森博嗣のレビュー一覧
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25 大人たちが支配されている観念が覆ると
こどもたちは大人を見放すことになる。
戦時中は戦う人が偉い、経済成長期は働く人が偉い、
現代は人の絆、友達の輪を大事にする人が偉い、と
価値観が時代ごとに大きく変わっている。
そしてこの価値観が崩壊したとき、こどもたちは
今の世代の大人を信用しなくなるかもしれない。
下の世代と意見が合わなくても、こちらの価値観を
押し付けすぎないように気をつけよう。
31「やっていけない」と「やってはいけない」の
微妙な違いについて。
32「鉄道模型」と「模型飛行機」、前後関係に意味が?
名詞が並んで複合された言葉は、一般に、前の語が
形容で、後ろの語がその本質を示している。
鉄道模型は鉄道ではなく模型、模型飛行機は
空を飛ぶことができるもの。プラモデルなどは
「飛行機模型」である。
33「足して2で割ったような」という形容は、
ほとんどの場合、褒めていない。
優れたものなら、足すだけでいい、
わざわざ2で割るのは二番煎じであったり、
中途半端であるということだ。
この辺りは言葉についてのお話が続いていて、
普段深く考えないことに着目していて面白かった。
41 「ゆるキャラ」とは、何がゆるいのか?
ゆるくなければ「きつキャラ」か?
ゆるいとはなんだ?だいたい、頭がデカくて
とぼけたような顔をしている。
そして日本はサイズにあまりこだわらないのか、
リアルで登場するととにかくでかい。
西洋はリアリティ主義だから、セサミストリートで
デカいのはビッグバードとスナッフルくらいだ、
と書かれていて、スナッフル?と思って検索したら
マンモスみたいなのが出てきて、うげっ、となった笑
これは、確かにゆるキャラには入らないな。
50 小学生の頃、「漢字って感じ悪いやつだな」
と心底思っていた。
漢字は読み方がさまざまで、法則が見出せない。
書き順も何の意味があるのか、
送り仮名も意味不明で、現在はルールが変わり、
僕が習った当時のものと異なっている。
いちいち辞書を引かなければならないのか、
と途方に暮れ国語から離脱する決意をしたのは四年生。
森さんはよく、国語が苦手な子どもだったと書いていて
その度に、文章を書く仕事がこれだけ出来ているのに?
と不思議に思っていたけど、
出来ない、のではなく納得いかない、ってことかい!
理屈で説明できないことが、嫌いなのかもなあ。
ワープロで文が打てるようになり、苦手な要素が
解消したことで、作家さんになれたのね、と納得。
——
全体的に、言葉に関するお話が多めだった気がする。
着眼点が面白いな〜。
そろそろエッセイシリーズも終わるような雰囲気。
私はまだ未読が12作あるので、
しばらくは大丈夫そう^^ -
Posted by ブクログ
私を操る、見えざる糸とは
Vシリーズの2作品目はミステリ作品にありがちな伝統文化のお家騒動。操り人形の舞台で起こった連続殺人の謎を追いつつも、作品全体に流れる悪魔じみたオカルトの世界観にも触れていた。
作品としてのトリックはシンプルで事件が進むにつれて誰が犯人なのか、どのように犯行に及んだのかは分かり易い。ただこの作品の本質はそこでは無いような気もする。それが最後の一行に込められた「見えざる糸」の種明かしなのかなとも思いつつ、もうここまで来るとそれはどちらかというと読み手を驚かせる衝撃を超えたオカルトとかそちらのゾワっと感の強さを感じてしまった。
登場人物の深掘りも段々とされていく中で未だあまり明らかにならない紅子さんの子ども、そして語られているんだけどなんだか人となりに愛着をもてない元夫の林。ここの要素はS &Mシリーズとの大きな違いのため、このシリーズの核にもなると思いつつ、今はあまり自分の読みにプラスに働いていないため、これからの描写に期待したい。 -
