あらすじ
己は人間として「失格」なのだと断ずる男・大庭葉蔵は、三つの手記と三葉の写真を残して消えた。1948年、入水直前の太宰治が筑摩書房の雑誌「展望」から放った異端にして普遍の世界的人気作。初版単行本表紙&本作冒頭の直筆原稿を掲載したカラー口絵付き。
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Posted by ブクログ
- 人間失格読み終わった。くっそー。自分もなんか頭硬くて嫌になってくる。なんでこれを読んでそう思ったかわからないけどなんかこんな話だったんだっていう感じ。ただあるずれた子供がその場所だってその人間というのが理解できない友情が何かわからないって言うところから、ずっと薬漬けになって、アルコール漬けになっていろいろな人を不幸にして、いろいろな女の人に女の人と関係を持ちた不幸になっていくで、最後に、すべての物事はただ去っていくって言うなんか真理みたいなのを言って終わるって言う話
Posted by ブクログ
読書家の皆様には面目ないが、Audibleで聞いた。今までに私もなんとなく抱えていた違和感、非言語的感覚が言語化されてしまっていたという側面があり、かなり心動かされた。あと、現代の小説よりよく見せようとする虚飾性がないように、端的に言い換えるなら皮肉なことに「純粋」なように感じられた。この本をほかの人に勧めるとしたら、その人は狂人と言わざるを得ないだろう。このを本を読むきっかけはYouTubeの動画で概要と考察のような動画を見たからだ。人間失格という言葉が読まれたときの絶望感やばかった。
Posted by ブクログ
すごく久しぶりに読んだ。
前回読んでから十年以上は経っていると思う。
大学生のときに初めて読んで大号泣したあの日から、この小説は私にとって特別な存在になっている。
『人間失格』の感想を語るには、私の人生も語らなければならなくなる。
だから詳しい感想は書かないでおく。
それほどこの作品に漂う精神的傾向は、私自身とよく似ている。
自分に重なりすぎる。
過去の自分に思いを馳せながら読んだ。
◇
世間とは、いったい、何の事でしょう。人間の複数でしょうか。どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。けれども、何しろ、強く、きびしく、こわいもの、とばかり思ってこれまで生きて来たのですが、しかし、堀木にそう言われて、ふと、
「世間というのは、君じゃないか。」
という言葉が、舌の先まで出かかって、堀木を怒らせるのがイヤで、ひっこめました。
(それは世間が、ゆるさない。)
(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)
(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ。)
(世間じゃない。あなたでしょう?)
(いまに世間から葬られる。)
(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)
(P107)
◇
【解説 多和田葉子】
わたしはカフカの『変身』をドイツ語から日本語に翻訳したことがある。その際、太宰治の『人間失格』のことを時々思い出した。二つの作品はほとんど似ていないが、人間ではなくなってしまったり、人間であることに失格したりする点が共通している。
[略]
葉蔵は、人が怒る顔を異常に恐れ、大人に口答えせず、他人の感情は理解できず、自分の欲求は口にできない子供として描かれている。使用人たちによる子供への性的暴力も経験している。どれもきわめて現代的なテーマで、普段はあまり本など読まない人でもこの小説ならば自分や友達の話に引きつけて読むことができるのではないかと思う。
