城山三郎のレビュー一覧
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やっと読めた、、、。難しい。とにかく難しい。ハンカチ→ハンケチと書かれている。時代を感じる作品。意味はわからなかったけど、とにかく読むことだけはやめず、意地で完読。分からないなりにも広田氏の人となりや、妻静子のこと、どの様な生き様だったのかはわかった(つもり)。決して読みにくい文章では無く、自分があまりにも無知だったために読むのに時間が掛かってしまったと言うオチ。A級戦犯。全く意味もわかっておらず1番悪いことをした=A級かと思っていた。恥ずかしい。自国で起こった出来事は日本人として知っておく必要がある。広田氏の生き様にマンザイをおくりたい。
そして、もっと日本が大好きな人が、自国愛が強い人が国のトップに立ってほしい! -
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唯一の文官ながらA級戦犯にて死刑判決を受けたという広田弘毅という人物ついて深く知ることができ、それまでの見方と180度変わった。
外交官として長く手腕を振るって和平外交に注力し、また二二六事件で混乱している最中の内閣総理大臣となり、常に国のために奔走してきた生涯だったはずなのに、暴走する軍部と時勢に逆らえず最後はその彼らと共に戦犯の裁きを受けることとなったことに理不尽さを感じまた深く心を痛めた。 しかし最後まで一言も弁明をせず保身に走ることなく、責任を抱え込んで覚悟の中で死んでいった彼のことを思うと哀しみよりも敬意を表することが必要だと感じた。 -
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この主人公は作者を投影したものらしい。「大義」という杉本少佐なる人の本に影響され、海軍に志願した軍国少年。天皇のために死ぬことに疑問もなく、自由に生きることなど、はなから考えられなかった時代。いざ軍に身を置いてみれば、全く理想とはかけ離れていた。復員してみれば、さらに同じ戦争を生き抜いた人たちの変わり身に、さらなる絶望を感じながら、天皇制について問い続ける主人公。
城山三郎氏は「軍隊という組織悪の標本みたいなものを書き留め、復讐したい」と言ったことを、作家になった理由として挙げているそうだ。
「大義の末」は1959年(昭和34年)に出版され、私の手にとったこの文庫本は、令和2年に改版されたものだ。今この本を読めた幸運に感謝したい。
今また戦争の危機が迫ってると感じる。「天皇というものは、権力者にとって便利な存在。自分たちの不都合なことを天皇の意志だと責任逃れできる」とかつて、城山氏は語っていたそうだ。そんな時代に戻ってもらっては本当に困る。 -
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ネタバレ1950~60年代の実在の通産官僚をモデルに描いた作品。
天下国家を論じ国益のためにがむしゃらに働き高度経済成長の礎となった風越信吾はじめ通産官僚たち。一方で目先の利益に目を奪われ、謀略を練り、全体の利益を顧みず足を引っ張る財界と、その意を受け権力争いに奔走する政治家たち。
主人公は信念も胆力も部下からの信頼もあったが、清濁併せ呑むことができず味方以上に敵を作ってしまった。風越師団として重宝してきた部下は鮎川も庭野も無理がたたり身体を壊してしまう。風越の期待に応えようとしたからであり、またそれ以外の人間には反発を買う結果となる。人を評価するときは比較ではなく、その人そのものの資質をみないといけない。また先を見通しすぎてしまったため、外れたものからの怨嗟を受けることとなった。 -
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軍神と呼ばれ讃えられた特攻第一号の関大尉と、終戦日の玉音放送以降に長官に伴い飛び立った最後の特攻中津留大尉を中心に、彼らの性格や人とのかかわり方・そして短く儚い生涯を鮮明に書き記している。また残された妻や両親の深い悲しみと苦しみをも取材をもとに書き表していて、読んでいて胸が詰まるほど苦しくなった。
変に脚色をしていないからこそ、また実際に当時海軍に所属していた経験のある筆者だからこそ当時のひりついた空気感に近いものを文章越しに感じることができたと思う。
なぜこのような悲しいことが起きなければならなかったのかと何度も繰り返し考えてしまう。
一人親かつ妻子もいた、本来なら選出対象にはならないはずの若き指揮官が唐突に特攻隊に選ばれたのはなぜだったのか、そして終戦の締結を伝えず若い部下たちを引き連れ敵地へ特攻し果てることを望んだ宇垣長官は、また終戦を知らずに特攻へ赴いた若き隊員たちはどんな心情で当時生きていたのだろうかとぐるぐると考えては怒りか悲しみかやるせなさか、はっきりと言い表せない感情がとどまることを知らない。 -
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足尾鉱毒事件がもとで強制廃村となった谷中村から離れようとしない残留民たちと、彼らとともに戦った田中正造について描いた伝奇小説。
これから書く原稿のお勉強のつもりで手に取ったが、文章が上手くて熱があり、とても引き込まれた。
子どもの頃読んだ日本の偉人マンガに田中正造も入っており、天皇に直訴したりとか大隈重信の家の庭に勝手に汚染土を持ち込んで松を枯らしてみせるとか、正義感が強い反面なかなかぶっ飛んでる人だなあという印象を持っていたが、よく考えてみれば(いやよく考えてみなくても)ぶっ飛んでるのは行政のほうであった。公害で苦しむ村を助けるどころか、池を作って村を沈めるという。銅山の操業を止めさせるほうが筋じゃない?