Posted by ブクログ
表紙のきれいな写真に惹かれて手に取りました。
工学博士の著者が、森の中の静かなお家で自分の好きなことだけして過ごす日々と、世の中や人生についての考えなどを語る随筆集。
合理的で共感できる部分もたくさんあった。ちょうど世の中の同調圧力(圧をかけている方は気付いてないけど)に疲れていたので、そんなの知らんがな!やめたらええやん!的な論調は(著者にそんなこと言ってないって怒られそう)スカっとすることもあった。
ただ、そんなに頑なに拒否らなくても…もうちょっと寄り添ってもいいんじゃ?と思う箇所もあり。
でも飼い犬がとても懐いているし、奥様を大切にされてるし、良い人なんだなあと思いました。
小説を書かれたりして多彩な方なんだなあー、と、本書の内容よりも著者の人柄に大いに興味をそそられました。 -
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ネタバレp42-43
11文章を書き写すことが作文ではないように、
人の観察を観察しても意味がない
絵でも文章でも、何故そんなものを描いたのか、という点に作者のオリジナリティがあり、作者の創造力が宿っている。
つまり、人の目を通したものでは、「着眼」という最も大事な行為が抜けている、ということ。
p131
55 好きでやっているわけではない、
ということが理解してもらえないけれど……。
好きとか嫌いとか決めない、が一番僕の状態を示している。
p153
66小説を書く以前に、何冊か本を書いた。
コンピュータと力学に関するものだった。
「AI」と「文系」をテーマにすると良い
コンピュータの本は、すべて理系の学生や技術者向けだったが、これからは文系の人の方がむしろコンピュータは使うはずだ、と考えた。
p174-175
77 「人間」とはどのようなものか。
人間はどこにいるのか。どこから来たのか?
「人」のことを何故「人間」と書くのかというと、これは調べればすぐわかる。もともとは、文字どおり「人の間」の意味であり、社会、世の中という場所の意味だった。ようするに「この世」のことであり、生きているうちは、ここにいる。ここで生きている者が「人間」になったのだ。では、そうでない場所とはどこか? それは天とか地獄とか、いろいろ想像されていたようだ。宗教的な言葉として「人間」があった。
古来の宗教では、だいたい天には神が住んでいて、人は「人間」に住んでいた。山々や海は「人間」ではなく「天」になるから、人が住むところではない。だから、自然の中に人がいる、という感覚はなかったようだ。
日本では、どちらかというと自然の中に人が住んでいる、といったフィーリングが古くからあるように想像するが、日本以外、たとえば中国や欧米などでは、人がいるのは社会、街、つまり都会であって、自然は別世界だと認識されている感じがする。
同エッセイシリーズ13作目。
作家本人も言ってるようにどのエッセイでも同じことを話している。けど、ここ数作で時事関連のテーマも増えてきているし、年末に出すというのがルーチンなので毎年の楽しみにしている人も多そう。
大好きな作家なので計画的に積読状態にしてるけど、もうすでに小説を書くのはほとんど辞めてるっぽいので(引退宣言済み)追いつきそう。これからも大事に読みたいです。
77からだいぶ引用してしまいましたが、この作家の好きなところ、着眼点でもあり、核に近い考え方なのかと想像する。思想や創造力を垣間見る。私が成長したというより森博嗣の微調整によってそう思わされているのかもしれないけど楽しい読書時間でした。 -
Posted by ブクログ
子供のころからの読書体験を綴って、所々に読書についての考えを入れている。したがって、読み物としては面白い。小説家だからであろう、文章もうまい。著者がどのような人物かわかる。ほとんどの物書きは、たくさんの本を読んでいるものだが、著者の森氏はほとんど読んでいないようだ。35歳を過ぎてから読書をする時間が増えたといい、それでも毎月1冊か2冊だという。これには驚いた。
