太宰治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ太宰治特有の面白さが滲み出ていた文章で読み進む手を止められなかったが、未完なのが唯一残念。
女たらしな男がこれからどんな風にズタボロになりながら愛人達と別れていくのか、今までも面白かったが物語はこれから…!というところで作品は終わっている。
そこで一つ、この後の展開について私が思うことを書くことにする。
まず、水原ケイ子の兄には絶対殴られるであろう。(太宰治の事だ、ここで殴らないで兄と仲良くする展開になるだろうか…それはきっと、ないだろう。)とメタ発言は置いておいて、あの見返りを常に求めるキヌ子が、報酬も何も提示しない状態で助けてくれる訳などまずないだろう。ケイ子を誑かしていたのはあくまで田島だけなのだから、キヌ子が殴られる理由もなし。
また損をする田島が残り8人近くの愛人と別れる時にキヌ子に対してどういう行動をとるのかが太宰治にしか表現できないのが非常に勿体無い。妄想のしようがないのかもしれない…。
そして田島は田舎から妻子を呼び寄せ、幸せな家庭を築こうとしているが果たして本当にこの夢が叶うのだろうか。呼び寄せる、ということは、田島のいる場所に来てもらうということであるが、田島の周りには、愛人の女達10人近く、そしてキヌ子がいるのである。手伝ってやった田島の妻子という絶好の機会をキヌ子が逃すことはあるだろうか?愛人との別れの途中で弱味一つ握れば、それだけで田島を思い通りに動かせるかもしれない。
田島は最初から最後までキヌ子の掌の上で踊らされ、得する事などなく最後は妻子にまでフラれる…こういう展開になるのではないだろうか?
今長々と述べた事は全て私の妄想であるが、他の考えの人もたくさんいるだろうから他のラストを想像している意見も是非読んでみたいと思う。 -
Posted by ブクログ
主人公葉蔵は幼少期から「人間」というものが理解できず恐怖の対象だった。
必死に「道化」を演じながらな何とか世間を乗り越えていくも、東京へ上京するのをキッカケに酒、女関係などに溺れていく。
それは徐々にひどくなり、アルコール依存症、薬物中毒そしてついには「人間失格」へと成り果てる。
死とは生とは、本音とは、人とは世とは…苦悩と葛藤を深く問いかけてくる、日本が誇る文豪「太宰治」の渾身の自伝風小説。
太宰が死ぬ一ヶ月前に書いた「人間失格」。
本人の経験もあり、描写が想像を絶するくらい生々しく重みがある。
けれど、暗くて重々しい物語なのになぜだかするりと読めてしまうのは、さすが太宰の手腕としか言いようがない。
色々なことを問いかけてくれる作品。
まさに日本の永遠の名作。
人生という迷路に迷い込んだ夜に読むべき作品。 -
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難しさ⭐️10!文章ではなかなか読み進めなかったので、中田敦彦YouTubeを見てなんとか読破。衝撃だった文章が「自分はことし、二十七になります。」そんな若さでこんな人生を生きたのかという。最後の写真はどこの場所で撮ったか気になる。人間失格というタイトルから、どういう意味でなぜ失格なのか。その背景がすごくしっくりくる内容。葉蔵の期待等からのすぐにくる残念感と冷静さ。その人間性が全く自分にはない価値観で、とても面白かった。少しでも太宰治の作品に触れることが出来て良かったと思った1冊。(ちなみに同じ本好きの大先輩から、今頑張って読んでると伝えると"暗くなるからやめとけ"と笑いながら言われ、やはり読んでた。絶対読もうと決心出来た。)
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昭和19年の検閲下に書かれた紀行文にしては、世相の暗さがほとんど反映してこない、明るい紀行文。蟹田で旧友に遭って蟹を食べまくりリンゴ酒も相伴にあずかる太宰治、米の凶作が常態化している年表を見て津軽人の根っこをみて、バスで外ヶ浜を北上し今別と三厩に立ち寄って竜飛岬にいく太宰治、生家のある金木に行くも心中未遂の後始末をさんざんしてもらった関係でどうにも居心地の悪い太宰治、五所川原を経て木造と鯵ヶ沢に立ち寄り北国のコモヒの趣きを再度体感した後に深浦から引き戻して小泊にいる越野たけに運動会であうことができ無邪気に子供に戻る幸せな太宰治、とにかく一貫して酒ばかり飲んでいるこんな明るい彼はほんとに何度遭遇しても嬉しい。さらば読者よ、命あらばまた他日、元気で行こう絶望するな。では失敬
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ネタバレ文豪・太宰治の二次創作。
聖書を読んでユダに感情移入してしまい、昂った気持ちのまま勢いよく書いたような作品。
初めは「可愛さ余って憎さ百倍」なヤンデレ展開ですが、終盤「商人として主を売った」とユダが自身が悪人であることを自覚する流れが、羅生門みたいで好きです。
最初、挿絵の意味がよく分からなかったですが、小羊(羊小屋で誕生)、小鳥(イエスの棘を抜く前のコマドリ?)、銀貨30枚と狐(罪のイメージ)など、聖書などでイメージが定着している動物が描かれているのかなと思いました。
全部の意味はわからなかったですが、聖書読んでる人なら理解できるのかも?
あと、ユダの足が鳥なところも謎です。
聖書って解説本読んだりしないと理解しきれ ないと思うのですが、どうして太宰治は聖書を読もうと思ったのか、どれくらいの期間をかけて理解を深めたのかが気になります。
宗教を信じると生きやすくなるかもとか思って必死で聖書読んだけど、人間味あるユダの方が気に入って信仰心は微塵も芽生えなかった、みたいな流れなら辛い…。 -
Posted by ブクログ
この冬、津軽鉄道のストーブ列車に乗りに行く。
太宰治さんがいた弘前に泊まり、五所川原から金木に行く。
高校生の頃、太宰治さんの作品は覚えるほど読んだ。
でも流石にあれから40年ほど経ったからか、どんな作品だったか、記憶が怪しい作品も多い。
しかし、あの頃は、間違いなく太宰治さんの愛読者の一人だったと思う。
あの頃の自分なら、「場所やないやろ」と言って、青森なんかに行くことを、多分少し馬鹿にしただろうな、と思う。
それでも、50半ばの自分は、なんとなく気になって、行くことにして、行く以上はちょっと改めて「事前学習」して行こうか、と思って読んでみた。前回読んでから35年は経ってると思う。
家の使用人であり、養母である、たけ。
再会を綴るための前奏が長すぎたのは、あれだけど、それも含めて、こういう作品が好きだったんだと、確認。凄い。
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Posted by ブクログ
太宰治はこんな文も書いたのか、乙女そのものだと驚愕した。自分も周囲もなんだかわからないけれど醜く見えていやらしいと思ってしまったり、さっきまで憎くて仕方がない感情がどこかにいってやっぱり好きだと思ってみたり、いきものにですら優劣をつけて自分の感情を大きく汚す感じ。たたみかけるような女生徒の心情の流れに身を任せていると、「あ、自分もこうだったかも」と思えてくる。浮き沈みのおおきな得体の知れない感情に翻弄されつつ自分の【ほんとうのきもち】には気が付かない、辿り着けない。
まだまだ子どもなのだ。
イラストの今井キラ氏がまた文に彩りを添えている。美麗で耽美なイラストがとても良い。本棚に一冊あると素敵だろうな。