井上ひさしのレビュー一覧
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井上ひさしの長篇小説『一週間』を読みました。
『東慶寺花だより』、『モッキンポット師の後始末』、『イソップ株式会社』に続き、井上ひさしの作品です。
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最後の長編小説。
昭和21年、ハバロフスクの収容所。
ある日本人捕虜の、いちばん長い一週間。
『吉里吉里人』に比肩する面白さ!
昭和21年早春、満洲の黒河で極東赤軍の捕虜となった小松修吉は、ハバロフスクの捕虜収容所に移送される。
脱走に失敗した元軍医・入江一郎の手記をまとめるよう命じられた小松は、若き日のレーニンの手紙を入江から秘かに手に入れる。
それは、レーニンの裏切りと革命の堕落を明らかにする、爆弾のような手紙だった……。
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2010年(平成22年)に刊行された井上ひさしの遺作長篇です。
■月曜日
1 ハバロフスクへ
2 日本新聞社
3 食堂の賄い主任
4 哲学者撲殺事件
5 正午
6 昼休み
7 午後の試験
8 Mの噂
9 セザンヌ大画集
10 徐波という店員
11 二つの大事件
■火曜日
1 出張聴取
2 脱走計画
3 スープをすする廃帝
4 入江軍医中尉の脱走談
5 入江軍医の回心
6 痒みの原因
7 レーニンの背信
8 楽園駅で
■水曜日
1 偽脱走記
2 春がきた ヴィスナー・プリシュラー
3 恋文
4 自画像
5 裁判
6 先生の手帳
7 賭け
■木曜日
1 取引き
2 鏡の架かった壁
3 ソーニャ
4 集団銃殺刑
5 賭ける
6 オロチ人の看守
■金曜日
1 ザイツェフ閣下
2 街で一番の仕立屋
3 旧友交歓
4 のこる理由
5 この世でもっとも恐ろしい拷問
6 レーニンの手紙は破かれた
7 逆戻り
■土曜日
1 手紙の値打ち
2 オロチ人の立場
3 待ってるわ ジャッタンドレ
4 屋上楽園
5 剃刀の刃渡り
■日曜日
■小説家井上ひさし最後の傑作 大江健三郎
スパイMの奸計により逮捕され共産党から転向した小松修吉は、Mを追って満洲に渡り、終戦後、捕虜となる… 昭和21年早春、ハバロフスクの日本新聞社に移送された修吉は、脱走に失敗した軍医の手記を書くよう命じられた、、、
面談した軍医は、レーニンの裏切と革命の堕落を明かす手紙を彼に託した… 修吉はこれを切り札にしてたった一人の反乱を始める……。
シベリア抑留の苛酷な現実… 奇想天外な大脱走… スパイMの正体… そして、レーニンの秘密、、、
昭和21年早春の月曜日から日曜日までの一週間の小松修吉の滑稽で奇想天外な権力との闘いを描いた著者の集大成… 遺作にして最高傑作。
面白くてページを捲る手が止まらず、650ページを超える大作でしたが長くは感じなかったですね、、、
入江軍医の脱走劇やレーニンの秘密を巡る攻防等、冒険小説としての愉しさやワクワク感を持ったエンターテイメント要素と史実に基づいたシベリア抑留者の辛く厳しい生活の悲壮感が伝わるノンフィクション要素の両面を併せ持つ作品でした。
印象に残ったのは、シベリア抑留の問題を改めて考えさせられたノンフィクション要素の方かな、、、
多くの兵士たちが酷寒の地で飢えて凍えて死んでいった悲劇の原因は、戦後復興に向けた無償の労働力を得るための無法なソ連の蛮行としか認識してませんでしたが… 食糧難や住宅事情から国内の人口を増やしたくないという背景もあり、ソ連の要求にやすやすと応じた大日本帝国の無責任さや、収容所に軍隊の秩序を持ち込んで自分たちの優位的な立場を継続するだけでなく兵士の食料を巻き上げていた関東軍の参謀や上級将校(しかも彼らは強制労働の対象外…)の身勝手さなど、日本側にも多くの問題があったことに気付かされ、悲しみや怒りを感じましたね。
戦争に負けることや捕虜になることを想定していなかった日本軍が戦時国際法に関して無知だったことも状況を悪化させた要因だったんでしょうね… 井上やすしは、本作品を通じて、それらのことを告発したかったのかもしれませんね、、、
エンターテイメント要素の方は、終盤までハラハラドキドキさせられましたが… 最後は現実的で哀しい結末でした。
この締めくくり方には賛否両論あると思いますが… 個人的には受け入れられる内容だったかな、、、
たった一人でも無慈悲な権力と闘う強さ… 自分も、そんな力を持ちたいと思いました。 -
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井上ひさしの連作時代小説『東慶寺花だより』を読みました。
ここのところ、時代小説が続いています… 井上ひさしの作品は、6~7年前に読んだ『井上ひさしの日本語相談』以来なので久し振りですね。
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江戸の離婚は現代の二倍?
