今井むつみのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「こんなに説明しているのに、どうして伝わらないんだろう」
仕事でも家庭でも、そんなふうに疲れてしまう日がありますよね。相手が悪いのか、自分の伝え方が悪いのか。つい「正しく伝える技術」を探したくなる。
でも、この本を読んで驚いたのは、そもそも私たちは“同じ世界を見ていない”という事実でした。
今井むつみさんの『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』は、認知科学の視点から、人間の「わかり合えなさ」を解き明かしてくれる一冊です。
本書の中心にあるのは、「スキーマ」という考え方。人はみんな、これまでの経験や育った環境から作られた“自分専用のフィルター”を通して世界を見ています。
つまり、同じ言葉を聞いても、頭の中で見えている景色は人それぞれ違う。
この話を読んで、以前読んだ『私が間違っているかもしれない』を思い出しました。あの本では、「自分の考えを100%信じ切らないこと」が、心を楽にする知恵として語られていました。
本書は、それをもっと“科学的”に説明してくれる感覚があります。
「自分は正しく見えている」と思っていても、実はその見え方自体が、自分の経験によって強く偏っている。だから、人とズレるのはある意味当然なんです。
この視点を知っただけで、「なんでわかってくれないの!」という怒りが少し減りました。
特に面白かったのは、「〜なので」と理由を添えるだけで、人は相手のお願いを受け入れやすくなるという実験。内容が薄くても、“理由がある形式”そのものが人を安心させる。人間って、思っている以上に“論理”ではなく“認知のクセ”で動いているんですね。
この本の好きなところは、「もっと上手く話しましょう」という精神論で終わらないことです。
むしろ、「ズレるのが普通」という前提に立つことで、人に対して少し優しくなれる。そして、自分の“当たり前”を疑うきっかけにもなる。
読み終わったあと、私は以前より、「自分の見方も、間違っているかもしれない」と立ち止まれるようになりました。
人間関係にイライラした日や、「なんで伝わらないんだろう」と疲れた日に、本屋さんでふと手に取ってほしい一冊です。 -
Posted by ブクログ
子どもの認知がどのように発達していくのかを知りたくて手に取った一冊。
認知心理学の入門書という位置づけで、とてもわかりやすく、一気にさらっと読むことができた。
人は自分の経験をもとに、物事を一般化・抽象化しながら「スキーマ」と呼ばれる暗黙の知識を形成し、それをもとに判断している。そんな認識はなんとなく持っていた。しかし本書を読んで、誤った理解や思い込みから形成されたスキーマが、その後の認知や判断の誤りにつながること、そして一度できあがったスキーマを修正し、より正確なものへと作り変えることが想像以上に難しいことを知り、こどもの不可解な認知はここから来ているのかと納得した。
また、人間の認知の不完全さを補うものとして、「アブダクション推論」という考え方が紹介されていたのも興味深かった。アブダクション推論とは、限られた情報からもっともらしい仮説を立てる推論であり、厳密な論理だけではたどり着けない飛躍を含む。だからこそ人は新しい発想や創造を生み出せる。これはAIにはできない、人間ならではの能力だ。
子どもの認知の謎に対する解が知りたくて読み始めた本だったが、読み終えてみると、人間がどのように学び、理解し、時に誤解するのかという認知そのものの面白さに引き込まれていた。
このテーマは思っていた以上に奥深いしおもしろい。とりあえず、今井先生の著書をもう少し追いかけてみたいと思う。 -
Posted by ブクログ
コミュニケーションは様々な認知の力
①言語を理解する力
②文脈を理解する力
③記憶する力
④思い出す力
⑤想像する力
などに支えられて行われている。コミュニケーションの前提には「スキーマ」がある。それぞれの頭の中の当たり前(スキーマ)が皆同じではない為に認知の力がうまく働かない。
「人は何をどう聞き逃し、都合よく理解し、誤解し、忘れるのか」を知ること。それでも伝え合えるように考えることがいいコミュニュケーションの実現には不可欠。
私たちは話せばわかり合えるものなのでしょうか。何かが伝わらない場合、問題は説明の仕方や表現の仕方の問題であって、それを改善すれば伝わるようになるのでしょうか?