ただし、実践的な読書術、選書術など、何かしらのテクニックを得たいのなら参考になるところはほとんどない。著者の考え方はユニークで、一般化できるものではないからだ。
本で一度読んだことは、ほとんど忘れない。二回読むことはない。一度読めば、もう読む必要がない。読んだら、そのまま捨てる。(p30)
ずっと読まずに持っている本(積読)は1冊もない。(p110)
こういう特殊な人のアドバイスなので、一般人には適用しにくい。
たとえば、「本選びのたった一つの原則」という小見出しに書いてあるのは、「とにかく、本は自分で選べ」ということだけである。「もう本書のテーマはこの一点だけとおもっていただいてもかまわない」(p82-83)と書いている。
世に数多ある読書論・読書術の類は参照せず、あくまでも著者の考えだけで書かれているので、広がりはない。
繰り返しになるが、読書論や読書術としては得るところはない。しかし、エッセイとして読むのであれば、ほかの読書術の本とは一線を画すユニークなものなので、面白い部類に入る。 -
Posted by ブクログ
出先で偶然、殺人事件に遭遇していた前作までと打って変わり、身近な場所で歌詞に擬えた猟奇的連続殺人事件が(またもや密室で)起こるというお話でした。
建築関係の専門用語がちょくちょく登場して、言葉が難しいなぁと思う部分が見受けられます。
とは言っても、相変わらず読みやすい文章なのは変わりありません。
犀川先生の雑談で『コサインカーブを積分するとサインカーブになるね。これが云々かんぬん…※以下省略』みたいな箇所さえ見なかったことにすれば(白目)サクサクと読み進めていけると思います。
一連の犯行をどのように、何故そうしたのか、という犯人当てや謎解き部分は全く分かりませんでした。
海外に出張中だった犀川先生が、西之園君から聞いた話をもとに事件の謎を解いてしまったのは圧巻の一言です。緻密な計画で行われた犯行だけじゃなく、計算外のトラブルによるイレギュラーの事態だったことも言い当てるから、ちょっと怖いくらいでした。今回は完全に安楽椅子探偵だったから余計に凄さが増したように思います。
『英語で言える?』
特に、この犀川先生の台詞が後からめちゃめちゃ効いてました。
どんな意図の質問だったのか、明らかにされたときは鳥肌ものです。あの時点でほとんど分かってたんかぁ~。質問された篠崎先輩の行動原理にはすごく人間味や切なさを感じて、終盤はかなり好感度上がりました。
犀川先生が居ても居なくても、西之園君は相変わらずどんどん事件に首を突っ込んでいきますね。彼女にとって事件に首を突っ込むことは、そこに山があるから登る…みたいなものなんでしょうか?
今回は完全に部外者ですし、事件への関わり方も当然今までと違います。
が、そこは鉄砲玉の西之園君、堂々と死体発見現場に乗り込んでいき(叔父さんのコネを使って)警察から直接、捜査内容を聞き出そうとしたりするわけです。
西之園君のキャラクター性が苦手という方は、もしやこの辺りが原因かなぁと思っています。私自身、彼女が強引に事件へ首を突っ込む場面があまりにも不遜に思えて、読んでいて不快に感じる時があるし、西之園君の介入に三浦刑事が渋い顔をするのも何だか頷けちゃいました。
加えて今回、西之園君が素人探偵にかまけている間、彼女の同級生たちが真剣に製図の課題に取り組んでいる様子が描かれていたので、余計に学業を疎かにして浮ついているような悪印象を受けます。
お嬢様育ちでクラスから浮いているという彼女を分かりやすく、意図的に演出したのかもしれませんが、さすがに心象が悪かったなぁ…。
