内田樹のレビュー一覧
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内田さんの教育論は、理想的に過ぎるとか抽象的だと言われかねないなぁ、今の社会では。でも、教育が人を育てる営みである以上は理想がなければいけないし、カタチのないものを作る営みである以上はそれを語る言葉も抽象的なものを選ばざるを得ない。
いまの世の中、特に抽象的なものって嫌われがちな気がする。なんでも具体的でないと相手にされない。でも内田さんの話を読む時は、教育というものの性質に鑑みて、揚げ足取りせずに読んでほしいです。
内田さんの主張することはいつも一貫していますが、この本は講演の書き起こしということで、話し言葉で語られているためとても分かりやすく読みやすいです。
「教育に等価交換はいらない」という主張はいつも通り、他にも「知性の身体性」「アカデミック・ハイ」など、キャッチーなフレーズが出てきて面白いです。
内田さんの入門編にいいかも。 -
Posted by ブクログ
最近受験生の我が息子は、少し遠くの塾に
日曜日の夜間に通っています。(そんなに必死に
受験勉強しているわけではないのですが)
そこで、夫婦も揃って息子を送り届けて
塾が終わるまで二人でスタバに行って2時間
くらい待っています。私はじっくり本を読める時間
なので割と気に入っています。そこで読み終わった
今回のこの本。
川崎の桐光学園高校に様々な
論客(日本のトップクラス)が特別の授業をする
らしいのですがその授業の内容が本になっている内容。
こんな高校生はとても幸せだと思いますが
多分自分が高校生だったときはあまり興味を
覚えなかっただろうなあと思います。
でも、それでもそういうことを言っていた人が
いたなあとかすかに覚えていたり、そのうちの誰かの
話す内容に衝撃を受けたりすることが少ない確立でも
あったら、それって素晴らしいことなのではないかと
思います。
内容的には、とても知的な好奇心や問題提起がなされて
いてとても面白い内容です。おっさんがよんでも
とても勉強になり、感動し、納得し、面白いと
思える本です。
ぜひともいろいろな人に読んでほしいと思います。
やっぱりとりわけ若い人に読んでほしいと思います。
高校生でなくても、大学生や社会人でも。 -
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内田先生と「オニババ化する女たち」の著書で何年か前に物議を巻き起こした⁉︎三砂ちづる先生の対談集です。
内田先生は日本古来の武道の心得と主夫体験から、三砂先生はお産の体験の重要性を説く立場からお二人とも、身体を通して得られる知性、知恵を語ってくれます。これまでのお二人の意図する考えが随所に出てきます。
その中でも‥人間関係で傷つくのは、生命力を奪ってしまうようなタイプの人がそばにいるからとか自分の人間的成長を大事にしていない人、自分を解決できていない人は地位があって仕事をしていても人間として尊敬されない。‥歳の取り方が下手になってきた。無惨な老人が増えている。「枯れ方」がわからない。‥など思い当たるような言葉が満載でうなずきながら読みました。 -
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私が好感をもっている二人の論客の共著だ。ちょっと考えてみれば、二人とも思想や哲学に造詣が深いし、拠点も関西だし、年もほぼ同じなんだから交流がないはずない。そんな二人が「大人のいない国」なんて、これまた(自分のことは棚に上げといて)私が常々、日本に対して思っていることに触れた本が出ているなんて。
いろいろ話題が出ているけど、最も共感したというか身につまされたのは、終章の対談「身体感覚と言葉」で触れていた内田さんいうところの「大人の芸」ってやつ。
内田さんは、これまで結婚式とかでスピーチするとき、気の利いた面白いことを言ってやろうとか思っていたけど、それが嫌になってきたと。葬式でそんなことをする人はいない。型にはまって、そのなかで万感を出せるようになりたいと言う。鷲田さんも、葬式のときに何といいのか迷う、困るみたいなことを言っている。
つい最近、伊藤理佐さんが新聞に書いていたエッセイで、知り合い程度の人との会話で面白いことを言おうとしていたが、あたりさわりのない天気の話くらいがいいのだと気づいたみたいなことを書いていたのを読んで以来、ハタと思い、いろんな場で気の利いたことを言おうとしては、結局玉砕……どころか不発に終わることがままあるわが行動パターンの換えどきを思っていたんだけど、この本でさらにその思いが深まった。
