よしもとばななのレビュー一覧
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「彼と暮らしていた今よりも少し若き熱い日々を思い出すたび、やはり目の前が暗くなった。あの日に戻れないなら、もう私の人生にはなんにもない、そんな気持ちがしょっちゅうこみあげてきた。楽しさだけを基準にするなら、話し上手で勘がよく、人の気持ちをさっと察して的確なことを言える彼との暮らしはやっぱり楽しかったのだ」
「誰かの生きがいを生きるという重み」
「自分自身のことを愛してない人といると、それだけでとてもつらいしら苦しいんだ」
「先の約束をひとつする度に、未来に小さな光がひとつ灯った。それを実感できるくらい弱っていた。このところずっと今日を泳ぐのでせいいっぱい、明日は溺れるかも、そんな感じだったことをこの町に来て私は悟った」
「目から涙がぽろりと出てきた。ほんとうは心許してほしかった。もっと無言の時間をもてるくらいに。そして、静かに過ごしたかった。特別な言葉がなくても、相手をほめ殺しにしなくて も、派手に料理を作って並べなくても、特に面白いニュースがなくても、人と人はそっと地味な光が内側から照らすような寄り添い方ができるんだよ、ということをわかってほしかった。」
「人をほんとうにほんとうに愛するって、それはそれはたくさん時間かかるんじゃない?」
ちどりは言った。
「そうだね・・・・・時間をかけてもよかったのかもしれないのにね。 なんで離婚に至ったんだろう?自分のつごうを差し置いてまで愛せる気が全くしなかったからなんだろうと思う。毎日が楽しくて、それを重ねていったら愛になりましたって、そういうものでは決してなかった。まるで借金を抱えている人みたいに、今だけは借金のことを忘れていようってむりに見ないようにして楽しいと思うような、そんな日々の積み重ねだった。入院している人が一時帰宅して、病院のことは今だけ忘れようって思うような切実でありがたい忘れかたではなく、明日の朝仕事上の重要なミーティングがあるけど、すごくいやな人がいて気が重い、だから飲んじゃえ、みたいな甘えた逃げの時間だった」
「でもね、ほんとうにほんとうに愛してたら、いや、愛せそうな予感がしたら、どんなに自分と価値観が違ったって続けたと思うよ。」
「クマさんともしも寝たら、脱いだシャツもハンカチも、みんなクマさんの奥さんが毎日の中でもはや義務感さえなく、普通のリズムで取り揃えたものなんだよね。クマさんのカバンも、靴下も、みんなふたりの家、子どもたちを育てた家からやってきたものなんだよね。不倫っていうのは、要するにとことんそういうものなんだよ。一見楽しく見える。ホテルはそうじもしなくていいし、シーツだって換えなくていい。おいしいもの食べ
て、お酒飲んで、セックスして、いいことずくめ、最高じゃない?と思う。
でもそれは、さっちゃんの元だんなさんの思ってるきらびやかでいつもふんわり楽しい人生と同じで、実はすごくつまんないものなんだよね。ひたすら皿を洗ったり、ふきんでふいたり、ばかほど洗濯物干したり、シーツ換えて腰痛めたり、なんかそういうのがないと、人との関係って深くはならないんだよ。どうしたって。どうしてだかは知らないよ。でも、そういうふうにできてるみたいね。」
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ネタバレ★3.5
久しぶりにばななさんの元へ帰ってまいりました。
精神が底つきそうなときにいつもばななさんの本を漁ってる自分がいるので、ばななさんの作品はわたしにとってそういう命綱みたいな存在なのだな、と気づく。
文章から滲み出るやさしさと、時に本質をつんっとされるような言葉が相変わらず好き。
自分にとっての小さなしあわせ、わたしも改めて考えてみて、しあわせなことに囲まれているなあって思いたいなと思ったし、やっぱりばななさんの文章みると、少しでも感情がしあわせに動いた時に、なんでしあわせって思ったかなって言語化できるようになりたいなあとも思った。
_φ(・_・
