井上ひさしのレビュー一覧
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手紙など書物媒体が使われた短編小説の傑作。
そして小説特有のあざとさを極力排除した作品でもある。結末を違う形に脚色すればもっとドラマティックなストーリーが期待できるのをあえて素っ気なく終わらせる(もちろん意外な結末の作品もある)ことで、その演出により物足りなさよりも現実世界の有り様を淡々と提示する、人生ってこんなモノというリアリティ効果をもたらすことにも成功している。さらに、プロローグと呼応したラストの短編は各短編の主な登場人物たちが一堂に会するという趣向も素晴らしい。
そして最後まで読んで、各短編でのあざとさの排除は、実はエピローグで出てくる登場人物たちのその後を示唆するためだったのがわかる。
手紙(書簡やメモなど)という手間も時間もかかる遺物的伝達手段の特徴を存分に活かした井上ひさしの本作における職人技は、昨今ではあまりもう使えない素材だけに余計味わい深い。
例えば、ある女性の一生を書類だけで表現する「赤い手」や手紙文例集の例文で構成された「玉の輿」など小説の無限大の可能性にも挑戦している。
PS.
DV亭主でも有名だったことは記しておきます。
《ひさしと当時の夫人・好子(麻矢の母)は共に強い個性の持ち主で、互いに妥協することをしなかった。夫婦喧嘩は大変派手で、場所をかまわず「やったらとことん」で、子どもが二人の間に介入することも嫌っており、子どもに対して暴力をふるったことはなかった。当時は家庭内が険悪だったわけではなく、好子はひさしにとって「優秀なプロデューサーであり、マネージャーであった」と石川は記している。執筆でひさしの足がむくむと好子はそれを取るためのマッサージをした。やがて、筆が進まなくなるなどで、ひさしは好子に暴力を振るうようになり、編集者も「好子さん、あと二、三発殴られてください」などと、ひさしの暴力を煽った。殴られて顔が変形しても「忍耐とかそんな感情ではなく、作品を作る一つの過程とでも思っているような迫力で父を支えていた」と石川は記している。》Wikipedia
いや、編集者さん、煽るんじゃぁなく奥さんの代わりにアンタが殴られろよ。 -
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情報小説
三読目。日本SF大賞受賞。
小説全体、たいへん下世話で、下ネタが苦手なひとは読まないほうがいい。とにかく性器、性行を連想させる下ネタばかり。下ネタ大好き中学生ならぐいぐい読める。
ストーリー展開が奔放でめっぽうおもしろい。東北から吉里吉里国が独立するのだが、そのための切札をたくさん控へてゐる。その説明で蘊蓄の渋滞だが、とにかく説得力が高い。おれにでも分離独立できるのではないか、と感じ入ってしまふ。
中巻でケイコ木下が出てきたあたりから、すこしダレてくる。
ところどころ、都合よく進展させるために、古橋といふこの単純な人物造形にしたのだらうと気づいた。
比喩は下手。このころの井上ひさしはまだ途上だったなあ。晩年の『一週間』になるとさすが。 -
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文庫本(三部作)に改訂する前の単行本で読んだ。
読みはじめ、何度も「何でこんなのを読まなければならないのか」の自問に襲われ、エンジンをかけるのに手こずった。
この作品は壮大な構想のもとで、奇想天外・パロディ・下ネタエロ・ダジャレ・ギャグ・ユーモア・類語反対語羅列‥‥冗談のようなノリの文章が延々と続き、常識をひっくり返しまとめ上げたユートピア創造の長編小説である。話題の事柄や背景を克明に説明し作者の洽覧深識をこれでもかと描く。一国独立の法的根拠などいろいろなことをよく調べその描写がとにかく長い。読んでるのが馬鹿らしくなり、ついていくのを止めようと思う。読者の許容範囲の限界ギリギリを挑発し、楽しんでいる作者のしたり顔が目に浮かぶ。いつの間にか独特の異世界に引き込まれ、途中の迷いが嘘のように共和国の応援団になってしまう。国の建て付けや運営のアイデアに共感し、よくこれだけのことを思いつくなと感心する。
全編を貫く作者の思考の破天荒さが伝わってくる。
まさに「正論は大声で言うべからず」である。
中央に対する地方・辺境からの視点、少数民族や方言の価値、権威・権力からの独立、老若男女民衆の力、医学・医療の重要性、直接民主主義の可能性‥‥。
作者の考える理想郷や思想にはまったく同感であり、
振り落とされなくてよかったと思う。
