恒川光太郎のレビュー一覧
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ネタバレ伝奇SF。再読ですが、何度読んでもこの世界に取り込まれてワクワク読んでしまいます。面白かった。
長編でも、寂しさを覚える読後感は変わりません。
地球に降り立った金色様の、永い幕引き…と思うと大変寂しい。
相手や自分を、許す許さない…がぐらぐら揺れ続けるのも良かった。
「筋か。この世の恐ろしいところはな、筋などというものは、本当はどこにも存在しないのだ。ただ、筋を通した、通っていないと当事者とその周囲の者がいうだけでな」
不思議な力を持つ遥香のことを邪険にせず、謎すぎる存在の金色様のことも邪険にせず「違う種類の神様だけど」みたいに接するお年寄りたち、おおらかだなぁ。
日常と異常が無理なく共存しているのは、ファンタジーでもあり、昔の日本でもあり。
恒川さんの、日本の昔話味がいつもより色濃く出ていました。
文章が端正で易しくて、いきなり容赦ない生々しい描写が出てくるのも昔話読んでるみたい。
紅葉さん、流石格好良い。
「人生、起こること、これみな神事。覚悟せいよ熊悟朗」 -
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11月7日という一日を繰り返し続ける女性の視点で展開されるわけだが、
同じ日が延々と続くという奇妙な状況は、単なる怪異ではなく、むしろ自分達が日々の中で無意識に支えにしている「明日がくる」という希望の「脆さ」を浮き彫りにしているように思う。
死後の世界を誰も知らぬように、自らの有限な肉体と時間の束縛の中でもがきながら生きている。
それでも、1日の終わりに「いろいろあったが、悪い一日ではなかった」と思えるならそれはひとつの救いであり贅沢な事なのだと本編を読んでそう思う。
「幻は夜に成長する」は醜悪かつ後味の悪い「人間の怖さ」を描きながらも、どこか登場人物が見せる夢幻のような美しさが作中には漂っている。
「肉体は魂の牢獄」という言葉があるが、人が人として生きること自体が、ある意味ではこの世の「牢獄」なのかもしれないと作品を読んで感じた
秋という季節は、楽しい行事が多い一方で、だんだんと寒く夜が長くなり、
自然の色が褪せていく寂しい季節でもある。
そんな秋の静けさの中で読むには、「秋の牢獄」ほどぴったりな本はないと思う。 -
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「人と化物の境界線」がどこにあるのかを考えさせられた。
登場人物は人の皮を被った化物なのか、
それとも化物のように醜い心を持った人間なのか、その判別すら曖昧になっていく。
結局のところ恐怖の根源は外側にある異形ではなく、人間の奥底に潜む狂気や醜さそのものであると感じさせられる。
作中では「ケシヨウ」と呼ばれる魔物が怪しく徘徊し、まるで本編の深淵へのガイドのように登場するのが強く印象に残る。
ケシヨウは人間の負の感情を感知して姿を現し、
そのおぞましさは鏡のように人間の心の闇を映し出しているように思う。
災厄を生み出すのは常に人間の側であり、ケシヨウはそれに引き寄せられる存在に過ぎないのかな。
ケシヨウが化物であるなら、人間もまた同じく化物である。人間と化物の境界は崩れ去り、自分自身の心の奥底にも同じおぞましさが潜んでいるのではないかと疑わざるを得ない読感がある。 -
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ネタバレ
子供向けながらも、大人でも面白いということと、好きな作家が何人か書いていたので読んでみた。面白かった。特に最後の恩田陸のはすごかった…。
「象の眠る山」田中啓文
象眠山(ぞうみんやま)というのが出てくるので、象?ガネーシャ?と連想させておいて、正体は昆虫。最後のオチも、もしかしたら寄生されたかも、というもの。
それでも、UMA的な存在や、横道という解説キャラが出てくるので面白かった。横道が解説して助けてくれる、便利すぎるキャラ。
「とりかえっこ」木犀あこ
人頭(じんとう)という怪異。出現条件がピンポイントすぎる。何か元ネタがあるのか?50.65センチというのは人の肩幅?何から来てるんだ?
頭が喋ると思われていたが、頭を探しているという、いわば乗っ取り型。「盗まれた町」みたいな恐怖。
デュラララ!!を通っているので、デュラハンみたいだなと思った。
「誕生日のお祝い」田中哲弥
不条理世界というか、不思議な世界というか。ダメなこと(クスノキの畑でとれたニンジンをウサギに食べさせたこと)やって許してもらおうと魚を持ってきたけど、腐ってたから、許してもらえなくて牛になっちゃった、という話。
世界観はまあまあ好き。
でも誕生日と謝罪の詫びがよくわからない。プレゼントが詫びの品に変わったわけだが、そこらへんは読者にミスリードさせようと?
