内田樹のレビュー一覧
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武田鉄矢氏のラジオでの紹介で知り読み始めました。
当たり前に日常を生きていたら絶対にぶつからない世界。「何かが違う」違和感を持ち続けている人達へのメッセージ。勝ち負けで一喜一憂する事よりも深いことでしょう。名人伝の別のバージョン、あるいは解説書ともとれます。
キマイラの頁では大相撲をの取組を想像しました。相対して勝ち負けを競っているのではない。行司、審判、観客も含めての一つの'大相撲'になるのだと。立会いから決まり手までの流れが石火の機、啐啄の機であるのでしょう。それはアマチュアの自分有利に立とうとする立会いの相撲とは質を異にする。かつての落語家が落研出身者を弟子にとりたがらなかったのも分かります。
著者も書かれているように'するめ'のように何度も噛みごたえのある良書だと感じました。 -
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昨夜は 眠れなかったので、そうだそうだ。
内田樹の本があった とおもって、
『疲れすぎて眠れない夜のために』をてにとって読み始めた。
眠れるための ことが書いてあるかとおもったら、
そうでなくて 『疲れすぎないように どうするか』が
書かれていた。なるほど。
疲れなければいいわけだ。
でも、元気だったら、よけい眠れないじゃないか
と思ったりした。
小さくはあるが確固とした幸せ。
ほっかりした 幸せ を 行動規範にしたほうがいいと良い
というおすすめ だった。
ワンランク 上では なく ワンランク 下でいいよ。
無限の可能性があっても、可能性は有限だから、
目標の適正と優先順位をつけて我慢しなさい とか。
『ああ、へばった。』と正直に 申告しよう。
ふむ。そうだね。私も 最近疲れたので 休もうとしているのに
ちょうどいいや。疲れた時には 疲れたと言おう。
どっこらしょっと。
『人々が自分の幸福を利己的に追求すれば、結果的には必ず自分を含む共同体全体の福利を配慮しなければならない。』
利己的と利他的は対立するものではなく、
利己的を追求すれば 利他的にもなるはずなのだが
なぜ、そうならないのかといえば、
利己的になりきれていないからだ。ということなのかな。
『不愉快な人間関係に耐える能力』を持っても、意味があるのか。
それは 有害であり、命を縮めるだけだ。
我慢することも意味がないよね。
耐えることが 自分の存在証明であるはずがない。
嫌いなものは 嫌いだと言えばいい。
女性のサクセスモデルが アメリカ基準を導入しているので
苦しくなるのだ。
100メートル競走を、90メートルのところからスタートする人と競争して勝つわけない。
無理なところに自分の目標を設定しても意味がない。
覇気がない。野心がない。
男性が仕事に命を削って働くことの意味 にたいする
女性的価値・対抗軸、批評的位置。バランサー。
『そんなことどうでもいいじゃないの』
『それよりもっとおいしい物をたべてほっこりしましょうよ』
価値の一元化、男性的価値観への統合。
『女性で初めて』とかいう『歴史的使命』
そういう上昇志向が間尺にあわないと思うようになっている。
日本は 恥の文化。
『人様には見せられないざま』
『世間には顔向けできない。』
『はしたないこと』『さもしいこと』
神様が見ているのではなく、自分の中の『人』がみている。
他人の眼で判断しているのではない。
まぁ。無理したり 我慢したり するのは
疲れちゃうからね。疲れない生き方をしてよいのだよ。 -
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釈徹宗さんの解説を交えながらの大阪、京都、奈良の聖地を巡る旅。イスラエルが3つの宗教の聖地であるように、古来から「聖なる場所」というのは人類が共通して感じられる「何か大きな力」を感じられる場所なのだろう。現代人はその力を感じ取る能力が衰えてきているのではないか。自分の足で歩いたり、自然の空気や土や草木にふれたりする機会を失いがちな都会人はなおさらだ。そうして我々はいつしか「聖地」の存在を忘れ、気付かぬようになり、蔑ろにしてしまう。今回の旅では大阪はその傾向が激しく、京都は観光化しながらもさすがによく保っており、奈良(東大寺周辺でなく南部大和地方)は未だ開発されずに素朴で野性的なまま残っているという。もっとも心惹かれるのは奈良。行ってみたい。その霊性を感じてみたい。
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内田センセイ経済人にきもちよくケンカ売りまくりでやべえー!!となる一冊でした(笑)そんな軽々なテンションではしゃいでいる場合ではないと思いますが(笑)
日経を読んでると、内田センセイの言っていること全てが正しい訳ではないのだと思えますし(経済人は自己の利益のために仕事をするという前提があるようですが、実際には世のため人のためと思ってやっている方も確かにいるし、お題目ではなくそれが規範とされている、と信じたい)、しかし人文学者としてこの視点から熱く警鐘を鳴らし続ける人が必要な事態だというのも強く感じます。まえがきに「もう二度と依頼が来なくなるくらい過激に」(笑)とあるので、そのくらいのラディカルさ(この言葉聞くとウチダ節って感じがします)でもって語っているのだと思います。言いすぎなくらいで。
