あらすじ
最後の貴婦人である母、破滅への衝動を持ちながらも“恋と革命のため”生きようとするかず子、麻薬中毒で破滅してゆく直治、戦後に生きる己れ自身を戯画化した流行作家上原。没落貴族の家庭を舞台に、真の革命のためにはもっと美しい滅亡が必要なのだという悲壮な心情を、四人四様の滅びの姿のうちに描く。昭和22年に発表され、“斜陽族”という言葉を生んだ太宰文学の代表作。
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印象深いのはやっぱり直治の最後の手紙。下品を装っていても、本当は、……。
あとはお母さまが庭でお花を折る(婉曲表現)シーン。気品とは対極のことをしているのに、妙に品を感じる。これぞ最後の貴婦人。
最後に明かされた、M・Cの本当の意味……!
お母さまと上原ってなんかちょっっっっとだけ似てない? 気のせい??
5章まではお母さまお母さまだったかず子が6章から上原上原になるのが気になって。お母さまの気品って、骨つき肉にかぶりつくとか庭でお花を折る()シーンとか酒があれば寝れる発言とか、野蛮そうな行動によって強調されている気がする。上原の不良的なところに惹かれてるのって、何だか、その悪さの中にお母さまの影を見ているような気が、する。いや乙女心って言われたらそれまでなんだけどね。だから本当、これはただの私の妄想なんだけど。
直治が下品を装ったのも、どこかに母への憧れがあったりするんだろうか。直治の最後のセリフを見た後に、「ほんものの貴族は、まあ、ママくらいのものだろう」という直治の最初のセリフを見ると、何だか感じるものがある。
かず子や直治にとってお母さまは、改めてどういう存在だったのか……。
Posted by ブクログ
燃えて落ちていく感じで、斜陽って言葉がピッタリだなって。
弟の遺書の必死さがやっぱり頭に残ってて、辛い時、苦しいときに思い出す。貴方も苦しかったんだね、ってなる。なんだか生々しかったから、それが私の生々しい現実に密着してる感じがして、不思議な後味がある。
最後の主人公の暴走?革命?が、夕日で燃えて赤くなった空を見ているようでなんだか気持ちよかった。
Posted by ブクログ
時代の流れについていけない没落貴族の話でしたが、どの時代にも刺さる人はいるのかもなと思いました。
時代に適応出来なかった弟は貴族として死を選び、なんとか適応しようとした主人公は貴族のやることとは思えない方法で恋の相手に迫りこれからも生きていく。
この歪みが丁寧にえがかれており、面白い作品でした。
Posted by ブクログ
怖いけど美しい。
物語としては大きな展開はない。
家族が没落して家庭が崩壊していく様を描いているだけといえばそれだけ。
でも怖いくらい鋭い言葉で胸の内を抉ってくる感じ。
> 人間は恋と革命のために生まれて来たのだ。(p116)
>
> 戦闘、開始。(p130)
>
パンチの強いキラーワードが多くて、天才を感じる一方で、私が好きなのはこの一文。
> けれども、私は生きて行かなければならないのだ。子供かも知れないけれども、しかし、甘えてばかりもおられなくなった。私はこれから世間と争って行かなければならないのだ。(p126)
>
誰でも子どもの頃はあるし、歳を重ねれば嫌でも大人になっていく。
環境に関わらず、それは誰にでも起こる。
「いつから大人になったのか」と聞かれれば、いったいいつからか分からないくらい、緩やかに時間が流れてきたのに、いつのまにか世間の中で戦わないといけなくなる。
いったいどうすれば、そんな栄枯盛衰を太陽の沈む様に重ねて『斜陽』なんて題名を思いつくんだろう。
太宰治はダメ男を描くのが上手すぎる。
Posted by ブクログ
個人的にすごく良かったです。太宰治さんが著した小説の中では比較的明るい方だと聞いて初挑戦した小説だったので若干思い出補正もかかってますがご了承ください。ネタバレは省きますが、どろりとした恋模様を繊細な文で見事に表現していて、太宰さん特有の世界観に惹き込まれます。ただ最終章あたりで登場人物が自 殺したり、不倫したりなどのまぁなかなかに非道徳的なシーンが多々あるのでそういうのが苦手な人にはオススメ致しません。
