城山三郎のレビュー一覧
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終戦記念日が近いこともあり、手に取った一冊。
神風特攻隊の第一号に選ばれ、レイテ沖に散った関行男大尉。最後の特攻隊員として敗戦を知らされないまま玉音放送後に沖縄へ飛び立った中津留達雄大尉。二人の人生を対比させながら、戦争と人間を描いたドキュメンタリー。
昔、鹿児島へ旅行した時、まさに特攻の地である知覧を訪れたことを思い出した。
片道分の燃料しか積まずに、その分爆弾を積んで自らもろとも敵艦隊へ突っ込んでいく。まだ10代の青年が殆どで、その心境とは如何なるものだったのだろう。
その知覧には所狭しと父母や妻あてに書かれた手紙が展示されていた。とても10代とは思えないほどね達筆で…すみからすみまで読み返した記憶が蘇った。もう一度、いつの日か知覧という地へ足を運ぼうと思った。
ウクライナの紛争しかり、今、少なくとも平和な日本の世の中に感謝しなければならない。
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石坂泰三の伝記。石坂泰三は、戦前・戦後にかけて活躍した経済人である。その主な経歴を記すと以下の通りだ。
1886年 誕生。1886年は明治19年
1911年 東京帝国大学卒業→逓信省入省
1915年 逓信省を退官し第一生命に入社
1938年 第一生命社長就任(52歳)
1947年 第一生命社長辞任(61歳)
1948年 東芝取締役就任(62歳)
1949年 東芝社長就任(63歳)
1956年 経団連会長就任(70歳)
1965年 日本万国博覧会協会会長就任(79歳)
1968年 経団連会長退任(82歳)
1975年 逝去(88歳)
石坂泰三の活躍は、東芝社長時代の労働争議対応、12年に渡る経団連会長としてのもの、大阪万博を成功に導いた万博協会長時代のもの等が知られているが、一目で分かる通り、かなり歳をとってからの功績である。第一生命社長を退いてからしばらくは、いわゆる「浪人時代」があり、縁あって東芝の取締役・社長に就かなければ、そのまま終わっていた可能性もあり、典型的な大器晩成型のキャリアである。
また、石坂泰三のもう一つの特徴と思えるところは、トップになってその実力を発揮するという部分だ。東芝には社外役員として関わり、その後にトップに就いている。経団連、万博協会長には、初めからトップとして(あるいはトップ候補として)関わりを持っている。日本の企業トップで有名な方は、創業社長あるいは内部昇格された方が多い中で、やや異質な特徴を持っていたのではないかと感じた。
城山三郎の作であり、取材は行き届いているし、また、物語の構成も文句なく、楽しく読んだが、私としては、「何故高齢になって活躍できたのか」「何故トップとして、より力を発揮したのか」について、もう少し触れて欲しかったな、と感じた。 -
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「城山三郎」が78歳で国鉄総裁になった「石田礼助」の人生を描いた作品『粗にして野だが卑ではない―石田礼助の生涯』を読みました。
「百田尚樹」が出光興産創業者の「出光佐三」をモデルに描いた作品『海賊とよばれた男』に続き、明治生まれの傑物を描いた作品です、、、
「城山三郎」作品は昨年の8月に読んだ『硫黄島に死す』以来なので約1年振りですね。
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三井物産に35年間在職し、華々しい業績をあげた後、78歳で財界人から初めて国鉄総裁になった“ヤング・ソルジャー”―。
明治人の一徹さと30年に及ぶ海外生活で培われた合理主義から“卑ではない”ほんものの人間の堂々たる人生を著者は克明な取材と温かな視線で描いた。
ベストセラー作品の待望の文庫化。
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三井物産に35年間在職し、華々しい業績をあげた後、78歳で財界人から初めて国鉄総裁になった「石田礼助」の半生記… 「石田礼助」が国鉄総裁に就任した後、国会での初登院で言った「粗にして野だが卑ではない」という言葉がタイトルとなっています、、、
