井上ひさしのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ下巻に入り、更にテンポアップ。面白さにグイグイのめり込む。吉里吉里国の独立の戦略である、医療立国、金の隠し場所に迫る。
相変わらずの言葉遊びと、荒唐無稽のストーリーだが、段々と中毒になってきた様に面白いと感じる。
そして、一気に物語はラストのクライマックスへ。
ラストで、この物語を紡いできた記録者がキリキリ善兵衛であり、百姓どもに朝が訪れることを待ち望んでいたことが明らかにされ、この物語が、百姓の解放を通底とした独立物語であるというテーマが浮き上がってくる。
ここで言う百姓が朝を迎えるというテーマは、現代消費社会、国際分業といったシステムから降りて、自給自足をしながら文化を守り医療を享受し独立して生きていくという、自然資本によって生きるローカリズム宣言や、半農半X、ダウンシフターズの生き方に通じるものだと気がつかされる。バブル期前の昭和56年時点で、2020年現在、走りとして動きはじめた自然資本、ローカリズム宣言、ダウンシフターズといった運動の主題を、吉里吉里国独立物語として描き出した作者の力量に唖然とする。そして、ラストまで、そうした消費社会システムからの解放、自然資本に則った定常社会の実現を目指すという主題を感じさせずにエログロナンセンスの装いで娯楽小説として描き出したことも驚愕。
喜劇として描かれてきたこの物語が、吉里吉里国独立の失敗、自然資本に基づく定常社会の確立という挑戦の失敗、すなわち、百姓が朝を迎えられなかったという悲劇に終わったことを、とても残念に思う。
喜劇が、悲劇やシリアスを描き出したというところで、岡本喜八の喜劇を見たような満足感を味わえた。
上巻で辞めずに、読み切って良かった! -
Posted by ブクログ
井上ひさしさんも、亡くなられてから10年。(佐野洋子さんと同じく)
最初から、最後の松山巌さんの〆の解説文「中継走者としての読書」まで面白かった。
読んで良かった。
多分これから何度も何度も読み返すことになるだろうな。
それにしても、東日本大震災の前にお亡くなりになったとは思えないほど、“今”を言い当てていてコワイくらい。
❖今はもう中古でしか買えないようだけれど、“文化の厚み映すだ大辞典”の紙の辞典の完全版は、是非手に入れたい。
❖早速、購入した本:『見たくない思想的現実を見る』(中古だけど)
❖井上さんの義姉でもあった米原万里さんの本はどれも全部読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
上中下巻と、面白くて一気に読んだ。吉里吉里人を読みながら、日本の内部で吉里吉里国が独立するという設定がイスラム国の比喩のようにも取れたし、また『横浜駅SF』を思い出しもしたし、あらゆる吉里吉里に関する要素が百科事典的に記されている様はメルヴィルの『白鯨』のようでもある。それにしても、日本で『白鯨』のような大きな物語を持った古典に『吉里吉里人』が相当すると考える人はあまり多くないかもしれない。国の内部で国としての独立を立ち上げる視点は大江健三郎の『芽むしり仔撃ち』そのものだし、日本は日本国内での独立、地方の自立をカノンとして持っているというのは、英文学やフランス文学にはあまりない特徴のように感じる。
-
Posted by ブクログ
上中下巻と、面白くて一気に読んだ。吉里吉里人を読みながら、日本の内部で吉里吉里国が独立するという設定がイスラム国の比喩のようにも取れたし、また『横浜駅SF』を思い出しもしたし、あらゆる吉里吉里に関する要素が百科事典的に記されている様はメルヴィルの『白鯨』のようでもある。それにしても、日本で『白鯨』のような大きな物語を持った古典に『吉里吉里人』が相当すると考える人はあまり多くないかもしれない。国の内部で国としての独立を立ち上げる視点は大江健三郎の『芽むしり仔撃ち』そのものだし、日本は日本国内での独立、地方の自立をカノンとして持っているというのは、英文学やフランス文学にはあまりない特徴のように感じる。
-
Posted by ブクログ
上中下巻と、面白くて一気に読んだ。吉里吉里人を読みながら、日本の内部で吉里吉里国が独立するという設定がイスラム国の比喩のようにも取れたし、また『横浜駅SF』を思い出しもしたし、あらゆる吉里吉里に関する要素が百科事典的に記されている様はメルヴィルの『白鯨』のようでもある。それにしても、日本で『白鯨』のような大きな物語を持った古典に『吉里吉里人』が相当すると考える人はあまり多くないかもしれない。国の内部で国としての独立を立ち上げる視点は大江健三郎の『芽むしり仔撃ち』そのものだし、日本は日本国内での独立、地方の自立をカノンとして持っているというのは、英文学やフランス文学にはあまりない特徴のように感じる。
-
Posted by ブクログ
教会の孤児院を舞台にした短編3作。
高校に入学するため、孤児院に入った利雄は、同室に割り当てられた高校生の昌吉に目をつけられる。昌吉から何かと「しごき」を受けていた利雄であったが、昌吉は突然「丸木舟で川下りをしろ」と言い始め…。
いじめられ、しごかれる表現が最後の作品を除いてずっと続き、それはほとんど救われないため、非常に読んでいて辛い作品群であるが、その重圧が読者を引き込んでいく。最近の作家か編集者かは知らないが、重苦しい雰囲気をなるべく短く終わらせようという傾向が強く、重苦しいものを重苦しいまま描くということができているのは、重松清くらいではないのか。
それはさておき、電車の中で読んでいて、久しぶりにふっと周りの音が聞こえなくなり、時間感覚の失われた作品であった。古い時代であり、今ではありえないし、自分の体験と全く違うストーリーに、ここまで没頭することは珍しい。
決して実際の話ではないとおもうのだが、迫真に迫る筆致は、井上ひさしの文章の魅力であろう。子供向けのおちゃらけた井上ひさししか読んでいない人には、ぜひともおすすめしたい1冊である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ母に薦められて読んだ本。
全く何の知識もなく読み始めて、まえがきで原爆のことなのだとわかり、覚悟して読む。
読みながら、思いがけず3.11の津波のことを考えた。津波の後、この作品の父と娘の別れの回想と同じような体験談を読み、胸がえぐられた。全編通して、とても辛いのだけど、父の思いが前を向いていて、救いがある。
原爆の資料集めやその際の言論が占領軍によってコントロールされていたのは知っていたけど、民間人がひしひしと感じ、そして話せない沈黙の中でどれだけのものが失われ続けただろうと考えると、やるせないし、また、原爆被害にあったものの子孫として、自分のこれだけの距離感はこの「話せない」「話さない」ことに根をもつものであり、そうであるならば、辛くても積極的にもっと読み、次につないでいかなければならないと感じた。
「太陽二つをすぐそこに1、2秒」という原爆の描写は、子どもにもわかる描写でシンプルに、だからこそ恐ろしい。この小さな劇は私の中でずっと生き続ける。
薦めてくれた母に感謝。