凄く良い作品でしたので、ご興味あればご一読ください。
Posted by ブクログ
文豪の読みにくい文章も、女性の告白帯だと何故か読みやすい。全ての登場人物の心情に絶妙に共感出来ない感じが面白かった。世界史で習った色んな哲学者や小説家の名前が出てきて、それらの本も読んでみたくなった。昭和20年代の日本に着いてもっと知りたい。正直、なにか大層な事を得られたかと言われるとまるでないけど良い読書体験だった。
Posted by ブクログ
貴族が没落していく様を描いた作品。私はこの作品を(いけないことだが)ザマアミロ七光がと思いながら読んだ。好きな作品ではある。しくじった。惚れちゃった。
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太宰治が『斜陽』で言いたかったことを一つに絞るなら、「滅びゆく古い倫理の中で、それでも生きるためには、汚れてでも新しい生命を抱えるしかない」ということかもしれない。
母は最後の貴族として品位があり、優雅で滅びにふさわしい美しさを持っている。けれどその美しさは未来を作らなかった。直治もまた古い階級の終末を背負いながら堕落し、薬物に逃げ、革命や思想を語りながらも結局は生の側へ踏みとどまれない。かず子だけが違った。かず子は上原に恋し、既婚者である彼の子を望み、望み通り妊娠する。
しかし、かず子の妊娠は明るい希望としてだけ描かれているのではなく、貴族階級の没落、母の死、弟の自死、上原という男の堕落、既存の結婚倫理の破壊、すべてを通過した後に残る、かなり乱暴で、倫理的に危うく、しかしそれでも生きる側に属するものとして置かれている。
つまり太宰が『斜陽』で描いたのは、「滅び」と「救済」ではなく、「滅びきった後に救済とは別の形で生命が残ること」。救済ではない。幸福でもない。倫理的な勝利でもない。それでも、生きる側へ引き戻すものがある。かず子にとってそれが子供だった。
Posted by ブクログ
太宰文学の代表作との謂れも高く、気になり手に取った一冊。恋と革命のために生きようとするかず子と、物憂げな「お母様」、そして麻薬中毒に苦しむ弟の直治に、作家の上原。話自体は少し支離滅裂な感じもあるものの、日本語の美しさが全てを上回る。昔の日本文学の言葉の美しさには、時々本当に惚れ惚れとする。
「私は電燈を消した。夏の月光が洪水のように
蚊帳の中に満ちあふれた」
Posted by ブクログ
「人間は、みな、同じものだ」
(身分や育ち関係なく自分の力でなりたいものになれるなら)そうであってほしいと思うし、(平等を前提とするなら、努力でどうにもならなければその努力は何だったのかという意味で)そうであってほしくないとも思う
恋と革命のために、人をいい意味で顧みずに自分のために生きるかず子の姿がかっこいいと思ったが、直治にとっての阿片、上原さんにとっての酒も同じで、生きるために必要なものだった。みんな何かに依存して生きてる
登場人物みんな魅力的だった
Posted by ブクログ
戦後の1人の貴族女性の生き方を描いた話。
恋と革命に没頭し、生きようと励んだそのたくましさと、その裏に潜む悲しさ。これはなんとも言葉にできないものがありました。
また弟の遺書に、姉も美しい。このように記載があって感動しました。
人間失格を読んだ後に読んだのですが、どこか葉蔵のようにとても生きれないという侘しさを感じ、心に残る1冊だった。
Posted by ブクログ
斜陽、秘め事でこころが燃えたときの光?
心がまっすぐな人たちの「ねじれた愛」を感じます。
「新しい倫理。いいえ、そう言っても偽善めく。恋。それだけだ。……私はいま、恋一つにすがらなければ、生きて行けないのだ」
「小説を読んで襟を正すなんて、狂人の所作である。……よい作品ほど、取り澄ましていないように見えるのだがなあ」
取り澄まさず、心がまっすぐであればあるほど、愛がねじれてゆく。斜めになる。「拗らせる」とはこういうことか、と考えさせられました。何度も読みたい!