しっかり説明したのならば相手は当然、正しく理解するべきなのでしょうか?もしかするとAさんがBさんに何か伝えるときに、Aさんが思い描いていることをそのまま正しくBさんに共有できることの方が実は例外的なのかもしれません。
なぜなら私たち人間は、相手の話した内容をそのまま脳にインプットするわけではないから。
言語は意図の全てをそのまま表現できるわけではない、常に受け取り手によって解釈され、解釈されて初めて意味あることとして伝わる。厄介な事に思いと解釈が一致しているかどうかは話し手にも聞き手にもわからない。
①言葉を尽くして説明しても、相手に100%理解されるわけではない。
②同じものを見たり、聞いたりしても、誰もが同じような理解する向けではない。
③「言われた」という事と「理解した・わかった」というのは根本的に別物で「言われたけれど、理解できない」ことも往々にして起こり得る。
記憶は簡単に操作され、影響を受け「事実」がいつの間にか塗り替えられる。
世の中には「断言したもの勝ち」「自分の記憶が正しいと信じられた人の勝ち」ということが往々にして起こっている。
ねじ曲げられた記憶に関して話しているときには真実を述べていないにもかかわらず、本人に嘘をついていると自覚はありません。その記憶は本人にとっては「真実」なのです。
字面を見ていても、読んでいないことがある。誰が見ても明らかな注意だったとしても、本当に「読んだ」かわからない。私たちの視界は常に、偏っているのです。
私たちが知識や情報を受け取り理解し、記憶する際、何かしらの偏りが必ず生じています。自分に合わない情報はそもそも頭に入ってきません。スキーマによって捉えているものは人によって変わるから指摘されるまで気づかない。
それぞれの意見が違うときは、魅力的にあるいは丁寧に説明することではなくて、それぞれはどんな視点からその意見を言っているのかを考え、聞き取り、それぞれの懸念を払拭していくことが必要。
聞いてもらうには相手の感情を動かす必要がある。
理由「なぜ」の部分を伝えることで聞いてもらえる確率も上がる。
相手の感情に寄り添う。服装を同じにするだけでも効果あり。悩みと感情はワンセット。悩みを共有できると感情を味方につけやすい。
私達の日常を支える推測・推論の力
意図を読むにも(相手の視点・スキーマ・感情)を推論する必要あり。学習にも必須。
真似る以上の仕事の盗み方。
失敗や間違いを分析・修正できるか。分析できなければ、ただ凹むだけで失敗を重ねる分析と修正をすることで、失敗は成功のもとと言える。
良いコミュニケーションとは何か
意見が活発に出ること
互いによく話を聞くこと
誰かを声の大きい人や、推しの強い人が勝つわけではないこと
揚げ足取りではなく、前向きに捉え、良いところは認めて、落とし穴や足りないところを見ていくこと
追随しないこと
険悪にならないこと
建設的に良い落とし所に持っていくこと
暗黙の了解ではなく説明の手間を惜しまない。(スキーマ=フィルター)自分と他人のスキーマは違うことを前提にしなければスムーズに進まない。
フィルターを同じにすることが難しければ、フィルターが違っていても伝わるように伝えること。そしてその前提となるフィルターの違い受け入れること。
最後にAIは人間から直感を奪う?とあった。熟練の職人の直感広げながら収縮させ、収縮させながら広げていく、「具体と抽象」の行き来の意識が大事。 -
Posted by ブクログ
著者の今井むつみ氏は、言語習得や認知発達の専門家。
本書の語り口は非常に優しく、専門用語も平易な言葉で説明されている。
頭にスッと入ってくるのだが、本書で語られている内容は、私たちの常識を根本から覆すほどに鋭いものだ。
読み進めるうちに、自分の脳がいかに「偏った見方」をしているかに気付かされてしまう。
この本能に気付いて、それを意識できるかどうかで、人生は大きく変わると思う。
これは決して言い過ぎとは言えないだろう。
とにかく我々は「見たいものしか見ていない」という現象に支配されている。