それと同時に『人間失格』は懐かしの近代・現代文学のメロディーに貫かれており、昭和生まれの本好きには何度読み返しても新しい発見がある。読んでいると三島由紀夫の『仮面の告白』、谷崎潤一郎の『幇間』、安部公房の『他人の顔』などをもう一度読み返してみたくなる。また今回はカフカとだけ比べ読みしてみたが、ドストエフスキーの『貧しい人々』の女性を傷つけながら堕落していく男の自己嫌悪と陶酔のモノローグと比べても面白いし、ルソーの『告白』と比べて同じ告白でもどうしてこう違ってくるのか考えてみるのも面白い。
(P175,180〜181)
Posted by ブクログ
「人間失格」を読んで、人は周りに合わせようとしすぎると、本当の自分を見失ってしまうことがあるのだと感じた。葉蔵は「道化」を演じ続けた結果、誰にも本音を打ち明けられず苦しんでいた。その姿は極端ではあるが、誰でも少しは周囲に合わせて無理をしてしまうことがあるため、共感できる部分もあった。人とのつながりや、自分らしく生きることの大切さを改めて考えさせられる作品だった。
Posted by ブクログ
・世間、って世の中ではなくて個人
・同じ穴の狢だと思ってた堀木が自分とは違い何一つ失っていないと知った時、自分のことを見下していたことに気づいた時
・何があっても自分を信頼してくれていたヨシ子が、その純粋な心ゆえに人に騙されてしまうこと、それによって2人の関係性も破綻してしまうこと
・あとがきのマダムのことば「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」
そんな人がかかえる内側の苦悩
高校生の時に読んでなにもわからなかったけど、今読み返して良かった
Posted by ブクログ
太宰の自伝的小説。葉蔵の偏屈で冷め切っており、妙に謙って且つプライドの高さが感じられる作品。
(自分に重なる部分が多々あり苦しくなりました。
道化を演じていたり、論争ができなかったり、友人を馬鹿にしていたり)
子供の時から何にも興味がなく、食にも金にも。只、普通を演じる為、選んだ道が道化だった。
それは家族の前でもであった。
唯一、中学時代の冴えない竹一という親友には、全てを曝け出せ、
女にもてる いい画家になる が彼が私に対する予言でした。(後に前者は当たりますが、後者は微妙な漫画家止まりでした)
鎌倉の高校を行ったりサボったりしている間に堀木雅雄と出会います。内心見下した形でつるんでいましたが、他に仲間もいない為、仕方ありません。
葉蔵は、夜の街を遊んでいると自然と、淫売婦の忌まわしい雰囲気を手に入れるのでした。
そこでツネ子という淫売婦と一夜限りの関係を持つのですが、
堀木を連れて飲みに行った際、席の並び的にツネ子と堀木がキスをするかと思いきや、堀木がやめた!流石にこんな貧乏臭い女とはできん!と ツネ子に言い切るのでした。
ツネ子を不憫に思うのと同時に、貧乏者同士の共和といいますか、初めて恋に落ちる感じがしたのです。
散々飲んだ翌日、2人は入水自殺をするのでした。
ツネ子は死に、葉蔵だけ生き残り、自殺幇助になりそうな所、病弱そうな見た目により、起訴猶予となりました。
そこで、父は怒りの為、父の使いのヒラメ(平目にいている)の自宅の2階に住む事となった。しかし家を出る事も許されなく、何もなす事がない葉蔵の扱いも悪くなり、ある時聞かれます。
将来どうするんです?
葉蔵は 画家になる と伝えるがヒラメはええええ
とこちらも恥ずかしくなるような反応を見せた為、
葉蔵はヒラメ家を飛び出す事となりました。
向かう所は見下している堀木の家しかないという惨めと思いながらも、堀木家へ向かいます。
堀木は在宅しており、お汁粉を頂いた後、女性記者のシズ子が電報を届けにきます。
ヒラメからでした。すぐに戻るようにと。
シズ子が送っていきましょうか と声をかけてくれました。
