井上ひさしのレビュー一覧
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遠野近在の国立療養所でアルバイトをしている“ぼく”は、その山中に住む犬伏老人に出会う。老人は“ぼく”に、遠野に伝わる奇天烈な話の数々を語って聞かせた。柳田國男の名著「遠野物語」を井上ひさし氏が新釈したもう一つの「遠野物語」。
話し上手な犬伏老人のインチキ話の数々に、誇大癖のある“ぼく”は当初疑心暗鬼になりながらも暇つぶしと思って話を聞き入るが、しだいに“ぼく”は老人に次の話を乞い始める。老人が語る9つの話は、木々や動物といった遠野の美しい自然を背景に今も昔も変わらない人間の滑稽な姿を浮彫にする。印象的だったのは「雉子娘」「笛吹峠の話売り」、そして最後の「狐穴」。
後悔先に立たずなオチはどれも秀逸で、読んでいる方は自分自身も話の登場人物のようにラストで途方に暮れるが、それがまた不思議と心地いい。「やられた」の一言。 -
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誇大癖のある"ぼく"と、語り部である
いんちき臭い犬伏老人が「遠野物語」の序文に
なぞらえつつ紹介され、つるりと始まる物語。
山の緑の稜線に重なる白い夏雲。
世界が反転するような不思議で美しい
桜の花びらほどの大きな雪の舞う景色。
美しい描写にうっとりしながら、
老人の話す怪異に夢中になりページをめくると、
それはいつしか艶っぽい話、悲しい恋の話、
残酷な話、悲しく面妖な話へと様変わりしていく。
本家遠野の話を小さな骨組みとして
話は隆々と肉をつけ、種を知っているはずの
手品が鮮やかに趣向が変わり、感嘆し、
最後には井上氏の愉しい試みに口角が上がる。
遠野とどこかしら地続きでありながらも、
延長線上のオマージュに留まらず、
再構築され生まれ変わる遠野。
"ぼく"となった聞き手の私は
犬伏老人の話を心の底から楽しみ魅了される。
見事な筆致にまさしく、どんとはれ!! -
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「日本語」というものに常に向き合ってきた人の言葉がここにはあります。
講義録だからほんとに井上ひさしさんの話を聞いているみたいです。
専門知識ももちろんあります。第4講に出てくる、助詞の「は」と「が」の違いなんかの話はすごく面白かった。
だけど、この本の魅力はそれとは別のところにあるのかなって思います。
それは、この講義の中に井上ひさしさんの「日本語」や「日本人」や「人間」に対する思いがあふれていることだと思います。
こんな人がいてくれる。
危機感を持って話をしてくれる。
そしてそれは、やさしくてあったかい。
名講義だなって思います。
直接聞きたかったな。 -
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読み終わった日が、ソチ五輪の開会式。かの日のソ連と今日のロシアでは大きく異なるのは承知。あの頃、ソ連がなくなるなんて思ってもいなかったなあと感慨。大きくなりすぎた国のひずみと、それを塗りこめる強引な手法は、現代の隣国を見るに必然なのか。その適応力と厚顔無恥は、小さな島国に閉じこもる我々には見習うべきなのかもしれない。ただし作中では、当時の日本の愚かさが繰り返し語られ、公平さにおいて抜群のバランスを保つ。著者の見識の賜物だろう。
理想主義な自己中男はどうなろうが知ったことかと思うのだが、周囲の人物たちが魅力的で、その運命にはらはらさせられる。教養に裏打ちされた、極上のエンターテイメント。 -
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"きみは世界でたったひとり、だれともとりかえがきかない。
だから、だいじ。
一人ひとり、みんなだいじなのです。"
"広い宇宙のなかで、生物がすめる星が、いったいいくつあるでしょう。
その数少ない星のひとつである地球で、たくさんの試練のつみかさねから人間が生まれました。
まさに、きせきです。
その人間一人ひとりを、かけがえのないそんざいとして、たいせつにする社会。
それをいちばんだいじにしていこう、というのが日本の「けんぽう」なのです。
この絵本は、井上ひさしさんが、生前、実際に小学生に日本の憲法について数度にわたってお話されたことを基に作られたものです。
井上ひさしさんの言っていることは、理想にすぎないと笑う人もいるかもしれない。
実際、人間は武力を持たずにはいられないし、そうでなければ発展もない、という人もいるかもしれない。
でも、日本は太平洋戦争を経験し、2度の原子爆弾を落とされ、たくさんの命が犠牲になりました。生き残った人も大切な人を戦争でなくし、辛く悲しい思いをしました。
その上で、作られた日本の憲法。
武力は持たないと宣言し、それを国の1番の大きな決まりとして掲げた日本は、すごいと思う。
改正するのは簡単なことかもしれないけれど、簡単に変えてはいけないと思う。 -
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井上ひさしさんが、日本国憲法の前文、そして9条を「日本の国のかたち」として、いわさきちひろさんの絵と共に、子どもにもわかるような言葉で解説しているこの著者。書かれているのは簡単な言葉で書かれた憲法の前文と9条条文なのに、なぜか胸がじーんとして涙が出そうになってしまったと言ったら、信じてもらえないかもしれない。けれど、この憲法の持つ大きな希望、そして、それを子供たちに心から真摯に伝えようとするそのことは、井上氏の切実で大きな願いとして心に響いた。
小学校の社会の授業で、日本は武力を持たない、戦争をしないという国の大きな決まりを持っていると習ったときに、なんて当たり前のことを謳っているんだろうと思った。戦争で沢山の人がなくなって、国が焼け野原になって、原子爆弾まで落とされて…それでもまだ戦争をするなんて考えられないと思ったから。
でも、世界で武力を持たないと宣言している国など日本以外のどこにもないとしって、そのことを大きく国の決まりとして掲げているこの日本ってすごいんだと思った。
井上氏も繰り返し述べていたけれど、武力を持たず、基本的人権を尊び、問題は話し合いで解決する、ということを定めたこの憲法は本当に旧くなってしまったのだろうか?それどころか、他のどこの国にも定めていないこの国のかたちは、まだまだ新しいものなんではないだろうか?
