城山三郎のレビュー一覧
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足尾鉱毒事件がもとで強制廃村となった谷中村から離れようとしない残留民たちと、彼らとともに戦った田中正造について描いた伝奇小説。
これから書く原稿のお勉強のつもりで手に取ったが、文章が上手くて熱があり、とても引き込まれた。
子どもの頃読んだ日本の偉人マンガに田中正造も入っており、天皇に直訴したりとか大隈重信の家の庭に勝手に汚染土を持ち込んで松を枯らしてみせるとか、正義感が強い反面なかなかぶっ飛んでる人だなあという印象を持っていたが、よく考えてみれば(いやよく考えてみなくても)ぶっ飛んでるのは行政のほうであった。公害で苦しむ村を助けるどころか、池を作って村を沈めるという。銅山の操業を止めさせるほう -
購入済み
ひょんなことから零戦を鹵獲して、結果スピード出せねえじゃん、
からヘルキャットが開発された。その後、追いつけない高さから、追いつけない速度で
攻撃されるようになってなす術がない中、対抗する機体として紫電改が開発されるが、川名は
水上機の二式大艇を開発したメーカーで、当時の有名どころの三菱や、中島、今の富士重工じゃないとことがミソ。
小回りがきく、燃費がいい反面ゼロヨンみたいなことは苦手となると日本車と米国車の縮図みたいにも取れる。
単純に出力上げるだけでは無く、操舵に気を使った機構をつけたりする所も優秀。
紫電改の現物は四国の車じゃないといけないようなところにあるみたいなので、いつか行ってみた -
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主人公・風越信吾は、異色の官僚と言われた佐橋滋をモデルに高度経済成長を支えた通産省の官僚たちの仕事ぶりや人事などの戦いや当時の日本の政治との関わりなどを描いている。
2009年には佐藤浩二主演でTBSの日曜劇場でドラマ化された。
1960年代、昭和で言うと35年から44年までの時期である。当時は学生運動、オイルショックなどもあり激動の時代でもあったが、第二次世界大戦後の焼け野原からたった15年〜25年で日本は世界に冠たる先進国となった高度経済成長を成し遂げた奇跡の時代のお話しでもある。
今や世界的に有名な日本の基幹産業ともなった自動車産業も含め、当時は産業も育っておらず通産省の保護が重要な役割 -
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1.著者;城山氏(故人)は、経済小説の先駆者。帝国海軍に志願するも、特攻隊の訓練中に終戦。その後、大学で教鞭をとる。城山三郎のペンネームで応募した「輸出」で文学界新人賞受賞、「総会屋錦城」で直木賞を受賞し、執筆に専念。他にも、吉川英治文学賞や菊池寛賞など受賞。経済小説を軸に、歴史や伝記小説などの著作がある。実直な主人公が組織の中で、どのように生きるべきかを問うた作品はビジネスマンから圧倒的な支持を受けました。
2.本書;城山氏のエッセイ。36項構成(第1項;ジャラン、ジャラン~第36項;いくつになっても)題名は、島崎藤村の「千曲川旅情のうた」の一節。『テンポの速い人間が多くなり、社会のテンポが -
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終戦記念日が近いこともあり、手に取った一冊。
神風特攻隊の第一号に選ばれ、レイテ沖に散った関行男大尉。最後の特攻隊員として敗戦を知らされないまま玉音放送後に沖縄へ飛び立った中津留達雄大尉。二人の人生を対比させながら、戦争と人間を描いたドキュメンタリー。
昔、鹿児島へ旅行した時、まさに特攻の地である知覧を訪れたことを思い出した。
片道分の燃料しか積まずに、その分爆弾を積んで自らもろとも敵艦隊へ突っ込んでいく。まだ10代の青年が殆どで、その心境とは如何なるものだったのだろう。
その知覧には所狭しと父母や妻あてに書かれた手紙が展示されていた。とても10代とは思えないほどね達筆で…すみからすみまで -
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石坂泰三の伝記。石坂泰三は、戦前・戦後にかけて活躍した経済人である。その主な経歴を記すと以下の通りだ。
1886年 誕生。1886年は明治19年
1911年 東京帝国大学卒業→逓信省入省
1915年 逓信省を退官し第一生命に入社
1938年 第一生命社長就任(52歳)
1947年 第一生命社長辞任(61歳)
1948年 東芝取締役就任(62歳)
1949年 東芝社長就任(63歳)
1956年 経団連会長就任(70歳)
1965年 日本万国博覧会協会会長就任(79歳)
1968年 経団連会長退任(82歳)
1975年 逝去(88歳)
石坂泰三の活躍は、東芝社長時代の労働争議対応、12年に渡る経