寺の境内に身につけているものを投げ込めば、駆け込みは成立する――。
離婚をのぞみ、寺に駆け込む女たち。
夫婦のもめ事を解きほぐすと現れるのは、経済事情、まさかの思惑、そして人情の切なさ、温かさ。
鎌倉の四季を背景にふっくらと描かれる、笑いと涙の傑作時代連作集。
十年の歳月をかけて書きつむいだ感動の遺作。
著者自身による特別講義を巻末に収録する。
原田眞人監督、大泉洋、満島ひかり出演で『駆込み女と駆出し男』という題で映画化。解説・長部日出雄
<東慶寺にはどんな女性が、何人駆け込んだか。正確にはわかりませんが、江戸後期までに少なくとも3千人と言われています>(井上ひさし「東慶寺とは何だったのか」より)
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1998年(平成10年)から2008年(平成20年)に、文藝春秋が発行する月刊娯楽小説誌『オール讀物』に発表された作品… 女たちの「駆け込み寺」を描く、涙と笑いの人情譚、井上ひさしの遺作となる作品です。
■梅の章ーおせん
■桜の章ーおぎん
■花菖蒲の章ーおきん
■岩莨の章ーおみつ
■花槐の章ー惣右衛門
■柳の章ーおせつ
■蛍袋の章ーおけい
■鬼五加の章ーおこう
■白萩の章ーおはま
■竹の章ー菊次
■石蕗の章ーおゆう
■落陽の章ー珠江
■黄蘗の章ーおゆき
■蓼の章ーおそめ
■薮椿の章ーおゆう
■特別収録 東慶寺とは何だったのか 井上ひさし
■「東慶寺の本棚」
■解説 女性は江戸時代から強かった 長部日出雄
井上ひさしが十年をかけて紡いだ、感動の遺作! 江戸時代、女たちが不幸な結婚から逃れるための「駆け込み寺」であった鎌倉の東慶寺… その門前に建つ御用宿の居候で、戯作者志望の青年・中村信次郎の目を通し、救いを求めて寺に身を寄せる女たちの物語が描かれる、、、
駆け込む理由はどれもこれも一筋縄ではいかなくて… ただ虐げられるばかりではない、怒り、抵抗し、許し、受け入れる。
夫婦のもめ事を解きほぐすと現れるのは、経済事情、まさかの思惑、そして人情の切なさ、温かさ… 名もなき人々の弱さと強さを優しい視線で見つめた井上文学の到達点とも言うべき、静かな感動に満ちた連作短篇集。
駆け込みという言葉から連想される暗さはなく、ほのぼのとした温かい気持ちにさせてもらえる物語でした… 落語の人情噺のような印象の作品でしたね、、、
ミステリ的な要素もあり、駆け込み至った謎を解いていく愉しみもあったし、エピソード毎に鎌倉の四季折々の美しい情景が浮かんでくるような展開も良かったですね… 個人的には、『柳の章ーおせつ』や『蛍袋の章ーおけい』でイイ役どころを演じている仁八そばのトラばあさんが良かったなー
当時の女性は男性に虐げられていたという勝手なイメージがあったのですが、東慶寺へ駆け込んだ女性は三千人と言われており、再婚率は80%だったそうですし、自分で稼いで、自分で生きていく力をもっていて、女性もやられっぱなしじゃなかったようですね… 著者自身による特別講義は、歴史の勉強になりました。 -