「粗にして野だが卑ではない」という言葉、印象的だし、良い言葉だと思いますね。
■序章
■1 若き兵士の如く
■2 ひとつのロマン
■3 動くものが好き
■4 エイブル・マンは居ないか
■5 「非戦闘員」のクラブ
■6 ミスター鬼瓦
■7 降りかかる火の粉
■8 人生の達人
■9 イッツ・ユア・ビジネス
■10 座頭市がいい
■11 武士の情け
■12 首を切られた気持ち
■13 女房手当
■14 毎日の遺言
■終章
■あとがき
■解説 佐高信
国鉄総裁の起用にあたり、財界人の抜擢に執念を燃やす当時の「池田勇人首相」の強い意向により第5代国鉄総裁に就任し、在任中は、自ら「ヤング・ソルジャー」と称して「公職は奉仕すべきもの、したがって総裁報酬は返上する」と宣言し、当初は月10万円だけ貰っていたそうです… さらに鶴見事故の発生後は、給料を1円も受け取らず、1年あたり洋酒1本を受け取ったとのこと、、、
世のために尽くしたいという信念を貫いた行動だったんでしょうね… 「野心も私心もない、あるのは素心だけ」と言われただけのことはありますね。
「卑」を嫌うが故に、規律の無視や公私混同をのような社会ルールの違反については国鉄幹部にも厳しく指導したらしく… 業者からの接待ゴルフについては、「ゴルフは自分の負担で、自分の時間で、無理のない範囲で楽しむことがルール」と国鉄幹部をたしなめるなど、財界出身ながらも国鉄内部に対して堂々と意見を発したり、、、
国会答弁で「国鉄が今日の様な状態になったのは、諸君(国会議員)たちにも責任がある」とか「人命を預かる鉄道員と、たばこ巻きの専売が同じ給料なのはおかしい」等、「粗にして野」だが、痛烈かつ率直な発言をしたり等、発言を巡るエピソードには事欠かなったようですね… でも、周囲の一般庶民からすると痛快な発言だっただろうなぁ。
また、過去の慣例にとらわれず有能なノンキャリアを重要なポストに登用したり、安全に関する予算を確保したりと、硬直した大組織の変革を進めることにも成功したようです… 簡単にできることではないですよね。
「出光佐三」との接点もあったようで、本書でも気のおけぬ友人として紹介されていました、、、
二人の生き方には共通する、日本人としての誇りや信念があったんだと思いますね… 明治生まれの気骨を持った人たちの生き方って、学ぶべきところがあると思いますね。
自分の生き方や仕事の仕方について考えさせられたし、とても参考になりました… この時代に日本を牽引した人たちのことをもっともっと知りたくなりました。 -
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「城山三郎」の戦争小説を中心とした短篇集『硫黄島に死す』を読みました。
「城山三郎」作品は昨年の夏に読んだ『一歩の距離 小説 予科練』以来ですね。
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〈硫黄島玉砕〉のニュースが流れた四日後、ロサンゼルス・オリンピック馬術大障碍の優勝者「西中佐」は、なお残存者を率いて戦い続けていた。
馬術という最も貴族的で欧米的なスポーツを愛した軍人の栄光と、豪胆さゆえの悲劇を鮮烈に描いて文藝春秋読者賞を受賞した表題作。
ほかに『基地はるかなり』 『軍艦旗はためく丘に』など、著者の戦争体験と深くかかわった作品全7編を収める。
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この季節… 太平洋戦争に関する作品の読書が続いています、、、
本作品は太平洋戦争に関する短篇5篇を中心に以下の7篇が収録されています。
■硫黄島に死す
■基地はるかなり
■草原の敵
■青春の記念の土地
■軍艦旗はためく丘に
■着陸復航せよ
■断崖
■解説 高野昭
『硫黄島に死す』は、「西竹一中佐」の目を通して、昭和19年7月に戦車連隊の連隊長として満州から硫黄島に転進する途中の横浜港での場面から、昭和20年3月22日に硫黄島で自決するまでの期間が語られる物語、、、