「おぼえているかい?」黒木あるじ
忘れられたものの恨みの話。主人公が約束をすっぽかされて怒っている分、怪異の怒りも想像しやすくなってて良いけど、代償がデカすぎる。
「能面男」恒川光太郎
結局能面が主体?
主人公が準備した武器が彫刻刀でガチすぎる。能面を作る時に使う道具だから作者は彫刻刀をチョイスしたのかな。
父親は交通事故で死んでいるらしいが、父親像がよくわからないので、遺族の悲しみで地縛霊と能面が重なったのか、生前ひどい父親だったから能面に見出されて彷徨うことになったのか。
どういうことだ?
悪霊とかオカルト抜きで、みんなに怖がられた犯人が実は父親だったという衝撃の話だったのかな。これで実は死んでたから良かったものの、生きていたら犯罪者で、これからは加害者家族として生きねばいけない、という怖さ。そっちのほうな気がした。
能面は社会的なペルソナ(仮面)ってことか?犯罪者にも家族がいて、仮面を取れば父親。
作中では犯罪者としての仮面を母親が踏んで壊したので、父親の罪は明るみになり成仏。現実的に考えると握りつぶした展開も有り得る、という話かな。
「爪に関するいやな話」牧野修
怖い話好きが怪異になっちゃって語っているわけだけど、爪の垢を煎じて飲む、から来てる?自分みたいになっちゃダメだよという教訓話。
「骨もよう」篠たまき
トイレの花子さんみたいなゆきちゃん。
警告のための名付けを、地価が下がるからと名前を変えて、危険な場所はろくに整備もしないで放置。故に子供が亡くなった、という話だな。社会的だ。
「猫屋敷に気をつけて」我孫子武丸
鬼の描写があるけど、普通に変質者なんだろうな。
ホラーのていで、これを読む子に警告しているようで面白い。
「六年一組の学級日誌」恩田陸
タイトルで那須正幹の「六年目のクラス会」を連想したけど、内容は「The End of the World」のほうだった。
学級日誌というていで、世界がわかる話。面白い。小松左京「お召し」にも近い。
これまでのアンソロ作品は子供向けで子供が主人公なので、漢字や言い回しが平易だったが、この作品は学級日誌で子供が書いた文章を読むスタイル。
面白いのが、学力が低下していることがうかがえること。言い間違いなどのミスはないけど、6年生なら書けるだろうなという漢字が書けてないこと。
天気の記録も飛び飛びで、後半は署名もなく、句読点の。も書かれていない。
そういう書式になっているのが面白い。
内容もめちゃくちゃ面白い。
悲惨な話しか無い。しっかり読者に伝わるように書かれているのも面白い。
最後に、生理が来た時の話が書かれており、普通は家で祝うものが、この世界では町中に知られて町長から祝われるという未来になっていて、めちゃくちゃゾッとして面白かった。御赤飯で祝うこと自体、今はやめておこうとなっているのに。
「最終兵器彼女」みたいな世界になってるんだなあと感じる。
本を燃やすくだりも良かった。本が好きな子がこういう本を読むので、それを燃やさないといけない辛さを感じられるし、怖い話目当てで本自体はあんまりな子でも、本を燃やすことの悲しさが伝わってくる。良い場面だ。
日付について、5月から始まって12月に終わるけど、5月はWW2でドイツが負けた月で、12月は日本が太平洋戦争を始めた時。それに合わせたのかな?と考えた。日にちは違うけれど。
半年で核が落ちるところまで行くのか。
・地名について
主人公達が住んでる港町は「S田」。おそらく山形県酒田市。新潟とも近い。
避難先として挙げられている「Sじょう」は山形県新庄市、「O沢」は山形県尾花沢市だと思う。内陸部の山間部に逃げてく感じ。
グーグルの経路で移動時間を調べた。
酒田市から新庄市まで車で1時間。歩きで12時間半。
新庄市から尾花沢市まで車で30分。歩きで5時間くらい。
電気もガソリンも使えないだろうから、歩いて移動したんだろうな。
作中の描写から、50代以上の年寄と20才以下の女性、子供が避難しようとしてたのかな?他の大人もいるだろうけど。
・作中のキャラ
柴山君。6年生男子。体格が良かったのでシェルター作りの工事に行って事故に遭う。
柴山君の祖母。小学校の校長をやっていた。デジタル教科書世代。
柴山君の父親。エンジニアで海底ケーブルの修理に行ってて1年は帰ってきていない。
→既に死亡?戦争は1年以上前からやっている模様。
柴山君の母親の描写は無いので故人の可能性。
秋本さん。6年生女子。最後まで日誌を書く。
秋本さんの父親。医者でずっと病院にいる。最後は治る見込みの無い患者を薬で安楽死させていった模様。
→秋本さんが避難を嫌がったのは、おじさんと一緒の部屋は嫌だから=父親死亡?亡くなったとしたら、病院が閉鎖されて、患者(祖母)を死なせたことで?