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ジレンマに生きる直治が印象的。
貴族が没落していく様はなんとも切ない。太宰の教養が存分に発揮されていて、またいつか読み直したくなる文章だった。
斜陽と聞くと、斜陽産業とか(私は知らなかった、「斜陽族」って言葉の方が流行語だったのね)、なんとなく未来の見えないマイナスな表現に感じている。しかし、そもそも斜陽とは夕方の西陽で日中より明るい、明るさの中に暗さを見出す(逆も然り)のが太宰の捉え方である、という解説を読み、斜陽という言葉の前提(原義)を改めて認識して、この小説の影響力の大きさを感じた。
Posted by ブクログ
太宰治は、授業で走れメロスを読んだきりで他の作品は読んだことがなく、ほぼ初めてのような感じだった。
古典って、いつか読んでみたいと思いつつ難しそうでなかなか手が出なかった。
本書を読んだきっかけは、静岡旅行で太宰治ゆかりの旅館、安田旅館に泊まった際に、部屋に文庫が置いてあったから。
読み始めてみたら意外と読みやすくて、舞台が宿泊している伊豆ということもあり、情景も思い浮かべやすくて時間が許すまで読んだ。
後日、読書アプリからダウンロードして通勤中にちょくちょく読み進めた。
読んでいて、なんだか物悲しい気持ちになった。
戦後、没落した貴族の親子は東京から伊豆へ引っ越してくる。
そこでの慣れない生活に四苦八苦する娘とその母、そして戦争から戻った息子。
そこにうっすらと漂う「死」の気配。
「斜陽」という言葉は、この小説が元になり、後に国語辞典に「没落」の意味も付け加えられたのだとか。
小説のタイトルから日本語に新たな意味づけがされるなんて、その影響力の強さに驚く。
お母さんが亡くなる前の描写が読んでいてとても辛かった。
所謂アラサーで、年齢的には立派な大人であるかず子だが、まだ大人になりきれずに母を慕っている様子は、いい年になっても大人になりきれていない自分にも重なってしまった。
そして、母が亡くなった後のかず子の暴走っぷりは少し引いてしまった。
妻子のある上原へのラブレターなんかは、なんだか必死すぎて心配になってしまった。
そして急な弟の死には衝撃を受けた。
弟の遺書は、読んでいてその辛さが痛いほど伝わってきて心苦しくなった。
1人残されたかず子はどうなるのかと思ったら、上原との子どもを1人で育てていく決意を、上原への手紙に綴るのだ。
正直、子どもができたというのも本当なのか疑ってしまったのだが、具体的なお願い(弟の無念を少し晴らしてあげようと思ってのことか)をしてることから恐らく本当なのだろう。
かず子が意気揚々と主張する「恋と革命に生きる」とはどういうことなのか、イマイチピンと来なかった。
今までの道徳に縛られず、自分の欲のまま、恋をして生きて行くということなのか。
それが、妻子ある人との子どもを1人で育てていくということで体現しようとしているのか。
戦後の新たな価値観へ向かう過渡期の雰囲気ってこんな感じだったのかなと思う。
大人が信じられない。今までの価値観が信じられない。未来が見えない。新しい思想を求めては、時代の変化に苦しみ、消えゆくものは消えて行く…。
人間の生きる苦しみを描きながら、最後は1人の女性の決意の手紙でぷつっと終わる。
かず子がその後どうなったのかわからない。
その余韻が強く印象に残る作品だった。
Posted by ブクログ
『斜陽』は、日が傾き、沈みかけている状態。
その様子に重ねて、勢いが衰えていくことを表す。
この作品は、貴族の没落を描いている。
本文中に、
「けれども私たちは、古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きるつもりです。」
という一説があるが、太陽について述べているのはここだけだと思う。
Posted by ブクログ
人間は、恋と革命のために生まれてきたのだ。
このセリフに触れたいがために読んだ。
太宰が何を伝えたいかあまりわからなかった。
病的なほどの愛をか?