硫黄島の戦闘を克明に記録するとともに、「西中佐」の人生をフラッシュバックさせながら、彼の生き方や馬術競技におけるオリンピックでの活躍等が描かれています。
映画『硫黄島からの手紙』では、「伊原剛志」が「西中佐」を演じていました、、、
イメージがピッタリでしたね。
『基地はるかなり』は、死を免れて終戦を迎えた特攻基地の設営隊隊長だった「羽田野」と特攻隊員だった少年兵「白沢」の戦後の人生を描いた物語、、、
徴兵前に働いていたQ銀行に戻り頭取まで登り詰めた「羽田野」と、生き延びたことを申し訳ないと感じ「羽田野」に鬱屈した思いを感じながら、出世や金儲けとは縁のない人生を選び炭鉱夫として生活していた「白沢」… 「白沢」は、炭鉱の事故で片足を失い、炭鉱で売店の仕事をしていたが、炭鉱は閉山となり職を失い、働きに出て戻ってこなくなった妻を連れ戻しに行った先で殺人を犯し死刑となる。
階段を駆け上った人生と転がり落ちた人生… 対照的な生き方でしたね、、、
その違いは運だったのか、自信だったのか、何だったのかなぁ… 読んでいて心が苦しくなる作品でした。
『草原の敵』は、終戦間際にソ連の参戦により満州の曠野で戦死した少年戦車兵「菊川」の最期を描いた物語、、、
東洋平和に身を捧げるために従軍するが… 戦車兵にも関わらず守備隊には戦車は1台もなく、現地徴用された初年兵の教育係を任され、捕虜になった少年兵を処刑(銃剣での刺殺)させられるという、何もかも思い通りにならない状況下、ソ連の戦車部隊が攻め込んできて隊は蹂躙される。
命があまりにも軽視される異常な社会に憤りと虚しさを感じました… 心が締めつけられるような作品でした。
『青春の記念の土地』は、戦時中の少年時代に経験した離島での生活を回想する物語、、、
南国ムードいっぱいでリゾート地として有名になった島での戦時中における悲話… 自分では制御できない運によって大きく人生が変わってしまうんだよなぁ と感じました。
読んでいて辛くなる作品が続きますね。
『軍艦旗はためく丘に』は、太平洋戦争末期の予科練における十代の若者たちの人間模様を描いた物語、、、
パイロット養成目的で集められたはずなのに、配属された宝塚の予科練には訓練用の飛行機もなく、過剰なしごきやバッター(棍棒?)による体罰の日々… 厳しい訓練に耐えられず脱走や自殺が発生する中、淡路島への転属命令が下るが、移動中に輸送船が米軍機に襲われて沈没し、多くの命が奪われる。
現在では中学生から高校生くらいの年代の子ども達が予科練に入隊して命を失うなんて… 子どもを持つ親の身として、親の立場で感情移入してしまいました、、、
戦争の残酷さを改めて感じた作品でした。
『着陸復航せよ』は、草創期の航空自衛隊でのパイロットを描いた物語、、、
航空機事故やその捜索活動等を通じて、日米の考え方の違いや航空機への思いを描いた作品でした。
『断崖』は、九州行きの特急に乗車した主人公が、乗車中に遭遇した轢死事故や同乗者の言動で感じたことを随想風に語る物語、、、
時代や社会、風俗について辛辣な意見が述べられていますね… 高速道路の整備や列車の高速化により、移動がスピードアップすることへの警笛にもなっている作品でした。
ここのところ、戦記モノを続けて読んでいるので、私自身の学びにはなっているのですが、、、
ちょっと疲れたな。 -
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「城山三郎」が太平洋戦争末期の若者たちを描いた作品『一歩の距離 小説 予科練』を読みました。
「城山三郎」作品は昨年の夏に読んだ『指揮官たちの特攻―幸福は花びらのごとく―』以来ですね。
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司令は静かな口調で命令した。
「戦局を一変させるべく、帝国海軍では、この度、必殺必中の兵器を動員することになった。全員、目を閉じよ。兵器への搭乗を志願する者は一歩前へ!」塩月は躊躇した。
前に出る練習生の靴音が聞こえる。
出なければ、出なければ。
