桜庭一樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレここ最近、小説家の方が小説の書き方や手の内を明らかにする本がよく出ているが、「読まれ方」という視点にいったいどんなことが含まれてるんだろう、と思い手に取った。おそらく、発言する責任というようなことなんだろう、と予測はしていたけど。
本書は、
➀小説が出版されたときに起こること。
②一般的な読者の方にどう読んでもらうか。
➂批評家や書評家の方と共存する方法。
④ファンダムがある作品の原作者になること。
から桜庭さんの考えや経験から得たもの、また他者の意見や実際にあった出来事を例にあげながら話されている。
桜庭さんは文中で何度も人間だから間違ったり勘違いしたりすることは多々あるということを繰り返し、自分も誰かに対して気づかぬうちに傷つけていただろうことを語っている。
ところで、「桜庭一樹」と聞くと男性のように思ってしまうけど、桜庭さんは女性である(公開されている限り、ご本人は生物学的にも、自身の性自認も女性)。
文藝界の内情や過去の女性の作家が少なかった頃やご自身が若かった頃に「女性であるがゆえ」に受けた屈辱的な出来事にも触れられていた。
ただ、近ごろは風通しがずいぶん良くなったと。
昭和の、おじさんたちばかりで議論されていた時代は変わりつつあると願いたい。
が、表現の現場のジェンダーバランス調査が2022年に行なわれおり、
「その結果、文学の世界では純文学の公募新人賞の審査員の男女比率が男性六割、女性四割。男女比の大きなバランスは解消されていました。
でも同じ文壇でも、評論の公募新人賞は、審査員の約九五パーセントが男性、受賞者も約七六パーセントが男性。つまり批評の世界では男性の先生が審査して男性の新人を多く選んできたようです。
"評価をするのは男の仕事"なのでしょうか?」(P.118)
とのこと。女性の文筆家にエッセイスト、コラムニストなんていう肩書きの方が多いのは、こういう背景もあったのかもしれないということにも触れられていて、今の時代にデビューする女性の作家と20~30年前にデビューされた女性の作家では、きっと置かれた立場が違っただろうなと感じた。
こういうことは女性だけでなく、男性にも知っておいてほしい。今は改善されつつあったとしても、性別だけでなく、外国籍、障害のある方、性的マイノリティなど、色んな立場の人が表現の現場に関わっていくことが、風通しの良い場所になって、また新しい表現の世界の勢いというものが生まれるかもしれないから(←私の願望です)
ちょっと予想を超えた話題もあったので、読んで良かったな。
ちくまプリマー新書なので、学生の方も読みやすいと思う。
覚悟って、過去の間違いも認めて、そこから学んで、自らをアップデートしていくことを怠らない、ってことなんだなと私は受け止めた。
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封建的な考え方がある環境から離れ、東京で仕事をこなす主人公が故郷で暮らす家族との会話から、その関係性を考え突き詰める話が主題と思えた
主人公か著者自らを描き、ノンフィクションに近い物語のようだが、自身の印象や記憶から記述されていて物語性がある
執筆した作品の話も出てくるが、読んでいたほうがより理解できただろう
また読んでいる間よりも、読んで暫くたってからの方が、作品への理解と評価が高まったように思う
他に2作品が収録されている
大手新聞の評論に、誤ったあらすじが掲載され、これに反論する活動が主体の話となっている(と読んだ)
こちらも実話のようだ
原因を推測し、深層を探っていく過程は、作家ならではの本業を全うしているように思えた
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ネタバレ一弥は日本に送ってほしいと姉に頼まれたいくつかの文房具を買いに、首都にあるデパートにやって来た。
ソヴュール王国に伝わる秘宝〈青い薔薇〉を模したガラスの文鎮が、そこにしか売っていないと聞いたから。
しかしデパート内で迷子になった一弥が見たのは、囚われているとおぼしき少女の姿。
警察に届けたものの、デパートに戻ってみると、店員は誰も一弥を見ていないと言い、一弥の証言通りの部屋などどこにもないのであった。
とはいえ読者には、絶対的にこのデパートが怪しいのがわかる。
けれども、いつも謎をすいすいと解いてくれるヴィクトリカは、今回風邪でダウンしているため不在。
一弥ひとりで謎を解くことができるか?