シズ子は5年前に夫を亡くしており、シゲ子という娘と2人暮らしをしていて、娘の相手がてら、
シズ子の家に転がり込む形となります。
しかし、暫くして、結局は自堕落な自分がいるとこの家族がダメになると思い、また家出をします。
バァの2階で相変わらずの自堕落の生活をしている中、向かいのたばこ屋の娘、ヨシちゃんと酒を辞めるという条件で結婚します。(初日から破ってはいるが、ヨシちゃんがそれを認めません)
新婚生活の中、堀木とまた飲み歩くようになります。
葉蔵の家で飲み直している所、堀木は冗談半分で
お前は羞恥心を捨てている
お前は、どうにもならない
散々心の中で馬鹿にしていたはずの人間に見下されていたことに唖然とします
そして家内のヨシ子が、よくうちを訪ねる商人と
関係をもっていました。
葉蔵がかねて憧れる無垢の信頼心に漬け込んだ、行為であり、またヨシ子の無垢の信頼心を奪う行為でした。堀木が大きな咳をするのが精一杯で、葉蔵はすぐ様、屋上へ逃げるのでした。
それ以来、ヨシ子はおろおろするようになりました。
葉蔵も心労が溜まり、更に酒が増え、歯も体もボロボロです。
ある晩、砂糖水を飲もうとした時、ジオールという睡眠薬一箱をみつけます。
葉蔵は致死量の、一箱全てを飲み寝ます。二度目の自殺未遂です。
三日間起きず、起きたら、堀木とヒラメがおり、女のいない所にいきたい と告げました。
また飲み歩いているところ、吐血しました。
薬を求めて、薬局の老婆に酒はやめた方がいいとの助言から、酒よりはマシと渡された
モルヒネを打つようになり、あっという間に薬物中毒になってしまいました。
ヒラメ達に、脳病院に収監され、さらに廃人。人間失格となってしまいました。この時、27歳。めっきり白髪が増え40歳以上に見られます。
Posted by ブクログ
◯人への強烈な不安を描いているのでは
3つの手記をもとに、葉蔵の人生を描いている。お道化を演じながら3人の女性と過ごし、人間への不審や戸惑いを感じながら生きる葉蔵。人間として生きることに苦しみ、最後は自分で自分に「人間失格」の烙印を押す。葉蔵の苦悩がありありと具体的に語られていて面白い。
さて、葉蔵の苦悩は痛いほどわかるところが多くあった。例えば、地主の父親が懇意にしている政治家の演説を聞いた人たちが帰りに政治家の演説や父の悪口を言うのに、当の父の前では称賛する場面。このような、「実にあざやかな、それこそ清く明るくほがらかな不信」があることに葉蔵は嫌悪感を感じる。たしかに、まだ自分には、外面はいい顔をするのに裏では悪口をボロカスにいう人がいると苦しくなる。自分が嫌われたくないという思いをまだ捨てきれていないからだろうか。そんな、人間の影の部分にたいして、葉蔵は苦しんでいるように感じる。
私の場合、そんな世界を受け入れるしかないとは思いつつも、傷つきたくない自分がいる。(悪口を言われて、傷ついたとして何が悪いのか)とおもうが。
でも、結局は、そんな嫌な気持ちも幸せな気持ちも葉蔵の最後の言葉に収斂されていくのだろう。
「いまは、自分には幸福も不幸とありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。」
Posted by ブクログ
名前は聞いたことがあるけど読んだことがなかった小説。いわゆる転落して行く男の話。だけどこの男の内面のどこか嫌なところは、自分にも通じると思った。あまり周りに自分を開示できないという所や自尊心が高い所とかが当てはまる。
最後は哀れにも底まで転落した姿をみせる。恥の多い人生ではある。だけど哀れな人生に共感してる自分がいた。何回も読んでこの男の内面に触れたいと思った。
余談だが、この男がいつも女にモテることに多少嫉妬は感じた。
Posted by ブクログ
名作たる所以が分かりました。
最後までダークでネガティブな内容でしたが、面白く読み応えがありました。
