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Posted by ブクログ
文庫版解説によると、本作は位置付け的には太宰治の中期的作品となるらしく、表題作と「正義と微笑」は、ともに30代で中年を迎えた太宰治の年下の友人の日記やそれに類する文章にインスパイアされて書かれた姉妹的作品であり、そして「青春文学」に分類される作品なのだという。
中年を迎えた太宰治が、自らのこれまでの人生を織り込みながら、あくまでも10代後半、二十歳の書き手の視点で綴られた文章は、『晩年』や『人間失格』のような初期および後期の作品とは異なる「明るさ」な「軽さ」がある。他者の日記などを換骨奪胎しているが故に自己言及の度合いは希薄で、破滅的な太宰とは異なる顔を見せている。これらが戦時中、そして戦後間も無く書かれたことを関係しあって、私にはより生きることへの肯定的なニュアンスを随所に感じさせられて、とても響くものがあった。
なぜ生きるのか、は問題ではない。どう生きるのか、がここで大切にされているように思われる。軍事主義への反省、あるいは批判的な見方を書き手の一人称的語りに託すことで、「新しい人」としての希望的な生への指向性が描き出されているように思う。それが「青春文学」という野暮ったいレッテルを引き剥がすには十分な言葉、そして思想によって展開される。太宰治本人としては、中年の生の実感を落とし込むには難しいところもあったそうだが、少年から青年へ移行する未来への意気込みあふれる若者の視点とのバランスによって、両作は文学作品としては非常に稀有な地点に至らしめているところがあるように感じられた。
時代やその担い手となる若者たちのリアリズムとしての「青春性」を担保ながら、太宰治自身が抱え、『人間失格』に至る実存の危機と響きあうように両作は私に迫ってきた。このような作品を残しておいて、なぜ太宰治は破滅に向かわざるを得なかったのか、どうしても考えさせられてしまう。もっといけたのではないか、戦後の新しい思想とポエジーをものにすることは作者にとってあと一歩のところまで来ていたのではないか。そんなことを勝手に思わせられるほど、進歩的で素晴らしい作品だと思う。
Posted by ブクログ
ふたつともだいすき。女生徒も斜陽も正義と微笑も、表題のパンドラの匣も、太宰治は人の日記を作品にするのがうますぎる。
正義と微笑のR大の同級生への描写、中学の先生についての考え、本当に好き。これをいいな、かっこいいーと思って影響受けちゃって学校で大浮きした。この状況も作品中の孤立派という言葉で正当化できちゃうんだから、なんという学生狂わせ!!「なんじら断食するとき、偽善者のごとく悲しい面容をすな。」これを大切に、大切に、生きていきたいと思う。何事も知識をひけらかさず、淡々と努力できる人になりたい。これも良くないか、まあ現実で会う誰もこのページ見てないし。でもこれを心に決めて生活すると本当に苦しい。この作品の聖書から影響されているところ、引用されているところは、元になった日記だとマルクスからの引用らしいけど、なんで太宰がマタイの6章16節に変えたのか考えると、ちょっとだけ、ほんの少し太宰の気持ちがわかった気がした。お道化。でもこれを作品にするのも三島が嫌った太宰治的と言うか、まあ作家はそういうものなのかなあ。もっと聖書の勉強をして、いろんな経験をして、また何度も読み直したい。一番影響を受けた作品です。きっとこれからも。
長文失礼しました。
Posted by ブクログ
表題の「パンドラの匣」、そして「正義と微笑」
どちらも太宰作品特有の陰鬱さがなくて読みやすい。
どちらも好きだけど、「正義と微笑」が特に好き。
主人公の進がいかにも少年らしいプライドの高さと貪欲さを持っていて、現状は辛いことが多いのだろうけど、きっと彼ならそれらを乗り越えて大成するんだろうと思えるし、応援したくなる。
「微笑もて正義を為せ」
この言葉は自分の人生でも活かしたいです。
「パンドラの匣」は結核を患った主人公の入院生活が書かれており、同室の患者や看護師との交流が書かれていて、そんな日常の中の何気ない場面の表現が繊細さとユーモアがあり、そこに太宰を感じます。
看護師との恋愛は特に、終盤にかけてだんだん主人公の本心がわかってきて、その不器用さに切なくなってしまう。
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