ちなみに、鷲田さんは葬式で「なんと申し上げてよいのやら」としか言えないと釈徹宗さんに話したら、そう言いながら首を縦か横に振ればいいと教えてくれたとか。こんど会葬の機会があったらやってみよう……って想像してみたら、ぜんぜん板についていない気がする。長い時間と経験をかけて磨いていかないとダメそう。 -
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日本人が今取り戻さなければならない霊性というものについて。2部構成になっていて、第一部は、内田先生が相愛大学にての講義です。ここでは、なぜ霊性が必要なのか。それはどのようにして現れ、解されていったのか。それを取り戻すためには、なにをしなければならないのかについて、非常に身近に分かりやすく書かれています。ここだけでも読む価値あると思います。理解できることしか見ない姿勢が変わることを感じています。
第二部は、釈先生が内田先生の寺子屋ゼミにてされた講義内容です。鈴木大拙の「日本的霊性」をテキストに霊性に迫っています。日本的とあるように、日本にはそういったものがすでにあって、そのため仏教やキリスト教も元の宗教と違って日本的なものに変質してしまう、そのからくりが目を覚まさせられます。また、第一部の内田先生の話に振り返っての話もあり、霊性についてさらに深めることができました。
なんとなくわかること。今までは、明確に説明できないので、それを出すことに躊躇し、見えないふりまでしていました。せめて認め、どう付き合っていくのか考えたいと思います。 -
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ネタバレイスラム教、ユダヤ教、キリスト教が広まった土地の背景と考え方の違いなど、なるほどと思うことがたくさん。
荒野の宗教であるイスラム教、ユダヤ教が他者への喜捨を重視するのは、そうしなければ、相手が死んでしまうから、一方でキリスト教は農耕と結びついたので、自分のテリトリーを守ろうとすること、など納得。グローバリズム=「アメリカスタンダード」であり、イスラムという他の文化背景を排除することが、資本主義には都合が良い、という件にはハッとしました。同時に読んでいるエーリッヒ・フロムの「愛するということ」にもこの資本主義的グローバリズムについては同じ観点があり、人間の思想は50年たっても変わっていないということに驚いた。 -
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相変わらずの内田節と、少女漫画大家の対談。オープンソースであることの重要性を始め、なるほどと思わされる内容でした。確かに漫画の界隈だと、カリパクがどうこうとかいう話、聞かないですもんね。だからこそというか、そこに参入する敷居も低くて、若手がどんどん台頭できる、ってのもこの世界の素敵なところですよね。それでふと思い浮かんだのが、日本と欧米の政治家の年齢層の違い。漫画の世界とは逆転してますよね~。もっと若手が参入していけるようになれば、低迷し続ける国家運営も上向くのでは、と思うんですがね。それはともかく、漫画がもっともっと読みたくなりました。
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竹宮惠子と内田樹が「マンガ」をテーマに大いに語る、という夢のような対談本。タイトルはもちろん「風と木の詩」のオマージュ。竹宮先生が自分の主要作品について、裏話も含めてここまで整理して語るのを見たのは初めてで、それだけでもとても衝撃的な内容。また、若き日の竹宮惠子・山岸凉子・萩尾望都が、一緒にヨーロッパ1周旅行をしていた事実が明らかに。(ヨーロッパ旅行の件、内田樹は「少女マンガ史上の決定的事件」と評した。まさに「その時、歴史が動いた」のかもしれない)
本書の後半は、竹宮先生が15年ほど前から精力的に取り組んでいる「マンガ教育」の重要性と難しさの議論に費やされている。漫画家は本質的に「職人」なので、徒弟制度ならともかく、授業料をとって大人数を均等に教育するモデルとは相性が悪い。それでも、デジタル技術の発達などによりマンガ製作環境が急変しており、最低限の基礎を無視したマンガが広まりつつある中で、手塚治虫や石ノ森章太郎らが苦労して築き上げたマンガ製作の基本リテラシー(これを守らないと、マンガがマンガでなくなってしまう最低限の約束事)を明文化・可視化して、若者に伝授したいという強い思いをもって、マンガ学部の教授職を務めてきたことが痛いほど伝わってきた。竹宮先生は、2014年4月から京都精華大学の学長に就任しており、より広く高い視点から、マンガに代表される新しい日本文化の保全と発展に貢献されるのだと確信している。