問題の内容は、政治が経済に肩入れしすぎている、グローバル企業の言いなりになっているので危険だ、というような主題かと思います。国家の寿命を考えた場合、政治は百年先を見据えるべきなのに、寿命が5年ほどの株式会社の考え方に同調してしまっている。国民国家というシステムが崩壊に向かっている。(下村治の「国民経済」の概念も崩壊している)ということに内田センセイ警鐘鳴らしまくりでした。
まだ半分、贈与経済のはじまりの辺りまでしか読んでいません。
同じことを簡単な言葉で何度も言ってくれるので、あいかわらずバカにもよくわかってありがたいです。
情理を尽くしてリーダブルな文章で伝える。その書く技術が、なにより素晴らしいなあと改めて思いました。 -
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1文芸棚
軽快な語りである。本読書が著者との対話であるというなら、慣れてきた、文体、構成、話の進め方など。取り扱いの本は、軽い内容ではないと思うのだが、分かりやすく、扱っている技がある。
2人文棚
じんぶん、ちんぷん、長い文でさっぱり分からず。
3内田棚
自画自賛でも、おもしろい、読んでいない著作が多かった。
4教育棚
歌わざる英雄は何故、教育なのだろう。教えるものなのか?誰かがいわなければ分からないのだろうが、学生向けで分かる教育なのか?
運がいい、という表現がとても気に入った。
学ぶ力中学2年生が対象なのか。まさに好対象な時期ともいえる。これが大学に入ると込み入ってしまうのは何故だろう。
6著作権不明
グーグル、クラウドとネットが発達してきた以上、著作権を保護することは難しい。著者の利用可の考えは、とても好きである。また、中国の著作権に対しての指摘も最もである。擬似著作権についての話は知らなかったこと。「戦敗加算」なるものが敗戦国にいたとは驚きである。アメちゃんの考え方はフェアではない。
ブライアン・ウィルソンの気鬱は心を打つものがあった。 -
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ネタバレ「知性」とはなにかを考えさせ、自らの思考力、判断力を鍛えるための良質なテキストが満載です。
p.25
私たちは知性を計算するとき、その人の「真剣さ」や「情報量」や「現場経験」などというものを勘定に入れない。そうではなくて、その人が自分の知っていることをどれくらい疑っているか、自分が見たものをどれくらい信じていないか、自分の善意に紛れ込んでいる欲望をどれくらい意識化できるか、を基準にして判断する。
p.42
私たちは知性を検証する場合に、ふつう「自己批判能力」を基準にする。自分の無知、偏見、イデオロギー性、邪悪さ、そういったものを勘定に入れてものを考えることができているかどうかを物差しにして、私たちは他人の知性を計算する。自分の博識、公正無視、正義を無謬の前提にしてものを考えている者のことを、私たちは「バカ」と呼んでいいことになっている。 -
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いや~面白かった。
今まで対談の類はたくさん読んできたけど、これほど対談の素晴らしさを伝えている本はないような気がする。
内田氏に関してはすごいことは知っている。ただ、今回の発見は相手役の釈氏である。ここまで内田氏相手に話せる人はいないんじゃないか。
だいたい内田氏がらみの対談を読むと、ほぼみんな相手の人は内田氏のフィールドに引き込まれていく。相手の専門について話をしていても内田氏のロジックとマジックにつられてしまうのである。
しかしこの釈氏は違った。もちろんこの対談のテーマが釈氏にとってはど真ん中ストライクのテーマだということもあろうが、内田ワールドにひきづられながらも、釈ワールドをしっかり提示しているのである。
内田氏相手に「言ってること全然わかんないな~」みたいなことを言ってるところがあったけど、そんなこといえるのもこの人くらいなんじゃないかな~。 -
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内田樹の本は結構読んでいるけど、どれもクオリティのアベレージが高い。
前々から思ってたことだけど、この人の本は読みやすい。結構難解なことを言ってたりすることもあるんだけど、それでも読みやすい。
その答えがこの本に書いてあった。というのも、結局この内田樹という人が心地の良い文章を書いているからだ。
もちろん自分が作文の名手であるというような自画自賛はしていないんだけど、そういったことが暗に示されている。
この人は語彙力も豊富で、硬軟多彩な語を使い分けている。それでいて、その語彙の選択が間違いないのである。これはこの人の読書量の豊富さと共に、センスのよさを物語っている。 -
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自分が やってきたこと してきたことに執着が ある人は 新しい出会い
武運には恵まれない!