できるわけもなく、高熱のヴィクトリカを呼び出しては、ヒントをもらうわけで。
悪意はなくても、迷惑なやつかもしれないなあ。
亡くなったヴィクトリカの母の秘密を知る人物の姿もちらりと出てきたり、セシル先生もただの担任ではなさそうだし、女子二人からの好意に全く気付かない一弥の鈍感ぶりもいよいよ極まって来たし、続きが楽しみ。
あ、デパートが裏でやってたことって、その当時実際にあったんじゃないかなあと思う。
もしかしたら今でもあるのかもしれない。
でもデパートが組織的にっていうのは、相当やばいね。 -
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美しい男女が青春の終わりを受け入れるまでの物語。
ラストシーン、雪風と七竈が作中で唯一、互いへの感情を言葉にして伝え合う場面。
「母をゆるさないことだけが、わたしの純情です」
「そんなら、ぼくは父をゆるさないことにする」
それは決別であり、同時に永遠の約束にも見えた。未来で交わることはなくとも、同じ傷跡で繋がっている。許さないという選択をとることで、思い出とともに沈む心中のような響きすら宿していた。
あたり一面が真っ白な銀世界のなか、一際鮮やかに映える真っ赤な実――名は体を表す。それが七竈という少女だった。読後に残るのは、切なさとどこかやるせない余韻。そして微かに雲間から差し込むような一筋の光。
このふたりの静かで痛ましい関係性こそが作品全体の読後感を形作っているのは言うまでもない。だが、その余韻をさらに深く、どうしようもなく切ないものへと押し上げているのは、七竈の「上京」が、時の流れや彼女を取り巻く凡ゆるものへの降伏として描かれていたからだろう。
七竈の上京は、一般的に「上京」という言葉がもたらす自立や挑戦の響きとはかけ離れている。ただ「この街では生き残れない」という、どうしようもない現実から生まれた決断だった。夢も希望も伴わない、生存戦略。平穏に生きるためには旭川を出るしかなかったという事実。
雪風と血がつながっている現実を受け入れたことも、故郷にすべてを置いていく痛みも、母から与えられた呪いのような名前も、すべてが彼女を押し流した。だからこそ、東京へ向かうことが唯一残された出口のように見えて、ひどく切ない。
七竈の祖父の「自分で選んだつもりでもね、じつは選ばされている。それしかない道を、わけもわからず突きすすむこともある」という台詞は、まさにその残酷さを言い当てていた。だが、たとえ選ばされた道にすぎなくとも、それを「自分で選んだ」と信じることが支えになるのだと教えてくれているようだった。
七竈と雪風のあいだには、単純な恋慕というより、自己愛の延長という気配があった。それぞれが抱えた孤独が、音の反響のように互いを引き寄せたのだと思う。誰かを他者として愛するというより、自分の“似姿”を介して自分の傷を撫でているような関係。七竈は雪風を、雪風は七竈を、自分の鏡像として見つめていた。痛みの質、孤独の輪郭、世界との距離感。それらが驚くほど一致していたからこそ、分身への陶酔に近い静かで危うい自己愛の砦が生まれた。そこには触れたら一瞬で溶けてしまう雪の結晶のような儚さがあった。
その象徴が、七竈の部屋に広がる鉄道模型の世界。鉄道模型は単なる趣味ではなく、雪風との時間、生まれた街の匂い、そして自分自身の骨肉を乗せて走らせる小さな世界そのもの。七竈にとってそこは唯一自由でいられて、外界から切り離された聖域でもあった。
けれど上京の時、七竈はその世界すら置いていく。模型の一部を緒方後輩に手渡すことができたのは、これから七竈が世界を広げていくかもしれないという微かな希望にも見えた。
最も気になった存在は、冒頭の語り手である七竈の母・優奈。
なぜなら七竈だけでなく、雪風との関係の始まり、多岐とのねじれた友情、夫婦関係の破綻、町の空気――すべては優奈が最初に投げた石から波紋のように広がったものだからだ。いわばこの物語の舞台を生み落とした創造主的存在。
優奈の叶えられなかった恋、未練、自己像への執着、罪悪感の欠落。それらが物語の底に澱のように沈んでいる。
優奈の奔放さは空白を埋めるための暴走だった。彼女が抱えていた最大の恐怖は、母の矯正から外れたとき、自分が何者かわからなくなること。毒でありながら、同時に彼女の“形”を決めていたもの。彼女はおそらく旅人のような生き方を死ぬまでやめられないと思うが、だからこそ優奈は最も「自分が何者か」という問いに、誰よりも苛烈に向き合っていた人物にも見える。単に嫌悪や忌避を向けるだけにとどまらない不思議な存在だった。
そしてそんな優奈をはじめとした可愛そうな大人たちが感情に敗れ、愛憎に振り回されている姿を見せつけられるからこそ、その余波を受ける七竈の抑圧がいっそう際立っていた。
けれど、七竈の行く末はきっと大丈夫だ。
「わたし、赤いまま打ちる、七竈の実にはなりません。わたしは熱して、食され、わたしを食って羽ばたいた鳥の、やわらかな糞とともにどこか遠い土地に種を落として、また姿をかえて芽吹く。そういう女になろうと思います」
この母への決意表明にもあるように、雪風の存在が彼女の中から完全に消えることはなくとも、もう母の影に囚われることなく、他の光を受け入れる未来へ歩み始めている。
七竈は、母に与えられた名前の意味を、自分の人生をかけてゆっくりと上書きしていくのだろう――そう信じられる終わり方だった。 -
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これは、小説なのか?私小説とはなんなのか?
地方の、この押し潰されていく感じ、箱に入れられる感じ、話ができない様。自分の一部でもあるから捨てられないんだけど、うんざりする思い。この息苦しさが、わからない人がいることがショックだった。
そして、自分が肌感覚でわからない、頭でどうにか想像してわかろうとするけれど、気を抜くとわからなくなってしまう世界があるだろう、さらにそもそも気づいてもいない世界がすぐ近くにあるのだろう、ということを自覚しておきたい。(そう思いながらもすぐ忘れてしまうのだろうから、せめてアンテナを張ることは続けておこう。)
共同体のルールにのれないなら、出ていかなければならないのか。息ができない思いをする人がいるなら、社会が変わらなければいけないのではないか。だから、わきまえても黙りこんでもいけない。心身共ににダメージを受けることになるのだが。