リアルとイマジネーション、深刻と呑気の両極端ではあるが、『レ・ミゼラブル』や『ジャン・クリストフ』『白鯨』など世界の長編文学作品に通じるものを感じる。
東北岩手県の四千二百人の小さな村が吉里吉里国として日本国から独立する話である。標準語の文章にはすべて東北弁のルビがふられ、ズーズー弁の独特な世界を創り出す。藤原三代の埋蔵金4千トンを「金隠し」にして隠し、それを通貨の裏付けにして金本位の国家運営をする。愚人会議という村人10人で構成する移動政府があり、政治経済や教育・農業・軍事・法務等々各省が機能し、小学生から老人までの男女がいろいろな役割を担う。多くの多国籍企業が支店を置き地球規模で注目される。現実社会の問題点を解決する理想的な仕組みで共和国が運営される。
最先端技術の医科大学病院を中枢に据えて、その開発技術を世界中の少数民族独立の武器にする。偶然紛れ込んだ三文作家の目で、驚きながらこの国の成りたちを発見していく。大統領は「タッチ制」で継承することになっており、移動政府の運転手から彼が引き継ぐことになる。日本を中心に諸外国の破壊工作が圧力を増す。
最後の終わり方が鮮やかだ。
少年時代に兄弟や友人達と隠れ家を作り掟を決めてごっこ遊びをした時の興奮や、大学のバリケード封鎖で仲間同士のコンミューンのような生活、その自由と清々しさが彷彿される。権威から独立して仲間で役割を決めて理想郷を作る高揚感である。現実からの隔絶、体制からの自立に興奮し燃えた経験は強烈で決定的な記憶である。
やはり井上ひさしは凄い。この作品はユーモアと揶揄や皮肉は満載だが悲観は皆無で底抜けに明るく爽快で読者に希望の夢を見せてくれる。
読み切ってよかったとつくづく思う。 -
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▼中高生の頃、というと1980年代だったんですが。携帯以前、そして書籍界的には「BOOKOFF以前」だったあの頃、首都圏郊外の小さな「駅前本屋さん」の文庫本コーナーに文字通り日参していました。毎日買うわけではなく、毎日のように文庫本コーナーで、文庫本の「背表紙の紹介文」をとっかえひっかえ読む。割と毎日のように読む。当然ながら同じものを何度も読む。そうやって気になったものをやがて買う。同じような思い出がある人は、この世代には多いはず。
▼そんな時期によく井上ひさしさんを読んでいました。そして、この本はその頃からのお付き合いで、なんだけどなんとなくご縁がなく未読だったグループの一員。幾星霜を経て特段深い意味は無く読んでみました(近所のBOOKOFFで安く売っていたから)。
▼終戦後数年の東京、東北から来た大学生、半自伝的。貧乏暮らし、毎日空腹。食べるがために、悪友たちと、あの手この手の悪だくみ。毎回失敗、抱腹絶倒、今日も夕日が目に染みる…。という青春爆笑小説です。実に井上ひさしさんの得意なゾーン。
▼何より素敵なのが、タイトルになっている「モッキンポット師」。この人は主人公じゃありません。主人公は一人称の大学生含めた三人組。この三人は(井上ひさしさんと同じく)カトリック信者なんです。とはいっても敬虔な信者であるというよりは、恐らく全員が「親とか、そういう理由でなんとなくカトリック」なだけ。そしてモッキンポット師はこの三人が身を寄せるカトリック団体の学生寮の寮長さんである神父さん(イタリア人)。来日歴が長いので、日本語がペラペラなんだけど、それが関西弁である。そしてモッキンポット師は毎回毎回、この三人組の尻ぬぐいに東奔西走させられます(この小説は連作短編です。恐らく月刊誌掲載だったのでは)。
▼このモッキンポット師と、悪だくみ三人組とのやりとりが面白い。「全く神も仏も無いですよ」「仏さんは知らへんけどな、神様はおんなはんで」みたいな。連作短編のはじめ2~3編は、瞠目するオモシロサ。本当に爆笑もので、「これは井上ひさしさんの最高傑作…少なくともAAA級の作品グループに入る」と思いました。「本当に笑える日本のユーモア小説ベストテン」があったら個人的にはランクイン。浅草フランス座事件、などはほんとに息が苦しくなるくらい笑いました。
▼後半はちょっとパワーダウンかな、と。何しろこれだけ爆笑できるオモシロサ、というのは、縦軸のドラマ性とかっていう野暮なものが無いから面白いのであって、「爆笑できる」ということと、「後半終盤まで見事な感動と展開に満ちている」、ということは基本的に矛盾しますからね。 -
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ネタバレ演劇も映画も通ったことがないのに、戯曲から入るのはアリなのか…?と思いながらも読み始めてみたら、やっぱり面白かった