最高裁で違憲判断がでた選挙区の問題。実際は違憲状態のまま、この国の政治が行われてる。日本の進むべき道が曖昧なのも、違憲状態を放置してしまうそのことにすごく大きな問題があるのではないかと思えてならない。
もう少し娘たちが大きくなったら、必ず一緒にこの本を読みたいなと思う。 -
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以前読んだ「日本語教室」に紹介されていたので読んでみました。
1981年の作品のため、少し内容は古いですが、
日本語の文法について、過去の研究者の言葉を引用したり、
当時の雑誌より言葉を抜粋して、現在の日本語の使い方について
様々な観点から分析しています。
その当時の日本語文法の進化について悲観的というよりは、
従来の歴史ある日本語の使い方を整理した政治に
文句を言っている感じを受けます。
まあその整理された日本語を勉強してしまった自分には
現在の使い方の方がしっくりきますが、
助詞や形容詞等の文法から敬語や外来語、漢字や、
句読点などについて筆者の分析を交えて色々書き綴られています。
筆者の会話調な文体が、本書を非常に読みやすくしています。
非常に勉強になります。 -
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各章が10頁足らずと短く、衒わない平易な文体のため取っ付きやすい。自宅でじっくり腰を据えてというよりは、移動中のバスや電車で読むに適した軽やかな文庫である。
中でも「振仮名損得勘定(ルビはそんかとくかをかんがえる)」の章が面白い。他章は「もとよりこれは筆者の偏見にちがいないと思われるのであるが。」「めったなことはいえぬ。」「こういう先達にはつくづく頭が下がる。」といった、筆者の立場を断言しない中立寄りの濁しで締めたものがほとんどであるが、この章は「大衆化だの、合理化だのという言葉に浮かれていてはならないと思う。」というはっきりした意見が述べられており、それがたいそう印象的だった。 -
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日本語の事を考え続けた著者が、母校、上智大学で行った「日本語教室」の講義を再現したもの。
印象的なのは「母語」の話。
「母国語」ではなく「母語」
「母国語」は自分が生まれた国で使われている言葉だが、「母語」は母親や愛情をもって世話してくれる人々から聞いた言葉のこと。
日本で生まれたとしても「母語」は日本語ではなく、関西弁、東北弁という事になる。
そして、「母語」は「道具」ではなく「精神」そのもの。
この「母語」をベースに第二言語、第三言語を習得していく事になる。そして、その「母語」以内でしか別の言語は覚えられない。
つまり、外国語を覚えるためには「母語」がきっちり話せなくてはならない。
このあたり、子供への英語の早期教育を主張している人達に聞かせてあげたい。
ところで、本書のように「日本語」をテーマにした場合、「日本語の乱れがひどい」と嘆いたり、警鐘を鳴らす、という事になりがちだが、著者は「美しい日本語」などありえないとバッサリ。
方言が入っていようがどうしようが、ものを正確に表現する、自分の気持ちを正確に相手に伝えられる、相手の言うことがちゃんと分かる、そういう言葉を使っていく事の方が大切だ、と著者は言う。
読んだ本の感想を書くようになった理由が
「仕事に関するメールの文章があまりにもわかりにくかったために、翻って、自分の書いている文章が分かりやすいか心配になり、普段から、ある程度まとまった文章を書く練習をしておこう」
と考えたため。
それだけに、こういう事を言われると、この文章自体が自分の考えを正確に、分かりやすく表現できているか心配になる。
また「日本語礼賛」に陥っていない点もいい。
それどころか、完璧な国などない。どこかで必ず間違いをやらかす。その間違いに自分で気付いて、自分の力で必死に苦しみながら乗り越えていく国民には未来があるが、過ちを隠し続ける国民には未来はない、と言っている。
このように書くと、本書に対して、堅苦しい印象を受けるかもしれないが、講義の時の語りかける口調のままのため、読みやすい。
むしろ、ところどころに著者のユーモアも顔を出す。
著者の「座右の銘」は「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」だったらしい。
本書も正にこのことを実践しているかのような内容だった。
ところで、先の「美しい日本語などありえない」という話も含めて、どこかの国の、選挙を経なければなれない職種の人々に聞かせてあげたい。
ある面、作家以上に言葉を駆使しなければいけない人達の言語能力、大丈夫だろうか。 -
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「遠野物語」は柳田国男が佐々木鏡石から聞いた遠野地方にまつわる民話・伝説を集めたもの。
本書は、その「遠野物語」にインスパイアされた物語。
「犬伏」という名の老人から聞いた物語を「ぼく」が書きとめた、という設定。
「遠野物語」は語る側も聞く側も誠実な人物だったが、「新釈遠野物語」では語る側は、いんちき臭く、聞く側は誇張癖がある、という事になっている。
犬伏老人が語る物語は、山の民、動物、妖怪、人間が対等な立場で関わりあう。全て犬伏老人が関わった話ばかりで、なぜ、こんなに怪異に関わるのか、とツッコミを入れたくなるほどだが、それは最後の物語で全て分かる趣向になっている。
怪異の物語ではあるが、どこか懐かしい感じもする。
夏祭りの夜、人通りの少ない裏通りに入ってしまったような、
すぐ近くに「普通」の世界があるにも関わらず、少しだけ異なる「異世界」に踏み込んでしまったような、
「大人向け日本昔話」
と言ってしまってもいいかもしれない。