主人公の葉蔵は太宰自身の生き写しだったというのを知り、本人の苦悩に思いを馳せてしまいました。
所々にユーモラスな表現がありますが、徐々にそのユーモラスさが無くなっていく様子などから返ってそれが悲しさを際立たせる形になっているように感じました。
心の底から無邪気な狂人であれたらよかったのに、そうではなく自分で考えて判断してきた人生の結果精神科に入れられ他人から「人間失格」の烙印を押される。
これがどれだけダークでネガティブなことか読んでいてかなり重たい気持ちになりました。
なんとも言えない読後感に名作たる所以を知ることができました
Posted by ブクログ
自分の生活の中ではなかなか出会わないが、一般的に道を外れていると言われる人間の思考回路はこんな感じなのか?と勝手にイメージした。かなり前の作品なのに、時代のギャップをそこまで感じなかった。薬に酒に、女に、だらしないけど、どこか身近に感じる部分もある主人公だった。
Posted by ブクログ
太宰治って今でもこんなに読みやすいんだというのが最初の感想かもしれない。時代背景などを加味したうえでその鬱々とした雰囲気の一端はしっかり伝わってくる、名著。
Posted by ブクログ
大人になってはじめてちゃんと読めた。
どうしようもない主人公なんだけど、育ちの問題を思うと、切なさも感じる。特にやっと幸せにな家庭を築いていけるの思った矢先に、奥さんが襲われて、そこからまたどん底に落ちていくところ、、
いつの時代も酒と薬はとことん人をダメにするんだと。
Posted by ブクログ
青年・葉蔵が狂人と化していく物語。
葉蔵は世間を恐れ、不信感・無関心を内に隠しながら道化を演じて生きている。女にめっぽうモテた。初めて恋した女との心中で死に損なったことを転機に女、酒に溺れて堕ちていく。
ただ、登場人物(特に女)はほとんど善人のようだ。その優しさに、葉蔵は甘えずには居られなかった。
葉蔵には強い意志そのものがなかったのだろう。
だからこそ道化を演じられたのだが、だからこそ甘さを跳ね除けられず、抜け出せなかった。
人との出会いにより展開していくストーリーは現代では想像し難いが、没落していく様子は非常にリアリティがある(没落の様子は常にリアリティがあるものかもしれないが)。
意思を持たぬこと、易きに逃げること、あるいは心が折れることの恐ろしさを感じさせる一冊。
その恐怖心が、人生のあり方を考えさせてくれる。
Posted by ブクログ
幼い頃から人間という存在を恐れ、道化でごまかしてきた主人公。人間である以上逃れない「人間の条件」から逃げ続けた末に、やがて破滅へと至る過程がとてもドライに描かれている。
自分にとって苦手なことや、時には恐ろしいと感じることは、人生の中でいつかは決着をつけなければならない。そんなことは誰にもいくつかはあるはずだし、だからこそ誰もが何らかの歪みを内に秘めているのだと思う。主人公の惨めな生き方に腹が立つと同時に、心情的に妙に共感できる部分があるのも多分それが理由だろう。
読み終えたとき、とても暗い気分になり、このストーリーをどう受け止めれば良いのか混乱したが、自分の内面を映す鏡として機能しているように感じた。
Posted by ブクログ
ごつごつの文章。リズムはまずまずなので最後まで読める。
内容は身を持ち崩した男の物語。この本はタイトルの妙と当時としては衝撃的なダークな人生の内容でつづった小説、ということか。
このあと、同様な本は山ほど出ていて、表現や構成が「人間失格」よりずっと良いものもある、ということか。
この本が書かれたのは戦後の1948年。読んでみた感想として明治期の本かと思っていた。
Posted by ブクログ
最後の畳み掛けは圧巻でした。
太宰治の文章にはストーリー性があって、やや難解な語を使っている所もスラスラと頭に入ってきました。多分意識されてるのかな?