犀川先生が彼女は大人になった、という発言をしていますが、進路を見据え着実に行動しているクラスメイト達の地に足の付いた様子を見ると、対比が際立っていたせいで、私はそう思えませんでした。
課題提出のために黙々と作業するクラスメイトを傍目に、事件に首を突っ込んで自分の欲を優先していた西之園君は、やっぱり幼稚に映ります。
少女時代から知っている子が、成人して喫煙できる年齢になったのか…っていう、「もうこんなに大きくなったんだねぇ」っていう感慨ならば分かるんですが。
見知った人が事件に巻き込まれたから真相を知りたい、早く犯人を捕まえてほしい、って気持ちは心情的にわからなくはないですけどね。
でもなぁ、暴走気味に意気揚々と警察の前で自分の推理をひけらかして、建築学科を専攻する学生が建築分野の専門知識に関する決定的な矛盾を指摘されて赤っ恥をかく…というシーンは、ほら言わんこっちゃない…と思わずにいられません。
勉強そっちのけで事件に首を突っ込み、挙句に自分の専攻する分野の知識でやらかしてる訳ですから。これに懲りて良いお灸になればいいけど、彼女の辞書に謙虚って言葉は無さそうだな…(笑)。
犀川先生が海外出張中でなければ、彼女の中途半端な推理は恥をかく前に犀川先生によって軽く一蹴されていたでしょうけどね。教授たちは穏やかに諭してくれましたが、犀川先生だったら皮肉の一つくらい言ってたのかなぁ。
この推理の矛盾を指摘されて赤っ恥をかくシーンですが、どんなに西之園君が行動的で賢くても、彼女はこの物語の頭脳ではないと表明されたようなシーンだとも思いました。
自分から事件に関わらない、えらく消極的な犀川先生の代わりに、見聞きして捜査する【機動力】が西之園君なんだろうなぁと、このシリーズの基幹部が今作ではっきり浮かび上がった気がします。
探偵役としての【頭脳】は、圧倒的に犀川先生ですもんね。
良く言えば好奇心旺盛でフッ軽、悪く言うと自己中で出しゃばり…な西之園君。このS&Mシリーズは彼女が事件に首を突っ込み、目と耳になるという役割を担わないと、ストーリーが成り立たないんですね。
犀川先生の推理はマジで凄いんですが、如何せん、彼だけでは推理小説として物語が成立しない(ていうか何も起こらない可能性すらある)から、西之園君レベルの猪突猛進なバディがいて、丁度良くバランスが取れているんだなぁと納得できました。今作は犀川先生が途中不在だったから、その仕組みが更に分かりやすかったんだと思います。
そんな感じで、主人公二人の役割をしっかりと踏まえて読むと、西之園君の暴走を「あんま無茶すんなよ」くらいの、冷静で穏やかな気持ちで受け止められるようになりました(笑)。
今現在、5作目の『封印再度』を既に読み進めていますが、彼女の不遜さを「またかぁ~」と思う一方で、ストーリーの便宜上どうしても必要なものなんだなぁって風に捉えることが出来ています。
事件に首を突っ込みまくる彼女が苦手な方はぜひ、この仕組みでしか物語が成立しないって割り切ると良いかもです。彼女の前世はきっと猟犬です…!
ここまで西之園君に関し、あれこれ辛辣に書き連ねておいてなんですが、彼女の無鉄砲さの根っこにある、非常に強靭な部分は称賛に値すると思っています。
何度痛い目をみても全然懲りない彼女の鬼メンタルって、やっぱり警察官に向いているんじゃないでしょうか。
何回も殺されかけてるのに全く怯まないし、なんだかんだ咄嗟の機転を利かせて最悪の状況を打破してますもんね。前回なんて猟銃で撃たれそうになってるのに、人を庇って犯人引き付けて逃げてますし。
このシリーズ、お嬢様が誰よりも肝っ玉が据わってて根性あるんですよねぇ…。ずば抜けた行動力と頭の回転の速さ、心臓の強さは本当にすごいです(ヒロインだけど属性はヒーローですやん)。
これほどメンタルがタフで、しぶとくて、鋼鉄の心臓と猟犬の魂を持ったお嬢様って他にいないと思います(※褒めてる)。そのド根性さえあれば、きっと犀川先生も粘り勝ちで射止められるはず!頑張れー!