立ち退きを拒否する住民に対する扱いも、家を強制破壊したり、壊れた堤防を直さず放置したりととんでもない。鉱毒被害のみならず、残留民の人々をひどく苦しめたろう。
なぜ国が鉱毒対策を十分に取らなかったについてはあまり深く考えたことがなかったが、銅は当時日本の主要な輸出資源で、かつ日露戦争前後の時期であったので、小さな村より国益が優先されたのだ。足尾銅山は日本一の銅産出量を誇っていた。
ただこれはやはり田中正造が言うように、憲法に反している措置だったと思う。
国益のために地方を切り捨てるという構図は、100年以上経った今もあまり変わっている気がしない。
なお田中正造が「有害無益」と断じた渡良瀬遊水池は、いまラムサール条約指定地となり貴重な動植物が残る場所になっているという。公害によって苦しめられ、追放された人々の故郷が、いまや自然豊かな場所になっているというのは、なんだか皮肉な感じがする。 -
購入済み
ひょんなことから零戦を鹵獲して、結果スピード出せねえじゃん、
からヘルキャットが開発された。その後、追いつけない高さから、追いつけない速度で
攻撃されるようになってなす術がない中、対抗する機体として紫電改が開発されるが、川名は
水上機の二式大艇を開発したメーカーで、当時の有名どころの三菱や、中島、今の富士重工じゃないとことがミソ。
小回りがきく、燃費がいい反面ゼロヨンみたいなことは苦手となると日本車と米国車の縮図みたいにも取れる。
単純に出力上げるだけでは無く、操舵に気を使った機構をつけたりする所も優秀。
紫電改の現物は四国の車じゃないといけないようなところにあるみたいなので、いつか行ってみたいと思いました。
鹿児島に二式大艇があるらしいから、セットで見たいですね。
川名は新明和と社名を変更して飛行艇生産してます。
小学館から、us-2救難救助飛行艇開発物語で開発秘話が熱く語られてます。漫画です。念のため。
お好みで。 -
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主人公・風越信吾は、異色の官僚と言われた佐橋滋をモデルに高度経済成長を支えた通産省の官僚たちの仕事ぶりや人事などの戦いや当時の日本の政治との関わりなどを描いている。
2009年には佐藤浩二主演でTBSの日曜劇場でドラマ化された。
1960年代、昭和で言うと35年から44年までの時期である。当時は学生運動、オイルショックなどもあり激動の時代でもあったが、第二次世界大戦後の焼け野原からたった15年〜25年で日本は世界に冠たる先進国となった高度経済成長を成し遂げた奇跡の時代のお話しでもある。
今や世界的に有名な日本の基幹産業ともなった自動車産業も含め、当時は産業も育っておらず通産省の保護が重要な役割を果たした。ただし、本文からもわかる様に途中からは保護主義より自由主義にした方が帰って良かった面もあった様である。
ミスター通産省と呼ばれた主人公風越信吾の歯にきぬをきせぬ言動により浮いたり沈んだりのハラハラドキドキも物語として楽しめるが、特にもはや戦後では無いと言われた昭和の熱い空気が感じられる歴史感も想像して楽しい物語となっている。
主人公は熱くて全力で死ぬ気で頑張ります的なワーカホリック、対する新人類として家庭や趣味、自分の時間も大事にする片山という対照的な官僚も描いている。
今もこんな感じの「バブル世代」「ロスジェネ」対「Z世代」のような対立はあるかもしれませんが、エジプトの古い壁画に「最近の若者は〜」的な象形文字も書いてあるらしいので、人類はそうやって新しい世代の奴に嫌味を言い続けてたんだな。そうして歴史は繰り返すんだな。
なんて感想を持ちました。 -
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1.著者;城山氏(故人)は、経済小説の先駆者。帝国海軍に志願するも、特攻隊の訓練中に終戦。その後、大学で教鞭をとる。城山三郎のペンネームで応募した「輸出」で文学界新人賞受賞、「総会屋錦城」で直木賞を受賞し、執筆に専念。他にも、吉川英治文学賞や菊池寛賞など受賞。経済小説を軸に、歴史や伝記小説などの著作がある。実直な主人公が組織の中で、どのように生きるべきかを問うた作品はビジネスマンから圧倒的な支持を受けました。
2.本書;城山氏のエッセイ。36項構成(第1項;ジャラン、ジャラン~第36項;いくつになっても)題名は、島崎藤村の「千曲川旅情のうた」の一節。『テンポの速い人間が多くなり、社会のテンポが加速度的に速くなってくると、「その中で生きることはもちろん、それを傍観していることも息苦しくなってくる」そこでひそかに、「この命なにを齷齪」と、つぶやきたくなると』。
3.個別感想(印象に残った記述を3点に絞り込み、感想を付記);