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ネタバレ戦争で自分だけが生き残ってしまった娘の心中の葛藤が綺麗に文章によって著されていた。一人二役だが、そうに見えない。麦湯のシーンなど所々に垣間見える、父がこの世に居ないと表現する描写がとても良かった。
1人の娘としての幸せをつかみたいという希望が、父となって現れ、罪悪感に苦しむ娘を幸せに導いていく。しかし、最終的には父が娘との最期の別れのシーンをを語った。死者しか持ち得ない記憶を娘と語るこのシーンから、父は唯の娘の願望の擬人化ではなく、あの日原爆で亡くなった人々の思い出を含んでいたことが分かった。
原爆の苦しみ、取り残されたものの葛藤、死者との別れ様々な物が取り込まれ最後に綺麗に纏まって終わっていた。読み終わった後にとてもスッキリとした。読んで良かった。 -
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最初の方はくだらない作品かと思って読んでいたけど、後半は結構良いことが書かれていた。
人は地位や名誉やお金に恵まれると、本当の自分がわからなくなる。だからブンはそういったものを盗んだと書いてあり、確かにそうだなと思いました。
お金がなくても、良い地位じゃなくても、本来の自分はあるはずで、楽しく日々を送れるはずです。子供の頃の私達がそうであったかのように。社会に出るとどうしてもお金とか地位とか名誉に目がいってしまいます。
30年前にこのような子供も読める小説の中で上記のことが書かれていることに衝撃を受けました。
大人も子供も読むべき本。特に今のこの世の中を生きる人達に読んで欲しいです。 -
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ネタバレ日本語教室
著者:井上ひさし
発行:2011年3月20日
新潮新書
2001年、当時、最も正しい日本語を使う作家とされていた井上ひさしが、母校の上智大学で4回にわたって日本語について講演したものを書き起こしてまとめた新書。軽いタッチで非常に充実した、しかも誰しもが興味津々となる内容でした。
著者が手書きで思いつくままにまとめた現在の日本語成立過程の図は圧巻でした。仙台一高出身の著者、縄文時代の標準語は東北弁だった、と主張。
主格を示す格助詞「は」と「が」の使い分けについても、我々が教えられた常識とは違うことで結論づけていて、誠に勉強になりました。
外来語の問題点
再生、改良、仕立て直し、改築、増築、改装。日本語にはたくさんの意味があるのに一言で「リフォーム」と言ってしまうことが問題。
「イエスかノーか」はだめ
デジタル思考にすぎない。本当はイエスとノーとの間に大事な領域がある。国連の公用語に戦勝国の言葉だけでなく、なぜスペイン語が含まれるか。それはスペインがどちらの立場の国に対しても間に入って大きな貢献をしたから.