きっとこの先読み返すことになる作品なのだとは思う。
Posted by ブクログ
かず子と直治の対照的な結末が印象的。
かず子の上原への一直線なアプローチ。
狂気すら感じる一方で、その逞しさにも惹きつけられました。
時間を置いて読み返すと、また違った感想が出てきそうです。
Posted by ブクログ
皆の堕ちていく様を描いているのに終始美しい。
最初のスウプのシーンがこの作品のトーンを設定していて秀逸。その場面からすでに3人の人となりが見えてくる。誰にも共感できないのに、なぜか気持ちがわかってしまうから嫌いになれない。3人に限らず、すべての登場人物の言動やエピソードが細かく、本当にそういう人がいた、こういうことがあったかのように思えてくる。物語の没入感はどれだけ読者を信じ込ませられるかにかかっているので、これはさすがとしか言いようがない。
太宰治の人間への解像度の高さに気付かされる作品。
Posted by ブクログ
今更ながら太宰治の文章って綺麗で読みやすいなと…一つ一つの描写をどうしてこんなに豊かに描くことができるんだろう。「貴婦人らしさ」の表現が巧みで印象的。スープを食べている場面とか。
貴族の滅亡。物語に登場する貴婦人(母)は、かぼそく今にも崩れ落ちそうな存在である一方、斜陽のような明るさだ。どことなく芯に強いものが感じられるのは、彼女が滅びることが避けがたいものとして受け入れているから。
以下は書評にあった文章抜粋。まさにこれだよね、という感じにまとめてくれていて分かりやすかった。
太宰治の生と文学は下降指向のそれと言ってよい。悪しき秩序、権力とたたかうためには、まず自分の中にあるそれらとたたかわねばならぬ。徹底した自己否定、自己破壊によってのみ、はじめて根源から秩序、権力を批判、否定することが可能になる。太宰はそう信じ、それに生をかけて実行した。立身出世はもとより、自己完成、自己確立も、安息した幸福にひたることも自らに禁じた。えらくなりたい、高められたい、立派になりたい、という上昇指向的モラルや感性は結果的に悪しき秩序に迎合し、それを強めるだけであり、そういう上昇指向によっては真の反逆は不可能だと見抜いていたのだ。そのためにまず自己を破壊する下降指向に徹したのである。自己の欠如感覚を埋めることなく、逆に深めた。
太宰は繊細すぎる。だけど今の私には刺さる。
匿名
良くも悪くも丁寧に繊細に人間が描かれていると感じました。太宰治の小説は初めて読みましたが、明るい話ではないのに、文章が美しくて何だか不思議な魅力を感じました。
Posted by ブクログ
「人間失格」に続いて「斜陽」を再読。大学生の時が初読だから時間が経ち過ぎて、「こんなに美しい文章だったのね…」と幾度も嘆息しながら耽読。
この「斜陽」という言葉、辞書的解釈ではなく、今では「落ちぶれていく」と言った意味で理解され、「斜陽産業」なんて普通に使われ浸透している。「タイトルが決まれば小説は半分できあがったもの…」と言う作家もいるぐらいだから、タイトルの果たす役割は大きい。三島由紀夫の「永すぎた春」も、今や出所が三島であることなんて知らない人の方が多いんじゃないかな。鈴木京香と長谷川博己を指して、「あのふたりは永すぎた春だったんだね…」なんて使うもんね。
余談はさて置き、本書。
戦前までは社会的地位を保っていた貴族階級が敗戦により華族制度が撤廃となり、邸を売り払い田舎へ移住、わずかな財産を頼りにする暮らしは逼迫を極めた。その様子を太宰は、あたかも陽が落ち、辺りが徐々に暗くなっていく斜陽のごとく静かに落ちぶれていくとなぞらえた。
社会的地位の失墜を、粛々と努めて明るく受け容れる母、降りかかる運命に抗い「恋と革命に」生きようとする長女かず子、放蕩の限りを尽くしても貴族としてしか生きられず薬物依存の弟 直治、翻弄されていく流行作家の上原…。
今作が傑作と評される所以は、没落貴族を生んだ戦後の時代を借景に、太宰の生い立ち(津軽の大地主の子息)、左翼活動に身をやつした経験、女性遍歴、幾度の自殺未遂、麻薬中毒…という自身の体験を絡め、四人四様に太宰の心情を語らせているところ。この絶妙の配分が“貴族の滅び”を際立たせ、その描写は実に儚げで美しく、「退廃美」と賛辞を贈る文芸評論家もいるほど。
またまた余談ではあるけど、「恋と革命に」生きたかず子のモデルとなったのは不倫関係にあった太田静子。その子供が現役作家の太田治子。言わずもがな太宰治の娘である。
そうそう言っとかないといけないのは、太宰作品は決して暗くないということ。私小説作家に見られる一種の開き直りにも似た、「さらけ出し」や「赤裸々」とは一線を画し、「実」の中に「虚」を巧みに挟み入れエンターテイメントに昇華している。
