいて新鮮です。
妓楼での金払いゆえの人気の有無や、戦後の影響など取材あっての描写。まだ、記録出なくて記憶が残っているから、できたことでしょう。「和宮様御留」でも感じましたが、歴史上の出来事が、記憶として触れることができるのは幸福だと思います。後世に残してゆくための資料として。
表題と「牛」の2編が収録されている本作。
「牛」は薩摩藩領・宝島において外国船との接触を描いた短編。異国船打払令のきっかけになったという事件だそうです。おそらく、このような長崎の事件や各地の事件が重なってのことなんでしょう。
まあ、いきなり訪れて攻撃略奪となれば、撃退すべし、となるのはわからないでもない。言葉のわからない中、なんとか交渉しようとする様は臨場感と必死さがありました。 -
Posted by ブクログ
八月は日本の戦争の本を読む。
昭和16年12月1日の御前会議でアメリカ、イギリス、オランダとの開戦が決定され、奇襲に向けての準備が秘かに開始された。
12月8日の宣戦布告と同時に真珠湾奇襲とマレー半島上陸を成功に導くためにはそれまでの一週間の軍事行動を絶対に察知されてはならず完璧な秘匿が命ぜられた。
そんな中で作戦を伝達する極秘命令書を持った将校が乗る飛行機が中国領内で行方不明に・・・。
最初はミステリー仕立ての小説のようにハラハラドキドキの展開だが、すべては緊迫の一週間における日本軍に起こった事実の記録。
エトロフ島単冠湾に集結した連合艦隊が秘かにハワイを目指すその緊迫感や、タイ国境マレー半島に上陸する陸軍の緊張感。
開戦までの一週間を知ることができた日本人必読の一冊。