秋本さんの母親。秋本さんを産んでから何度も流産してから弟を産んだので、弟のほうを可愛がっている、と秋本さんに思われている。
インフルエンザが治らず死亡。
秋本さんの弟。病弱。母親と一緒に死亡。
秋本さんの父方の祖母。おじさんに殴られ柱に頭をぶつけ血を流して入院。
→病院が閉鎖された後の描写がないので、おそらく死亡。
秋本さんは母と弟が死に、頭を怪我した祖母は父によって死なされ、父も死亡。残ったのがおじさんだけになったので、避難しなかったと思われる。
秋本さんのおじさん。秋田県から疎開。若い時に肺を患ったがタバコは吸うし酒も飲む怠け者で暴力的。
秋本さんに手を出そうとした描写もある。
→労働力に駆り出されないのはやっぱ肺の影響か、医師である秋本さんの父親の診断書によってとか?
描写的に、戦時中、身体が弱くて徴兵されなかった人間というポジションだろうな。
長沢先生。
秋本さんが憧れているので、たぶん女性。ゲームが得意だったらしい。
たぶん、この本を読む今の子供達が大人になったのが長沢先生、みたいな想定だと思う。
加藤有紀絵ちゃん。
秋本さんのすぐ近くで寝ていた子。酸欠で死亡。
→この子だけフルネーム。それだけ親しかった?
疎開で3年生以下はいなくなっていたのと、6年生は2人だけなので、4年生か5年生だと思う。
加藤有紀絵が亡くなって、秋本さんは叱られると思ったが叱られなかった。
→実際、秋本さんに責任は無いけれど、叱られないということは、この子には親もなく、また人が減って食料が浮くので、それもあって叱られなかった?
叱られる心配ばかりで人が死んで悲しい気持ちが摩耗していることも表現してるのかな〜と後から思った。
改めて読むと、シェルター作りで、めぼしい労働力を失ったのが痛いな…。助けに行くことも出来ないし、シェルターも作れない。逃げるにもどこへ?となる。
環境汚染や気候変動、物資の不足も描かれていて面白かった。
夢も希望もあったのになあ。
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ネタバレ観光地としての沖縄ではなく、
むしろ異界の入り口としての沖縄の姿をまざまざと見せつけられたような感覚に包まれた。
土着の信仰と幻想、そして現実とが絶妙に融合し、そこにしかない「気配」が漂っている。
恒川光太郎の描く沖縄は、単なる舞台装置として存在するのではなく、
そこに生きる人々の日常と深く結びつきながら、非日常を自然に溶け込ませている。
その空気感は、まるで幼い頃にだけ感じられた「何か」、例えば黄昏時に遠くでじっとこちらを見つめている妖かしのような存在を想起させる。
作中に発現する怪異は、人間の善悪や理解を超越して、ただ「そこに在る」。それらは時に恐ろしくもあり、時に優しくもある。意味の外側に存在し、ただ生きているそんな怪異の存在に、
自身の生命の在りようが重なって見える。 -
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ネタバレ全編通して幻想と現実の境界を揺るがすような物語が静かに、心を侵食してくるような作品だった。
物語の多くには「死」の影がつきまとうが、それは決して単なる恐怖の演出ではなく、
人の内面にある弱さや欲望、そして無意識の衝動を映し出す鏡のように感じる。
登場人物たちが一様に、淡々とした態度のまま、しかし確かな「好奇心」に突き動かされて、
踏み入ってはならない領域へと足を踏み込んでしまうという点。
その「一歩」の先にあるのは、異世界であったり、どこか歪んだ現実であったり、時には犯罪や狂気の世界であったりする。
そして誰もが持っている「知りたい」「確かめたい」という衝動をひしひしと感じさせる。
そうした人物像が、物語全体の幻想性と絶妙に絡み合い、息苦しいほどのリアリティを生み出している。幻想世界にただ美しく浸るのではなく、有機的で湿った何かが絡みついてくるような読後感があった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ明らかに現実とは異なるはずの世界にも関わらず、
ふと「自分がその世界の中にいたのではないか?」と錯覚させるような、
不思議な感覚をもたらす作品だった。
「鸚鵡幻想曲」は、「自分とは何か」という根源的な問いを突きつけるように、
自分もまた「ある集合体の一部」なのではないか、
今この形をしている自分がやがて何かによって「解かれる」日が来るのではないか、
そしてまた、別の集合体として「再構成される」ことを無意識に願っているのではないかと、そんな想像を誘った。
作中の鸚鵡たちは、人間には掴めるが鳥には掴めない何かを象徴していた。
日々当然のように受け入れている「身体」や「存在」は、案外脆く、
実は異質な何かでできているのかもしれない、