(前略)そういうものをいっぱい持っていると、悲しいことがあったときにきっと、ほんのちょっとだけいい側にひっぱってくれるんじゃないかな、と思う。
それが人によっては、ドーナツかもしれないし、コートかもしれない。なじみの小径かもしれないし、近所の居酒屋のメニューかもしれない。なんでもいい。その人らしいもの。
きっとその人を好きな他の人がそれを見たら笑顔になるようなものが、きっとあるはずだ。
自分だいじなものだけれど、ものすごくではない。なかなか会えない後輩に会えて嬉しい。だから、持っている少しだいじなものをなにかあげたい。会えて嬉しかった気持ちをそうやって小さく残したい。そんな気持ちが伝わってきたから。
私はわたしの佇まいだけで、だれかをまるで言葉でほめているような、そんな人間になっていきたい、そう思った。 -
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『どんなに明るい気持ちで、どんなに私たちを愛して去っていったとしても、もしくは生きるのがどんなに困難であったとしても、私たちはやっぱり悲しい。最後の最後まで私たちに一日でも多く会おうとしてくれなかったことが。』
最終的には、いつものばななさんの言葉達に救いあげてもらえたけれど。
ひたすら続いている出口のない暗いところを彷徨っている感覚で、ここ数年ずっと考えている命についてドンピシャな内容だったからか、
もう読むのを辞めてしまいたいと思うほど、冒頭から途中まで苦しくて、痛々しくて、つらくて、何より腹立たしかった。
人間の数だけ命や生き方や死に方への考え方はあるかもしれないけど、何があろうとも自殺に対しての批判的な強い考えが私の中にある。
大人たちが自分たちの生き様や死に様を美化していることもないけど、どこかそう取れて、残された2人もどこか達観しているような、
まさに、周りの人間とは違うオーラを放っていて、なんでそんな感じなの?とモヤモヤというか理解できない世界を見せつけられてる感覚だった。
が、それはやっぱり『若さ、未熟さ、行きすぎた悲しさ』から来るもので、途中から感情が溢れるような言葉達がすごく印象に残っている。
【いてほしかった。死よりも私を選んで欲しかった。】
で、ハッとした。素直にど直球に、これが主人公の本心。
それを、聞けて
あぁ、、よかった。と漠然と感じた。
生きていた素敵な時間を思い出すことも、
愛されていたことを慈しむことも、
最期が自殺だと、その過去に対して、
そうじゃなかったのかな。、と残された人は思ってしまうんじゃないだろうか。
未来だけではなく、過去さえ変えうるのが自殺だなと個人的に思う。
『いつかはあんな風に完全に死ぬのだろう。
でも今ははっきりと生きていて、触ることが許されていて、温かい。よかった、とわたしは思った。この時間こそが、私が確かに持っているものだ。だれにも奪うことはできない。』
生きている2人が、生きている2人の未来があることに気がつけたことに圧倒的に救われました。読み終えたときのこの感覚は忘れられないです。 -
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ネタバレ『TUGUMI』や『キッチン』がベストセラーの「吉本 ばなな」さんは、2003年から2015年まで「よしもと ばなな」に改名していました。
「吉本 ばなな」は、仕事をやりますよ、他のことは知りません、という名前だったから、赤ちゃんが小さいうちは、それではダメだなと思いひらがなにしたそうです。
だから、子供が大きくなってから再度「吉本 ばなな」に戻したのですね。
あと、エロ話が大好きな姉がたびたび登場しますが、「ハルノ宵子」という漫画家さんでした。
このエッセイは、好き勝手にのびのびと書かせてもらったそうで、とくに妊婦の時の様子はおもしろく読めた。
餃子が大好きで、具合が悪くて吐いた後でも、餃子なら6人前くらい食べる事が出来たのに、妊婦になったら餃子はおえ~だ。
小学校の時からみっちりと酒を飲んでいて、病気になっても酒を三日以上抜いたことがなかったのに、今はビール一杯でおえ~だ。
