太宰治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
初太宰治
この本を読んで、現代でも似たようなことが言えるのではないかと感じた。何をもってして人間なのか。普通とは何だろうか。マジョリティに属することがそこまで偉いことなのだろうか。色々と考えさせられる内容だった。今でこそ多様性が謳われているが、この時期から苦しんでいる人はたくさんいたのだろうし、何が良いのかわからないまま、それっぽい正解に向かって右往左往しながらなんとなく進んでいく。そんな世の中であり、人間という生き物だと感じた。
自分自身、おこがましいが共感できる点が多くあった。道化を演じることであったり、何かに縋っていないとおかしくなってしまいそうということ、何のために生きているのかわからず、希死念慮があったこと。家庭環境や個性など色々なものが人を形成していく。だから語弊があるかもしれないが、そこで歪んでしまったら、なかなか修正していくことは難しい。結局人生はどんなきれいごとを並べようと、生き残っていくには多少の汚さや強さ、柔軟さが必要で、ずる賢く生きていかないとのけ者にされ、排除されていく。人間はそのレベルでしかまだ発展していない。理論がたくさんあって、理想論が語られることが多いが、感情や本能レベルの行動、感覚が先行するので、理論がどれだけ筋が通っていても、それが実行できるかどうかは別。そんな不完全な人間という生き物で、この地獄のような世の中をどう生きるか。どの時代も苦しみもがいている人はいっぱい。みんな孤独で孤高。そんなドロドロした状況に対して目を背けず、生々しく綴っている本書、そこから受け取れるメッセージ、広がる思考。自分はこの手の本が大好き。
正直時代背景や表現で内容がスッと入ってこないところがあった。また、一読では拾いきれないほど深いものがある気がしたので、再読を繰り返し味わっていきたい。 -
Posted by ブクログ
前半の描写がとても美しく、母の所作や食卓、庭、季節の移ろいなど、日常の細部に繊細な美しさがあって強く引き込まれた。没落していく家族の話でありながら、最初はむしろ静かな生活の質感そのものが印象に残る。
しかし物語が進むにつれて、階級意識、恋愛、死、自己嫌悪といった人間関係や社会の問題が前面に出てきて、前半にあった静かな美しさが少しずつ飲み込まれていくように感じた。かず子の「恋愛と革命」や直治の苦悩も強烈だが、それ以上に、古い時代の終わりとともに美しいものまで失われていく感覚が残った。
題名の「斜陽」は、旧華族の没落だけでなく、作品前半に漂っていた優雅さや静けさそのものが沈んでいくイメージとしても記憶に残っている。 -
Posted by ブクログ
本を読むのは好きだけれど今まで読んだことがなかった。面白かった。道化になる・・・というのは当てはまる人も居そう。私は「このティッシュを使うのを辞めたら・・・など途方もないことを考える」というのにとても同感した。幼い頃よくそう考えていたなと思い出した。人が誰しも考えたことがあるようなことを描写するのがとても上手い。色々な出会いや出来事が重なってしまった結果この結末になったのだろう。私は主人公は幼い頃に性的虐待を受けていなければこうなっていなかったのではないか・・・と考えてしまった。タイトル回収をきちんとしてくれたことに感動を覚えた。名作と言われる理由がわかった。
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Posted by ブクログ
2回目
序編はつまらなさすぎて閉じようかと思った。だが、本編に入って小説が始まった。
「ね、なぜ旅に出るの?」
「苦しいからさ。」
この書き出し、かましすぎてやばい。ここから最高の小説が始まった。ほんとに色んな人にすすめたい。
基本は「である」調で、穏やかな印象がある。津軽を行脚しながら、N君やSさん、たけなど、自分の愛する人たちに会っていく。津島修治という人間が、自分を形づくってきた人たちに会い直していくドラマのように感じた。
好きなのは、N君の家でのアトフキと、最後にたけを探しに行く場面。うまく話せず、ふてくされたようになり、照れたり意地を張ったり。その感じがものすごく人間くさい。
というより、この小説は終始、主人公・津島修治の人間くささに溢れている。N君もSさんもたけも、みんなめちゃくちゃ人間だ。読んでいると妙に嬉しくなる。
昔の人間関係は温かかった、という単純な話ではない。めんどくさくて、不器用で、それでも確かにつながっている。今ではもう失われつつあるのかもしれない。そんな寂しさも抱えた。
忘れていた何かを受け取った気がする。
自伝にかなり近い小説なのだろう。作品ごとにスタイルを確立する彼は唯一無二の存在だろう。