そう言えば今回、犀川先生が学会のホープだと判明しました…!
取れる賞は全部取ってるって凄くないですか。教授になるの嫌がってるの何故よ…(笑)。犀川先生って自己評価低すぎやしません…?
あと国枝助手がめっちゃカッコよかったです。
口数少なくて不愛想だけど、考え方が潔くてすごく男前なんですねぇ。もしかすると彼女がこのシリーズ一番のイケメンかもと思いました。
そして今作でも、作中に哲学的な要素が見受けられましたね。
『どうして人が死ぬと悲しいのか』
『もう二度と会えないという理由、ではない』
『記憶さえ電子的に保存できる。再生できないのは人間の思考だ』
『思考が失われるということが、何故悲しいのだろう』
西之園君が何故だろうと自問する場面が大変印象に残り、すごく考えさせられました。ミステリー小説を読んでいて哲学的な疑問に悩む機会って他ではあまりなくて新鮮です…! -
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孤島の研究所から極地研へと続き、今回はプラネタリウムを有する特殊な形状の建物が物語の舞台になりました。
冒頭で珍しく、犀川先生の方から一緒に行きたい!と言い出したのが意外でした。積極的に行動しないタイプと認識していたのでちょっと驚きです。それだけ天王寺博士という存在が犀川先生にとって特別だったんだろうなぁ…。
建物のモチーフであるオリオンのベルトは肉眼で見つけやすく、天体に詳しくない私にも親しみがあります。三ツ星館の内装を頭の中で想像しながら読むのが楽しかったです。建物の内側に自然や宇宙空間があるという、世界を裏返した逆転の構造が哲学的で印象深いところでした。
天王寺博士の言葉も随分と哲学的だなと感じました。
『見えないものを考えるのが人間の思考なのだ』
『自分の姿が見えなくても、自分の存在を知っている』
…などなど、彼の台詞は数学者というより哲学者的な印象を強く受けます。
博士が何年も地下室に籠っていることを、
『君たちの言葉で言えば防衛だが、私の言葉では侵略だ』
と言っていたのも面白いです。
物事の捉え方(定義)で世界が変わる、というのが今回のお話の重要な要素でもあるので、そのエッセンスが存分に感じられる会話のやり取りが強く印象に残りました。
自分は何かものを考えるとき、どうしても常識という固定観念に囚われてしまいがちです。柔軟で斬新な発想は、そこからはみ出した領域から生まれてくるんでしょうけれど…。なかなか難しいところです。
犀川先生の考え方にも気になったものがありまして、
『何も愛さなければ失うものはない。それが人間の“洗練”というものだと彼は信じたかったのである』
この記述の示すところこそ、犀川先生という人物が他人との距離をどう保つのかを決定づけるものなのかな…などと考えました。
一定の距離を保ち、過剰に心を傾けない…といいますか。
生徒の授業態度も自主性を尊重する(放任とも言えますけど)犀川先生は、明らかに個を重んじるタイプですよね。大らかとも言えるし、無関心とも言える。彼の授業スタイルにも、この考えが根っこにあるんでしょうか。
犀川先生曰く“洗練”と言い表された部分は、人によって別の言葉に置き換えることも出来そうで(私なら諦念と言うかも)、今作に度々登場する『どのように定義するか』っていうテーマと通じるものも感じます。
西之園君は相変わらずの鉄砲玉っぷりでしたが、もうちょっと慎重に!…と思う反面、あの行動力と決断の速さは非常に羨ましいところでもあります。
夜中に外へ飛び出していくシーンは最初「こらこら!」と呆れましたが、あんな場面で咄嗟の機転を利かせた行動は普通できませんよ。足が竦んで動けなくなりそうですもん。凄く勇敢だったけれど、やはりもう少し自重してほしいかな(諏訪野が心配するから)。
