森博嗣のレビュー一覧
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北極の深海の底に沈む原子力潜水艦に設置されている人工知能。彼女「オーロラ」とは最近接触が途絶えがちでその理由追求と接触の改善を期待されハギリ博士が交流を試みる。その過程で潜水艦のすぐ横に沈む探索艇が発見され、引き上げられたが乗務員は…。前巻までに人間らしいとは「揺らぎ」の存在が欠かせないとあったが、ではデボラ達やウォーカロンがそれを獲得したら?そもそも獲得する事を望むのか?のある一つの答えが示される。そうきたか!と納得。あまり時間空けずここまで読んだので興奮したけど間空けたら設定忘れて半減しただろうな。一区切りついたように思えるけどまだ先があるんだよね。到達点が予想全くつかない。
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Posted by ブクログ
ネタバレ見開き2ページで100の講義…とあるけど雑談です。
著者がそう書いているので、そういうことです。
各章タイトルは短くしたそうですが、
1.上手くできません、と初心者は言うが、上手いかどうかは二の次。
というタイトル、結構長いような気がしますが、どうでしょう。
もっと長いものもあります。
そして、タイトルの後に1~2行の梗概がついていますから、目次を読めば充分。
と、普通ならなりますが、そこは森博嗣。
最後まできちんと読んで、主旨を正しく把握して、そのレトリックを楽しまないと損です。
私は割と落ち込んでいるときに森博嗣を読むと元気が出ます。
世の中にはいろんな考え方があるのだから、私の落ち込みの原因なんて些細なものだと気づかせてくれるので。
発想の転換、論理の持つ説得力。
彼の主張のすべてに納得しているわけではないけれど、読むとなんだか憑き物が落ちたようにすっきりします。
ああ、読んでよかった。 -
Posted by ブクログ
Wシリーズ3作目。前作で見つかった「遺跡」とその土地の人に対しての調査が始まる。その過程でウォーカロンメーカー側との接触がありそちらから別の遺跡の存在を知らされる。2つの遺跡の繋がりは?あの彼女との関係は?今回学者同士の対話が多くてハギリ博士が生き生きしてる。本来これだけでいきたいだろうにお疲れ様です。感情移入しやすかったので後半の気付きの部分は一緒に興奮してしまった。調査の過程で人間としての条件が提示されているけど進化していく過程で人間はその条件を手放していきウォーカロンは獲得していく。人間という認識は何が元なのか。曖昧さがさらに増し危うい。全てはあの彼女が敷いたレールの上を進んでいるのか先が気になる。
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森先生の100の講義シリーズ2冊目になる。今回も面白かった。理系だからなのか、独特な性格だからなのか、近くに居たら確かに少しめんどくさいかもなと思わせる先生の言動がなぜか愛らしいと感じてしまうのは私(だけ)でしょうか?と早速引用したくもなる。
〇メモした箇所
3「才能」について、最も感じるのは、憧れの職種に就けなかった場合、あるいは、ライバルとの競争に負けた場合などに、「相手は才能に恵まれていた、自分には才能がなかった」という具合に諦めるときに、この「才能」は最も効果的に用いられている、ということだ。むしろ、この慰めのために、才能という表現がつくられたようにさえ思われる。
→これだけあやふやで曖昧な言葉に翻弄され続けた前半生だったが、敗者のために、つまりまさにそんな自分の為にあったような言葉だったという皮肉。
5「意識」は高い低いよりも長くコンスタントに持続する意識の方が高価値ではないか。
→高い低いを決めるのは「上から目線」が入ってるかどうかが大きな分かれ目でその「上から」かどうかを決めるのは受け取り手側の相手への評価が基準にある。セクハラかそうでないかが受け取り手側によるに似たり。「低い意識」だとしてもずっと変わらずに持ち続けることのほうが大事という。
7もともとは「できることをしよう」ではなく、「できることを続けよう」だったのではないだろうか。つまり大事なのは「続けよう」の方だった。できる範囲のことをこつこつと積み重ねる手法は、人が成功する王道ともいえる。(中略)この教訓の前半だけが残ったのは、やはり安易なものに流されやすい人の弱みゆえだろう。
→ここでも再び継続の大事さ。才能や意識や環境なども成功の大きな要因のひとつではあろうが、まず何よりも続ける事。それもそんな一年や二年の短期間ではなくとにかくしつこくこれでもかとやり続けたあとで初めてそれ以外の可能性について考えても遅くはないということか。