世界でたった2つ、原爆が落とされた地、広島と長崎
今作は広島に住み、原爆ですべての身寄りを失った若い女性、美津江に焦点を当てている。
美津江が親友・父を失った時の記憶を語る場面では、やはり原爆の本当の苦しみは経験した人にしかわからないのだろうなぁと、戦争を自分と遠いものにしてしまいそうになったが、恋に落ちてしまい葛藤する美津江と、そんな美津江を優しく見守りながらも応援する父・竹造の広島弁でのやりとりが温かく、物語に入り込むことができた。
作者あとがきと解説にあるように、竹造とは美津江が自分で作り出した幻像であり、実際は「恋を成就して幸せになりたい美津江」と「生き残った申し訳なさから、自分が幸せになってはいけないと思い込む美津江」の対立を軸に物語が進んでいる。
これは「生きている死者・竹造」との対話なのだ!という解説にももちろん納得したが、答えはとっくに美津江自身の中にあったのだ、とも読めるなと思った。
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離婚を望む女が駆け込む寺での様々な事情を描く短編連作集。駆け込み寺、三行半などの言葉は知っていてもこのような寺が実在することすら知らなかったので、これは作者の創作された設定かもと思うほどよくできている仕組みだなぁと。中盤くらいまでは面白く読み進めたが、後半は話の筋立てにやや無理があったりで長く感じるものもあった。主人公が医者の心得があり、小説を書くという設定かもを活かした章をもっと読みたかった。作中で書いた本は結局どうなったのだろうか。東慶寺とは関係なく主人公の話を読みたい気持ちになる。
巻末の「東慶寺とは何だったのか」も中々興味深く読ませていただきました。やはり女性は働き者で強いですね。 -
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本書は、日本語そのものを学ぼうというのではありません。
井上ひさしが考える、日本語の現状をさらっと把握して、「日本語とはどういう言語か」ということを考える書です。
気になったことは以下です。
・15歳を過ぎるとどんな言葉も覚えることができない
・母語は道具ではない、精神そのものである
・日本は、いつもそうです。世界で一番強い文明を勉強します。中国そして、欧州、戦後はアメリカです。
・日本には、自分の住んでいるところは大したことなくて、優れたものは他にあるという、そういう精神構造はいまだにあります。
・たいへん便利で、大きな文明が入ってくると、そこにもとからあったものはなくなっていって、大きな文明に吸収されていく、言葉も然り
・言葉が自然に消えていくということはありません、必ず何かの、社会的、経済的、政治的圧迫で消えていくのです
・日本語の文法はどこから来たのか。ウラル・アルタイ語族、つまり、トルコ語と、日本語がよく似通っていることから、どうやらウラル山脈あたりから、シベリアを通ってやってきたのではないかということになっています。
・ほんとうに日本語はたいへんですよね。やまとことば、漢語と、外来語の3つを覚えなければなりません。
・日本語の音韻体系は簡単で完結で、非常な合理性をもっています。五十音図を思い出してください。あれで日本語の音全部を云いつくしているわけですからすごい
・近代国家にとって必要なものは、少なくとも3つある。貨幣制度、軍隊制度、そして、言葉の統一です
・いずれにせよ、明治国家は言語を統一しようとして、標準語をつくろうとしました
・逆にいうと、まだまだ日本語は完成されていないのです、また、そもそも日本語というものがあること自体おかしいともいえます
・日本語では音節が子音で終わることはありません、かならず母音で終わります
・日本人にはもう文法は必要ない
・一般に「口語文法」というときの「文法」というのは、だれか整理し組織立てたものなのか、わからない。これはつまり、私たちひとりひとりそれぞれの文法があるということです
・私たちは日本語の文法を勉強する必要はないのです、無意識のうちにいつのまにか文法を身につけていますから。
目次
はじめに
第1講 日本語はいまどうなっているのか
第2講 日本語はどうつくられたのか
第3講 日本語はどのように話されるのか
第4講 日本語はどのように表現されるのか
井上ひさし著書・単行本目録(抄)
ISBN:9784106104107
出版社:新潮社
判型:新書
ページ数:192ページ
定価:720円(本体)
発売日:2012年04月10日 14刷