自分の内側にある“自分でない何か“に気づかされるような読後感があった。
「夜行の冬」は、寓話的に解釈してみると、
あの物語を通して見えたのは、
「今、この世界を生きる」ということの重さと、
それをおろそかにした者に降りかかる「帰れない」という罰のようなものなのかな。
異界へと続く道は、決して非現実ではなく、生き方を誤ったときに開かれる、
もう一つの現実なのかもしれないと感じた。
物語が終わっても、あの世界は確かにどこかで続いている、という余韻が強く残った。
時間も空間も流動的で、決して閉じた物語とは感じなかった。 -
Posted by ブクログ
最も好きな幻想作家の一人恒川光太郎の作品集。文庫化されたので再読。まず「ケシヨウ」なる魔にまつわる短編が五編。しかしケシヨウという魔物の話ではなく人間の醜さいやらしさどうしようもなさを描いていて幻想味は薄め。何がどうなったのやら曖昧模糊とした結末のものもある。そして寄る辺のない「リュク」という少年が、聖者として崇められる人物(じつはダウォンなる妖魔)に導かれる物語。みなしごの人生の行き着いた先にえもいわれぬ感動が。最後は「風禍」なる不思議な存在が生み出した異界に育つ音楽の子供達の物語。このように美しく不思議な異界を想像力で創造し多くの言葉を重ねないにもかかわらず豊かに紡ぎ上げる恒川の筆力にうっとりする。やはり結末には静謐な深い感動がある。やはりダウォンも風禍もケシヨウと同じ種族の存在なのだと思う。しかし、帯に「身の毛もよだつ、究極のホラー七篇!」とあるのがいただけない。もうそろそろ恒川作品を「ホラー」と言うのをやめてほしい(ホラー小説が良くないといいいたいのではない)。「ホラー」だなどするから「あまり怖くなかった」とか「もの足りなかった」などという的外れで愚かなレビューを書く輩がでてくるのだ。
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ネタバレ約400ページと読み応えのある長編ファンタジー。ただ、人間の話なので政治のあり方とか歴史の流れみたいな根本的な部分は現実世界とあまり変わらない。
「自分はいま小説を読んでいる!」と思える作品感で、10代の頃に読んだ「ブレイブ・ストーリー」を思い出した。
主人公が最初は自分のために願いを使っていたのが、マキオたちとの交流を経てもっと視野を広くした壮大な願いをするようになったのが、人間的成長を感じられて良かった。草原に爽やかな風が吹いているような、自由を感じられる読後感もいい。
「夢は己の力で叶えるもの。世界は人々が知恵と勇気で切り開くもの。」
スタープレイヤーではないからこそ重みのある、ラナログの言葉が印象に残った。
今ある国も文明も、長い時間をかけて人間の叡智と行動によって生まれたもの。全てのものには、大なり小なり誰かの「願い」が込められている。「願い」があるから人は行動し、それを叶えようと思考を巡らせ、行動に移して実現してきた。そんな当たり前のことに、改めてハッと気付かされる。
死んでしまったら、「願い」があってもどうしようもできない。そう考えると、「生きること」とは「願いを叶えていくこと」なのかもしれない。
終盤で、主人公は胸に宿った新たな「願い」を叶えるべく、慣れ親しんだ場所からひっそりと旅立つ計画を立てる。やりたいことをやるために生きているのだから、と。それは魔法ではなく、己の行動で実現させる「願い」だ。
もしいま何か「願い」を秘めたまま日々を過ごしているなら、小さなことでもいいからそれを叶えるための行動をしてみてほしい。死者を甦らせる、不治の病を治癒するといった人智を超えたもの以外であれば、それを実現させる知恵や行動力を我々は備えているはずだから。
そんな希望に満ちたメッセージを感じさせる作品だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ表題作含む3編が収録されていました
秋の牢獄
神家没落
幻は夜に成長する
秋の牢獄は同じ1日を繰り返す時間の牢獄に囚われた人のお話。
神家没落は家に囚われたは人のお話。
幻は夜に成長するは幻術(精神の幽閉?)に囚われた人のお話。
どのお話もラストが幻想的で切なさも混じっており素敵でした。恒川さんの作品は世界観や言葉のセンスがとっても好み!
表題作はとある1日から抜け出せなくなる中で仲間を見つけ、どうしたらこの1日から抜け出せるのか、その先はどうなるかなど考えることがたくさん。そんな中で少しずつ仲間が減っていき、登場人物たちの気持ちも変化していく様子が丁寧に描かれていてよかったです!
2つ目の作品の主人公が次に交代した家守がまさかの…という伏線の回収もよかった、こういう伏線回収の仕方好き!
最後の作品はちょっと私には難しかったけど、不思議な世界観を味わっていました
解説を読んでさらに物語への理解が深まりました