池波正太郎のレビュー一覧
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十一巻「大坂夏の陣」
子供の頃大坂の陣の順番が夏の陣⇒冬の陣の順番のような気がしていました。あくまでも季節の順番のイメージですが、冬が先ってなんか馴染まないんですよね。
さて。
和議と相成った豊臣と徳川ですが、家康はすぐにでも戦に持ち込み豊臣を滅ぼすように計ります。
豊臣側は「これまでも何とかなってきたのだから、これからも何とかなるのではないだろうか。先のことは希望だけを見ていたい」しかし「何とかなる」ために有益な動きを取らない…という性質のため、幼いころから苦労と忍耐の末生き残った家康にかかればまさに赤子の手を捻るようなもの。
しかし著者はこの強引な開戦に関して家康の言い分も書いています。 -
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第10巻「大阪入城」
徳川と豊臣の橋渡したらんとしていた加藤清正、浅野幸長が亡くなり、いよいよ両家は抜き差しならなくなります。
そして「鐘の文言に呪詛が」という例のいちゃもんで強引に開戦に持ち込む家康。
秀頼の重臣の片桐且元の苦悩が描かれます。
豊臣家の代表として徳川と交渉にあたっていた且元は、「賤ヶ岳七本槍」の一人でありながら、武芸しか知らず政治にも文化にも疎く、豊臣と徳川の間を右往左往するだけ。
大阪城の意思決定は秀頼の母淀殿とその取り巻き立ちで行われます。
希望を信じたい、嫌なものは見たくない、未来の見通しを持って策を練ったりしない、いままで何とかなってきたのだからこれからも何とかな -
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第九巻「二条城」
関ヶ原敗戦後、命を取り留め流刑地紀州で大人しく暮らす真田昌幸・幸村親子。
幸村は子供も増えました。
便宜上この小説では娘二人と息子一人を子供としていますが…もっと沢山いたようですね。暇だったんだろうなあ(苦笑)
さて、作者はこの時代の武将では加藤清正を評価しています。
若いころは武力だけの人だったのが、その後の経験が彼を育てた、知力、交渉力、築城に経済、すべてにおいて才能を磨いていった…と褒めています。
そして加藤清正は、自分こそが豊臣と徳川の橋渡しになると覚悟を持ちます。
豊臣の主は大阪城にいる秀吉の遺児の豊臣秀頼。
作者は「母の淀殿が秀頼が家康に暗殺されるのではない -
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八巻「紀州九度山」
真田昌幸・幸村親子は紀州九度山に流罪になります。
見張り役は、豊臣家五大老も務めた浅野家のため、扱いは決して悪くありません。
さて、私は「豊臣家家臣たちは、家康が豊臣家のために三成と合戦を起こしたと本気で思っているのか?!」と思いましたが…
本気で豊臣家を乗っ取ろうとしているのは石田三成で、徳川家康はそれを排除するために立ち上がったと信じていたようですね…。
そのため、その後わずか数年で家康が将軍になり幕府を開き、驚いたり後悔したりもしますが、こうなったからには家康に従わざるを得ません。
昌幸・幸村親子は、いつか必ず関東(徳川)と大阪(豊臣)には戦が起こると読み、その時 -
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第7巻「関ヶ原」
三成側についた昌幸、幸村親子は上田城に篭ります。
もし三成が勝ったら真田家は豊臣政権の中心に抜擢されるかもしれません。
真田親子は、距離的に三成と家康がぶつかり合う合戦場に行くことはできません。
だから家康の嫡男、徳川秀忠の率いる徳川本体を家康の元に行かせないための時間稼ぎをします。
信幸は徳川側についたので、父のもとに城明渡しの使者として訪れます。
昌幸は安房守、信幸は伊豆守です。
NHKドラマで丹波哲郎さんが渡哲也さんを「ずしゅう(豆州)」「ずしゅうどの(豆州殿)」と呼ぶその呼び方が何とも印象的でその声と口調で頭に浮かびます。
昌幸と幸村親子は知略と武力を尽くして徳 -
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6巻家康東下
秀吉の死後着々と力を付ける徳川家康。
昌幸は秀吉贔屓ですが、ところどころで秀吉の采配に疑問を持つところもありました。
家康に対しては、気に入らないけれどその采配や覚悟に感服するところもあるようです。
上杉景勝と、石田三成はそれぞれ家康を排除しようと動きます。
家康は上杉景勝に対して兵を挙げ、さらにその家康に対して三成が兵を挙げます。
関ヶ原の合戦と言うのは後世から見ると家康楽勝で三成無謀として描かれることもありますが、ここでは家康はかなり決死の決意と大胆かつ綿密な計略をたて己の一心の決意で事の準備を進めていきます。
そして三成は事前にだれにも相談せず己の信念で誰も巻き込まず -
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5巻秀頼誕生
豊臣家に生まれる命と、失われる命。
昌幸は秀吉がお気に入りです。
秀吉の息子の鶴丸君が生まれますが、幼くして亡くなります。
昌幸は「惚れた男の天下は短い」と嘆き、豊臣の天下を諦め、今後は徳川に着くと真田家の意思が一致します。
秀吉の朝鮮出兵は泥沼化。
その数年後にまたしても男児、のちの秀頼が生まれます。
昌幸の秀吉贔屓心がまた首をもたげます。
しかし豊臣家を支えてきた秀吉の弟秀長、秀吉の母なか、秀吉の甥秀勝、秀保が亡くなります。
そして秀吉の跡継ぎとされていた関白秀次の自害。
秀吉はただただ秀頼の行く末に心を痛めますが…豊臣家は内部から崩れかけています。
そして秀吉も衰えて -
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真田家に仕える忍び、壺谷又五郎や、お江の父の出身は甲賀忍者です。
甲賀における忍びのあり方が描かれます。
そして物語では、秀吉に仕えていた甲賀忍びの本家と、家康に仕えていた甲賀忍び分家が手を結びます。
真田忍びのお江は甲賀に深く入り込み、脱出の際に大怪我を負います。
この四巻は、ほぼ全部を掛けてお江さんの甲賀脱出物語です。
天下人豊臣秀吉は朝鮮攻めに出ます。
上杉の人質源二郎信繁は、豊臣秀吉の元に移ります。「どうせ人質ならわしが預かろう」
真田家は海を渡り朝鮮に戦に行くことはないのですが、陣中で真田昌幸は上杉景勝、秀吉の奉行の石田三成からそれぞれ思いやりや義を受け感じ入ります。
…つまり関ヶ -
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豊臣秀吉が天下を取り、対抗するような従うような態度をとれるのは徳川家康のみ。
真田家が領土としている沼田城は、北条氏が所有権を主張し、北条の後ろには徳川、真田の後ろには上杉の構図ができます。
家康は真田家の上田城を攻めさせます。
ここは真田一族の見せ場、知略と武力、綿密な情報収集と豪胆な決断、地の利を生かし徳川の大群と互角以上の戦いを繰り広げます。
まさかの痛手に家康は徳川軍の本体を送り込もうとしますが、すると上杉景勝が真田への援軍をちらつかせ家康を牽制します。景勝の後ろには秀吉の影も見えるので、このままでは豊臣対徳川の代理戦争になりそう、さすがに家康が兵を引きます。
真田家を書く小説のため