妊婦になるといきなりすっぴんでショートカットになって服もかまわなくなる人がいるが、その気持ち痛いほど良くわかる。
おしゃれとはものすごいエネルギーを要する行為なのだと気づいた。できればずうっと横になっていたいくらいなのだから。
このくらいのことはバンバン書ける根性でないといけない!と、弱気な自分を戒めて本心をさらけ出して書いたエッセイみたいです。
「熱湯コマーシャルの司会は、ダンカンと書いてあったけど、ガダルカナル・タカだったと思う。」と指摘されて、
本当に申し訳ありませんでした…と謝ったけど、「どっちでもいいじゃん!」が本音だとばらしたりしている。
梨木香歩さんの本のタイトルにもなっている「冬虫夏草」の話が出てきたので、「冬虫夏草」を調べてみたが、私にはおえ~っとなるやつだった。
これは「吉本ばなな」さんてこんな人というのが分かる本ですね。 -
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「王国」第3部。ここに書かれているものはファンタジーのような感じもするのだが、人間が元々持っている能力のような気もする。「なんとなくうまくいかないな気がする」とか「なんとなく嫌な予感がする」という、マイナス的な「なんとなく」という感覚を言葉で表現しているのではないかとも思えてくる。二人ならうまくやれていたのに第三者が入ってくると途端に関係がぎくしゃくしたり、本当は「なんとなく」そうなることはわかっていたのに…。というような経験は皆さんにもあるのではないかと思う。
それでも新たな一歩を歩みださないと前へは進めない。そうした勇気をくれる作品かもしれない。 -
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「王国」第2部。前作からはそれぞれの登場人物の住む環境が異なり、それによってどのような変化がもたらされるのかが描かれている。
新しい環境というのは、本人が思っている以上に心に負荷がかかることであり、今まで上手くできていたことが急にできなくなったりすることも珍しくない。そして、環境の変化は人間関係にも変化をもたらす。それが自分にとってよい方向に向かうのか、それとも悪い方向に向かうのかは想像できない。しかし、周囲の人には案外その景色が見えたりしていることもある。その言葉に救われた経験は誰しもが持っているのではないだろうか。そんなことを思い出させてくれる作品。 -
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現実とはややかけ離れ設定ながら、人の温かさや傲慢さなど、悲喜こもごもが集約されている作品。寂しいとき、心が一人ぼっちになっているとき、そういうときに寄り添ってくれる人がいるというのは大変ありがたいもの。それが人の素晴らしさでもある一方で、そこに嫉妬や妬みなどの感情が沸いてしまう人がいることも事実。
また、ある人の発するオーラというか波長というか、そういったものを敏感に感じ取れるという人もいる。世の中には様々な人がいるのだが、あたたかく見守るということも大切なことだと感じる。
最近では、譲り合うとか思いやるということも減ってきたのではないかと感じてしまう。 -
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ハワイに会いに行きたいと思った。そして日本も。
印象に残った言葉
どんな人もそれぞれがトップである場所では同じように大変で、同じようにすばらしいのだから。同じようにぐっとこらえ、ぐちをのみこみ、一瞬にかけて、自分が自分をちゃんと見ているから大丈夫、と毎日を積み重ねる。
自分が自分にとってぴったりくる役割の中にすんなりいること。その中でたったひとり、遅い歩みでも進んでいること。自分が自分でいるだけ、それ以上の幸せがあるだろうか。なんといってもこの世にそれができるのは自分だけなのだ。
誰かを自分と比べてうらやましいと思ったり、だれかがちゃんとわかってくれさてすれば、自分はこんな状況にはいないのに、と思うことの何倍も、そこには小さなあたたかさがある。つきない動力がある。