死ぬために来たのに、何をためらっているのか。
両親や兄弟のことを思った。
脇の下を冷たい汗が流れる…。
生と死を隔てる“一歩の距離”を前にして立ち竦む予科練の心理の葛藤を通して、戦時下の青春群像を描いた表題作、他一編。
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夏になると、戦記モノが読みたくなるんですよね。
忘れてはいけない歴史ですからね。
■一歩の距離―小説 予科練
■マンゴーの林の中で
『一歩の距離 小説 予科練』は、太平洋戦争末期の予科練における十代の若者たちの人間模様を描いた物語、、、
パイロット養成目的で集められたはずなのに、配属された予科練には訓練用の飛行機もなく、過剰なしごきやバッター(棍棒?)による体罰の日々… 飛行機が配備されている予科練へ配属された仲間への嫉妬や特攻志願への一歩を踏み出した者と躊躇った者の間の葛藤、生き残った者の複雑な思い等が見事に描かれた作品でしたね。
たったの一歩ですが、その後の運命を大きく変える一歩、、、
自分だったらどうしたんだろうなぁ… と思いつつ、子どもたちには、こんなことを絶対にさせちゃいけないなぁ… という強い憤りを感じながら読み進めた感じでした。
太平洋戦争末期の混乱と狂乱という背景はあるものの、人間って、ここまで非理性的になれるもんだんですねぇ… 怖いなぁ。
『マンゴーの林の中で』は、太平洋戦争末期の台湾における震洋特攻部隊の特攻要員たちの人間模様を描いた物語、、、
ベニヤ板で作った小舟に自動車のエンジンを載せ頭部に230キロの爆弾を装備した〇四艇(まるよんてい)を操り敵艦隊に突撃するため、ひたすら敵艦隊が台湾近辺に現れるのを待つ日々… 死を宣告されながらも、生かされているという精神的に追い込まれた状況が、隊員である少年たちと、上官である海兵出身の職業軍人、学徒出身の予備士官、たたき上げの特務士官の、それぞれの立場から巧く描かれていました。
上官については、その経歴や立場から、全く違う人格に書き分けられていたので、自分だったら、どんな判断や指示をしたいんだろうなぁ… と考えながら読み進めました。
学徒出身の予備士官の考え方がイチバン馴染めて、感情移入もできましたね。
本書を読んで、戦争の残酷さを改めて感じることができました… 色々と考えさせられましたね。 -
Posted by ブクログ
何年か前にドラマ化されていて、
テレビCMで田村正和が「そうか、もう君はいないのか」と呟いていた姿が今も忘れられない。
ドラマは見なかったけど、ずっとそれが残っていたのが、本作を読むきっかけ。
こういうふうに、パートナーと寄り添って死んでいきたいなと思う。
ずっと仲良しで生きていきたいなと思う。
子どもが1番、というより、
実は夫が・妻が1番大事、
という夫婦の姿に惹かれる。
巻末に載せられた城山さんの娘の文書で
涙が止まらなかった。
仕事の残業やら飲み会やらで
家族と一緒に夕飯を食べなくても平気な人がいるけれど、
私には 家に帰ればずっともっと大事な存在がいるので、私は先に帰ります。
誰に何を言われても、これ間違いじゃないなって思う。
グッとくる文章はたくさんあったけれど、
戦後の話のところで
私は廃墟になって生きていた。
というフレーズがすごく刺さった。 -
Posted by ブクログ
緊縮財政と行政整理を行い、金解禁を実行した浜口雄幸と、その盟友井上準之助の物語。性格や言動も異なる二人が、どのようにして日本経済建て直しに命をかけ、金解禁を実行したのか。そして、無念の凶弾に倒れたのか。
昭和の気骨のある政治家の物語として、胸を熱くして読み進められました。特に、浜口が東京駅で銃弾を浴びた場面を描いたシーン。死を悟った浜口が、「まだ早いな。いずれは死ぬ命だ、国家のために斃るれば寧ろ本懐とするところが、しかし余の負うたる責任だけは解除してからでなければ申し訳がない。」と回想する場面。
浜口雄幸の気迫と覚悟、そして使命感に燃える姿、人間としての真面目さ、他者への慈悲、やさしさを感じました。
このようにもしもの「男子の本懐」と心から言える生き方を目指し、日々過ごそうという気持ちにさせられました。