もし、彼が今も生きていたら、どんな小説を書いていたのだろうと思う。
彼が亡くなったという事実に、寂寞たる思いをいだく。
こんなに死が惜しまれる小説家に、これからまた会うだろうか。(伊藤計劃は除く)
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Posted by ブクログ
「悲しみとか怒りとかいう思いよりも、呆れかえった馬鹿々々しさに身悶えしました。」
感情を表す言葉はちゃんと出てくる。それなのに、読んでいると感情がきれいに整理されていく感じがしない。悲しい、怒っている、苦しい、という言葉では処理できないカオスを、家庭というかなり狭い場所の中でずっと見せられている。
しかも文章は読みやすい。だから混沌としているのに、どんどん先へ進んでしまう。この、処理できないものを処理しないまま読ませていく感じ。
「命は大事」「女性は強い」みたいに分かりやすい意味を置いて読もうとすると、どんどん作品から置いていかれる。今とは家庭環境や男女関係が違う。一方で、太宰作品に出てくる男には妙に共感する。
何かにつけて理由を無理やりこじつけて、結局は欲望のまま生きる。欲望を欲望のまま認めず、自分の行動にそれらしい理由や思想をつけてしまう。これはめちゃくちゃ男だと思った。
自分でも自分をうまく説明できない。つかみどころがない。どうしようもないと分かっていても、欲望や感情に引っ張られる。そういうところが自分と重なることが多い。ただ、それだけで大それた感想を言えるわけでもない。そこは太宰作品らしくて、あんまり好きじゃない部分でもある
太宰を「無頼派文学」と一言で名付けるのは嫌いだ。
文学史上の分類として必要なのかもしれない。でも「無頼派」という言葉を先に置くと、酒、女、破滅、自堕落みたいなイメージだけで作品を読めてしまう。そうすると、妻から見た男の馬鹿々々しさや、欲望を思想に変換してしまう滑稽さ、家庭の中にある処理不能な混沌が見えにくくなるし、読みが浅くなるとおもう。
この短編集は「無頼に生きる男たち」の話というより、どうしようもない人間がどうしようもない理由を抱えながら、それでも生活だけは続いていく、その混沌を見ないと勿体ない気がする。 -
Posted by ブクログ
ネタバレシェイクスピアの『ハムレット』を題材にした中編が収録された、充実の短編集。
クローヂヤスさんは山羊のおじさんかあ。可愛い名前。山羊のおじさん山羊のおじさんって懐いてるハムレットは愛嬌がある。でもこんなホワホワだとオフィリヤちゃん、……。
オフィリヤちゃん、すげぇよかったね。「これからは/考えている事をなんでもぽんぽん言おうと思うの」このセリフすげーーいい。シェイクスピアの『ハムレット』でも、オフィリヤちゃんって自己主張できてない印象あったから。
シェイクスピア作品の日本語訳に携わった翻訳家、松岡和子さんは某所で「シェイクスピア劇の女性はたいてい強い。唯一の例外がオフィリヤ(=オフィーリア)。自分の言葉を持っていないから弱い」と言っていた。父の操り人形とまで呼んでいた。自分を高貴と呼んだり親父ギャグ言ったり、原作のこの場面のオフィリヤちゃんはセリフが自分のものっぽくないらしい。
その彼女が考えてることを「ぽんぽん言う」って言ったのが嬉し〜! オフィリヤちゃんも強い女の子になった。わーい!
ハムレットに「好きとだけ言って」と言われて「いいえ、こんどは、なかなか負けませぬ」って返すオフィリヤちゃんよかった! 自分より上の立場の人に黙れと言われ黙りませんと返す女性大好きです。
太宰版ハムレットはこの後「女は黙ってるべき」と言うね。新ハムレットの時代設定は不明だが、少なくとも原作が書かれた時代は寡黙と従順こそが最高の女性の美質だったらしい。太宰ハムレットがこれを言うのは寂しいが、このセリフでオフィリヤちゃんの気高さが際立った感じがする。
オフィリヤちゃんがハムレットに意見するときに「ごめんなさい」と何回も言うのは、原作オフィリヤちゃんの気弱さを思い出す。でも悪くないね。つよつよ女子の匂いがする。
ポローニヤスさんの考えは分かるような分からないようなだったけど(ポローニヤスさんの頭のよさのせい)、ポローニヤス&ハムレットの共闘が見れたのすげーワクワクした。
ポロはオフィリヤちゃんと結婚したらハムレットの義父になるんだもんなぁ。そりゃあオタクとしては心を通わせる描写が見たいよなぁ。
ポローニヤスさんも王に「さがれ」って言われて「いや、さがらぬ」って言うね。オフィリヤちゃんの凛々しさはパパ譲りか。
ポローニヤスさんを殺すのアンタなんかい。溺死するのもその人なんかい!
照れ隠しに戦争するって……それは……!?
とりあえずオフィリヤちゃんが最大限幸せになってくれと思いました。