(1)『第7項;遊兵狩り』より、『病み衰え、「お迎えを待つ眼」になっている兵士を、「貴様らのような兵隊は閣下には見せられん」と追い散らす。そして、しばらくして前後に護衛兵を配し、元気な参謀達を従え、立派な服を着た師団長がお通りになる。無理な命令を次々に出してきた男である。「えらい奴は、厳命はいくらでも出せるのである。不可能な事であっても」「国民など、虫ケラ同然に扱わなければ、戦争は出来ないし、軍隊は成り立たない」。・・・過去だけでなく、今もその種の男達が生きている』
●感想⇒日本は国内外に色々と問題を抱えていますが、無頓着で暮らしている国の部類だと思う。城山氏は書いています。「ガイドライン法・・一億総背番号制と、自由を奪う恐れのある立法が立て続けに進められており、悲惨な戦争に何を学んだのかと、悲しくもなる」。本書は、2005年に出版されたが、すでにマイナンバー・国家安全保障戦略の改定等がどんどん進行しています。マイナンバーにより確かに効率性が増し、便利になったと思うものの、個人情報が丸裸にされる等、「国民など、虫ケラ同然に扱わなければ」という感も否めません。我が国の舵取り役を果たすべき❛政治家、高級官僚、産業界幹部・・・❜が確固たる価値観を構築し、城山氏の危惧(悲惨な戦争に何を学んだのか)を払拭する事を願います。私達に出来る事は限られますが、期待される政治家を選ぶとか、戦争の道だけは避けなければなりません。
(2)『第22項;建物も物を言い候』より、『「金儲けは易しいが、経営とは違う。世のためになって利益を上げるのが経営であり、だから経営は難しい」・・・その点JR東日本の経営陣は、完全に失格である。人口の高齢化が進み、当然、駅のトイレを増やすべきなのに、東京駅など各駅が競ってトイレを潰して売店に。このため、客はトイレの前で行列。・・・改札口にも階段にもいたるところに広告。・・・世の中の為どころか、客を踏んだり蹴ったりであり、この暴走はさらにひどくなる』
●感想⇒「世のためになって利益を上げるのが経営」とはいうものの、利益を優先する企業が多い。一時期、企業の社会的責任が叫ばれたが、株主に選ばれる経営者にとっては、株主への利益還元を優先するのも理解できる。しかし、昨今の企業不祥事を見てみると、「客の自動車損壊、データ改ざん、不適切販売・・・」、枚挙にいとまがありません。「赤信号皆で渡れば怖くない」とばかりに、名だたる大企業の不正が日常茶飯事です。今は亡き❝土光敏夫氏(東芝社長や経団連会長等を歴任)❞の逸話です。「行革の鬼といわれる程の仕事人間であったが、普段の生活ぶりは非常に質素で蓄財家でもなく、生活費以外の残りはすべて寄付したそうです。「不祥事を知らなかった」とうそぶく経営者もいると思います。そういう人に限り、高級車での送り迎え等は当たり前なんでしょう。少しは土光氏を見習って欲しいものですね。
(3)『第36項;いくつになっても』より、『私は本が好き。本はいつでも、どこでも、望む世界へ連れて行ってくれる。古今東西の人間の中にまで。そして、そうした人間たちの人生を、わが事のように追体験させてくれる。つまり数多い人生を歩ませてくれる。・・・買う楽しみ、与えられる楽しみもいいが、つくる楽しみ、寄与する楽しみも、奥が深い。・・・若者顔負けの元気さは無くても、静かに健やかに遠くまで、心の旅を続けることができるのでは無いか』
●感想⇒私が入った会社の人事部の幹部には読書家が多くいました。そして、毎月推薦図書を紹介していました。さらに、読書感想文大会を企画、参加作品を某出版社に審査してもらい、優秀作品を表彰するというイベントもありました。勉強会も盛んで毎月1冊は本を読み、感想文をグループ回覧していました。そうした読書環境に恵まれて、本を読んで感想をまとめるという習慣がついたように思います。黄山谷(中国の学者)が言っています。「三日書を読まざれば面貌憎むべく語原味なし」と。某氏は「書を読んでいないと人相が悪くなり、教養が備わらないから、言葉に味がなく、人間的な厚味が感じられないことだ」と言います。これまでに、仕事や人間関係で悩まされる事が多々ありましたが、そうした際には愛読書を読んで勇気付けられました。今後も人間学を学び、良い面貌になりたいものです。
4.まとめ;辞書には、❝あくせく=心にゆとりがなく、せわしく事を行うさま❞とあります。城山氏は、あとがきに書いています。「あまり先の事は考えず、少しでも穏やかにのびやかに、一日一日を楽しくと、痛切に思うばかりのこの頃である」と。城山氏がこの本を書いたのは、70歳代後半であり、人生を振り返っての言葉だと思います。現代は、IT社会であり、情報の量とスピードの中で生活しており、❝あくせく❞せざるを得ません。最後に、尊敬する先輩の言葉です。「情報化の波に飲み込まれる事の無いように、週に一日位は自分を見つめる事が必要だ、人間なのだから」と。私の大切な座右銘の一つです。(以上)