理想に一番近い文章を書く人
丸谷才一か、大江健三郎か(でも少し漢字が多い)
言葉の長さ
英語やフランス語で2時間の芝居を日本語に訳すと4,5時間かかる。言葉が母音で終わり、音節の種類が少ないから。
濁る、濁らないの区分け
茶畑の畑は「ばたけ」と濁るが、田畑の畑は「はた」と濁らない。前者は畑がメインだから。つまり、茶の畑だから。田畑は田と畑で同等。「弾きがたり」と「弾きかたる」は、用言と用言が重なるから濁り、用言と体言だと濁らない。
そばの数詞
ざる蕎麦は、更科系が「枚」で、天竜系が「杯」。
「は」と「が」の使い分け
格助詞の「は」について、以前は区別の「は」と言われていたが、大野晋が研究を重ねて結論を出した。
例えば、「おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」
これは区別の「は」ではなくて、既知の旧情報は「は」、未知の新情報を受ける場合は「が」を使っているに過ぎない。未知の情報、おじいさんとおばあさんのことは「が」であり、すでにそれが出てきた既知の旧情報だから柴刈りや洗濯は「は」となる。
日本語の成立
①原縄文語
↓
②前期九州縄文語→琉球縄文語→琉球諸方言
→表日本縄文語→山陽・東海方言
→裏日本縄文語→東北方言
↓
後期九州縄文語 ↓
↓ ↓
③原弥生語=後期九州縄文語+裏日本縄文語+渡来語
↓
弥生語
↓
関西方言
↓(+漢語やラテン語、ポルトガル語など)
官制日本語
↓
現・日本語
↓(+英語)
?語
*つまり、昔は東北弁が標準語だった、その一部が今も出雲地方に残る
後、大野晋「タミール語源説」通りに渡来語が入り、弥生系、関西方言になり、それが広まった
日本語をあてた際の罪
例えば、「ライト」を日本語に訳した時、仏教でいう力ずくで得る利益の意味の「権利」をあててしまったのが過ちだった。西洋では当然の「ライト」が日本ではやましいニュアンスもある「権利」となった。権利を主張するなら義務を果たせ、という風潮が出来てしまった。
標準語とは
東京の山の手言葉だけとは限らない。
例えば、おまわりさんの官制標準語は常陸(ひたち)弁。「○○であります」は山口の言葉。
日本はよい国か?
ボストン大学の社会学者メリー・ホワイトの言葉。
「アメリカはよい国か。イエス。ただし、奴隷制や、先住民族抑圧や、日系人の強制収容や、無差別爆撃や、原子爆弾の投下や、ベトナム戦争がなければの話だが。日本はよい国か。イエス。素晴らしい国である。ただし、台湾・朝鮮の植民地化、満州国のでっち上げ、それからオキナワとアイヌに対する差別、被差別部落、それから在日韓国・朝鮮人に対する抑圧、それから従軍慰安婦問題、そして南京虐殺を除けばだが」
山梨県の奈良田という村、名古屋弁
戸数が50戸ぐらい。「つ」という音が巻き舌になって「トゥ」になる。月見はトゥキミ、狐はキトゥネ。名古屋弁は「え」が「ええー」、「お」が「おおー」になる。だから、「エエービフリャー」となる。 -
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柳田国男の『遠野物語』とどれほど対応しているのかはわからない。
でも、河童や沼の主のウナギが登場したり、馬と人間の娘の恋など、多くの話が下敷きになっているのだろう。
大学を休学し、故郷近くの釜石の国立療養所で働く青年を視点人物に、山で出会った犬伏老人から怪異譚を聞くという設定になっている。
老人はいったい何者なのかという謎解きが、個々の怪異譚をくるむように配される。
老人の体験談として語られるため、東北の嘗めてきたつらい歴史も織り込まれている。
たとえば昭和恐慌で、多くの娘たちが身売りされたこと。
鉱山での恐ろしい労働。
私たち読者は、怪異譚を楽しみつつも、そんな悲しい歴史にも思いをはせることになる。
本作の特徴は、地形が目の前に見えてくるかのような描写だろうか。
昔、地理学を専攻する先輩が、村上春樹を読むと、その土地が目に浮かんでくると言っていた。
へえ、専門家(事実、彼は現在大学の教員になっている)は違うものだなあ、と思ったものだ。
本作は、シロートたる私が読んでも、土地のありさまが想像できた。
これを彼が読んだら、どう読むのだろう?