自分では世界をありのままに、客観的に見ていると思いがちだが、それは全くの勘違いでしかない。
認知心理学の世界では、脳が物事を都合よく解釈する仕組みであることが前提になっている。
そもそも人間の脳は、世界の膨大な情報をすべて処理することはできない。
そのため、過去の経験や知識に基づき「スキーマ(知識の枠組み)」を使って、情報を効率的に処理しようとするのだ。
いわゆる「直感」や「思い込み」がこれにあたる。
この仕組みは、人類の進化において獲得した能力だ。
周囲が敵だらけという命の危険に晒された環境の中で、すべての情報に翻弄されていたら、それだけで判断は遅れ、文字通り「命取り」になってしまう。
私たちは、自分の持っているスキーマに合致する情報だけを選び取り、合致しない情報は無視したり、歪めて解釈したりしてしまう。
この「効率化」こそが、生き残るために必要不可欠な能力だった。
しかしこれが安全な現代では、大きな落とし穴にもなっているという。
まさに「確証バイアス」のことだ。
「あの人はこういう人だ」というレッテルを貼ってしまうのも、確証バイアスの仕業と言えるだろう。
一度そう思い込んでしまうと、その人の良い面がほとんど見えなくなってしまう。
ビジネスの現場でも、「このプロジェクトは成功するはずだ」という思い込みが強いと、失敗の兆候は見過ごされがちだ。
私たちは、自分が信じたい物語を補強するために、現実を都合よく解釈していると言える。
この事実に気づくだけでも、現代を生きる我々は大きな武器を持ったことになる。
人間関係の悩みも、この「認識のズレ」が原因と言っていいだろう。
私たちは、自分が使用している言葉の意味を、相手も同じように理解していると思い込んでいる。
しかし実際には、一人ひとりが異なるスキーマを持って生きている。
同じ「誠実さ」という言葉であっても、ある人にとっては「約束を厳守すること」であり、別の人にとっては「相手の気持ちに寄り添うこと」かもしれない。
この微妙な定義のズレが、積み重なって大きな亀裂を生んでいるのだ。
相手が自分の意図を理解してくれないとき、我々はつい「相手が悪い」と考えがちだ。
しかし、認知心理学の視点に立てば、それは「お互い持っている知識のシステムが違う」とも説明できる。
単純に相手を責めるのではなく、相手がどのようなスキーマで世界を見ているのかを想像してみる。
この「視点の転換」が円滑なコミュニケーションの鍵を握ると、著者は説いている。
本当にこれは心当たりがあるし、実践的だと思う。
ちょっと視点を変える癖をつけるだけで、スキーマに囚われづらくなる。
まさに「メタ認知」のことでもあるが、これは自分自身の思考を、一段高いところから客観的に眺めることだ。
「今、自分は怒っているな」とか「自分は今、確証バイアスに陥っているかもしれない」と自覚する。
この「自分を客観視する力」を養うことで、感情に振り回されることなく、冷静に状況を判断できるようになる。
まさに人生を賢く生き抜くための必須スキルと言えるだろう。
これからの時代、ますますAI(人工知能)が普及していく。
計算能力や情報の検索能力において、人間がAIに勝てる見込みは全くない。
事務的なルーティーン作業や、膨大なデータ分析は、AIに任せるのが合理的で、その傾向は加速度的に進んでいく。
そうなることは必然として、我々残された人間は何をするのか。
AIに勝る価値とは何なのだろうか。
著者は、それこそが「意味を見出す力」であると説く。
AIはデータを高速で処理することはできるが、そこに「意味」や「価値」を感じることはできない。
ある出来事に対して、なぜそれが悲しいのか、なぜそれが素晴らしいのか。
その「納得感」を得られるのは、心を持つ人間だけと言える。
複雑な文脈を読み解き、論理だけでは割り切れない「正解」を見つけ出していくこと。
これこそが、人間ならではのクリエイティビティなのだろう。
人生の「大問題」に直面したとき、AIなら最も効率的な解決策を提示してくれるかもしれない。
しかし、その解決策を選び取り、自分の人生の一部として引き受けるのは、人間自身である。
