Posted by ブクログ
2022年01月10日
「昨日の夕方まで、お父さんやお母さんのそばにいたのに、幸子はいま東京の下町の空の下でこの手紙を書いている、本当に夢を見ているみたいです。」
で、始まる就職のため上京した娘が両親に送った手紙。うん、やっぱりええなあ。昭和の育ちの良いお嬢さんは普通にこんな手紙書かはったんはなあ…と思い読み始める。
同...続きを読むじ娘が親友に宛てた手紙
「おみつ、昨夜はお見送りありがとう。……ひとことで言っちまうと私はもう家にいたくないの。おやじとおふくろ、いつも喧嘩ばかりしてるんだ。……」
弟に宛てた手紙
「弘にまで心配かけてごめんなさい。私と社長のことが噂になってしまって……噂は本当です。」
一人の娘が、両親、恩師、親友、弟、愛人へと書いた手紙によって明らかにされる、彼女の真相、その後の運命。これはプロローグの『悪魔』。
その他、一人の女性と彼女の肉親の“出生届”、“死亡届”、“転籍届”、“婚姻届”、“妊娠届出書”、“罹災証明書”、“死産証書”、“家出人捜索願”、“起訴状”など届出ばかりで、綴られる『赤い手』。
家庭環境から逃げるため家出し、女優になる夢と挫折、遺書を“演劇部顧問だった憧れの高校教師”に宛てて書き続けた娘。しかし、その手紙の真相と宛先の真相とは……『シンデレラの死』。
二十五年前の高校生の時から自分のことを一途に思い、未だ独身だという、貿易会社の社長から熱い手紙と高級ブランドプレゼントが何度か届く『泥と雪』。しかし、その相手とは…?
なとなど、12人の人の手紙のやり取りが、それぞれ別の短編となっている。何れも、淡々とした手紙のやり取りや熱い手紙、切迫した手紙のやり取り(または一方通行)の先に、落とし穴、ユーモア、闇、悲哀、虚無、皮肉などが待っている。ミステリーではないが、ミステリーを期待していないのにトリックやどんでん返しがあって面白い。最後にこの12種類の手紙に関係した登場人物たちが集合するミステリーのようになっている。さすが売れっ子脚本家、井上ひさし。