彼女がもし男性キャラだったら、叔父さんに勧められて警察官目指している可能性が高かったんではないでしょうか。すごく刑事に向いてそう。
警察と言えば、荻原刑事もなかなか良いキャラしてました(笑)
犯人と犯行手口に関しては全く分かりませんでした。
終盤に向かうにつれ、目まぐるしく更新される登場人物相関図が複雑で、正直ついていけなかったです(汗)。
それにしても、犀川先生はヒントを掴むと一気に事件の全容を解明してしまうから凄いなぁ。 -
Posted by ブクログ
『すべてがFになる』のパンチが強すぎてしまい、どうしても地味な印象を受けますが、密室殺人が行われた手順は緻密で矛盾が無く、犀川先生の説明は「なるほどね~!」と唸らされました。
犀川先生はスロースターターだけれど、確信的なヒントを得た途端、一気に解決まで至ってしまうところが本当に凄いです。
今回も理系の人物が勢揃いするストーリーでしたが、理系の人達って頭が柔らかいんだなぁと一番に感じた部分が、実験における氷の柔らかさ、『強さの縮尺』の概念でした。
地図や図面等に記されている大きさの縮尺(S=1:50とか)には馴染みがあっても、強さも原寸(?)から計算して縮尺を考慮する、ってこと自体が私にはとても新鮮で、大変勉強になりました。
犀川先生が試験をしない教官なのも驚きましたが、理由が如何にもそれっぽくて面白いです。
『問題を解くことがその人間の能力ではない。人間の本当の能力とは、問題を作ること。何が問題なのかを発見することだ。』
この犀川先生の考え方はすごく研究者っぽいし、どんな分野にも通ずるものだとも思います。なぞなぞの問題を解くよりも、問題自体を考えるのは比較にならないくらい頭を使いますもんね。
理系にもタイプが色々あるんだなぁと感じる回でもありました。
西之園君と喜多先生が『主観の中に絶対的な客観性を持つタイプ』なのに対して、犀川先生は『切り替え可能な複数の主観で多角的に物事を捉え、客観視する』…というのが興味深いです。
犀川先生の頭の中は一体どうなっているんだろう……。
こういうところも真賀田四季博士と似ていますね。
喜多先生の、哲学的なものを感じる散らかりっぷりの部屋も気になります(笑)
ヘタに片付けると置いた場所が分からなくなるやつですよね、きっと。混沌の中に独自の秩序があるんだろうなぁ(わかる…!)。
このシリーズを読む前はどうしても、テレビドラマ版の演者さんが頭をチラついてしまい先入観(外見や話し方)が拭えませんでした。
原作を読むうちに大分脳内で補正されていって、今では随分と親しみが湧いてきました。子供の好む食べ物が好きだとか、メールの文面だと一人称が「犀川」になるところとか。仙人っぽい理系の変人…というのが、今のところ私個人の犀川先生像です。※褒めてます
バディの西之園君の印象は、本質が鉄砲玉だと勝手に思っています(後先考えずに、どこへでも単独で乗り込んでいくので…)。
トラブルに巻き込まれても頭の回転の速さで切り抜ける理系の鉄砲玉(実はお嬢)…という認識です。※褒めてます
お話の本筋には関係ありませんが、随所で見られる比喩の表現がすごく可愛らしくて、その都度癒されます。今回は特に、台風が接近していて強風が吹き荒れている場面を描写した一文でニッコリしました。
『窓の外では怪獣が暴れているような大騒ぎである。スチールのサッシが遠慮もなく、がたがたと音を立てていた。風の音は、百人の小学生たちが一斉に笛の練習をしているようにうるさい』
強風が窓ガラスを遠慮なくブッ叩いて、甲高い風切り音がめちゃくちゃ喧しくピューピュー鳴ってる場面がすごく目に浮かびます。
頭を下げて挨拶するときの「ぺこん」っていう擬音も妙に可愛いですよね。
難しい言葉がちょいちょい出てくるから、余計にそう感じるのかもしれませんけど。