58→友達が居ない、少ないことは別に恥ずかしいことではないと世間一般でも言われているしもう市民権を得たものとてっきり思っていたが「友達になりたくない」という表現がまだ有効であることを考えるとどうやらそうでもないらしい。いまはまだその過渡期なのだろうか?友達が多い自分には存在する価値があり少ない自分はそうではないと断罪される。これもひとつのマウンティングなのだろう。人が人に対してマウンティングすることそれ自体が寝てない自慢のように恥ずかしいこと、馬鹿にされる世の中の常識として浸透すればその時ようやくその様な物言いも消えるのではないか。
59→「暇」。58「友達」と同じだがこちらの方はまだまだ世間にも浸透していないが「暇」が悪い、忙しいことが善とする価値観が「お忙しいところわざわざすみません」という言い回しにまだ残っているという。確かに歳をとればとるほどに「時間」の価値は上がっていく。だから73「優しさ」を測る基準がどれだけ相手がその人の「時間」を自分にかけてくれたかで測るということは分かるし正しいと思う。それだけ時間の価値は大きい。
だからベーシックインカム早う、して。 -
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ネタバレ収録作品
どちらかが魔女/双頭の鷲の旗の下に/ぶるぶる人形にうってつけの夜/ゲームの国/私の崖はこの夏のアウトライン/卒業文集/恋之坂ナイトグライド/素敵な模型屋さん
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講談社文庫刊、短編集第3弾。
解説が羽海野チカさん(『ハチミツとクローバー』)というのも何とも豪華。
S&Mシリーズ、Vシリーズの登場人物たちが出てくること、しかもそのふたつのシリーズの人間が絡む物語も含まれているという、森博嗣さんの読者ならちょっとした感動を得ることができてしまうこの短編集。
全くそのキャラクタを知らない方でも楽しむことはできるけれど、どうせならそのふたつのシリーズも読みつつ…読んで欲しいかな。
個人的には『素敵な模型屋さん』が懐かしい雰囲気を感じ、優しい気持ちになることができて好き。
どの作品もやはり森さんのカラクリ?があって、ひとつ解けて「ひっかからないぞ!」と思っていても他のところで引っ掛かってしまっていたりで、相変わらず森博嗣さんの手の中でジタバタしている。
でも、それが楽しかったりもする。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ水柿助教授シリーズ第二弾。
まるで、森先生自身のことについての面白エッセイのようだけれど、あくまでも”小説”である…らしい。
ミステリィ作家になり、お金が儲かるようになり…赤裸々に述べられていく生活。
「儲かっている」とちゃんと書いちゃうところが森先生らしい。
須磨子さんともなんだかんだで仲良しで、いつも楽しそうである。
きら~くにきら~くに読める森作品。
本格ミステリ、いつもの森ミステリを期待していると、肩透かしをくらいます。
ラスト、油断しきって読んでいたら、森作品にあるまじき(!)爽やかさで終わり、不覚にもぐっときてしまった。
ずるい。 -
Posted by ブクログ
まず・・・
森博嗣先生は私の一番大好きな作家さんです。
先生の小説、エッセイが私に与えた影響は大きいです。
これは、webにも書かれている森先生の日記。
毎日、庭掃除をし、工作をし・・・時々小説家。
悠々自適の生活。
私は森先生が大好き。
それを前提として・・・
これは、おじいちゃんの愚痴でしょうか?
と思うことも。
もう、隔世、隠居したおじいちゃんが、
世の中を見て、最近の若者(若者に限らないけど)を憂う、という。
そういう構図が見えました。
尖ったことを言わないと「ふつー」だしね。
記憶に残るためには、こういう「尖り」も必要なんでしょう。
常々思うのは、森博嗣先生のエッセイを読んでいて、
私は日々、なんて思考せずに生きているんだ、ということ。
人の思想を読んで、
「ほー」と思うだけでなく、
自分で思考することが大事だと気づかされます。 -
Posted by ブクログ
前作、それから百年シリーズを読んでから間があいている上に、百年シリーズも女王の百年密室以外未履修なせいで、せっかくの「ぞくっとポイント」が、「(ここは多分)ぞくっ(ってなるはずだぞ、私)ポイント」に…悔しい…
それにしても、王子の生体が盗まれた理由、当事者の感情としては複雑なのだろうけど、割とあっさりしていたというか、まあ、理解できる範疇な気がする。
それに対して、人工知能たちの行動動機が、一見論理的で明快なのだけど、その実、難解すぎる…
それは、同民族だと顔の識別ができて、異民族だとできないのと同じように、参照データが少ないからなんだろうか。
それは多分、人工知能側も同じことで、だからこそフレーム問題があるのかな…