城山三郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ第二次世界大戦の中、一億総玉砕が叫ばれ、まさに必死の作戦として始まった特攻作戦。
その中でも有名なのは「カミカゼ」と敵兵からも恐れられた神風特別攻撃隊。
本作はそんな神風特別攻撃隊の最初の特攻隊長・関大尉と最後の特攻隊長・中津留大尉にフォーカスをあてた作品。
そこに著書の戦争体験も加わり、戦後末期の日本がどのような状態であったのかが語り継がれています。
特攻作戦の悲劇。
何冊かの書籍にて「回天」や「桜花」の存在は知っていましたが、「伏龍」の存在は本書にて知ることになりました。
普通では絶対に考えられないことが起こる、まさにこれが戦争の悲劇。
二度と同じ過ちを起こしてはならないと思う気持ちと、今の平和な日本が多くの犠牲の上にあることを改めて強く認識させられました。
説明
内容紹介
戦争を書くのはつらい。書き残さないのは、もっとつらい。──城山三郎
海軍特別幹部候補生として終戦を迎えた著者による、哀切のドキュメント・ノベル。
神風特別攻撃隊第一号に選ばれ、レイテ沖に散った関行男大尉。敗戦を知らされないまま、玉音放送後に「最後」の特攻隊員として沖縄へ飛び立った中津留達雄大尉。すでに結婚をして家庭の幸せもつかんでいた青年指揮官たちは、その時をいかにして迎えたのか。
海軍兵学校の同期生であった二人の人生を対比させながら、戦争と人間を描いた哀切のドキュメントノベル。城山文学の集大成。解説・澤地久枝。
本文より
私は、それこそ飛び立つ思いで沖縄へ。
那覇空港で降り、沖縄本島を北へ縦断し、運天港へ。
そこから、日に二便の伊平屋村営のフェリーに乗り、約八十分の船旅という道程である。
本島から遠ざかると、一面に濃いエメラルド色の海。
しばらくして、進行方向左手に伊江島が見えたが、その先もまた波また波。
だが、私は少しも退屈しなかった。波間から浮き上がり語りかけてくるものがあったからである。
この海には、数え切れぬほどの特攻隊員が沈んでいるはずである。……(本書191ページ)
城山三郎(1927-2007)
名古屋生れ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎える。一橋大学を卒業後、愛知学芸大に奉職し、景気論等を担当。1957(昭和32)年、『輸出』で文学界新人賞を、翌年『総会屋錦城』で直木賞を受賞し、経済小説の開拓者となる。吉川英治文学賞、毎日出版文化賞を受賞した『落日燃ゆ』の他、『男子の本懐』『官僚たちの夏』『秀吉と武吉』『もう、きみには頼まない』『指揮官たちの特攻』等、多彩な作品群は幅広い読者を持つ。2002(平成14)年、経済小説の分野を確立した業績で朝日賞を受賞。
内容(「BOOK」データベースより)
神風特別攻撃隊第一号に選ばれ、レイテ沖に散った関行男大尉。敗戦を知らされないまま、玉音放送後に「最後」の特攻隊員として沖縄へ飛び立った中津留達雄大尉。すでに結婚をして家庭の幸せもつかんでいた青年指揮官たちは、その時をいかにして迎えたのか。海軍兵学校の同期生であった二人の人生を対比させながら、戦争と人間を描いた哀切のドキュメントノベル。城山文学の集大成。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
城山/三郎
1927(昭和2)年、名古屋生れ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎えた。一橋大卒業後、愛知学芸大に奉職、景気論等を担当。’57年、『輸出』により文学界新人賞、翌年『総会屋錦城』で直木賞を受け、経済小説の開拓者となる。吉川英治文学賞、毎日出版文化賞受賞の『落日燃ゆ』や『毎日が日曜日』『もう、きみには頼まない』等、多彩な作品群は幅広い読者を持つ。2002(平成14)年、経済小説の分野を確立した業績で朝日賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) -
