城山三郎のレビュー一覧
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大藩であるにも関わらず、幕末において余り存在感のない尾張藩がフォーカスされた作品。
印象に残っているのは、「尾張藩は大藩、雄藩であり、尾張で全てが完結されてしまうが故に、有象無象の他藩と交わることを良しとしなかった」という精神性。
この一文だけで、尾張藩が何故幕末において存在感を発揮しなかったのか何となくわかってしまう気がする。更に言うと、この精神性は今の名古屋にも連綿と受け継がれているようにも感じる。
しかし主人公の徳川慶勝は真面目な人だけど報われないなぁ(これは城山三郎の殆どの作品の主人公にも共通するけど)。あと、北海道開拓の件からも、余り優秀な指導者だったとは余り思えない。。 -
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渋沢栄一というと、
聞いたことはあれどなにをした人かは正直よく知らなかった。業績は多岐にわたるが、
第一国立銀行のちの第一勧銀を設立したのが一番の功績なのだろうか。
この本は渋沢栄一の生涯をなぞった小説だが、
農家→尊王志士→徳川家に士官→大蔵省完了後→民間で事業に携わる
といった生涯の変遷に驚く。
これだけ立場を変えても人々に慕われて尊敬されたのは、よほどの能力と人柄があったのだと思う。
本の一節に、
志を心の中に立たせるのは容易い、
実際にどうやったら立つかを考えないと意味がない。
というような内容がある。
彼の一生はそれを追求した結果として、
立場がころころと変わることになったのだろう。
城山三郎さんの本なので内容はいつものようにお墨付き。新紙幣一万円の肖像となる渋沢栄一について知りたければぜひ。 -
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渋沢栄一というと、
聞いたことはあれどなにをした人かは正直よく知らなかった。業績は多岐にわたるが、
第一国立銀行のちの第一勧銀を設立したのが一番の功績なのだろうか。
この本は渋沢栄一の生涯をなぞった小説だが、
農家→尊王志士→徳川家に士官→大蔵省完了後→民間で事業に携わる
といった生涯の変遷に驚く。
これだけ立場を変えても人々に慕われて尊敬されたのは、よほどの能力と人柄があったのだと思う。
本の一節に、
志を心の中に立たせるのは容易い、
実際にどうやったら立つかを考えないと意味がない。
というような内容がある。
彼の一生はそれを追求した結果として、
立場がころころと変わることになったのだろう。
城山三郎さんの本なので内容はいつものようにお墨付き。新紙幣一万円の肖像となる渋沢栄一について知りたければぜひ。 -
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2014.12 記。
サラリーマン小説の書き手としてはやはり城山三郎氏は別格だと思う。
本書の主人公石田礼助は元三井物産社長という生粋の商社マンにして、請われて国鉄総裁に就任。戦後の混乱期、初代総裁が「不審死」するような時代だった。大赤字と非効率経営がはびこるなか、国会で議員を前に「国鉄が今日のような状態になったのは、諸君たちにも責任がある」と言い放った男。彼の奮闘を描く。
「能率を上げるにはね、全体の統制を乱さない範囲において、独断専行をできるだけ許す」。戦前に満州の大豆投機で稼ぎまくったビジネス感覚を国鉄に持ち込むべく腐心する。それは赤字路線のバスへの切り替えから青函連絡船の安全スペックの引き上げまで、収益の観点からだけ見ればプラスなものとマイナスなものの両方を含んでいた。そこを貫くのは、徹底してリスクを取って金儲けをした経験があってこそパブリックな仕事を徹底できる、という姿勢であった。これは実感としてよく分かる。
今ネット上には「ファッションとしてのワークスタイル」を巡るカタカナだらけの言説が溢れている。が、読み終えてみて、「時代が変わって働き方が変わる」危機感なんて不要だな、と感じる。
カネを稼いだ経験と使命感。これがあれば時代を問わず働く場所はあるよ、と再確認できたことが私にとっての成果であった -
