吉村昭のレビュー一覧
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ネタバレ長崎の通詞から幕末には外国奉行支配調役まで取り立てられた森山栄之助だが、彼は外国公使からこそ注目を受けていた、英国公使オールコックは「官職名よりもはるかに重要な人物」と評されて、外国へ赴いての交渉団に推薦されるほどアノ時の日本に欠かせられない人物、国内事情でオランダ語しか知り得ていないので英語の通訳が未熟だと思い知らされた森山、当時密入国で日本に囚われていたラナルド・マクドナルドの牢に押しかけて学ばなければどうなっただろうか?
作品中にあった中川五郎治の種痘の話、見た事あるなだとおもっていたら北海道神宮の開拓神社の祭神のひとりだった -
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沖縄戦を取り上げた作品はいろいろあると思うが、本作は14歳の学徒兵の目を通して、ミクロの視点から、悲惨極まりない体験を描いている。
昭和25年3月25日、沖縄の全中等学校の3、4、5年生は正規の陸軍兵として召集された。
主人公の比嘉真一は、小柄で下級生にも引け目を感じてきたが、やっと一人前の資格が認められたと優越感を抱く。
砲兵隊に配属された真一だったが、任務は壕掘り、炊事、負傷兵搬送、食糧徴集など雑役ばかり。命をかけて、敵を撃滅させることに従事させてもらえない淋しさを覚えながら、「その日」を待っていた。
しかし、戦況は悪化、爆撃、砲弾、火炎放射器、一歩の違いが生と死を分ける戦場に巻き込まれながら、真一は、折り重なる死体の中に身を隠し、敵の目を欺くなど、たくましさを身につけていく。
本書では、3カ月余にわたり、奇跡的に生き延びる真一が見た濃密な体験が延々と書き綴られるが、そこには、悲惨、汚辱、苦痛に溢れる場面がこれでもか表現され、読んでいて、申し訳ないが、「もう、十分」と心の中で叫んでしまった。
降りしきる雨や泥濘、壕内では虱に悩まされ、負傷兵士たちがひしめく。血と膿、さらには蛆がたかり、腐臭が蔓延する。行く手には重なる死体。このような描写が繰り返される。
そんな中で、真一や他の兵隊を支える心の支柱は強烈な義務感と敵の臭いを嗅ぎ分ける本能のみ。
解説には、日本にとっての沖縄戦の戦略的意義について触れられている。
本土防衛のための時間稼ぎを、その尺度とするならば、この専守防衛は95点くらいの価値がある。極めて残酷な解釈だが、一方で、そんな評価をしなければ10万人の戦没者は浮かばれない。
孤立無援の島で絶望的な戦闘を強いられた兵士の無念は想像に余りあるが、生まれて間もない嬰児が死んだ母親の乳をまさぐる姿、壕内で泣く乳飲み子を殺せと命じられる母親、医薬、資材がほとんどない中、看護に従事させられる女学生など、沖縄県民が支払った莫大な代償は、絶対、頭の中から忘れ去せてはならないと改めて思った。 -
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ネタバレ重たい話が多かった。一つの話を読み終えた後にすぐ次の話に進むのが難しく、別の本を読んだりした。読み始めのころは曽野綾子の重い話と通じるような気がしたけれど、それとは違った。
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「鉄橋」生死を天秤にかけただけの男と、まるで違う理由で男の死を考える話
「少女架刑」死の後も静寂ではなかった話
「透明標本」骨標本に取り憑かれた男の話。「少女架刑」と繋がりあり。
「石の微笑」引き込まれていった話。なのだけれど「ここで終わるのか!」という話。その後の姉と曽根がとても気になる。曽根と共に行ったのだろう。人の(というより生きること・死ぬことを意識している女性の?)心をつかむ曽根の力を知りたい。
「星への旅」前の「石の微笑」と同じく引き込まれていった話。死に向かう前の興奮、死の直前の恐怖・緊迫。それらの向こうに圭一の安らぎがあったのか?
「白い道」??? -
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幕末、天然痘対策として種痘を行うことを決意し、生涯を捧げた福井藩の町医者・笠原良策の物語。
何らかの脅威に対して新たな技で立ち向かおうとする際に、必ず現れる障害となる存在。無知からくる恐怖だったり、既得権益にしがみつくものだったり、と時代は変われど同じ事が起こり続けます。
コロナ禍になるまでは、それは言っても過去の出来事で、自分の生きている今ではそんな事起きないだろう、と思っていましたね。
いや、時代が進んでも、科学技術が発達しても、人間の本質というものは変わらないのだな、という結論を得るとは思いもしませんでした。
ワクチンの危険性の是非を云々ではなく、全てワクチンの存在自体を否定するような言説が生まれるとは。
ノイジーマイノリティの所業だとは思っていますが、ノイジーであることがこういう場合は重要だったりするもので。事の是非よりも、声が大きい事が信頼性を得るという、何とも不可解なことが起こるものだなぁ、と思っていたものです。
牛痘は人が牛になるからやらないよ、という理由で接種を拒否したという話もありましたが、マイクロチップ埋め込まれるも似たような事です。
もちろん、全てを盲信するかのような行いは慎むべきで、少なからず自分で判断すべきだとは思います。それが、後から見れば間違っていた選択ということもあるでしょう。その判断に至るまでの思考が大事なのではないか、と感じます。
のっぴきならない状況というのもあるでしょうが、それは例外ということで。
いろんな意味で、コロナ禍は歴史の勉強になりました。良くも悪くも。
学びの大切さ、です。
既得権益にしがみついている輩は論外。物語の舞台は福井藩。松平春嶽という、幕末の四賢侯として知られている君主の元でも、旧態依然な人物が蔓延っているというのが、この物語上における悪の存在の強大さ、根の深さを知らしめます。
どの時代でも人間の本質が変わらないというのであれば、笠原良策のような人も必ずいるはず。そういう人になりたい、というのは今から目指すには遠い場所になって閉まっているので、そういう人の邪魔にならないような人間になりたいです。
学びを続ける事でしょうね。知識でも体験でも交友関係でも。