行動に意味を与え、人生の豊かさを作っていくのが、外ならぬ自分自身だということ。
そのことをもっと意識して生きていくしかない。
私たちの脳も含めて、人間とはそもそも完璧にはできていない。
バイアスに陥り、勘違いをし、他者とすれ違うようにプログラムされている。
この「不完全さ」を認めることが、他者に対する寛容さにも繋がっていくはずだ。
「自分は正しい」という思い込みは、私たちを傲慢にさせ、周囲との摩擦を生むだけだ。
「脳の仕組み上、こういうミスは起こり得るものだ」と冷静に分析し、次の教訓に活かしていく方は、よほど賢い生き方と言える。
そんな「知的な楽観主義」で、今後の人生を生きていきたいと思っている。
(2025/12/1月) -
Posted by ブクログ
ネタバレなぜ問題が解けないのか。
算数の解けない子どもたちがなぜ解けないのか。それを認知科学の視点から分析する。ポイントはスキーマと記号接地。数の概念を抽象化できているか、認知負荷の高いときも操ることができるか、モニタリングと修正ができるか。
自分は分数をどのように認識したんだろう。数の概念を持つとは簡単なことではない。それがつまづきとなるのなら。カードゲームを使って遊びながら学ぶという提案が興味深い。負荷をかけながら数を扱うことを、様々なパターンで練習することで抽象化が可能となる。
生成AIでは結びつく可能性が高いそれっぽい回答しか出さない。人間がそんなそれっぽい答えしか出せなかったら、生成AIにとって代わられてしまうだろう。同じような練習問題を数こなすだけではなくて、子どもが何を学んでいるのかを認識しながら教育を進める必要を強く感じた。 -
Posted by ブクログ
仕事上、コミュニケーションで大事にしている部分が間違っていなかったとわかって、今後の励みになった
二十代社会人として、「仕事は仕事でしょ」と職場で割り切りすぎて浮いてしまい、損しているように見える同僚に読んで欲しいなと思った
お節介すぎるので、これオススメ!とは言えないが…
人間関係に期待しすぎず、でも悲観的にならないような考えに触れられる
私自身はこの本と似た考えを元々持っていて、自分の中の考えを肯定してもらったり、再認識したりするためにこういう本を読むことが多い
自分の子どもにも、自我を持って他人と関わり、思い悩んでいる頃に読んで欲しいと思った -
Posted by ブクログ
実は一回挫折している。
どうして挫折したのか、自分でもわからないけれど、なんとなく察してはいる。こう右斜め後ろ30度あたりから、どかっとぶん投げられた感じなのだ。私は右利きで、なんだったら真後ろではないし角度も浅いから、ギリギリ視野に入っている感じだ。その気になればかわせるし反撃も出来る。そう出来るはずだったのだが、それよりも先にとんずらこいたのである。理解することを私は畏れ、時間がないからという、現実的な理由を持ち出して遁走してしまった。
本の内容についてはすでに知っていることも多い。日本人が『青』と『緑』を区別してなかったとか、世界には色を示す言葉を2つしかもっていない人々がいるとか、うんちく程度に知っている。そのうんちくで知ってる程度という部分を刺すようにして、論が展開する。
まずは定義、言葉の定義だ。
知っていると思っていたことの知識の浅さを指摘され、軽く叩かれる感じ……はい済みません、なんか《なんとなく》でした。それをイッコイッコ事例で指摘されて、認識をあらためざるを得なくなる。人間まったく知らんかったことを教えられるよりも、知ってると思い込んでいた部分の間違いを指摘される方がしんどい。ざっくりぐっさり突き刺さる。しかしながら、こういうことだったのかと目が開く部分も多かったし、思わぬ場所で以前読んだ本とのつながりが結びついたりして面白かった。
『思考』と『認識』の定義付け『基礎語』『カテゴリー知覚』『ウォーフ仮説』『知覚と言語の関係』……etc.について、わかりやすい白黒を付ける方が楽だけど、それでは立ちゆかないのも事実。
一度挫折はしたものの、今こそが読む時だったのかもしれないと、自分をなぐさめていたりする。