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NHK大河ドラマの原作ということで読んでみた次第。
渋沢栄吉生涯の伝記かと思っていたが、実際は妻千代との結婚から千代の死までの期間の話が書かれていた。
勤皇の志士として立ち、一橋家の家臣となり、幕末の動乱の中を生き抜き、慶喜謹慎ののちは主君に従い静岡で静かに生きることを決意しながら、新政府から請われて行政に力を発揮。新政府の権力者間の勢力争いに翻弄されながらも富岡製糸場の立ち上げ、大阪の蚕産原料を巡る外国公館との対決とその手腕を発揮する。
非凡な先見性、行動力を読むにつけ、彼の偉大さを改めて確認できた。生涯を総括した本が読みたくなった。 -
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成功は社会のおかげ。成功者は社会に恩返しすべきだというのが、渋沢の素朴だが強い信念であった。
渋沢はよく言った。私が、もし一身一家の富むことばかりを考えていたら、三井や岩崎にも負けなかったろうよ。これは負け惜しみではないぞ。と。渋沢にはそれだけの能力があった。設立し関係した企業五百、同じく関係した公共、社会事業六百といわれ、近代日本の無数の礎石を築いた人だからだ。三井、岩崎、住友など大財閥の一族でも男爵どまりである中で、経済人でたった一人、子爵に抜きん出たのが渋沢だった。渋沢は多くの慈善活動をしたが、ただ大金を出すだけではなく、いかに効果が上がるかを考えた。
下巻は、主に三菱との争いだ。三菱率いる岩崎弥太郎は、衆議による会社運営ではなく、全て社長専決でやっていくという主義。対して渋沢は、合弁会社が一番いいという主義で、全く反りが合わなかった。あくまで、日本の発展を目指す渋沢、三菱が発展すれば良いという岩崎、その辺の違いが最終的な評価(叙爵)になったのかなと思う。
全二巻 -
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タイトルの言葉が有名。国鉄総裁石田禮助の生涯,伊豆西岸の出身,一橋の前身を卒業し三井物産,大連,シアトル,ロンドン,ニューヨークとほとんど海外で活躍。戦後しばらく経ってから池田勇人首相から国鉄総裁に任命。卑であることを徹底的に嫌う姿がかっこいい。厳しさがある一方で大きな仕事をする人には必ず理解者がおり,愛される側面を必ず持っている。晩年はパブリックサービスをするのだという考えの通りに公益のために自分自身の才を使う。パブリックサービスでは給与をもらわない。功成り名を上げた成功者がこういう構えで社会を支えてくれる社会だったのだろう(いや,本になるくらいだから珍しい存在だったのかもしれぬ)。そんな人になりたい。
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Posted by ブクログ
まず初めに「粗にして野だが卑ではない」は多少態度や言葉が粗くても、世のため人のためを最優先に考え、考え方に筋が通っていて卑なことは決してしないということである。
本書は三井物産代表取締役から78歳で国鉄総裁になり84歳の引退までを痛快なエピソードを交えながら記している石田氏の生き様が記されている本である。
石田氏は三井物産時代はシアトル、ニューヨーク、ボンベイ等ほぼ海外勤務であり、新たなビジネスの導入や既存ビジネスの拡大に勤め代表取締役まで上り詰めた功績があり、国鉄時代には職員の給与アップや鉄道の安全面への強化など、組織内に様々な改革を起こした。肩書きだけでは順風満帆なエリートサラリーマンの人生のように思えるが多額な損害を出したり、国鉄総裁就任後に鉄道事故が起こったり失敗エピソードも多々記載されており、実際には真似できないと思うことが多いが、石田氏が実際にどう問題と立ち向かっていたのか精神面ではビジネスパーソンも役立つのではないかと思う。
副社長の価値観の軸にある本ということで読んでみたが「粗にして野だが卑ではない」という考えは信念を持って働くことの大切さを改めて教えてくれる一冊ではないかと思う。