生き延びるための知恵と力を高めること
それが武術修行の目的
過ぎたことは もう過ぎたことだから考えても仕方ない。
まだ起きてないことは まだ起きてないんだから考えても仕方ない。
どちらも武道的には禁忌です。
あんなこと、しなければ よかった
こんなことが、起きたら どうしよう
取り越し苦労する人は 想定内 の未来に縛りつけられて、いかなる想定外の事態が起きても、不意を突かれてしまって
対応できない。
想定内の対応なら凡人でも できます。
想定外の ことばが ぱっと出てきたときに
ふさわしい判断が できるように普段から自分を磨いておく。
そこに おそらく武の存在意義が あるのだと思います。 -
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とても示唆にとんだ本だと思う。
ひっかかる言葉がいくつもあって、これからあと数カ月のちにどの言葉がひっかかっているかそれはまだわからない…
というわけで、とりあえず目についた箇所を箇条書きに。
・「おのれの女性性とうまくなじむことができずにいる少女」の魅力
・言語は内側に割れることによって、無限の愉悦と力を生み出す
・『「悪」と戦う』と『晩年』の冒頭部の相似
・「自分の賢さ」をショウオフするよりも、「自分の愚かさ」の成り立ちを公開することの有益性
・映画は「観る」ものではなく、その中を「生きる」もの。映画、音楽は浴びるように。「read」と「scan」というふたつの読み。
・科学的知性は突き詰めれば宗教的になる。私たちは「私たちを超えるもの」を仮定することによってしか成長することができない。
・脳の機能は「出力」を基準にして、そのパフォーマンスが変化する。
・「はさみを渡す」というゲームについて。
・知性の切れ味と愛について
・引き受けてのない憎悪より「バカヤロー」のほうがマシ
・境界をひく人間=やせ我慢の人=隣人愛
・「共同体の若いメンバーたちを市民的に成熟させること」
・物書きは「ニッチ・ビジネス」
・「学びたいのです。先生、教えてください」
・ブライアン・ウィルソンの著作権について(泣きそうになった)
・「自分がその言葉を発しなければ、他に言ってくれる人がいない言葉」だけが発信するに値する言葉である
・「私の言葉は果たして他者に届くだろうか?」
・メタ・メッセージについて
・エリクチュールと生き方はセットになっている
・「私が語るこの言葉は『ぜひあなたには理解してもらいたい』という気持ちを込めて語られる
・真に「古典」という名に値する書物とは、「それが書かれるまで、そのようなものを読みたいと思っている読者がいなかった書物」のことである。「まだ存在しないニーズ」を創り出すこと。
ちっとも「まとめ」にはなっていない。
言葉について…エリクチュールやメタ・メッセージ、それから宛名の話はとてもひっかかったのだけれど、これはたぶん「街場の文体論」に引き継がれるのかな。リーダブルな文章というのは「ぜひあなたに理解してもらいたい」と伝わってくる文章というのが、あぁ、まさになあと。
それから知性を刀にたとえたところは勢いにのって書かれた感じがして、きちんとはわからないんだけど、名文だと思うな。
この本を読んだことで、「知識がついた!」というよりは、もっと素朴な効用があったように思います。それは何かというと…
・もっと謙虚を心がけようと思った
・無知を自覚し、「教えてください」と素直に言えるように
・ぐるぐると愛について考える
・文章を書くうえで、「孤立」をいとわないこと。そのうえで、「私の言葉は届くだろうか」という配慮を怠らないこと。
つくづく「当り前のことを当たり前にやる」というのがいかに大事かということを教えてもらったような気がします。