肝心の内容はここでは話しませんが、読んでいる内に感情が奥へ奥へと引き込まれていく感じで、思わず見とれてしまいました。締めは、太宰治の矜恃とも言える、圧巻の締めでした。
読んでみてこの感覚を味わってみてください。基本的に読みやすいので、若者の方にもおすすめできます。
Posted by ブクログ
初めての太宰治。思ったより暗めの物語で、出口のない感じが凄かった。様々な社会問題が取り上げられており、それが今の現代人にも刺さっているのではないかと思った。「人間失格」な葉ちゃんが結局一番人間っぽいのではと感じた。
Posted by ブクログ
学生の頃は自分も、人に好かれよう、人の印象に残ろうとして、自分を演じていた。暗い奴、つまらない奴と思われたくなくて、自分を大きく見せ、無理に明るく振る舞うこともあった。
とくに大学生の頃は本当の自分とは違う振る舞いで周囲の印象に残ろうとしていた。人と繋がりたい思いや、寂しさ、不安、根底の自信のなさがあったのだと思う。
バカに見える言動の裏にも、破天荒な人間として周囲の記憶に残ろうという計算が多少なりともあった気がする。そうしたことしていた結果、本当の自分の人物像とは違う形で自分が認識されているように感じ、本当にバカと呼ばれて相応の扱いになることもあった。
一度ついた自分のイメージは簡単には覆せないから辛かった。そのイメージを持たれたまま彼らとの人間関係が終わり、無関心に流れていったように感じ、やるせなく、もどかしかった。
そうした当時の心境があったからこそ、主人公の「道化を演じるけど内心では葛藤している」姿が余計心に響いた。人の評価が怖くて必死に明るく振る舞う。嫌われたくないから平気な顔をする。しかし内面はひそかに傷ついている。竹一に「ワザ、ワザ」と言われて動揺するのも共感した。昔の自分と重なった気がした。
正直、この本に共感したのは、こうした「本当の姿ではない自分を人前で演じることによる社会的無理解と孤独」だけだった。
ほかにも主人公が酒や薬物、女性に溺れて退廃的な生活に身を委ねて苦しむ様子も描かれているが、個人的にはあまり共感できるものではなかった。さすがにここまではいかない。
世の中で自分なりに孤独を経験したが、主人公ほど絶望的な人生を生きているわけじゃないのだな、と思うと、少し勇気にもなった。
社会が認識する自分と本当の自分が乖離(かいり)していることの孤独、そして、その孤独を自分以外の誰にも知られていないと感じたときのやるせなさを、物語を通じて追体験でき、救われたような気がした。暗い話なのに光が見えた。
※補足
物語は面白いが、一文が長すぎると感じることがよくあった。読点がたくさんついていて、それでいて一文の終わりがなかなか見えてこなくて読みにくい。名作とはいえ、なぜこういう書き方をするのか・・。
Posted by ブクログ
人から嫌われるのが怖くて、自分を偽っておどけて生きている葉蔵。
自意識が強くて自分を偽って見せる経験がある人には共感できる部分があるんじゃないかと思った。
そんな人間にとって怖い存在なのが竹一のような存在。ワザ、ワザ。のシーンはまるで自分が見透かされてるような感覚になって、いても立ってもいられなかった!
どんどん落ちぶれていく葉蔵を見るのが辛かった。最後は自分を人間失格とまで言った葉蔵だけど、バアのマダムから見た葉蔵はそんな人間じゃなかった。人生って、人間って何だろう。
「ただ、一さいは過ぎて行きます」いろんな経験してきた葉蔵のこの言葉だけがこの世の真理な気がした。
理解できない部分もたくさんあったから、また時間を置いて読み直したい。
Posted by ブクログ
やっと読めた名作。自分以外の人間を極度に怖がって、自分自身に人間失格のレッテルを貼る人生。太宰治の人生含めて作品って感じ。
全てに共感はできないけど、他人を怖がって道化になる感覚は少なからずあるよね。
Posted by ブクログ
大庭葉蔵、改め太宰治の半生を元にした手記。
物心ついたときから、自分は他の人と良くない方向で何か違うと感じる。
だけどそんな自分を悟られないように道化を演じることで、世間の流れに迎合する。
世間が何者なのか理解できずに恐れている。殻を破って理解しようともしない。
ただ、道化となって何とか合わせているだけ。