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・平素から十分、部下についてよく観察し、よく勉強しておかなければならない。どんな育ちで、どういう家庭で、どんな生活をしているか、何を勉強し、何に興味を持ち、どんなつき合いをしているか、等々。できるだけ深く、くわしく知っている必要がある。つまり、部下をまるごとのみこんでおくということで、そうなってしまうと、たとえイヤな部下でも、イヤなやつと思えなくなる。そのとき、部下ははじめて「この上役のためなら」と、本気にいいアイデアを出してくれる
・ひとをほめるときは、思いきって、手放しでほめ上げ、ひとをその気にさせる。だが、注文は容赦なくつける
・どんな仕事に就かされても、どんな土地へ行っても、必ずその行先には勉強することがあるはず。また、その行先にかかわらず、勉強しつづけることも多いはずである。日頃から、知的好奇心のために、せっせと燃料を補給するくせをつけておくことである
・どんな事態にも、第三の道がある。そう思えば、人生にも新しい風が吹いてくるのではないか
・経済学者ワルラスの好んだ言葉「静かに行く者は健やかに行く、健やかに行く者は遠くまで行く」
・「あいつはあの程度の人間だ」と決めつけてしまうことから、多くのまちがいが生まれる。「あの程度の人間」の中にも、やはり強みや不可知のものがある。おそれる必要はないが、そうした現実から目をそらさぬ方がいい
・良寛の言葉「災難に遇う時期には災難に遇うがよく候。死ぬる時節には死ぬるがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候」
・「成るようにしか成らぬ」(絶望するのではなく、観念する)ときと、「いま、ここ」(全身全霊をあげて挑戦する)というとき。その二つをはっきり見分けていずれも、はらをくくって対処する
・権力や贅沢に心がゆらぐようでは、打たれ強い男になれるはずがない(山中鹿之助が当時の主君である明智光秀からの自邸への招きを断り、友人である、光秀の家臣との先約を優先した逸話から)
・三本の柱(インティマシー、セルフ、アチーブメント)を太くするためには、肉親を愛し、よき友人を持ち、よき趣味を持ち、文学や芸術を通して自分だけの世界をも豊かにしておくことである
・『かもめのジョナサン』の著者リチャード・バックの言葉「たいへんだったが、しかしすばらしかったといえる人生を送りたい」
・「いま日本中の者が乗りおくれまいと先を争ってバスに乗っとる。無理して乗るほどのこともあるまい。おれたちは歩こう」 -
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城山三郎という作家を語れるほど知っているわけでもないが、この人の書くテーマは「志」なのだと思っている。「孤高の」と付け加えても良いのかもしれない。
冒頭、素封家の一人息子大原孫三郎、気が強くわがままいっぱい、東京の学生時代に周囲からいいように金を毟り取られて高利貸しに一万五千円と、時の総理大臣の年収一年半分の借金を積み上げ、その整理に当たった義兄が高利貸しとの交渉中に急逝して悄然と倉敷に帰る場面がさらりと書かれている。
単なるイントロではなく、この時期あっての、後の大原孫三郎と、読み進むうちに理解ができる。
大金をポンポン出すのはカネが有り余っているからだろうと思っていたら、晩年所有の美術品を大量に売り払い多額の借金を返済する下りが出てきた。
ぼくら凡人には到底思いも及びもつかぬスケールの人であった。 -
Posted by ブクログ
城山三郎 による 大原孫三郎 伝記。社員重視の経営、大原美術館、孤児と貧困の支援に裏打ちされた 善の生き方が描かれている
決断力の強さ
*人の心は水と同じ〜急流でなければ 何事も転回できない
*事業は何より度胸であり、決心である
人に目を向けた経営
*工場内に 職工教育部をつくり 学校教育に見合う勉強
*金は使うためにあるのであって、人は金に使われるためにあるのではない
*会社は 労働者と資本家が共に働き 利益を上げる場所
息子 總一郎氏の創立記念日の挨拶(社員への最期の言葉)が素晴らしい
*会社は〜存在理由があるか〜働く人が生きがい働きがいを感じているか
*職場が人生の全てではないこと〜会社は配慮しなければならない