今回はるか昔に読んだ不朽の作品を再読している最中に気づいたのは、いつもの読み方とは違うなぁってこと。骨太の小説に出会うと、これまでの経験とか読書遍歴なんかが入り込み、行きつ戻りつしたゆっくりとした読書となり、「自己省察」の時間までもたらしてくれる。確かに痛快エンタメ小説は楽しい。ドライブ感も手伝い読書量が落ちてる時には最適だけど、たまには腰を落ち着けて、純文学活字の世界に没入するのもいいもんです。次は、これまた久々の三島の世界に飛び込むとしますかね。
Posted by ブクログ
没落していく貴族一家。
貴族としての誇りを貫く母、新しい生き方を求めるかず子、貴族である自分に苦しみ続ける直治。
三者三様の生き様が、胸に刺さる。
Posted by ブクログ
好きな話だった。
色々教養ないと分からない表現が多そう。
教養をつけてからまた読み返そうと思います。
私は、直治が好き。皇族にも合わず、世間にも合わない。ずっと死にたいとは思いながらも、お母さんやかず子のために生きていて、死ぬ時までもかず子に気を使っていた彼のことを悪人だと、間違ってるとは言いたくない。
上原さんはちょっと沼でした。
Posted by ブクログ
1950年。再読。高校生くらいの時に。確か読書感想文を書いたような、この内容で高校生に感想文書かせないような。
「姉さん。僕は、貴族です」にシビれた覚えがある。ズッキュンだったな。
昭和20年代だ。斜陽族という流行語を生んだらしいが、その頃に生きてないので知らん。
年譜を読んだ。自殺(心中)→失敗を繰り返しているイメージあったけど、結婚して子もできて、執筆頑張った時期もあったのね、と思った。そりゃ書かなきゃ後世に残らないもんね。
明るい気持ちになる小説ではないけど、堕ちていく美学みたいな? 思うに明治生まれの作家の実家は金持ちだ。五男だから大変だ、長男だから大変だ、と言い分はいろいろあるだろうが、小学校出て丁稚奉公であるなら小説は書かないと思う。小説書くのって大変だ。
Posted by ブクログ
まさに、斜陽。タイトルセンス良。物語よりも、生きることや死ぬことに対する考えを優先した作品のような気がした。わたしは素人なのでなんにもわかってないけど。でもだから個人的には、物語としてはときどき飛躍するというか、「エッ、アッ、そんなかんじ?」って思うことが何度かあって、でもこの作品を通して書きたいことは明確な感じがした。生への諦念、死への羨望。生が汚く、死が尊い。それはやっぱり、生きているからそう思うのよね。死んでみたら、生が尊くなるかもしれない。
Posted by ブクログ
うまく書くことができない。書きながら私が感じたことは何か探ってみよう。
まずは女性が主人公だということに驚いた。「人間失格」がそうだったから、勝手に男性主人公しか太宰は書かないと思っていた。
戦後の「道徳の過渡期」が舞台。
主人公かず子の母親はいつも「淋しそうに笑う」。
南方から帰還した弟の直治(なおじ)も生きる気力がなさそう。
かず子は病気で母親を失うと、弟と同様に生きる気力を無くす。
通底している宗教観はキリスト教。
没落した貴族の出身ということで、直治は「貴族に生まれたのは、僕たちの罪」かと遺書の中で問うたり、かず子はかず子でずっと恋焦がれていた人に拒否を食らうも、結局はその人と子供を孕む。
テーマは、時代は変わるけれども出自を変えることはできない。それは、アイデンティティは揺るがないともいえる。
人間に原罪をもたらした象徴の「蛇」は、死の象徴として出てくる。
「人間は恋と革命のために生まれて来たのだ」
このセリフが後半の主人公の軸となる考えだと思う。
本書には、いろいろな含意があると思う。
それを濃く感想に残すというのは、まだ私にはできない。ただ活字ばかりを追って、内容理解までたどり着けない。
Posted by ブクログ
今更ながら読みました。
面白かったです。
『斜陽』の書評をするだなんておこがましいので、
気に入った一節を引用しときます。
― ああ、何かこの人たちは、間違っている。しかし、この人たちも、私の恋の場合と同じ様に、こうでもしなければ、生きて行かれないのかも知れない。人はこの世の中に生れて来た以上は、どうしても生き切らなければいけないものならば、この人たちのこの生き切るための姿も、憎むべきではないかも知れぬ。生きている事。生きている事。ああ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか。 ―