道化と言っても、
P69「はじめて自分が、恋したひとの声だけに、痛かったのです」
とあるように感情はあるもので、人としての痛みを知っている。
ただそんな相手を前にして恥をかき、入水自殺を決行する。
隠している弱い部分を見られると自尊心が消え去り、一気に死んでしまいたくなるのかもしれない。
結局葉蔵は死ねず、一緒に自殺した女だけ死んだ。
↓この部分が葉蔵がどんな人間なのかをよく表している。
P85「自分は、皆にあいそがいいかわりに、「友情」というものを、いちども実感した事が無く、堀木のような遊び友達は別として、いっさいの付き合いは、ただ苦痛を覚えるばかりで、その苦痛をもみほぐそうとして、懸命に道化を演じて、かえって、へとへとになり、わずかに知合ってる人の顔を、それに似た顔をさえ、往来などで見掛けても、ぎょっとして、一瞬、めまいするほどの不快な戦慄に襲われる有様で、人に好かれる事は知っていても、人を愛する能力に於いては欠けているところがあるようでした」
⇒私からすれば友達と呼べる人なんて数人であり、それが普通だと思っているが、葉蔵はそれが異常だと思っていたのかもしれない。世間の人たちは自分が思っている以上に、交友関係は広くも厚くもなく、冷たい。そうは思えてないということは、葉蔵は以外にも純粋な人間だったのかもしれない。
↓ここも葉蔵の八方美人な姿が伝わる。誰にでも良い顔をするから、誰からも好かれない。
P141「すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るような恐怖におびやかされる」
自分以上に純真無垢な人と出会い、幸せな人生を歩むもうとしたところで姦通事件に遭う。女との関係に亀裂が入る。ある日、女が自殺を図るために用意していた薬を見つけてしまい、葉蔵はその薬を飲んで再び自殺を図るが、また生還。
狂人となった葉蔵は脳病院に入院し「人間、失格」と悟る。
ただ最後に、自分の中での人間らしい部分に触れるのであった。
葉蔵は生涯道化を演じ続けてきて、数多の女性に好意を向けられてきた。
羨ましくも思う反面、猫を被った状態を好かれても、自分の何を知って好きになったのか、問うてしまう気持ちも分かる。
世間の人が何を目標にして生きているのか、何が楽しくて生きているのか、生きる理由とは何なのか、自分のアイデンティティとは何なのか、そんなことを考えていた時期がある。そんなことばかり考えていると、当然の如く気を病む。引きこもる。
”普通”の人はそんなことを考えもせず、淡々と生きているのかもしれない。それを羨ましくも思いながらも、普通の人とは違う生き方をしている自分に誇らしさも感じていたり。
自分の人生に没頭できない苦悩、その部分については葉蔵に同情してしまう。
Posted by ブクログ
自分とは真逆で共感できなかったけれど、いつも明るくおどけて容量の良い、しかしどこか取り繕ったところが垣間見えるタイプのあの人が思い浮かんだ。意外とああいうタイプにも繊細だったり、何かしら苦悩があったりするんだなとは思った。
Posted by ブクログ
版は色々ありますが、本家本元 筑摩書房から昨年出た新装文庫が、初単行本のオマージュっぽくて最高です。
道化を演じることでしか社会と繋がれない主人公・大庭葉蔵が、他者への恐怖から破滅へ向かう半生を描いた物語。
一見すると特殊な転落劇ながら、根底にあるのは誰もが隠し持つ「自分を偽る苦しさ」や「世間への恐怖」。多かれ少なかれ共感するところがあるから読み継がれるんでしょうね。
人間のエゴに絶望しつつも純粋さを求めていたこと。痛々しいほどの自己開示が、時代を超えて読む者の心を打つ普遍的な作品だとしみじみ思います。
Posted by ブクログ
葉ちゃんの気持ちはわかるーけど、ここまで悲観的で向上心もない考え方には疑問。悲観的な部分しか敢えて書いてないのかもしれないけど。斜陽の方が好きだったなー
Posted by ブクログ
後書きの「神様みたいないい子」という一言がこの本の本質だと思った。過敏な繊細さを隠すための道化、他者を拒絶できない不器用さ。主人公の破滅は愚かさではなく過剰な優しさゆえのものだと思う。古い物語だが、同調圧力が強い現代社会の構造と似ており、人間の本質について考えさせられる作品だった。